2018年5月アーカイブ

久々にテレビのワイドショーを見て

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先日ちょいとしたきっかけで、行動領域内では比較的足を運びやすい内科で飛び込み診察。問診などを受けて結局、多分に気のせいだということで、気管支系のお薬を処方されてオシマイ。せっかくなので生まれて初めて処方箋からジェネリックな薬も処方してもらって、これはこれで興味深い体験をしたなぁというのもあったのだけど。

病院内の待合室で流れていたテレビ番組を見る機会があって、一気に気分が沈んでしまった。ワイドショーってここまで酷い内容になっていたのか。

報道機関としてだけでなく言論機関でもあるから別にどれほど偏向したってかまわないじゃん的な姿勢の新聞の内容を一次ソースとして、それがすべて正しいという前提で垂れ流し(言葉通りそのまま)、さらに居酒屋の酔っぱらいの如き知識と口調と内容なコメンテイターが、新聞の内容をさらに後押しする形で騒ぎまくる。

テレビなりラジオは放送法での縛りがあるのだろうけど、「新聞から取材したという切り口での内容だから、別に問題ないでしょ?」的な観点でやっているのだろう。あれではテレビが新聞のスピーカー代わりとなっていると表現しても、あながち間近いでは無いのだろうな。

雑誌とかの記録ってどこまで......

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先行記事で雑誌の休刊が相次いでるって話をしたけど、それに連なる話として、紙媒体の雑誌だけでなく電子雑誌に関しても、記録をしておく体制を整えてほしいよなあ、というお話。

これは以前デジタル系情報、例えば従来型携帯電話上のコンテンツの記録がどんどん失われて、人のおぼろげな記憶に断片的に残っている程度になっているので、後々に検証ができなくなるというか、歴史そのものが断絶してしまう可能性があるって話と連なる問題。利用する時点では便利でも、後で精査が出来ないのは、かなり困った話となる。

例えば、実態となる情報ソースが失われると、都合の良いように、あるいは勝手な思い込みで「当時はこうだった」と声高に語られ、改ざんされた歴史が悪用される可能性が出てくるから。

月刊バーズ(幻冬舎コミックス)が6月30日発売の8月号をもって休刊する。本日5月30日発売の同誌7月号で明かされた。1986年にコミックバーガーという誌名で創刊されて以来、スコラ、ソニー・マガジンズ、幻冬舎コミックスと、出版社や誌名を変えつつ発行され続けてきた同誌。

四半期ごとに本家サイトで展開している印刷証明付き部数の記事でも、数年前と違って現状では「電子版が多分に売上を得ているので、今件はあくまでも紙媒体版のみのお話だよ」とことわりを入れるようにはしているけど、紙媒体版に限っても勢いが落ちていることは否定できない雑誌業界。それにしても、こういくつもの雑誌の休刊が発表されるとは......。

ということでまずはバーズの休刊。正直、コミックバーガーが色々と変遷の結果バーズになったというのは初めて知った。コミックガーバーは読んでいたような記憶もあるのだけど。印刷証明付き部数は非公開。連載などの今後の動向は、次号の休刊号で発表するとのこと。「掲載媒体は変わりますが」とあるので、同社他雑誌にシフトか、あるいはウェブ版の展開という形になるのかな。

猫な形のゲタはいかが

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ヴィレッジヴァンガードオンラインストアに、奈良の履物メーカー "なら下駄屋"が制作した、悶絶かわいいにゃんこのげた『にゃらげた』が登場しました。

以前魚の形をしたサンダルとか、人工芝のサンダルを紹介した記憶があるのだけど、コンセプト的にはそれに近い履物。シンプル化したけど、いかにもそれっぽい形の猫なゲタ。商品名が「にゃらげた」というのもシャレている。

見た目がゲタというよりはビーチサンダルっぽいんだけど(背面はまっ平ら)、センスとしては悪くない。ただ、以前これも別に紹介した、背面部分が肉球の判子みたいになっていて、砂場を歩くと肉球の後が付くってのだと最高だったんだけどな。ああ、でもそうするとその分歩きにくくなるか。

「溶岩でマシュマロ焼くのは駄目」

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火山から流れ出る溶岩でマシュマロを焼いて食べても大丈夫?長さが十分にある串に刺した場合の話だけど。

「うーん...その質問には駄目だと答えなきゃいけませんね。安全ではないからです(試さないで!)」と


火山の噴火で大変なことになっているハワイ。そのハワイでのネタなのかマジなのか分からない質問に、当局側がマジレスしたという話。「長さが十分にある串」って1キロメートルぐらいかよ、というツッコミもしたくなるけど、安全な長さ云々以前の問題で、溶岩はガスくさいので風味も台無しになるよ、とのお返事。

火があれば何かしたくなるのは人の性ではあるのだけど、昔と違い今ではユーチューバー問題があるから、ウケを狙って「溶岩でマシュマロ焼いてみた」的なことをやらかすスットコが出てくるリスクがある。自己責任云々いっても、当局側は戒めなきゃならない。


アマゾンでは常にタイムセールを実施していて、それとは別に時々タイムセールを集約して値引き率もごんっと高いものとするタイムセール祭りを実施している。昨年後半あたりから、そのタイムセール祭りの頻度が高まっているようで、今年に入ってからは2、3か月おきの実施になっているのではないかな、という気もする。正確な記録付けをしているわけじゃないから何ともいえないのだけど。

お祭りは好きだし、正規の商品がお値打ちで調達できる機会が得られるのは悪い話じゃない。ただ、こうも頻繁に行われると、色々と勘ぐってしまう。セールス部門がケツ叩かれているにしては、アマゾンの期末である年末とは関係が無いし、配送料云々とは別問題のようだし。

松屋の新作は回鍋肉定食

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「回鍋肉定食」は、豚バラ肉とキャベツ、人参、玉ねぎを鉄板で炒め、コクと甘みが感じられるピリ辛味噌ダレをからめた、ごはんがすすむ逸品です。まろやかな半熟玉子、またはピリッと辛めのキムチのいずれかから小鉢をお選びいただけます

牛丼御三家の中でも一番大衆食堂的なメニューが多いというか、ご飯によく合う濃い目のレパートリーを展開してくる松屋。その中でも定番中の定番で、ご飯が進みまくるのは必至の一つ、回鍋肉定食が登場。恐らくはこれまでに何度と無く登場していたのだろうけど、通年メニュー化してほしいよなあ、と思う位の美味そうな内容。

しかも添え物として半熟卵かキムチ。どちらもご飯が進みまくりで、もうこれはご飯大盛りお替り付きで頼んで、食べた後に食い過ぎて後悔しちゃうけど、また次の来店時に同じことをしちゃうパターンだ。持ち帰りでも十分に楽しめそう。


表現の具象化やその公知のハードルが低くなったことで、特に創作部門において、そうで無くても学問のさまざまな分野で、容易に物事をはじめる一歩を踏み出しやすくなった。教材は容易に取得できるし、当人のモチベーションが続けば継続することも比較的容易。それが実をつけるか否かはまた別の問題だけど。

で、そのスタートに関して、何歳から始めたって別にいいじゃないというのが今回の抽出例。無論物理的な問題として、歳を取れば体力的な衰えなどの老化・加齢問題があるし、それに伴いモチベーションも落ちてくる(やる気を維持するのにも体力が必要)。それを乗り越えるのは大変かもしれないけど、だからといってやっちゃいけないというわけでも無い(他人に迷惑をかけるのを良しとするわけでは無いので、念のため)。


この類の話をする時には「そういうこともある」「可能性の一つとしてのもので、すべてに当てはまるわけでは無い」「そういうものを卑下しているわけではない」という但し書きをした上で、となる。

で、説明にある通り、状況や環境によるのだけど、高稼働率で回転率を上げればよいとばかりに低価格で商品サービスを提供していたら、リスクがどんと跳ね上がり、現場の消耗も並大抵のものでは無かった、と。そして客単価を上げたら客の質もあがったというもの。要は客の利用ハードルを価格設定で下げると、客の質そのものも下がってしまうというお話。

まぁ、低価格帯を利用するお客が得てして客そのものの質としても低いってわけでは無いけど、確率論的にはそういう話は多分にあるだろう(この辺、しっかりとした統計ってどこかにないかなあ)。マクドナルドの前世紀の戦略での大失敗はよく聞く話だ。また、この客単価の引き下げに伴う客そのものの質の低下がクリアできるような業種、商品ならば、あえて稼働率を上げる戦略もありだと思う。ただ、商品の技術的なレベルが上がり、人件費も上昇している昨今では、そのハードルは随分と上がっているはず。

政府は29日、2017年度版の食育白書を閣議決定した。一日の全ての食事を1人で取る「孤食」の日が週の半分以上の人が15.3%を占め、6年前に比べ約5ポイント上昇したとの調査結果が示された。少子高齢化が進む中、独り暮らしの高齢者が増えていることに加え、夫婦だけなどの少人数世帯でも時間が合わず、孤食を余儀なくされていることが背景にあるという。

厳密には「一日の食事すべてを一人で食べる孤食状態」が週に4~5日以上ある人の割合が、2011年時点では10.2%だったのが2017年では15.3%に増加していたというもの。6年間で調査が飛んでいてその間の値が無いので統計的なぶれの可能性はあるのだけど、調査対象母集団が2000人近くなのであまりその辺は気にしなくてもいいかな、と。

で、説明されている通り、回答者の孤食状態が増えているのは、世帯構成人数の減少が主要因。自宅で食事を取る場合には世帯構成員が自分だけなら自動的に孤食になるからね。外食の場合は...一応同じ場に他の人がいるから、孤食とはならないのだろうけど。あとは少子化、さらに共働き世帯の増加で、食事をともにとる時間調整がし難くなっている。さらに食生活そのもののスタイルの変化により、皆でまとめて食べなくてもいいような食材が増えているってのもあるのかもしれない。

優しい甘さの黒蜜ソルベと、焙煎(ばいせん)度合いにこだわった香ばしいきな粉を使用したアイスクリームを組み合わせました。ソルベとアイスクリームを組み合わせることで濃厚ながらも涼しさを感じる、夏にぴったりの和の味わいです。

ハーゲンダッツの和風な味わいの一種として、以前から定期的に発売されているきなこと黒みつの組み合わせ。今回も夏に合わせてどーんと登場する次第。和菓子的な黒みつやきなこと、アイスやシャーベットを組み合わせるのは邪道だという主張も無くは無いけど、美味しければそれでいいのだ、的な。かき氷と似たようなものだと解釈すればそれで良し。

疲れがたまると認識力が低下する

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元々オッチョコチョイというかあわてんぼうというか物忘れがある人もいて、すべての人に当てはまるわけじゃないのだけど、自分の行動をすっかり忘れてしまったり、何でこんなことをしていたのだろうというボケをかましたりすることがある。単なるうっかりミスとかならいいのだけど、それが度を過ぎていると、ちょっとした怖さを覚える。

何か自分の脳内にトラブルが生じたのでは無いだろうか、そういうことを実感できる状況となったら、引用元にある通り精密検査を受けることをお勧めする。今件では単なる過労による判断ミス、記憶の脱落という結果に落ち着いて一安心だったけれど、それはあくまでも結果論でしかない。記事タイトルにある通り、疲れがあまりにもたまって解消されないと、判断力が極端に鈍ったり、記憶をつなぎ留めておく仕組みがどこかでトラブって、特定の要件に対して記憶ができなくなってしまっている場合もあるけど、それが単なる疲れでは無く、脳のトラブルの可能性でも起きるので、油断はならない。

AIカメラが万引き対策サポート

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「AIカメラが自律的に映像を解析し、「同じ場所をうろうろする」「周囲をきょろきょろと見回す」といった万引きが疑われる不審な行動をとる人物を自動検知」「店員のもつスマートフォンに通知されて、店員が不審者に「何かお探しですか」などの声をかけることで万引きが実行に移されるのを防止できる」

万引きを防止する一番の対抗策は声掛け。コンビニなどで店員が事ある毎にお客にいらっしゃいませーなどと声をかけているのは、店員側がお客を認識していることを明確に示し、何か怪しい事をしても分かってるよということを教えるため。デパートなどのポスターにもそういうシーンのがあったような気がする。

ただ、大きな店舗とかの場合は難しいし、店員が年中店内を巡回しているわけではなく、店員がすべて隅から隅まで見ているわけでもないから、この対応を完全に行うことはできない。それこそ極論として、全お客に一人一人店員がそばについて(コンシェルジェ的な大義名分で)、監視をする必要が出てくる。それはムリ。

ということて、その代わりをAIカメラにさせてしまおうというもの。お客をカメラで映像としてとらえ、その行動パターン中で怪しい対象を確認できたら、そのデータを実店員に伝えて行動を促すというもの。要はレーダー的な役割を果たさせるというものだな。

内閣府は28日、2017年に報告があった保育施設や幼稚園、認定こども園での事故件数を発表した。全治30日以上の重大な事故は880件で、前年比1・5倍。子どもが亡くなった事故は8件(8人)だった。


事故は前年より293件多かった。内閣府の担当者は、15年度に義務づけた事故報告が周知されてきたことが件数増加の要因と分析。都市部を中心に保育関連施設の利用者が増えたことも影響したという。


内閣府の関連調査プロジェクトチームの中間報告書を基にした記事。詳細はまた後程出てくるのだろうけど。

で、記事にも一部書いてあるけど、保育施設などでのリスクが高まったので事故件数が増えた、ように見えるタイトルなんだけど、実際には「報告されるケースが増えてきた(かつては報告されない事例も多分にあったものと思われる)」「保育施設そのものが増え、対象者も増えた」のが要因では無いかな、と。これって、不登校やいじめ、放射線関連の検査と同じ構造。細かくチェックして報告を義務付けてそれが周知されれば、カウント数も増えていくよ、というもの。

死亡事案は元々数が少ない(多いのはそれはそれで問題だけど)ので、統計上のぶれが出やすいから、もう少し経年変化を見るとか、3年間平均を取ってその動きを見る必要があるのだけど。

九州北部と四国が梅雨入り

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気象庁は28日、九州北部と四国が梅雨入りしたとみられると発表した。

【気象庁の速報値公開ページ】で見れば一発なお話ではあるのだけど。先日の九州南部に続き、九州北部と四国も梅雨入り宣言。先の沖縄なども併せ、今年の梅雨入りは平年差・昨年差ともにずいぶんと早い。例えば四国の場合、平年差で8日早く、昨年差では23日早いという結果が出ている。まぁ、昨年の梅雨入りが遅かったってのもあるのだけど。

梅雨入りしたっぽいとなると、雨が降ったり曇り空となる可能性が高くなる(あくまでも相関関係で因果関係では無い。梅雨入りを宣言したら雨雲がやってくるとか雨が降るパワーが集まるとかそういう話じゃなくて、あくまでも統計上から見た予想のお話)。室内で湿度が上がって室温も高くなると熱中症のリスクはあがるけど、屋外で活動する機会は減るし、気温も下がる傾向があるので、熱中症による搬送者は減るかな......という期待はある。

まるか食品は「ペヤング ソースやきそば 超超超大盛 GIGAMAX」を、関東地方で6月18日から、関東以外では7月9日から発売します。価格は410円前後。「ペヤングソースやきそば」の約4倍のサイズという、かつてない容量と大きさを実現させたとうたうカップ焼きそば。内容量は439gで、2142kcal。調理に使うお湯の量も1300ml必要なので、食べる前にはしっかり準備したほうがよさそう。

思わず初代ガンダムのオープニングのフレーズを脳内がぐるぐる回るような感じの商品。2倍ぐらいのはこれまでにも登場していて、時々ディスカウントストアやドラッグストアで見かけたけれど、約4倍のボリュームとは。

熱量は2142kcal、作るのに必要なお湯の量は1.3リットル。色々な意味でバカじゃないの?(誉め言葉)という言葉をかけたくなる。

↑ まんがタイムきららキャラット2018年7月号
↑ まんがタイムきららキャラット2018年7月号


表紙は「Aチャンネル」。発売時は梅雨入り期間ということで、梅雨の情景を。雰囲気が出ていて大変よろしい。巻頭カラーはキルミーベイベー10周年。でもまだ終わりじゃないよ、的な。

余裕は間違いを減らす

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筋トレはともかくとして、余裕が無いと他の選択肢の考察やその選択肢を選ぶだけのリソース不足で、現状が不安だったり何かおかしさを感じていても、それらへの検証、さらにはそれをするための立ち止まりすら出来なくなる。「この道、おかしくない?」「そんなこと言ったって、ここで考えていたら時間に間に合わないよ、先に進まなきゃ」という感じ。

余裕が無ければ他の可能性を選ぶ、検証することすらできなくなる。リスク回避の手段すら用意できなくなる。お金が無ければ保険に入ることもできないってのと同じ。

継続は力なり。作り手も、顧客も

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個人ベースで商圏を作れるか、それともすでに存在している、あるいは多人数で作られている商圏に割り入るかはともかくとして。ビジネスとして何かをしていくためには、やっぱり継続は力なり。電子書籍の信頼性の問題だって、結局のところはその販売・閲読システム側が継続してサービスを提供してくれるかどうかがカギとなるわけだし。自動車とかの耐久財、さらにはアプリゲームだってそう。

で、サービスなり商品を提供する側にとっても、継続したお客ってのはとても大切。オンライン系ゲームでは特にこの辺りの話は重要視されていて、色々と数字化したり、利用者の継続度合いを長いものとするために工夫を凝らしていたりする。アイドルの売り方もそうだよね。

先日触れた「異世界物の氾濫」も今件の切り口で見れば、すでに構成されている商圏があって、その中でなら継続したものが出来そうだという期待が高いので、ますます新作が集まってくるってのがある。いつかは飽和状態になるだろうけど、それが生じるまではとりあえずは安全な領域。


すべての状況、環境に当てはまるわけでは無いのだけど、一つの指針として役立ちそうなお話。意味がよく分からないという可能性もあるので解説しておくと、これは一つの目標なり課題にずっと取り込み続けている場合のお話。

記録を取る際には、その時点の周辺環境が変化したり別のものになったとしても、その内容が容易に理解できるような記録をとっておくこと。その時点では「略してしまっているけど分かるだろう」と思い込みで書いても、後から読んでみたら忘れていて分からなくなってしまっているってことは結構あるんだよね。後の自分に「空気読め」と言いながら記録をして、その後になった時には「どんな空気か分からない」と頭を抱えることに。


すべてをゲシュタルト崩壊で片付けるってのは雑だけど、確かに同じような作業ばかりを続けていると、何でこんなことをしているのだろうという根本的な疑問を覚えてしまって何もできなくなったり、している行為そのものが何か危険なことのように感じて、手が付けられなくなったりする。もっと具体的に体が拒否反応を起こすこともある。何というかな、電池切れを起こしたおもちゃのような感じ。

今回のトラブルでは、上図に示すNorton Internet Securityの項目が全く無いのだ。消えてしまったのだ。

先日の【システムが何か重いと思ったら...SetupHost.exeが動いてました】で、およそ一か月遅れで大型アップデートが適用された当方の端末。画面の背景が初期化されて再設定するのが面倒くさい、画面下のアイコン一覧がなんか変わってるとかいうトラブルがあったのだけど、今件もまたそのアップデートで生じたトラブル。

ノートンのセキュリティソフトを導入していると、ファイル一覧から特定ファイルを選択して右クリックするとノートンの選択肢が出てきて「今すくスキャン」を選べる。ダウンロードした時点ですでにセキュリティのチェックは済んでいるはずだけど、念のためってことで非常に役に立つし安心感の上乗せになる......のだけど、その選択肢が無くなっている。

不要な雑誌を捨てようかな、と

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先日から少しずつビデオテープのデータ化を進めているのだけど、それと共に古い雑誌をさらにもう少し整理して捨てていこうと思うようになった。資料として残しておける書籍はともかく、雑誌の類は資料扱いをしようとしてもインデックス化そのものが面倒ではあるし、数年単位で手をつけていないのなら資料そのものの意味も無いのではないかと思ったり。

まぁ、例えば図書館クラスの書庫があるのなら話は別だけど、個人ベースではそれはムリ。とりあえず、資料としてのお役立ち度が低く、手をつけていない期間が長い月刊誌を数種類廃棄処分にしようかなと思った次第。

捨てていく過程で色々と見直す(メモなど何か挟まっていたらそれを取り除く)と、こんな連載もあったっけと思い返すのだけど、切り抜いて保存しておくほどの価値は見いだせなかったりする。あった方がいいかな、レベルのものはあるけど、それは当時に無くてもいいかな、というものでしかない。アワーズの方はいくつか、切り抜き保存をしておいた方がいいかもしれないというものはあるけど、それは後回し。


ここ数年は毎年VR元年といわれるぐらいにVRのハードルが下がり体験がしやすくなり色々な方面で利用する動きが出ている。当然、一般向けのゲームとしてのアプローチもあるわけだけど、万人単位でプレイするスマホアプリとかDVDメディアのゲームのような領域には至っていない。

まだVR用の端末がそこまで数の普及が成し遂げられていないのも一因だけど、例えばニンテンドースイッチで本格的なVRが出来るようになれば、と考えるとどうだろうか。一気に広がる可能性はある(対応年齢階層を考えると色々とアレだけど)。

で、慈善事業や別のところに目的があるのならともかく、それ自身で収益を上げるビジネスを考えているところにとっては、VRでゲームってのは結局のところ「超開発費も時間もかかるゲーム」ということになり、普通のメーカーにはハードルの高い話となる。リスクが高過ぎる、的な。

ビジネスモデル、マネタイズ、お金稼ぎ。それを容易にするってことを考えると、既存のガチャシステムはVRとは相性が悪い...というかさほど意味が無い。むしろ指摘されているように、ゲーム内世界で経済を勝手に動かしてもらって、そこから抜いてと考えた方が面倒が無くて良い。「セカンドライフ」ってのがあるけど、考えられる概念の一つとしてはまさにそれ。

VRMMORPGをテーマとしたラノベもいくつかあるけど、そういうのを想定するのもありかもな、と。まぁ、一部をリアルと融合させる手もあるけど(リアルで装備カードを買ってコードを読ませると、VR世界内で実装できるとか。バーコードバトラーみたいな感じだ)。

「異世界」タイトルの氾濫

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なろう系とかラノベ関連で氾濫している異世界物。大よそは主人公が何らかの形で異世界に放り出され、そこで活躍するというパターン。その異世界行きの直行便としてトラックとの衝突パターンが多いせいか、それをネタとしてトラックが異世界への直通便的なネタまで出てきたりする。

ただこれって、例えばタイムスリップものとか憑依ものとか物語の中に吸い込まれた話と同じように、主人公に何らかのアドバンテージを与えるための手法の一つに過ぎないんだよね。色々な問題をスルー出来る方法論として使いやすいから、異世界に放り投げるってのがあるわけで。現状の知識も能力も未知なる力のアドバンテージも何もなく、単純に異世界に放り投げられただけなら、単なるファンタジー系やら世紀末系のお話と何ら変わりは無い。

さらにいえば異世界物は想像もしやすいし、読み手が主人公に思いをトレースしやすいのも利点。何しろ異世界に放り出された主人公は、自分自身とほぼ同じ世界観による経歴と常識を持っているのだから。だからこそコミック化もされやすいし、それゆえに相乗効果的に作品が広がっていき、そのような状況を見て参加する人も増えているのだろう。


先日朝の第一報で腰が抜けた「別冊花とゆめ」の突然の休刊宣言。印刷証明付き部数が非公開になっていたので、業界内部ではある程度の通達が出されていたのだろうなあという感はある。表紙に最終号って書いてあるし。

で、それを伝える記事では「ガラスの仮面」についての動向は一切なし。本誌に何らかの言及があればその旨は必ず書かれているはずなのにそれが無いのは、恐らく本当に何も書かれておらず、記事の方でも空気を読んだのだろうな、と。

その後、作者本人からこんな感じのツイートがあって、現状では不明だということでひとまず状況は落ち着いた、と。

学校の授業と熱中症と

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25日午後0時10分ごろ、京都市南区の市立九条中学校から「体育の授業中に生徒が気分不良を訴えている」と119番通報があった。市消防局によると、中学3年生の男女17人が熱中症とみられる症状を訴え、病院に運ばれた。気分不良や過呼吸などとみられている。

消防庁の熱中症搬送者のカウントは5月から。実のところ条件さえそろえば冬でも熱中症は発生し得るのだけど、大体ゴールデンウィークからは多発するようになる。その原因の一つが学校などの集団競技。大体は外で暑い中での競技なり集団行動で、途中で水分を取る機会は無く、体力もまだ十分ではないこどもが対象。さらに途中で体にちょっと異変を感じたり気分が悪くなったとしても、集団意識ですぐに休むってことは出来ず、我慢して状況が悪化してしまう。外でなくても、熱のこもった体育館などでも発生する場合もある。

皆が一丸となって同じ行動をする。学校教育においては必要不可欠な行動様式であり教育には違いないのだけど、そこで全体の行動を優先するあまり、個人の不調を押しとどめてしまって結果として無理をしてしまうのでは、何のための教育か、ということにもなる。

イヤホンで音楽を聴く機会が増えたことなどから、若い世代でも難聴になるリスクが高まっている。世界保健機関(WHO)では、世界の11億人が難聴になる可能性があると警告しており、現場の医師らも「イヤホンなどによる難聴の初期症状は分かりにくいこともあり、注意が必要だ。放置して聴力を失うと回復するのは難しい」と訴えている。

耳に過負荷を与えかねないイヤホンでの大音量の長時間聴取。結果として耳がダメージを受けて難聴になってしまうという話。今でこそ携帯音楽端末の普及で誰にでも多分なリスクが生じる時代だけど、ほんの少し前まではカセットテープを使ったウォークマンなどの端末で、似たような話がされていた。その前は携帯ラジオだったかな。

結局のところ、ヘッドフォンやイヤホンで音を聴くという姿勢が不自然な状態に違いなく、それを大音量で長時間続けていたら、誰でもどんな時でも耳がトラブるよね、ということ。

九州南部が梅雨入り

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九州南部は低気圧や前線の影響で広い範囲で雨が降り、向こう1週間も曇りや雨の日が多くなる見込みで、鹿児島地方気象台は26日、「九州南部が梅雨入りしたと見られる」と発表しました。九州南部の梅雨入りは去年より11日早く、平年より5日早くなっています。

先日沖縄、奄美地方が梅雨入りしたと思ったら、昨日の時点で九州南部も梅雨入りしたらしい宣言。実のところ昨今の気象庁での梅雨入り宣言は「見られる」レベルの話で、後に確定報としては日にちがずれる可能性も多々あるのだけど、それにしても例年よりは早いな、という気がする。


昨日端末の操作に突然粘り気というか重さが感じられるようになった。具体的には文字の変換で変換キーを押してもワンクッション置かれるというか、何か足を引っ張られているような感じ。で、テキストファイルが巨大化したわけでも無いし何かあったのかなと確認していたら、タスクマネージャーに見知らぬプログラムが結構なCPU負荷をかけている。なんだろうこれ......ということで調べてみたらこういう話でした。

要はWindows10の更新プログラムをバックグラウンドで準備しているので、そちらにマシンパワーを食われていて重たくなった次第。これは仕方が無いお話。


今件は音楽関連のデータの分析で当方も何度か指摘しているもので、コンテンツそのものの評価と商業的な売り切りとの見方の違いから生じる錯誤だったりする。本や雑誌は購入して読まれた後に捨てられてしまったり、残しておいても何度と無く繰り返し読むって機会があまり無いけど(検索してすぐに手元に戻したり、そもそも存在を忘れてしまいがち)、電子化されたものはすぐに検索して手元に戻し、何度でも楽しめる。

なので自分の音楽端末のライブラリは「自分のお気に入りのステキボックス」となる。その中身が増えていけば、それだけで満足しちゃうから、新たに追加しようという動機は段々とハードルが高くなっていく。レシピ集を自分で編纂していくと、どんどん充実して自分の好きな料理、必要な料理ばかりとなり、そこにさらに加えることへのハードルが高くなるってのと同じ。

これまでの売り切りビジネスでは、そのようなスタイルが使われるようになると、当然売れなくなっていくので「寿命は短くなる」と認識しても仕方が無い。他方、コンテンツそのものの寿命としては、各個人のライブラリに収まっている間は寿命が延びることになる。......ってここまで書いて、このライブラリが買取では無く、インデックスだけが収められたストリーミング形式のものならば、ビジネスとしても寿命が延びたってことになるのだろうなと思ったりする。さらに、特定の人に触れ続けられるのなら、何らかの機会で第三者の目に留まらせるような行為がなされ、それが新たな該当コンテンツとの出会いを生み出すかもしれない。「マンガ図書館Z」で起きているあれこれは、まさにそれなのかも。


狭い業界、企業の部門内で過度に年功序列制が固定化されていたり、同じ業界内の話ならば、経験さえ積んでいれば何でもできるはずだろうという過度の期待が、このような問題を引き起こすのだろうな、というお話。名選手が名監督になれるとは限らない。あくまでも「限らない」であり、名選手が名監督になるって場合もあるのだけど、イコールではないというもの。まぁ、適材適所をしっかりと概念として認識していれば、こんなことにはならないのだろうけど。

漫画や物語などで現場たたき上げの人が昇進云々って話になると「自分は現場で手を動かしていた方がいい」「昇進すると好きなことが出来なくなるのでイヤだ」というケースがあるけれど、これはある意味自分の能力をしっかりと把握しているのだろうなあと思ったりもする。その意味でも、非常に優れた人材には違いない。

総務省が5月25日に発表した2017年通信利用動向調査によると、個人がインターネットを利用する機器は、スマートフォンが54.2%を占め、PC(48.7%)を初めて上回った。年代別にみると、特に20~29歳ではスマホが87.8%、PCが63.8%と差が出た。一方、60歳以上はPCがスマホを上回っている。

毎年総務省が調査発表している、通信利用動向調査。当方も毎年分析しているけど、今回発表されたのは概要速報値で、詳細な分析可能データが出るのは一か月くらい後のお話。なんかいつもより出るのが早いなと思っていたら、速報値だったのでちょいとほっとした。

で、タイトルの通り、今回の結果分ではネット利用者の比率=数において、スマホがパソコンを上回ったってのがビッグイベント的なお話。まぁ、複数回答だし、スマホの利用者はどんどん増えてるし、これは当たり前の話かな、と。もっとも、インターネットを使っているか否かの区切りのみで、具体的に何をしているのかとか、していることのボリュームとかはまた別の話。プライベートでは圧倒的にスマホが上だろうけど、ビジネスだとどうなるのかな、とか思ったりもする。

アイスのフタを開けるとベビースターがどっさり。おやつカンパニーの「ベビースターラーメン」を使用したカップアイス「ベビースターonアイス(バターキャラメル味)」が、5月29日から全国のセブン-イレブンで数量限定で先行販売されます。悪魔合体感すさまじい......!

単純にバニラアイスとの組み合わせだけでもヤバい感じがする、アイスとベビースターの融合。しかも今件はアイスがバターキャラメルとか、もう何を考えているのだね、君は。甘じょっぱいという味の遊撃王が口の中で暴れまくることは間違いない。

説明によると昨年にクレーンゲームの景品として登場したものの一般販売化ということで、ヤバさ爆発。

別冊花とゆめが休刊

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別冊花とゆめ(白泉社)が、本日5月26日発売の7月号にて休刊を迎えた。誌面では現在連載中の作品や、別冊花とゆめ執筆作家の今後の掲載予定も明らかに。

実のところ先日発表された直近分の印刷証明付き部数では、少女・女性向けコミック誌のデータ区分で別冊花とゆめのデータが非開示だったため、なんでだろうという疑問はあった。ARIAはすでに休刊が決まっていたから理解はできていたのだけど。今日か明日あたりに記事としてまとめる予定ではあったのだけど、よもや今日付の号で休刊告知とはねえ......。

現時点でアマゾンにおいて該当号の表紙は未掲載。けど公式サイトではすでに掲載されている。表紙に大きく「最終号」と書いてあるので、休刊のネタバレになるからってことなのかな。記事の掲載タイミングもゼロ時だから、ある程度は認識されていたのだろう。


5月29日発売のローソンの新商品一覧を見ていた際に、一目で「ああ、これはヤバい代物が登場するな」と思ったのが、このチョコミントタルト。チョコとタルト、ミントとチョコ、それぞれの組み合わせだけでも結構危ない仕上がりになるのは想像できるのに、それが全部一体化しているとは。

ミントとマスカルポーネ(クリームチーズ)を合わせたクリームって、どういう味なんだろう。それをタルト生地で食べるとか、もう卒倒ものだよなあ。


先日の【pixivFANBOXと投げ銭の話】は税制法上の問題がどうなるのだろうという非常にクリティカルな話がまだうやむや状態なので躊躇している部分が大きいのだけど、他にも「パトロンサービスを使うとなると、それ専用のコンテンツを作って提供する云々となり、作り手側の負担が増えるし二重展開的な作業工程となる。なんか本末転倒の気がするのだけど」というもやり感があった。

同時に、「FANBOXでも何でもいいのだけど、募金箱というか支援システム部分のみをがっつりと使わせてもらい、活動そのものは極力そのままにするってのはどうなんだろう」というのも考えとしてあった。要はお金周りの部分のみを丸投げして、活動はそのまま。支援する側のメリットが小さくなる...というかクラウドファンディング的なものとは少々異なる形になるけど、本来パトロンの本質ってそういうものでは無いかと(中世時代のはそこから一歩踏み出して「自分達の思うがままに創作品を作れ」となってたのもあったけどね)。

で、今回の御意見の中に、ほぼ考えていたのと同意見のまとめ文章があったので、覚え書きも兼ねて。


無論反社会的な行為や造形が対象だったり、ギャンブルなどのような他の社会行動・日常生活に影響が生じるものだったり、さらには第三者に悪影響を与えたり、法的に問題が生じるようなものなら話は別だけど。

個人的な趣味やコレクションに関しては、その人の絶対正義というか宗教信奉に等しいものがあるので、それを否定する事は存在そのものの否定に他ならない。カレーが好きな人がカレー嫌いの人に「何でカレーなんて食べてるの」と言われるようなもの。ネタ話として出てくる「貴方が吸っているたばこ何年分であの車が買えた」ってのも、実はこれと同じ類の話では無いかと思ったりもする。

繰り返しになるけど、法への抵触や日常生活に著しい悪影響を与える、第三者にマイナスの影響を与えるなどの問題が生じているのならともかく(ゴミ屋敷とか好例)、自分の価値観で相手の価値観となる趣味を否定してはいけない。

(学校の)運動が苦手になる理由

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例の某大学でのスポーツ競技のお話から派生する形で。「筋肉はすべてを解決するとかいうのはウソじゃないか」という話と共にあがったのが、このような学校教育における体育での「一体感に対応できない人の想い」。要は連帯責任で自分が足を引っ張るのが分かっていたので、そのことがプレッシャーとなり、体育、さらには運動そのものがますますイヤに、苦手になってしまうというもの。

漫画だとそれでも頑張って何とか皆について行ったり、練習して人並みになれるってオチなんだろうけど、世の中そううまくはいかないし、他の子供もそこまで人はできていないのが実情。それに本人自身の劣等感はそれほど簡単にはじき出せるものじゃない。

まぁ、この辺りの話、まったくもって自分自身にも当てはまったものではあるのだけど。


「#にわかには信じられない玩具」という大喜利ハッシュタグに登場した奇妙なアイテム。アメリカンな人形に複数のカラスがかみついている。なんだこりゃと思ったけど、パッケージのタイトルを見てなるほど感。ヒッチコックのホラー映画「鳥」と、バービー人形とのコラボ的アイテムだ......って、どうしてその二つを掛け合わせたのか。

幼児用座席付自転車の問題点

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消費者庁からの注意喚起としてだけど、当方自身も外回りでデパートやスーパーそのもの、あるいはそのそばに足を運ぶと、イラストのような事案を見かけることが少なく無い。子供が大人しくしていればいいけど、動き出したらどうするのよ、的なはらどき感がある。最近はそれを考慮して、自転車のストッパーが太めになっているのもあるけど、そんなのだって付け焼刃にしかならない。子供が大人しくしていても、何らかのきっかけで転倒することだってありうる。

だって時間が無い、面倒くさい、子供がいやがる、手間がかかる。理由は分かる。けどリスクが体現化したら大変なことになるのは子供自身。これまでコケたことは無いから大丈夫。それは今まで運がよかっただけ。

ガリガリ君の新作はメロンソーダ味

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赤城乳業株式会社(本社:埼玉県深谷市、社長:井上創太)は、「ガリガリ君メロンソーダ」「大人なガリガリ君レモン(マルチパック)」を2018年5月29日(火)から全国で発売いたします。ガリガリ君メロンソーダは、メロンソーダ味のアイスキャンディーの中に、メロンソーダ味のかき氷が入ったアイスキャンディーです。外側の甘く爽やかな味わいのメロンソーダ味中のアイスと、乳製品を使用した甘くマイルドなかき氷で、メロンフロート味のような味わいをお楽しみください。

メロンソーダというとデパート内のちょっとオシャレなレストランで子供向けに出されるドリンクとか、駄菓子屋で買える粉ジュースの定番とか、そういうイメージがある。まぁ、飛びついてまで飲みたいというわけでは無いけど、普通のジュースよりは格上の、高級感を味わえる的な、というところかな。

今件「ガリガリ君メロンソーダ」では上にアイスクリームがのっかっている、メロンフロート的なものをイメージしているらしい。まぁ、元々がアイスだからこれはアリなのだろうなぁ......ってバニラアイス部分の要素が無いのか、これ。「メロンソーダ味のアイスャンディーの中に、メロンソーダ味のかき氷が入ったアイスキャンディー」だから、メロンソーダの満漢全席。


これは何も料理に限った話では無く、お店のラベルが書かれている商品を写真に撮って掲載する時の注意点として。当方のタイムラインでは頻繁ってレベルでは見かけられないのだけど、料理の作り方を指南するよって感じで、材料の一覧をばっと表示して、それを調理していく過程を写真で見せるってのが結構あるらしい。いくつは当方も見たことはあるけど。

で、そのような写真を掲載する際に、材料そのものを直接映すのならともかく、パッケージのラベルまで映すのはどうよ、というもの。まぁこれはそのままその通り。全国チェーン店のスーパーでも●×店とか書かれていたら、その店は容易に特定される。地域特有のお店でも、昨今ではすぐにインターネットで検索して、すぐに答えが出せてしまう。

その類の材料をわざわざ遠征して買うってことは考えにくいので、しかも料理は自宅で作るものだから、自宅の近場にこの店はある、そして店が特定できれば生活領域が容易に判明してしまう。


数十年にわたるデフレ時代で就職面において大変な苦境にあった世代、ロスジェネ世代。その中でも男性層に対し、なんでこの人手不足の中に置いても、企業側は冷淡な姿勢を見せるのかという話に関して、雇う側は経験やら知識やらが「通常に働けていた人同様のレベルのでないとだめ」、働く側は「今までそのような働き方がしたくてもできなかったので、求められている資質は無い」との指摘。それに対する回答的なものがこの引用。

資質、経験的には新卒と同じ状態になっているロスジェネ世代に対し、年齢で無く資質の観点で仕事を任せると、新卒と同じようなアプローチが必要になる。それは仕方が無い(年功序列制が残っていると、スキルは新卒同様なのに経験者同様の対価を支払わねばならないとか、雇われた側は年齢と比して不相応に低い額しか手に入らないという問題はあるけど)。問題なのはむしろ指摘されているように、新卒に対する教育と同じようなリソースを投入しても、そのリターンが企業にもたらされるのは通常の新卒と比べたら半分ぐらいしかないというもの。

...ただこれって、その新卒がずっとその企業にいたら、の話ではあるのだけどね。そしてそのような、従業員に対して手厚い保護を考えている企業なら、今のような人手不足の時代に、リターンがもたらされる期間が半分ぐらいしかないけど、どうよ? といわれて躊躇するのかな、と。


日本は4月で年度替わりをするため、教育課程では4月生まれの人は最大で1年近く他の人よりも早く生まれたことになる。それだけ長い期間、他人よりも早く世に生まれて生活をしてきたのだから。大人になってからの1年近くはさほど違いは生じないけれど、子供の時の1年近くは結構大きなものとなる。

結果としてどうしても、4月生まれの人の方が、体力やら学力で優れた相対位置を手に入れることになる。これは確率論としては間違いないけど、統計的にその通りの結果が出ているか否かについては、まだ未検証なので精査をする必要がある(小学生で何月生まれ毎に成績のデータなんてあるのかしら)。

それとは別に、その生まれ月によって生じる差異が評価につながり、評価は自信につながり、経験値も上乗せされる。結果としてますます伸びていく、飛躍していくってのは面白い話ではあるし、納得がいく。子供に得意なことを見つけさせる、自信をつけさせるってのはこういうことなのね、という理解ができる。


前提の言葉の定義の問題として「うそ」ってのは口にしたり表現した時点でそれが虚実であることを当人が認識しているものであり、語った当時は本当のことだと思っていたけど後で間違いがあると判明した場合には、「うそ」と呼ぶこともあるけど同等のものでは無いよな、ということで(双方とも「うそ」なら、歴史家のほとんどはうそつきになってしまい、言葉の表現がおかしなものになる)。

で、前者定義における「うそ」がくだんの某スポーツ関連で指摘されている。そのお話の解説と、それら絡んだコメントで、興味深いお話が。「嘘やごまかしは必ずバレる」ってのはやや語弊があり、バレる可能性が随分と高まったというまでの話。むしろその後の、「情報を隠蔽するほうが低コストだったが、ネット以後は情報を流通させるほうが低コストになった」というのはなるほど感。

「他の人が使っていて自分が使えない!」とか、「2台を使って兄弟と対戦・協力プレイで遊びたい!」とか、「自分の部屋でじっくり遊びたい!」なんてこと、ありませんか?そんな「自分用のNintendo Switchが欲しい!」という方に朗報です!(中略)テレビに出力するためのドックや、充電のためのACアダプターなどはすでにご家庭でお持ちのものをお使いください。

第一印象は「二代目セットとか、もう買ったのが壊れた人向けのセットを出すのか」という感じで、ものの見事に読み間違えていた次第。要は世帯ベースで2台目を買いたい人のために、通常のセットをもう1台買ってもダブるだけだよな的なパーツを省いて、少しお安く出してあげましょうというもの。これは合理的ではある。確かにゲーム機を複数所有していると、似たような、同じケーブルがどんどん増えてえらいことになるからねえ。

その一方でだぶったものは予備として使うってことを考えている人には、あまり意味の無いセットには違いない。


何でもかんでも「できっこないす」と突っ込むデキッコナイスと、何でもかんでもやってみるやっ太との掛け合い漫才的なお話で、色々な科学や日常生活の不思議を説明していく、子供向けの科学読本「できるできないのひみつ」。厚表紙の学研まんがシリーズとして、覚えている人も多いだろうけど、それがこの度電子書籍版で復活することになったとのお話。

紙媒体版での復活が無いのは、やはりコスト的な問題でハードルが高いからなのだろうなあ、と。見方を変えればコスト面では難しい出版も、電子書籍版としてなら不可能では無いってことの実証例ではある。

「判断力は有限のリソース」

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自由業や自営業、特にクリエイティブ系の人に対して、よく行われるアプローチ。友達だから、知り合いだから、さささっとやっちゃってよ、しかも無料で、あるいは破格値でとかいう話。あるいは官公庁からのお話でも似たようなものはよく見聞きする。

これって結局、対象となるお仕事やその成果を、その程度のものとしてしか認識していないか、あるいはお金の概念そのものをよく分かっていないかどちらかだよね、と。指摘されている通り、自由業や自営業で行われているお仕事の数々は、無数の判断の集約物であり、それはその人だからできる、とびきりのもの。

当然、各判断とそれに基づいた作業では、その人が持っているリソースが削られていく。その対価として工賃をいただいている次第。お安くとかタダでってのは、それらのリソースに価値を見出していないってことでもある。

以前も言及した記憶があるのだけど、特にクリエイター系の人の成果への対価ってのは、そのままその成果はもちろん、作った人への評価にもつながるのだよね。だからタダでやれってのは「俺はお前をタダ仕事をする人にしか評価していない」ってことを意味したりもする。失礼極まりない。


某球技におけるあれこれが問題される中で、色々と納得してしまった話。タイムスタンプを見れば分かる通り、ツイートされたのは例の事案より前の話だけど。そして今件はすべての事例に当てはまるというわけじゃないけど、少なからず該当するのではないかな、と。さらにフィジカルな話に限ったものではないけれど。

自分のスキルがある程度自覚できる、さらには他から認識されると、ついその力を振りかざしてしまいたくなる。力に翻弄されるとか、強い力のとりこになるってやつ。物語で妖刀に操られて云々ってのがあるけど、恐らくはそれもこの類の一つなのでは無いかなあ、と思ったり。ともあれ、自分が他人よりも秀でているのが分かると、よほど割り切っていたり思考ベクトルが普通の人と違っていたり、何らかの経験を得ていないと、それを濫用してしまいがちになる。それは好ましい状況では無いので、併せて礼節を教え込まねばならないというもの。

力には同時に制御するものが必要となる。人の場合はそれが礼節に当たる。要は、力を持ったものの暴走を止めるための歯止めが礼節であり、力を持つ者が勝手に見につけるものでは無い、と。

生物はセンサーのかたまり

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センサーというのは精査対象となる動向を逐次取得し、その実情を何らかのデータとして取得し、必要な場所に送れる装置・仕組みのこと。機械としてはレーダーがよい例かな。で、生命体ってのはそのセンサーのかたまりであるって表現は、指摘されてみるとなるほど感。髪の毛などごく一部には触感は無いけど、それ以外には大よそ周辺の状況を取得し、脳に伝えて判断させる機能があるし、いわゆる五感ではそれぞれ専用のセンサーがあって必要なデータを取得できる。まぁ、例えば手で美味しいと判断できるとか、耳で匂いをかぐことはできないけど(連想による類推は可能)。

と、なると、人間が生物と同じような挙動のものを作るとなれば、センサーをまず最初に考えるべきではとの話にも納得感。もっとも仮にセンサーを作ってそこからデータを取得できても、そのデータをどうやって処理して判断させるかは、また別の難しい問題となるのだけどね。


第一印象では新手のグーグルトレンドかなと思ったけど、よく考えてみたらインターネットそのものがそんな昔から登場しているはずも無く、その時代に関連するワードが確認できるはずもない。各言葉の頻出度合いは納得できるものだけど、このNgram Viewerってなんだっけ。

まんが4コマぱれっと 2018年7月号読了

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↑ まんが4コマぱれっと 2018年7月号
↑ まんが4コマぱれっと 2018年7月号


定期購読刊の4コマ誌のうちの1つ。一迅社発行。表紙は「サキュバスさんのはつしごと。」。色合いのせいか表紙に限れば、随分と絵柄が変わったような雰囲気。巻頭カラー特集は「すのはら荘」。


良かった探しなる言葉があるように、世の中のあれこれの中から嫌いなものは極力避けて、自分の好きなものばかりを食べるってのが一つの方法論ではある。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、自分の想いに正直になることで、ストレス無く生きることができる。これは正解。

他方、ムッチャ嫌いというか本能的に近寄れないほどの拒否反応を示すものならともかく、そうで無いレベルの好きじゃないものにも手を付けて、ちゃんと見極めて文字化・具象化することで、本来好きなものに対する鑑識眼なり表現力が向上するという。これも分かる気がする。

嫌いな要素のかたまり的なものから良いものを見つけ出すのは結構大変で、だからこそ色々な方法を考えたり試行錯誤を巡らせるなどして、好きなものばかりと接していた時と比べ、考え方の多様性が磨かれていく。

ビデオテープのサルベージ現状

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今年の目標としてデジタル系など手元で直接出来ない系の昔の資料をデジタル化するってのがあって、先日MOやデジカメの古い版に入っていたメモリを抽出するのが終わり、VHSデッキも良いものが調達できたので、随時ビデオを再生してデータにしている。

本数は全部で100本超え。これでも以前掃除した時に捨ててしまったものがあるので、本来残しておいたものと比べるとかなり減っている。日常系のはほぼデータ化が終わり、後はゲーム関連でもらった資料映像などのテープ。写真は日常系のもののデータ化したファイルのサムネイル。なんだか懐かしいものやらよく分からないものやら色々と。

中はタイトルそのものだけじゃなくて、合間合間に入っているテレビCMなども貴重な資料だったりするけど......それを抽出するのはまた別の問題。ともあれ、テープそのものが物理的にアウトになる前に、データ化を果たしておかないと。


ちょいとドタバタしていて記事の展開はもう少し後になるのだけど、先日2018年第1四半期の印刷証明付き部数が公開され、中身をちらほら確認している。で、気になった動向として、週刊少年サンデーの部数が30万部を割り込んだ。

確か40万部だか50万部を割り込んだ時には大騒ぎとなった記憶があるのだけど、30万部われでは現時点で静かなもの。予定調和的なものという認識なのかな。

日本レコード協会(RIAJ)は、2018年第1四半期(1月~3月)の音楽配信売上実績を発表した。音楽配信売上は、前年同期比113%の161億円。音楽配信売上金額におけるストリーミングのシェアが49%となり、ダウンロードを超えた。

あくまでも2018年の第1四半期のみの話で、年次ベースではまだなんだけど、今後何かイレギュラーな事態が生じない限り再びダウンロードが盛り上がるってのは考えにくいので、このシェア動向は次の四半期以降も続くのだろうから、年次でも同じような結果が出るのだろう。

米国ではすでに2017年時点で楽曲方面ではストリーミングがダウンロードの売上を超えていたけど、日本でもこの四半期で同じような状態となったわけだ。何か特段変わった状況に転じたってわけでは無いけど、確実に転換点となったことに違いは無い。


先日の【ウェブでの無料公開とセールスの問題と】の後日談というかレスに関するお話。これは楽曲系ファイルの収集にもいえることなんだけど、利用する分には問題ないどころかかえって便宜性が高まるのだけど、物理的なアイテムとして存在していないものは、所持欲を満たしてくれない傾向があるんだよね。CDがマイナーな時代となりつつある昨今ではそんなの知らないっていう人もいるのだろうけど、逆にいえばそういう欲を知らないからこそ、流行り廃りが早いというかトレンドが生じにくくなっているのかもしれない。その観点ではCD+握手券ってのは、所持欲を満たす最強の組み合わせなのかもなあと思ったりして。

あと、これは電子書籍に関わる信ぴょう性とも連なる話ではあるのだけど。ウェブや電子書籍では基本的に「他に置いてあるのを読む権利」が得られるのであり、手元に残ることはない。何らかの事情である日突然自分の手元から消えてしまうことがある。無論、紙媒体でも似たようなことはあるんだけどね。燃えたり無くしたり劣化したりとか。けれど、相手の事情によって一方的に消えてしまうのは、理不尽さを覚えるに違いない、と。

株式会社ローソンが、5月15日(火)から5月18日(金)の期間に販売した冷凍食品「ローソンセレクト たい焼」の一部商品において、誤って冷凍食品「ローソンセレクト 今川焼」を包装し販売したことが判明しました。


「ローソンセレクト 今川焼」には、包装に記載のない「卵、乳成分、大豆」が使用されています。卵、乳成分、大豆にアレルギーのある方はお召し上がりにならない様、お願い申し上げます。また、「ローソンセレクト 今川焼」のパッケージに「ローソンセレクト たい焼」が入っている可能性があり、両商品を回収いたします。

【アレルゲン】
「ローソンセレクト たい焼」のアレルゲン:小麦
「ローソンセレクト 今川焼」のアレルゲン:小麦、卵、乳成分、大豆


要はローソンセレクトの今川焼とたい焼きの中身に関して、一部入れ違いが生じていたとの話。どちらも粉ものだし、中に餡が入っているという点でも同じだし、形が違うだけでは、ネタみたいな話......ということで笑い話に出来ればいいのだけど。

森永乳業は、元気をチャージするチョコバーアイス「チェリオ」より、「チェリオ 覚醒チョコミント」を5月28日(月)より全国にて期間限定で発売いたします。 このたび、新発売する「チェリオ 覚醒チョコミント」は、爽快感の強いミントアイスの中に、ビターな味わいの板チョコを入れ、サクサクとしたココアクッキーを混ぜ込んだビターチョコでコーティングしたチョコバーアイスです。チョコ主体のガッツリとした噛みごたえとスースーとしたミントの味わいによって、目が覚めるような満足感につながる1本に仕上げました。

チョコモナカ以上にアイスクリームというよりはチョコを食べている感を堪能させてくれるチェリオに、チョコミント味が登場する。神をも恐れぬ所業にちょいとびっくり。これ、絶対美味いやつ。

ただでさえチョコとミントの組み合わせは最強なのに、それをチェリオでやってしまうとは。さらにチョコはほろにが系にして、ミントのすっきり感をさらに印象深いものとさせている。いいね、大変よろしい。


昔ならせいぜい同人誌で展開していたものが人気を博したり、観察眼を持つ人にピックアップされたりなどぐらいしか機会が無かったのだけど、昨今ではインターネットで情報配信のハードルが思いっきり下がり、さらにそれを用いたサービスも多様なものが出てきたおかげで、小説やら漫画の世界ではとりわけ、ウェブ上で無料公開していたものが商用化される機会がもりもり増えている。αポリスはその辺りをシステム化して企業ビジネス化した良い例ではある。pixivも似たようなことをしているという感じかな。ああ、小説家になろうってのがまさにその大好例か。登竜門的な。

で、そういう状況下において気になるのが、無料公開時の作品をそのまま放置しておいて、商用化したものへの売れ行きに影響があるのか。ツイッターで連載していた漫画が商用化決定ってことになった時に軒並み削除されたり、ウェブ版で掲載していたのが書籍化される際に「本になるから全部消す」というのは結構ある。これって作者本人の意思によるものだったり、企業側の申し出によるものだったりいろいろ。

多分に、ネットで無料にてゲットできるものがあるのなら、対価を払って買う人はいないだろう、少なくともある程度の市場は食われるので売上にマイナスの影響があるから、公開はよくないとの判断だと思う。ウェブ系のメディアがネットに展開するのを嫌う理由に似ている。元々の自分らのメディアでの商品が売れなくなるからダメ、的な。

ただ実際には、というか現状では、全部が全部では無いけど、紙媒体版として提供されるようになってもウェブ版をそのまま残す事例は結構ある。紙媒体版はプラスαされていたり特別な装飾がしてある場合もあるけど、下手すりゃほとんどすべて同じってのもある。けれどやっぱりそういうのも売れる。

若者の●×離れとか

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表は、各メディアや国の機関などで実際に使われた「若者の○○離れ」を一覧にしたもの。「新聞離れ」「結婚離れ」といった、確かに離れている若者が多いと思わせるものに加え、「ケンカ離れ」「暴力団離れ」「覚せい剤離れ」などの、それは離れたほうが良いのでは......と思わせるものまで、その数は無数にあります。


「若者の●×離れ」って言葉は随分と昔からあったんだよというお話。どうも図版が上手く使われていないせいか、冗長な感じもするし、データのあちこちはどこかで見たことがあるような気もするけど。まぁ、整理の意味も含め、一読するだけの価値は十分以上にある。


先日から何度か遭遇している怪しげな広告。記事の内容チェックのために仮投稿してプレビュー画面を出しておき、そのままにして別作業をしているといつの間にかセキュリティのエラー表示画面になっていて、履歴などを確認するとこんな感じになっている。誘導されている最終ページにはアクセスせずに済んでいるのだけど、飛ばそうとしている履歴から逆引きして色々と確認すると、どうやらビデオ系のサイトに登録させて手数料を稼ごうとする広告主がいるらしい。

どの広告がそういうアレなことをしているのだろうか...と探ってみたけれど、残念ながら見つけられず。表示された瞬間に分かるってわけではないし、恐らくは普通の広告っぽく見せているんだろうなあ、と。


先日の某事件に絡んで犯人像がいくつかゴシップ紙やゴシップ系報道で伝えられるに連れ、その報じ方に色々とツッコミが。まぁ、仕方が無いお話ではある。そのツッコミの要旨としては大体引用したようなお話。その情報は果たして事件に必要なものだろうか、と。今件ならば犯人は「オタク」と認識できそうな材料がいくつかあって、だからオタクは云々という話になっているのだけど、それって必要な話だろうか。

例の「凶悪犯のほとんどはパンを食べたことがある」「日本で起きている犯罪のほとんどは、日本語を話す人によって行われている」レベルの迷い事、不必要な情報な気がする。オタクだから犯罪の可能性がある的な連想を容易に想起させる流れは、理不尽さというか、奇妙な文意を感じさせる。5万歩ぐらい譲って、対象事件内容と直接関連し、実証実験的なことを何度も行っていたのならともかく(例えば爆弾魔が心底の爆発物マニアで、陰で違法な爆発物製作を何度と無くやっていたというのとか)。

以前から何度と無く伝えている通り、報道側の大義名分としては「知りたいと思う人がいるから」「詳細を伝えて印象深いものとさせることで、受け手の心に刻むため」。ただそれって、必要の無い欲求を無理やり引き出したり、無理強いしてほしくも無いものを口に押し込むようなものなんだよね。「俺様がそう思ったのだから有り難く全部食え」的な。北斗の拳の下っ端悪人を想像してしまう。

番組と番組の合間にある、数分のダイジェスト版ニュース番組。あの程度の十分なのだけどね。それを膨らませるから、エンタメ色が強くなってしまう。これもまた、プレスとオピニオンのごちゃ混ぜ化による弊害ってことなのだろう。

冷やし中華の具材とコンビニの件

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先日の【具材込みの冷やし中華セットってあると便利だよね】から派生したお話として。そういやコンビニって最近は袋詰めのパッケージの形で多様な食材を提供している。例のサラダチキンが好例で、世の中のトレンドを形成するまでの人気商品となる場合もある。

ならば冷やし中華の具材も似たように、パッケージ化したものを提供すればいいんじゃないかな、とか思ったりする。キュウリは仕方が無い、他の食材で代用するようになるかもしれないけど、結構面白い事になるかも。

でもよく考えてみたら、仮にそういう「冷やし中華の具材セット」を作ったら、コンビニの冷やし中華そのものが売れなくなる。いわゆる共食い。具材単独で入手し難いからコンビニやスーパーで冷やし中華のセットを買っているというのに、それをわざわざばらして売るのは愚の骨頂。具じゃなくて。

技術ギャップと時系列と

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先日亡くなられた大御所歌手の紹介映像で、ぱっと見では分かりにくい致命的な技術ギャップ的お話。メディアデビューならともかく、CDデビューってのは無理がある。CDプレイヤーが民生用として発売されたのは1982年。1972年時点ではまだ各社がしのぎを削って開発を続けていた時代。

まぁ、その辺りの歴史を知らない人には、音楽視聴用のメディアというのはCDというイメージがあるから、仕方が無いのかも......いや、あるいはすでに配信がメインで、昔ならばCDだろうという考えだったのかもしれない。Wikipediaでは「1972年3月25日発売のシングル「恋する季節」で歌手デビュー」とあるので、この「シングル」ってのを「シングルCD」と読んだのだろうか。

で、ネタとしてワープロの文書が云々ってのは面白い話ではあるのだけど、裏付けが取れなかったのでこれは留保。ただ、ありそうな話ではある。気がつかない時には案外全然気がつかないものなのだよね、CDデビューの話のように。

VRと現実世界と

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VRネタが続くのは偶然だぞ、というネタ振りはともかくとして。VRで落語をやるってのは面白い。噺家側は観客の反応に併せてアドリブでちょいとした反応をしてみるってのもできるし、客側は距離を気にせずその場に出席して堪能することができる。また、反応云々を気にしなければ落語の動向をデータ化して、それこそ映画のように何度でも繰り返し楽しむこともできる。

また、データ化したものであるということならば、リアルな落語なら不可能なエフェクトなども色々とできるだろう。ただそれが、落語と言ってよいのか否かはまた別だけど。単にVR落語とかいう名前にしちゃってもいいのかな。

ともかく、この発想は面白いし、色々と応用が出来そうな気がする。また、元々落語ってVRみたいなものではとの指摘もあるし、その考えもありということを考えると、落語とVRって相性が良い気もする。


ガラガラの状態たったとはいえ、公共交通機関内で多人数がVR用のHMDをつけて写真を撮るのはどうなんだろうという問題はさておき。電車の中で某VR用HMDをつけた状態というのがこちら。なんかちょいと未来の情景のような感もあるのだけど、次の瞬間に「未来の情景」って何だろうと考え直し、色々と思うことも。


先日某R18系の雑誌が重大発表として、本誌価格を引き上げるけどそれのおかげで執筆陣の原稿料が上がるよ的なお話をして話題になった。それに絡んだお話。媒体の選択肢の増加やコンテンツ量の増加、選択基準やコンテンツの選択のされ方の変化に伴い、既存のビジネスモデルではそろばん勘定が合わなくなりつつある。一気に生じているのではなくじわりと、けれど確実に。昨今はそのスピードがやや速くなっているので、追いつけなくなるところが出ているまでの話。

で、じきに電子書籍がメインベースとなり、紙媒体版は特典版的な立ち位置になるのでは、との話をした記憶があるのだけど、それと同じような結論に至った人は結構多いのだなという感は強い。単純にコンテンツを楽しみたいだけなら電子版でいいじゃん、それ以上の想いを持つのなら物理媒体版に。まぁ、現状では電子版の不便なところも多々あるので紙媒体を選ばざるを得ないとか、逆に紙媒体は面倒なので電子版にしようとか、別の思惑でチョイスされるケースも多々あるのだけど。

ある意味、オンデマンド版的なものになるのかもなぁ、という気もする。電子版だけが先行出版されて、一定数のオーダーが揃った時点で紙媒体版も刊行される、とか。ちょいとしたオマケ付きで。特定大型書店での小冊子やミニ色紙付きの新刊発売スタイルと、構造はよく似ている。


夏が来れば思い出す、冷やし中華始めました、的な感じで、別に冷やし中華を食べないと命を落とすってわけでは無いのだけど、暑さを感じる季節になるたびに(あるいは熱中症による救急搬送者の話を耳にするたびに)、冷やし中華を食生活のローテーションに加えたくなる。

けれど麺とスープはともかく、色とりどりの具材って、インスタントやスーパーでのセット品では見当たらないのだよねえ。カップ麺では焼きそばタイプのがあるけど、具材はすべて細かく刻まれたかやく状態になっていて、味はあるけど味気ない。あの千切りになった具材を食べたいのに。


あくまでも「気がする」だけなので、実情としては統計調査を取らねばならないのだけど、よく考えてみたら「増えている」と感じたのなら現状と過去を比較しなきゃいけないわけで、現状はともかく過去はどうやって調べりゃいいんだ、こりゃダメだということでパス。なので、あくまでも今件は当方の主観ということで、裏付けの類は無し。覚え書き中の覚え書き。

ということで、本旨はタイトルにある通りでオシマイとなる。ラノベとか投稿小説を原作としたウェブ漫画とかって大抵は出版社単位で専用サイトが作られていて、しかも各作品のトップページでは類似作品やら同日更新した他作品の一覧が出ていて、ちょいと興味をそそられてクリックしてしまう。アマゾンの「こんな商品も買っています」的な。

で、どこかで見たことがあるような画風だなというのを脳の片隅に発した上で気になる作品をチェックし、中身を読むとやっぱりどこかで見たことがあるような。タイトル部分を再確認して作画担当を見て、ああこの人は...という機会が最近増えている。

無論これが悪いとか忌避すべきだという話じゃない。むしろ歓迎している。一般領域で、ラノベ原作でR18もどきな絵が見られるからじゃなく、その先生の新たな可能性が(あるいは元々そういう領域でも活躍していた、能力を持っていた)開けたから。また純粋に、自分の好みの絵柄で新たな世界に触れる機会が得られたのは、嬉しい話に違いない。

そして、そういう先生のシフトが目に留まるようになってきた理由をいくつか考えてみたのだけど。単にラノベなどのコミック化の需要が急増して総動員体制となっているのとか、R18系で活躍し続けている先生はスキルの上でも優れていて品質も保証されているから使いやすいとか。個人的には人の描写が上手い方が多いので、そういう点を買われているのだろうなあ、と思ったり。

まぁ実際、ラノベのウェブコミック化の中には、どう考えてもプロとしてアレなレベルのだったり、原作のテーマに合わない画風にも関わらず半ば無理やり的な雰囲気が強いものもあったりするので、スキルを持ち、しっかりとした作品管理ができる人は重宝されているのだろうなあ、と。

無茶はせず、年相応に

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先日有名な歌手の方が意外なほどの若さでお亡くなりになり、それまでの病歴や行動が改めて着目されるに連れ、年相応の行動に関して注目されるようになった。サウナがよい例で、指摘されているような選択をする人もしばしば見受けられる。

何もサウナが悪いってわけでは無い。これは誤解しないように。問題なのはサウナに入るという行動が、イメージ以上に体力を使うものであり、それを知らずに利用していると、身体に不必要な負荷を与えてしまうことになる。無論、身体を鍛えるためには相応の負荷が必要なことがあるけど、50歳......まぁこれは人それぞれなのでその仕切りは絶対では無いけど......にもなれば、負荷をかけて鍛えるよりは、無理をせずに現状を維持した方がよい場合が多い。年相応ってのはそういうこと。

月刊COMICリュウ休刊発表

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月刊COMICリュウが6月19日発売の8月号で休刊を迎えることが、本日5月19日発売の7月号で明かされた。連載作品はWebへと移行予定。詳細は休刊号にて告知される。

記事のタイムスタンプがゼロ時きっかりであること、例の休刊雑誌一覧にはまだ掲載されていないことから、恐らくは直前に報道規制解除のリミット付プレスリリースが流れたか、早売り版を調達した報道が配慮というか形式的に発売日当日ということで報じたのかな、と。

ともあれ、ウェブ上で色々と作品展開もしていた月刊COMICリュウが休刊。説明にもあるけど、今誌って、「2011年8月号にて休刊が発表されるも、9カ月後の2012年5月号より発行が再開され」という、一度倒れてまた蘇るという、奇跡の復活を成し得ている。雑誌が廃刊では無く休刊となるのは、「一時的なお休み」という大義名分と、「一度取得した雑誌コードを失うのはもったいない」という実情的な理由があるのだけど、その大義名分が実態化したパターン......ではあったけど、再び休刊。これもまた珍しい話に違いない。


先日ちょいと話題に上った、中国業者による億単位のIDなどとパスワードの組み合わせのデータの漏えい問題。恐らくは似たような話は山ほどあり、今回はたまたま数の多いセットの漏えいが表に出たまでのお話。で、こういう元データが流れてしまうと、該当の組み合わせをしているサービス自身では無く、他のサービスに対する無差別攻撃にも使われてしまう。

どういうことかというと、ある場所で使われていた合い言葉が他の場所でも使われているかも、との推測の下に、総当たりでチェックをされてしまうってこと。他のサービスでも同じIDとパスワードを使っている人はゼロでは無い、だろう。そういう人が対象になれば、別のサービスからのデータ漏えいでも被害者になり得てしまう。例えが雑だけど、自転車と家の鍵が同じ人がいたら、自転車の鍵を盗まれてしまうと、家にも不法侵入されかねないってこと。


スマートフォンではその類のポップアップは遭遇したことはないけれど、パソコンでは一昔前は結構そういうのがあった。特に情報商材系のサイトやブログではもりもり。商用系でも結構。

送信側としては「気付きを得させる」「確率論としてゲットできるかもしれない」という思惑があるのだろう。実際に、その類の仕組みを導入すれば、相応に成果は得られる......のだけど、陰に隠れる形で指摘されているような、サイトそのもののアクセスを忌避してしまうというマイナス効果も発生する。

ただこの類のマイナス効果って、よほどのもので無いと数字化されない。なので、プラス効果となるメルマガ会員登録数の増加などばかりが目に留まり、もりもり繰り返されるという悪循環。気がついた時にはもう遅い、というもの。まぁ、利用しない人に「どうして利用しなくなったのか」と聞くわけにもいかないし。


元々ツイッターやFacebookでの「いいね」は好評価、ポジティブな意思表示を意味するものだったけど、現状では単なる覚え書きや既読サイン、さらには相手へのパッシブソナー的なものとしても使われるようになっている。Facebookでは感情表現アイコンを選択肢にして、色々な方向性の意思表示が可能となった。

他方、その意思表示を受ける人には、具体的なメッセージで無くとも何らかのアクションを受けただけでも、確実に評価を受け取れることになる。やれ拡散しろとかリツイートして欲しいという話もあるけど、それはまだステップが上がる、別次元の話。まずはよいものだと思ったら、素直にその声が聴きたい。まぁ、拍手が聴きたいってことだな。

マゾン・ドット・コム傘下の米高級スーパー、ホールフーズ・マーケットは16日、アマゾンの有料会員向けの割引を始めると発表した。店頭のセール商品をさらに1割値引きするほか、週替わりで人気商品を会員にだけ割引する。会費を2割値上げした代わりに特典を増やし、会員の獲得やつなぎ留めにつなげる考えだ。

日本ではまだあまりピンとこないお話で、それもそのはず、アマゾンか傘下に収めたスーパーホールフーズ・マーケットってのは日本には無いからね。もっとも、規模としては随分と大きなもので、アマゾンの決算短信にも影響が結構出てて、それ関係の記事でも言及した記憶がある。

で、お話としては、アマゾンのプライム会員の年会費を上げたことで会員数が減るのは困るから特典を増やそう、その特典の一つとして傘下の実スーパーの割引も受けられるようになるよ、というまでの話。シンプルだけど、面白い。実店舗を持っている強みが出ている。

まぁ、似たような話は例えば、トイザらスオンラインに登録しておくと、そこから発行されるクーポンを実店舗でも使えるようになる、という感じかな。ただ今件は有料サービスを使っていると得られる特典ってことだから、もう少しハードルは高い。

ミスドで新メニュー続々登場

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株式会社ダスキン(本社:大阪府吹田市、社長:山村 輝治)が運営するミスタードーナツは、幅広い時間帯に利用していただける軽食事メニューとして「ホット・セイボリーパイ ハムと煮たまご」「セイボリーサンド・ドーナツ ハムコーン」「トッピング・ホットトースト コーンとたまごチーズ」「ピリッとサルサチーズドッグ」の計4種を発売します。この度発売する軽食事メニューは、夏に食べたくなる具材を使用して、季節を感じていただけるようにしました。

ドーナツの市場をコンビニに食い荒らされたけど、コンビニのドーナツも大ヒット継続中ってわけではなさそうなので、ミスドにしてみれば勝手にやってきて市場を荒らされただけという思いが大きいのだろうなあ、と。そんなミスドは案の定色々と頭を抱え、喫茶店のモーニングメニュー的なものを始めたのが昨今の動向。牛丼屋が最近夕食メニューを提供するようになったのと動きは似ているし、ハンバーガーチェーン店が最近さらに朝食に注力しているのと方向性は似ている。

ミスドの朝食っていうと結構オシャレそうに見えるし、実際に提供される「ミスドゴハン」の中身も、今回の新メニューも併せ結構よさげ。ミスドにはコーヒーがちゃんとあらかじめ用意している辺りまで考えると、やはり喫茶店をイメージしているのだろうなあ、と。

ただ、コスパ的にはどうなんだろうという気がするのは否めない。喫茶店のモーニングと比べると、100円玉数枚分は上乗せしなきゃならないような気がする。

米Twitterは5月15日(現地時間)、Twitter上の「会話の健全性」向上対策の一環として、「行動シグナル」の採用を発表した。このシグナルを各ツイートに結びつけることで、会話(ツイートとそのコメント)と検索結果での悪意あるツイートの表示を減らせるとしている。(ITmedia NEWS)


このシグナルは、ブロックされたことが多いアカウント、同じIPアドレスで多くのアカウントを作っているアカウントの1つ、過去に利用規約やポリシーに違反したことのあるアカウントと関連性が高いアカウントなどからのツイートに結びつけられる。


要は荒らしっぽい行動性向というか、荒らしをする人の行動理由を元にそのパターンに該当し得るスタイルを条件付け、合致したアカウントを表示しにくくさせるというもの。該当する「行動シグナル」の具体的条件は明示されていないけど、これは明らかにしてしまうとぎりぎりでそれを避けるように出来るツールが開発されてしまうため。検索エンジン対策と似たようなお話。

この類の話は該当する条件付けの精度によって成果は随分と違ってくるし、誤判断の類も考えられるので諸手を上げて賛成ってわけにもいかない。けれどメリットとデメリットを比べて、メリットの方が多いのならば導入してもらうしかないのだろうなあ、と。何より「問題に対処していますよ」というアピールになることに違いは無い。


無論実情としては説明する側がつたない、不十分という事例もあり、それに該当するか否かはケースバイケースであるのだけど。指摘されているような事例が多々見受けられるのもまた事実ではある。特に昨今では毎日のように、朝日が昇る時間から時事関連の話において、大の大人がこういうことをやらかしているので、悪い意味での見本となってしまっているのだろうな。ああいうことが許される、あんなことをして自分の都合の良いように誘導することができる、と。

で、説明する側には説明するだけのコストもかかるので、そのことを考えると費用対効果の上で意味があるのかってそろばん勘定をしたくなる。追加のリソースを投入して説明したとして、そのリソース分で相手を理解させるだけのメリットはあるのか。さらに追加リソースの投入で相手が理解できる可能性はどれだけあるのか。ならばそのリソースを他の事に振り分けたり、別の人に理解してもらうために割り当てた方がマシではないか、と。孫氏の兵法でも似たような話はあったよね、競走馬の対決の件で。

新作の情報はSNSで流れてくる記事の見出しや、メーカー公式の生放送などで拾うもので十分に感じる。最近は公式サイトがとても充実しているし、体験版を出すという施作も多い。発売前のこの作品のココが面白いみたいな記事を読んでも、公式サイト以上の情報が得られるものなんてほとんどない。定期的にゲームソフトの発売日カレンダーを見て、欲しいソフトを早めに予約するだけで十分だし、見慣れないタイトルは公式サイトに飛んで内容をざっと確認してから買う

ゲーム業界の流れの一つとして、直接の一次情報を云々するのはメーカー自身がやっているしその方が確証性は高いから、専門誌などの雑誌の一部には二次情報ならではの価値を盛り込んで読み応えのあるものを提示するようになってきた、と。ビジネスモデルとしてそれがそろばん勘定的に成り立つのか否か不安だというのは、それはまさに然り状態。ゲームをコンテンツの一つと見据え、そこから派生した新たなコンテンツとして提供できれば、それはそれで面白いのだけど。その最終形態の一つがゲームをバックボーンとしたラノベとか漫画とか、なのかなとも思ったり。

で、指摘されている通り、昨今においてゲームの公式サイトや情報が充実してるのは、ネットで悪質に歪められて伝わってしまう対策ではある。無論メーカー側にそれなりの意識と体制が整っていないと、アレでナニなものになってしまうけど。分かっているところはしっかりとやっていたりするから頼もしい。米大統領の直接的な情報提供も、概念的には同じものだろう。下手に丸投げすると勝手解釈で間違った認識が公知されてしまうから、だったら確かな情報を直接投げてしまおう。......えーと、不特定多数に情報を分かりやすく簡素に伝えるという、メディアの役割が果たされていないってことでもあるのだな、これ。与えられた仕事しろ、と。

増えた収入は時間に充てよう

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アカウントの主旨である筋肉とはほとんど関係の無い話ではあるのだけど。時間は蓄積したり引き出したりはできないので、それ故に非常に大切なものであることに違いは無い。そして指摘されている通り、ある程度はお金というリソースで代替できてしまう。歩いて3時間かかるところも、タクシーで行けば30分で済む。お金はかかるけど2時間半は時間を圧縮できる。

よく見ると分かるのだけど、お金で時間を買うってのは、多分に他人の時間を買うことに他ならないのだな。アルバイトを雇ったり、家事代行をしてもらったり、業者に委託したり。それらはその人達の時間を消費してもらい、結果を出してもらっている。様々な道具を使って時間短縮を図った場合も、結局はその機械を作ったり販売している人の時間を間接的に買ったことになる。

「今なら無料」「特割プラン」など、企業が広告で商品の安さや効果を強調する際に示す注意書き(打ち消し表示)。消費者庁が、実在のスマートフォン広告に近いサンプルを使って調べたところ、最大94.3%の消費者が打ち消し表示を見落としていた。消費者庁は事業者に対し、強調と打ち消しが同時に認識できる表示を求めるとともに、消費者に対しては「無料、おトクといった内容が印象に残った時は、他に制約条件がないか注意する習慣をつけてほしい」と呼びかけている。

昔からよく言われてきた、だまし討ち的なウェブ広告には注意しましょうというお話。宣伝手法の一つだから何も悪い事はしていないというのが広告業者側の言い分なんだけど、正直なところ詐称とか錯誤誘導と何一つ変わらないというかグレーゾーン的なものに違いは無い。

で、以前から何度か言及しているのだけど、パソコンと違ってスマートフォンの場合、表示画面面積が限定されていることに加え、インターフェイスが使いづらい、特定領域を見るのに注力されているので、全体像を認識し難いってのがあるのだよね。

松屋の新作はタルタルチキン定食

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2018年5月22日(火)10時より「和風タルタルチキン定食」を新発売!鉄板でジューシーに焼き上げた鶏もも肉に、生姜ダレをかけ、さらにたっぷり玉子、シャキシャキ玉ねぎが入った松屋謹製のタルタルソースをふんだんにかけた「和風タルタルチキン定食」はボリューム満点な逸品です。

タルタルソースはチキンとの相性抜群であることは言うまでも無いのだけど、問題はそのタルタルソースそのものの旨味。松屋のチキン料理の巧みさはもう知られているところだけど、タルタルソースがどこまで美味しいか、それが問題だ......ってポテトサラダを見る限りでは大丈夫そうに思えるけどね。

新聞の世論調査の件

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世の中に色々と動きがあると、頻繁に行われるのが世論調査なるもの。特に新聞では一般の人はどう思っているのかという需要があるに違いないとの思惑からか、あるいは世論がこうだから事実などどうでもよくてこうすべきなんだという意図からのものか、盛んに調査をしてその結果を記事にしていたりする。

最近ではツイッターで投票機能が実装されていることもあり、その類の投票調査も結構実施されている。けれど、ツイッターでの投票は、調査対象母集団が偏った人気投票以上のものでは無い。ツイートした本人の属性でずいぶんと投票者の属性が偏るし、ツイートの内容でも広がり方が違ってくる。興味が無ければそもそも読まれないし投票もしないしリツイートもされない。これでは世間一般の意見としてどのような状況なのか、分かるはずもない。カレー好きのグループ内で「カレーは好きですか」と尋ねるようなもの。

そしてそのような調査対象母集団の偏りだけではなく、質問の様式でも大きな回答の変化が生じてしまう。同じ質問でも順番を変えただけで、回答の傾向が変化してしまう可能性だって多分にある。ましてや質問の前に色々な前提の解説をしていたのでは大きな変化が生じてしまう。

さらに定点観測の、同じような様式の調査ですら、タイミング次第で大きな変動が生じる。大地震があった直後に調査を行えば、自然災害への恐れが結果に大きな影響を与えるのは当たり前。それは短期的な影響を与えたという点では記録に値するけれど、中長期的な影響としてはまた別の話。フルマラソン直後に「走ると疲れますか」と聞けば、誰もが疲れたと答える。それぐらいのことなのだな。


これは以前にも紹介した記憶があるのだけど、そろそろ新入生が入学時のどたばたから解放されて一息つく時期であろうことから、改めてというお話。

大学生の場合は結構カード作りのハードルは低かったりする。むしろカード関連会社から作りませんか的なアプローチも来たりして。当方の時には卒業前だったかな、業者が大学内でカード作りませう的なイベントと特設会場設けていた記憶がある(大学との協賛だったのかな)。

ところが大学を卒業して社会人になると、カードが作りにくくなる事態ってのは結構発生する。一般企業に就職すればまだしも、自由業や自営業を選択した場合とか、企業勤めでも社の内容によっては...ということもあるかもしれない。作れるものは作れるうちに作っておいた方がいい。VISAかMASTER、どちらか一つあれば十分。


直接対面で口頭にて伝えたり、手紙や電話で連絡するのではなく、電子メールで先生などに連絡が出来るようになった時代。距離感や立場のハードルを考慮せずに情報を投げられるので、ついついフランクな感じでやってしまいがちだし、そもそもそういうのは義務教育で習っていないような気もするし、仕方が無いのだけど。

目上の人への意思伝達はメールに限らず相応の様式というか手続きというかしきたりってのがある。そんなの知らんよ、と言われればそれまでだけど、受け取る側もそうだよね、知らないから仕方が無いよね、で勘弁してくれるとは限らない。

最低限のルールというかマナーの類は知っておくべきだし、実践する必要がある。今件のようなお話もその一つ。何もかしこまることは無く、守るべきところを守ればいいだけの話。

株式会社すき家本部(本社:東京都港区)が展開する牛丼チェーン店「すき家」では5月16日(水)に、シャキシャキのレタスをたっぷり使用した「シーザーレタス牛丼(並盛500円)」「シーザーレタスカレー(並盛640円)」を新発売します。

シーザーサラダっていうと居酒屋のメニューではお馴染みのヘルシー感覚なサラダ。それのレタスメイン版をガッツリと使った牛丼とカレー...って写真を見るとご飯がまったく無いように見えるけど、別の報道写真を見る限りではそんなことは無く、ご飯の上に牛肉やらカレーがあり、その上に山盛りのシーザーレタスが乗っているのでご安心を。

満腹感を底上げするために野菜を食べるってのはよくある話だけど、だったら最初から載せてしまえってのは合理的、というか丼もののコンセプトにはまったくもって一致している。

ポテチと茶漬けという悪魔的コラボ

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株式会社 永谷園(社長:飯塚 弦二朗、東京都港区)は、株式会社湖池屋(社長:佐藤 章、東京都板橋区)の新商品「KOIKEYA PRIDE POTATO 天ぷら茶塩」をかけあわせる禁断のグルメ『ポテチ茶づけ』を、両社の"公認"の味わいとして展開いたします。一部のポテトチップスユーザーに密かに楽しまれている"禁断のグルメ"に、ポテトチップスを世に広めるパイオニアである湖池屋が着目しました。ポテトチップスを"二度楽しむ"という、これまでにない両社公認の味わいを実感していただく試みとして、プレゼントキャンペーン「湖池屋×永谷園『KOIKEYA PRIDE POTATO 天ぷら茶塩』は二度おいしい!ポテチ茶づけキャンペーン」を2018年5月14日(月)~5月28日(月)に実施します。この機会にぜひご体感ください。

要は提案型のコラボ企画で、お茶漬けにポテトチップスを合わせて食べてみようというもの。両方をセットにしたものをプレゼントするから、当たった人はぜひ試してみてほしいし、外れても自前で用意してやってみてね、というネタ。

お茶漬けの素に入っているおせんべいは、あのパリパリ感を味わえるのならば他のでも全然かまわないし、ポテチも袋の底にたまっている細切れのを茶漬けとかに振りかけて食べてみた経験がある人はいるはずだから、悪い話では無い。しかも今回のは天ぷら茶塩のポテチが対象なのだから、美味しいに決まってるじゃん、的な雰囲気が。

ワクチン問題と朝日新聞の品質と

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先日第一報を該当の朝日新聞記事で見た時には猛烈な違和感があったのだけど、また朝日かということで中身は見ずにスルー。で、色々と指摘がされているのを確認し、その違和感が確証となったという次第。タイトルと実態がまった真逆に読めるってのはどういうことだ。

文字数云々以前の問題で、記者の勘違いやら意図的な錯誤誘導のものやらはともかく、これが編集・校正チェックを通ってしまうのはどういうことだろう......ってこれ、ウェブの限りでは無記名記事なんだよねえ。

タカラトミーアーツから「ポン・デ・ライオンと仲間たち」のフィギュアがガチャで発売されます。6月下旬に発売予定で、全5種、1回200円。ふわふわもちもちのドーナツが食べたくなる!

ガチャといってもスマホアプリでは無く、実際のカプセル玩具のことで、発売元はタカラトミーアーツ。そういやミスドはボンデシリーズというステキなキャラクタを持っているのに、最近はあまり活用していないなあという感はあったので、この類の商品化は嬉しい限り。もっとも大昔、ミスドのドーナツをテーマにしたカプセル玩具はあった記憶が。


先日終わった某恋愛ものに関して、色々と賛否両論非難ごうごう的なお話があった流れから、かな。非常に納得できる文言化があって納得できるものではあったので、覚え書きも兼ねて。

作品を作る時には最初からゴールを用意しておく場合と、書くのが楽しいからどんどん書いて、ゴールは色々な都合の上で必要になったりとか、話の中で終息しそうになったらでいいやっていうのがある。後者は大体ラノベで当てはまるパターン......ってこれは前にも書いた気がするけど。他方、前者の場合でも、書いていくうちにどんどんノリが良くなってきたり、世界が勝手に動き出して収拾がつかなくなったりして、ゴールとは別のところに行ってしまい、辻褄がごちゃごちゃになったりする。

まぁ、書き手自身が「こういう世界を書きたいのであって、その世界の結末を書きたいのではない」という場合も多々あるのだろうけど。これって例えるならMMORPGと同じ。その場での時間を過ごすことが目的であり、その世界の結末は目標としていない。

ただし、話のゴールがはっきり定まったもので無いと、大抵風呂敷をたたみきれなくて、終わった後に読者にしてみれば虚無感やら不満が爆発することになる。例えば例の自由の女神が最後に登場する版の「猿の惑星」で、実は子供が想像した夢でしたとかいうオチだったらどうだろうか。それすらも作風として割り切れるようなハチャメチャさならともかく。

まぁ、少なからずは期待されていた終わり方で、その世界が締めくくられなかったことへの不満もあるのだろうけど。


RTの対象はコミケから作家を拾ってきてちょいとした出版でデビューさせてその後はろくすっぽ手もかけずに育てずに放置し、勝手に育つのを待つ手来な編集がいたとか、「コミケ詣で」という言葉が生まれたとかいう話。全員が全員では無いし、今でもコミケ詣での類は「人材発掘」として存在するし、コミケに詣でなくてもPixivとかツイッター詣で的な話は山ほどある。

「釣った魚にはエサをやらない」って言葉はちょいと雑かもしれないけど、それを思い起こさせるのも事実ではある。まぁ、その方が楽ではあるし、金星を掘り当てれば自分の功績となるし、それこそガチャをやってる感覚でいいのだし、そのガチャにはほとんどリソースはいらないとなれば、飛びつくのは仕方が無い。けれどそれじゃ、業界そのものは育たないよね、と。

......例えが悪いけど、奴隷商とどれほどの違いがあるのか。

麻疹と麻しんとはしかは同じ

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これは当方も時々勘違いしてしまうのだけど、今広がりが問題視されている麻疹と、麻しんと、はしかは全部同じ。語られるサイドや領域で表記が違う場合があるのだけど、指しているものは全部同じなんだな。遺言を「ゆいごん」と呼ぶ場合と「いごん」と呼ぶ場合があるのと似たようなもの、かな。無論、アサシンでは無い。確かに「麻」は「あさ」と読むけどね。

ロボット犬とドローンの未来

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いつの間にか色々と変化してしまっていた、例のロボットラマ。ますます未来的というかリアルなキモさに磨きがかかっている感じなんだけど、多様な挙動が出来るようになったことで、日常生活上の行動の多分を代わりにさせることができるようになった。遠隔化はともかく、プログラムを蓄積させることでより正確に自動化も果たせるようになるだろう。ちょいとコワイ話ではあるけど。

指摘されている通り、恐らくは一番最初に重宝される場面である「見回り」の点では、非常に優れたマシンとなりうる。SF映画に出てくるような、潜入先でのロボット兵との戦いなんてのも、現実のものとなる。費用対効果を考えるとまだまだアレだけど。ただ、人が立ち入りできないような場所でなら、今でも十分そろばん勘定は合う。


動いているというボリュームが具体的にどれほどなのかは未公開だけど、周知がされればそれに応じた需要は生じ得るという解答の一つ。そして電子書籍や通販などのようなライバルが乱立している実情で、実書店が生き抜くための方法論の一つとして、ちょいと注目したい......ところではあるのだけど。

見方を変えると、抽出されなかった本はやはり埋もれたままになる。今件はたまたまピックアップされたからよかったけれど。新作でなくても取り上げられ方次第で売れる商品はいくらでもあるというのと同時に、そのチョイスの対象にならなければやっぱり売れないよねということになる。これって書籍に限らない、商品全般のお話。営業がデパートに足を運んで、類似他社の商品を押しのけて自社商品を置いてもらうようにアピールする、的な。今件はそのような営業の結果というわけではないけどね。

ともあれ、環境が随分と変化した以上、色々な立場にある人は手法を最適化する必要がある。昔の手法が旧態依然のものになり、経年劣化で目も当てられないような状態になったのなら、周囲をしっかりと見極めて、今の流れにあったスタイルに変えていかなきゃならない。

まぁ、当然手間はかかるし知恵も必要だしリソースも求められる。リスクもあるだろう。それがいやなら、ゆでがえるになるまでの間を楽しむしかない。


ゲームや漫画の世界では無いのだから、1日平均の効率成果はあくまでもその日全体の数字の平均化したもので、朝から夕方までずっと同じ効率で作業ができるわけじゃない。始業時はまだちょいと身体が本調子ではないし、しばらく経てば結構ノリがよくなってくるし、お昼ご飯の後はちょいと眠たくなることもあって効率が落ちたり、その後再びノリノリになってくるけど、日が暮れてくると一日の疲れが蓄積してくるので効率は落ちてくる。パターンは人それぞれだけど、少なくとも終業時間に近づくに連れて効率は落ちる。残業ともなればそれが継続されるので、疲れは蓄積されたままだから、当然効率は落ちたまま。

残業ってのは得てして、その低効率の状態でも時間優先で、さらに積み増し対価を支払ってでもやってもらわねばという状況なんだよね。その辺は就業実情を思い起こせばすぐに分かるはずなんだけど...。

明日の自分に業務連絡メール

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自営業や自由業、あるいはそうで無くても創作系の仕事をしている人には、一日の仕事の区切りがなかなか付けられないことが多い。ノリがいいと時間が経つのを忘れてしまったり、どうにもケリがつかないのでだらだらと時間が延びてしまったり、なんだかしっくりこないのでずっと続けていたりとか。元々性質的にスケジュールを自分で作って、その中で時間管理ができるか否かって部分が結構重要だとは思うのだけど。

で、今件ではポイントが2つあって。一つは自分に向けた業務連絡メール。カレンダーや手帳に自分の中長期的なスケジュール管理をしている人は多いだろうけど、それとは別に明日は何をやるべきなのか、しておく必要があるのかといったことを、業務連絡的に電子メールで伝えておく。翌日朝一でそれを見て、昨日の自分からの引継ぎをするわけだ。

一日の終わりに明日に向けたメールを書く時には「今日はオシマイ」との区切りのため、翌日メールを見る時には「今日一日のノルマはこれ」というエンジンスタートのため。明日へのメールを書くことで、今日一日が終わったという気持ちの仕切り分け、切り替えができるようになる。なんかまたやらなきゃ、もう終わっていいのかなという焦りが取れる。

実のところこれは電子メールでやらなくてもよい。メモ用紙に明日やること一覧を箇条書きにしておいて、モニタとかパソコン本体とかキーボードに貼り付けておいても良い。翌日の朝にそれを目に留めて、さあスタートだというエンジンをかけるキーの代わりになる。


大元のツイートは【こちら】で、スーパーの食品売り場内での、商品のお客の勝手再配置...というか放置への「やっちゃあかん、困るんやで」的な問題提起のお話。指摘されている通り高級品の取扱店じゃないのだから、スーパーに限らず小売りのお店の大部分は薄利多売で切り盛りしているわけで、その商品を雑に扱い売り物にされないようにされてしまっては、そろばん勘定が合わなくなってしまう。

コーヒー缶とかお茶の袋のような、賞味期限が月単位であるようなものならまだしも、冷凍食品を一般のところに置くとか、生ものを普通の食品のところにとか、総菜を冷凍食品のところにとか、ちょっと考えれば商品がダメになるだろってのがすぐに分かるようなことを勝手にやらかすって事例があるんだよね。

回収箱をおけば、という提案もあるけど、生モノとか溶けモノを置かれまくってえらいことになるのがオチ。発想としては悪くないけど、現実的では無い。


先日ちょいと報じられて問題視された、危険性を伝えたら恐怖を覚えたので責任を取れという話。その話自体は理不尽感を覚えたので続報待ち状態ではあるのだけど(この類の話は多分に全体像が見えていない、話が端折られてわけのわからない内容となってしまっている)、それから連なる話として。

子供に何か社会生活の上で必要な物事を教える際に、そのまま事実をリアルに伝えても分からないってことがある。経験則が無い、薄いから、大人と同様の教え解きではインパクトが大きすぎる可能性もある。自動車を常日頃から見ている人に自動車の走りを見せても何の不思議も無いけれど、江戸時代の人にいきなり自動車を見せたら腰を抜かすってのと同じ(ちょっとオーバーだけど)。

なので子供など経験の浅い人には、色々な例えとか柔らかい表現で疑似体験をさせて学ばせる必要がある。図画工作を幼いうちからさせて、色々な失敗を経験させるってのと発想は同じ。童話が多分に教訓を含んでいるのも、実のところはその教訓を教えるために存在するのであって、順序が逆なのだな。「童話の中に教訓がある」のではなく「教訓のために童話が作られた」という。無論、そのパターンがすべてでは無いけれど。

震災の時に伝承の類は、過去の災害や災厄を後世に伝えるために物語り化したという話をした。それも結局のところ、思惑としてはさほど変わりは無い。多くの人に当時の教訓、戒めを伝えるための方法論の一つ。

それを「怖がるかもしれないから」「トラウマになるから」との理由でシャットダウンしてしまうのは、どうなんだろうか。無論その内容が、現状ではまったく逆の意味、悪しきものを引きずることになっているとか、弊害を生み出すのなら話は別だけど(教訓の通りに行動すると犯罪になるとか、ね)。いわゆる無菌室状態での過保護教育を思い出す。


ちょいと前に高齢者の医療保険の自己負担率に関して、引き上げを検討という話の中で、現場の判断の余地云々という話があったので、覚え書きとして。フレキシブルな対応のために現場の判断を残すべきだとの意見もあるけど、これは絶対に良くない。

判断ができるほどの能力やリソースがあるとは限らないし、その判断を適用しろという脅迫が行われる可能性は否定できないし、その判断をミスだとして訴える云々という話すら出てこないとは限らない。判断は冷酷だという石つぶてを投げる筋も出てくるだろう。役所なり医療現場に余計な負担をかけるのなら、一律の方がよい。マニュアル化とか一元化ってのは、出来る限り公平に、効率よく、現場に負担をかけずに多くの対応を成すためのものなのだから。

リソースが有り余っていくらでも浪費できる状況なら、気持ちとか配慮とか可哀想だからという思いの体現化を試みても良い。しかしそれが許される状況なのか否かはよく考える必要がある。第三者が自分の自己満足のために、他の場面に使われるべきリソースを食い荒らしてもよいものなのか。

法人と個人、それぞれの長短所

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会社勤めをしている人には何ら関係の無い話だけど、クリエイター系をはじめとして個人事業をしている人、あるいはフリーで仕事をしている人とでも表現すればいいんだろうか、そういう人には、法人化が必要か、それとも個人事業としてのままの方がいいのか、迷うことがしばしばある。

法人化によるメリットは数多い。税金面では優遇される、対外交渉の上で個人と比べると法人の場合は取り扱いの際に最初から数段土台を設けてもらえるような感じになる、とかね。特に企業とのやりとりの中で、責任に関わる契約のお話の時に個人だと責任を取り切れないからダメってことがある。中身が実質的に個人一人であっても、単純な個人と法人とでは勝手が違う。

ただし法人化にはそれなりのデメリットもある。色々とやらねばならないことは増えるし、当然気苦労も増える。コストも上乗せされる。長所と短所を見比べて、長所が多い場合にのみ、法人化を考えるってのが無難なところで、何だか恰好良さそうだから、あこがれだからってだけで法人化すると、色々と後悔することになる。


誰にとっても1日は24時間しか無く、そしてタイムリミットが存在すればそこに至るまでの時間は限定されてしまう。その時間内に(できるだけ多くの)事を成そうとすれば、色々と時間を削って作業に充てねばならないとの考えに至る。徹夜作業とか受験勉強での深夜までの勉強などがよい例。

で、削る対象としてもっとも多くの人が容易に考えるのが睡眠時間。寝ている間は何もしない、何もできないという認識の人が多分だから(何しろ思った通りの行動が出来ない)、無駄だ、仕方なく時間を費やしているだけだとの認識の人が多分のはず。けれど実際にはエネルギー補充だったり、スタミナ回復だったり、そういう時間だったりする。

ただねぇ、これってある意味、仕方が無い。睡眠時間を削ると、物理的に、具体的に時間を多く確保できるってのが分かる。けれど睡眠時間を削ることで失うであろう冷静な判断力とかしっかりとした論理思考能力とか、健康の維持とかって、なかなか数字化できないんだよな。長時間積み重ねていくと、今件の引用文のように、きっと恐らくこれが原因だってことでわかるのだけど。

そして数字化できる、具体化できる、すぐに分かる方を、人は求めがちなんだよね。


ソーシャルメディアは容易に履歴をさかのぼれるので可視化されやすくなったこともあり、この類の話はよく目に留まるようになったのだけど、実のところはそれに限った話では無く、ブログやウェブサイトでもそうだし、同人誌や商業誌でも変わらない。

突然連載が止まってその後消息不明になった漫画家先生とか、定期的に同人誌を出していたのにある機会を境にそれが無くなったりとか。ブログやサイトでも色々と探している中で連載的に、継続して掲載されていたものが、何の前触れも無く更新がぱたりと止まっていたり。ゲームや物語のシチュエーションとしては時折見られる、数十年前に書き込みが止まった日記を見つけて、その時の情景を思い返すような気分になる。

なぜそこで止まったのか、理由は本人に聞いてみないと分からないし、聞けるような内容ではないのが多分だろう。少しずつ更新頻度が落ちていくってのは、その対象への熱意が醒めていったり、身体的な問題とか、周辺環境の変化があった可能性もある(受験とか就職とか結婚とか引っ越しとか)。突然動きが無くなったものとしては、事故や病気の可能性も否定できない(特に震災後、その類の話はちらほら耳にしている)。

流れが止まったまま、残されている情報を見るに、それもまたその人・作品における歴史の一つではあるのだけど、悲しくはあるのも事実。

アバターで格差社会

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専用のデータを用いて自分の挙動をそのデータに基づいてトレースし、バーチャル空間用に自分の分身を描き出す、バーチャルユーチューバーなどのお話。現在はまだ一部の人に限られているけど、挙動させる技術も随分とハードルが下がって来たし、コストもかなり落ち着きを見せつつある。あと数年もすれば、お気軽にゲーム感覚で自分の分身を立体像として仮想空間内に展開させて、疑似的にその世界に入り込む、漫画などではお馴染みのVRMMORPGなどもごく普通に商用展開されるのかもなあ、という領域に来ている。

いや、マジで数年前までは「こんなのができるといいな、技術的には可能だろうけど、随分と先だろうな」と思っていたものが、「あれ? もう具体的に先が見えているような」という感じになっている。

で、語られている内容のような、お金持ちだったり技術力がある人は、専用のアバターを持ち、仮想空間内で色々と生活を堪能できるけど、そうで無い人はリアルな肉体しかない......という、よく分からないお話も現実に起きうるのだろう。「バーチャル講」ってのは「ねずみ講」のバーチャル的なものかな、と。まぁ、そういうものも発生してくるかもしれない。尻尾をつかまれやすいので、案外すぐに消滅してしまいそうな気もするけど。

2018年5月15日(火)15時より、643店舗限定にて「旨辛チーズポテト牛めし」を新発売いたします!「旨辛チーズポテト牛めし」は、松屋自慢のポテトサラダと、ゴーダチーズ、モッツァレラチーズ、レッドチェダーチーズの3種類のチーズを牛めしに乗せ、特製旨辛ダレをかけた、味のバランスが取れた商品です。

三種類のチーズといえば、先月「ブラウンソースチーズハンバーグ定食」を発売したばかりだけど、松屋って何かチーズに憑りつかれたところでもあるのかなあという感のある、チーズ連発感。しかも牛丼の上に三種類のチーズだけでなく、ポテトサラダまでぶち込んで、更にその上に旨辛ダレをかけるという、何このおふとり様御推奨決定アイテム。これ、旨くないはずが無いじゃん、的な。

しかしどこの誰が牛丼にチーズはさておくとしても、そこにポテトサラダをのせるなんていう発想に至ったんだか......。


先日、映像入力信号を動画データにコンバートするツールと機器、さらにはビデオデッキを調達できたことで、手元のビデオテープライブラリを少しずつ動画データに落とし込んでいる。専用の3TBのハードディスクも併せ買ってデータをぶち込んでいるけど、ちょいと足りなくなるかもなあ、という感がある。

で、その過程で先ほど貯め撮りしていた古いアニメのテープにおいて、管理画面がおかしなことになっていたのでテープを止めようとしたら、すでに止まっている。巻き戻しも再生もボタンに反応せず。テープ取り出しボタンを押したら、出てきたテープがこんな感じ。どうやら再生中に物理的切断と相成ってしまったらしい。

ビデオデッキにトラブルが生じなかっただけ有り難いと思うしかないのだけど、やはりちょいと悲しいかな、と。

ファミリーマート各店では2018年5月8日から「プリンのケーキサンド」を販売中。インパクト抜群のスイーツサンドとあり、SNS上で早速話題を呼んでいます。こちらは、2種のクリーム(ホイップとカスタード)とプリンを挟んだサンドイッチ形状のデザート。ホイップにはラム種を加えて風味良く仕上げているといいます。価格は298円。

先日ツイッターのタイムライン上に挙がった、絶叫したくなるようなステキスイーツ。見た目通り、プリンをカステラでサンドイッチ状に挟んで、その合間にはクリームを塗っているという。いちごなどのフルーツをサンドイッチとしてはさむってのはあったけど、よもやプリンとはねえ...あ、これ、例のシベリアのプリン版だと思えばいいのか。


さりげなレベルで書かれているけど、実は結構奥深い、色々と考えさせられるお話。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利とか、人間の生存そのものの意義とか、社会文化生活の定義とか、色々な文化論などにも発展しそう。

要は人間が生物として生き続けるための要素を除くと、人は知的生命体として生存し続けるために色々と蓄財をし消費をしていくとの考えができる。その考えがあるからこそ、人は他の生物と異なり知的生命体となり得たわけで。

その部分をVRが大体補完したらどうなるのかな、というもの。例のスタートレックにおけるレプリケーターの話も似たようなものではあるし、様々なエンタメを一つの端末に集約したスマホの存在も部分的ではあるけど似たような考え方に至る。前者の場合は、それで出来ないものの価値がグンと跳ね上がるような感じだったし、後者の場合は...どうだろうか。スマホ内で出来るものにどんどん金銭が投入されてしまって集まっている感じではあるな。ただ、無料なり廉価でできることに慣れてしまって、物事への価値のつけかた、評価の仕方が雑になっている感はある(フリーミアムの悪解釈とか)。


オンラインゲームや昨今話題の仮想通貨のような、ネットワーク内でのみ通用する、流通する通貨に対し(一部は現実のお金との兌換性もある程度保障されているけど)、各国政府などがその価値を保証し、その証を現物のものとして提供している現金を、リアルマネーとかリアルゴールドとか呼ぶことがある。ゲーム内のアイテムや通貨と現金をやりとりするRMT(リアルマネートレード)ってのは有名だな。

で、リアルマネーはともかくリアルゴールドってのは、例の黄色の炭酸飲料水「リアルゴールド」ってのが存在する。ゲームなどのバーチャルな世界内の取引にリアルゴールドでとか言われて、あるいはそれ系の仕事での支払いに仮想通貨じゃなくてリアルゴールドでと言われるとちょっとかっこいいけど、その実態が現金じゃなくて飲み物の方のリアルゴールドだったら笑えるよね。


学校給食とか病院食とかの話になると、必ずと言ってよいほど連動する形で出てくるのが、日々の夕食の献立をどのようにして決めるかというもの。夕食はパスっていうわけにはいかないし、毎日同じものばかりでは一人暮らしで食べるのは自分だけならともかく、配偶者や子供も共に食べるとなれば、必ずぶーたれてしまうのは目に見えている。ロボットじゃないんだから、的な。

けれど毎日気の利く、そして飽きの来ない、作るのもできれば低コストで手間もかからずとなると、大変面倒くさい......というか気苦労が生じるもの。指摘されている通り「何にしようか」というのはとても頭を使うんだよね。自分のためだけじゃないんだから。お仕事で毎日新しい商品のアイディアを生み出しているようなものだ。

漫画などだと商店街を回って安いものを目に留めて「今日は大根が安いから大根の煮っ転がしがいいわね」というシャレたスタイルもありだけど、毎日それでは疲れてしまうかもしれない。

その観点では「毎日の献立が決まっているだけで超楽」ってのはよく分かる。まぁ、例えば参考になる場所をいくつか用意しておいて、サイコロを振ってその目に従って参照する場に従った料理を作るってのが簡単かもしれない。公開されている給食とか病院食とか通販の料理提供サービスとかを対象として。

株式会社ドミノ・ピザ ジャパン(以下ドミノ・ピザ)が展開する日本初のデリバリーピザチェーン ドミノ・ピザは、某有名カレー店と共同開発したオリジナルのカレーとドミノ・ピザ独自のふわもち生地がセットになった「つけカレーパン」を5月11日(金)から発売します。

要はピザ的な記事でカレー用のナンっぽいものを作り、それをカレーにつけて食べるというスタイルを作ったから食べてみてよ、的なお話。「つけカレーパン」ってのはなかなかに興味をそそられる食べ方で、食欲もかき立てられるに違いない。というかこれ、そのまま普通のピザにカレーを添えて提供しても結構イケるのではないかな。無論、具が多いものでは色々と難儀してしまうけど。

赤城乳業株式会社(本社:埼玉県深谷市、社長:井上創太)は、「ガリガリ君リッチチョコミント」を2018年5月15日(火)から全国発売いたします。この商品は、ミント味のアイスキャンディーの中に、チョコチップ入りのミントかき氷が入ったアイスキャンディーです。ペパーミントエキスを使用したミントの清涼感と、かき氷の中に混合されたチョコチップとの風味・食感の組み合わせが楽しめるガリガリ君です

大人の味わいを堪能できるチョコミント。多種多様な味にトライするガリガリ君シリーズではとうの昔に出ていたと思ったのだけど、今回が初登場とは。まだ出て無かったことの方がかえって驚きな気がする。さすがにノーマル版では難しく、リッチカテゴリーの方での登場ということになるのだけど。

味の解説として「ミント味のアイスキャンディーの中に、チョコチップ入りのミントかき氷が入ったアイスキャンディー」とある。「ミント味のアイスキャンディー」の部分が外壁で、中身は多分にかき氷。その中にチョコチップというイメージでいいんだろうか。ミント味のかき氷ってのはなかなかそそられるものがあるのだけど、実際に食べるとどういう味わいなのか、楽しみではある。


大元のネタとしては「最近の日本はダメダメだ」的なものがあり、その理由として単価が安くデフレ状態だから云々とあったのだけど、それを語っているのが、そのデフレ状態に加担している某クラウド系人材サービスの最高経営責任者だったというオチから。

クラウドという仕組みそのものを否定するわけじゃないけど、半ば以上悪用して人的リソースの買い叩きが生じているのは否めない。結果としてライティング部門では指摘の通り、質的にべたべたな記事が以下略。よい例が先日のDeNAのWelq問題に始まる以下略以下略。

あのタイプの記事って、その方面に詳しい人が目を通せば、それこそワードサラダと紙一重だったりするんだよね。ぶっちゃけると大昔からその類のものってのは一定率で存在しているのだけど、量産化され比率が上がっている感じはある。

ぱっと見ではそれっぽい感じになるので、低コストでそれなりに見えるものを作るのには適しているのだけど、すぐに中身のほどが暴露されてしまうのがオチ。けれど次から次へと作り続けていれば、使い捨ての形でそろばん勘定があってしまうから困りもの。真面目にリソースを投入して書いた記事が蔑ろにされてしまうという、困った状態がそこかしこで生じている。


書き手も編集側も色々と環境が整備されてきて、ツールも良いものが続々登場し、多くの人が使えばスタンダードなものとして常用が当たり前となっていく。文字原稿にしても原稿用紙に書き込んで赤入れをされてというスタイルは、今や昔のお話。

今件ではテキストの原稿をgoogle docsで書いて送ったら多様なツールで編集がされていくというお話......ってこれ、使っているツールも併せ、編集の領域を超えてるっぽいんですが。そしてプロセスを知ることができれば、執筆者だけでなく編集者のスキルも把握できる感じがする。

他方、このようなツールは使えれば確かに便利ではあるけど、使いこなすまでのプロセスがそれなりに必要ではあるし、使う際のリソース(精神的な、注力面での)も大きなものとなる。便利だけどやることも増えるよね。ファイルを入れてボタンを押すだけでOK、という領域まで達すれば話は別だけど。


元々は下着メーカーのトリンプが出したプレスリリース的な「下着白書」の記事に関するツッコミ的なお話。記事そのものが1年前のだったので、最新のリリースが無いかなあということで探したら、リリースは無かったけど関連記事というか最新データがあったので、ということ。

今件、あくまでもトリンプというメーカーにおける購入性向であり、下着市場全体を意味するものでは無いので、ある程度の偏り...どちらかというと高級志向的なバイアスがかかっているってことを知っておく必要がある。もう少し庶民的なものというとワコールが「ブラパン!みんなの下着白書」ってのを出しているのだけど、経年リリースではないっぽいし、調査期間も限られている。

で、このトリンプの話では、Bカップが最多回答層で、C、D、Aが続く。年齢階層別は...というと、20代後半が一番大きめで、それ以降は少しずつサイズが縮退していくという感じ。もう少し細かいデータがあれば、加重平均を出せるのだけど。

「マックシェイク 森永ミルクキャラメル」は、マイルドでやさしい甘さの「森永ミルクキャラメル」を、クリーミーな舌ざわりの「マックシェイク」でお楽しみいただけるひんやり冷たい飲むスイーツです。「ミルクキャラメル」ならではの独特のマイルドなキャラメル風味とコク深い味わいの再現度にこだわり、絶妙なバランスの「ミルクキャラメル」感をお楽しみいただけます。世代を超えて愛され続けてきた、2つの定番商品が織りなす味わいをぜひお楽しみください。

2016年に展開されたコラボアイテムが、人気爆裂のために再び登場という、あまり例を見ない商品展開。森永側としても、キャラメルの知名度アップには絶大な効果があったという認識をしたのか、それともマクドナルド側が強烈にアピールを決めたのか。いずれにせよ、消費者側からすれば、美味しいアイテムは何度でも展開してほしいものだ......というか通年販売してほしいぐらい。

ハッピーセット「かわいいどうぶつのぬいぐるみ」は、個性豊かな動物たちをモチーフにしており、ふわふわした手触りにキラキラした大きい目、そしてそれぞれに「名前」「誕生日」が付いているのが特長です。キラキラした氷の上をすべるのが大好きなペンギンの「ワドル」や、みんなからKINGと呼ばれている王家のライオン「ブッシー」、いつも海で泳ぎ、氷の上で寝ているアザラシの「シーモア」など、全8種が登場します。手のひらサイズのぬいぐるみで、お出かけを共にしたり、お世話をしてあげたり、いつでも一緒に過ごしていただけるぬいぐるみです。

5月18日から展開される新作ハッピーセットは「かわいいどうぶつのぬいぐるみ」。オリジナルのアイテムにしては結構気合が入っているかな......と思ってよく見たらそうでは無く、「世界150ヶ国以上で愛されているぬいぐるみブランド"Ty"の「ティーニービーニーブーズ」のぬいぐるみ」だそうな。当方、その類のブランドには疎いので、よもやそういう人気のブランドアイテムだとは分かなかった。

ぱっと見の限りではそれぞれの動物の特徴をよくとらえた、それていてシンプルな作りでしかも可愛らしさが強調されている、かなりポイントの高いラインアップ。開けてみるまでどれが入っているか分からないってことだけど、いくつか欲しいのがあるなぁ、と。

モスバーガーを展開する株式会社モスフードサービス(代表取締役社長:中村 栄輔、本社:東京都品川区)では、2018年5月24日(木)~7月中旬まで、全国のモスバーガー店舗(一部店舗除く)にて、「モスライスバーガー海老の天ぷら」(450円)と「モスライスバーガーよくばり天 海老とかきあげ」(480円)を期間限定で新発売します。

ハンバーガーのバンズの部分をご飯にして、和洋折衷なスタイルで提供するライスバーガー。今ではごく普通のアイテムとなり、それこそ冷凍食品でも見かけるようになったけど、今でもモスの看板商品には違いない。

そのライスバーガーの新作として今度登場するのは、エビの天ぷら、さらにはそこにかき揚げを加えた豪華なアイテム......ってこれアレか。天丼をそのままイメージしたものか。

まんがタイムきらら2018年6月号 読了

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↑ まんがタイムきらら2018年6月号
↑ まんがタイムきらら2018年6月号


表紙はようやく最終回を迎えた「棺担ぎのクロ。」。よほど感慨深いとはいえ、表紙にこれだけ大きく「最終回」と書かれているとは......。色々な意味で例外的な扱い。読プレのオリジナル掛け時計もクロの、なんだけどこれはスペシャル欲しいな。


先日も諸事情で何度か病院に足を運んだこともあり、非常によく分かるお話。必然的に高齢者は病院に足を運ぶ機会が増えてしまうので、ターミナル的な存在として病院が位置付けられることになる。井戸端会議的なものが病院の待合室で行われるのも日常茶飯事。それが経験則として認識されると、大した用でも無いのに病院に行ったり、下手をすると行く必要が無いにも関わらず病院に行くなんてこともありうる。

健康に気を使うことになるからいいじゃないかという意見もあるけど、それは医療体制のリソースが十分に余っていたらのお話。限定されている中では、リソースの使用優先順位を取り違えられては困るわけだ。

だったら病院そのものをコミュニケーションセンターそのものに......するのは問題があるので、病院を拠点としてその周辺に憩いの場を作ると良いのではという話。具体的なイメージがわきにくいのだけど、発想としては悪くない。駅は多くの通勤客が必然的に多用する場所だから、その周辺に色々と利用施設を作ればいいんだ的に、駅前が発展していくのと同じ感じ。


以前からゲームの保存性については色々な視点で考察しているし、先日からサルベージしたビデオテープの動画データ化に取り掛かっていることもあり、分かるボタンをフルスロットルで押したくなるし、分かり哲也さんがエグザイル状態で脳内乱舞しているのだけど。

昨今のソーシャルゲームって玉石混淆ではあるのだけど、良いものはストーリー性もしっかりしており、映画や書籍のようなち密さを持っていて、多数の人に触れられて共通認識素材となり、二次作品が多く輩出されていく。けれどそれらの作品のベースとなるソーシャルゲームそのものはいつかは運営を終えてしまう。

運営が終わった時、その作品自身に何が残るだろうか。映像作品とかメディアに記録されているスタンドアローンのゲームなら、再生してチェックをすることはできる。けれどソーシャルゲームはそれが出来ない。クライアントソフトを立ち上げることすら叶わず、たとえできるタイプのものでも、サーバーと通信ができません的なエラーメッセージが出ておしまい。


先日からセルフサーチで引っかかっているお話の一つ、朝日新聞の部数について。なんか大元のネタが週刊新潮というかデイリー新潮で、その話もOBの語りがメインだったりするので、裏付けの類は薄かったりする。公開されている財務諸表の分析部分は事実だけど、実質的に不動産会社云々ってのは「売り上げ規模は新聞の方が上だけど、利益損失の部分だけだと不動産の方が儲かってるよね」というまでの話。ただ今後新聞事業が黒字に転じる見込みは薄いので(部数はさらに減るし、これ以上のリストラ・費用削減をすれば部数減に歯止めがかからなくなる)、新聞部門は意地で続けるのか、グループ全体の売上をかさ上げするためだけの存在になるのかな、と。

で、問題の部数の話。これ、大騒ぎしている400万部割れとか1年間で200万部以上も減ったというのにはトリックがあって。前年同期までの年ベースのグラフは公表値...つまりABC協会などの発表値。直近年の分だけ推定値なんだな、週刊新潮の。だから急激に減ったように見える。違う値を同じグラフに並べちゃ、基本的にはいかんのだ。

ただ、新潮社による直近分の部数、400万部割れってのが、新聞社が刷った数では無く、実着値、つまり実際に読者に届いた部数を意味するものだとすると(多分それっぽい)、押し紙が大よそ概算できる。


数量的動向を見るに音楽業界と似たような動きを見せているなあというのが、昨今とみに注目されている出版業界。デジタル化への進みは見えているけど、デジタルだけが万能ってわけでも無いし、一方でデジタル化へのシフトの際の稼ぎどころの仕組みが上手くいかずに、アナログで減った部分をデジタルで補えていない状態。

コンテンツそのものの需要は減っていないどころか増えているので、既存のビジネスモデルでは稼ぎにくくなったまでの話なんだよね。数字としては売上でしか追えないから縮小しているように見えるのだけど。

で、指摘されている通り、出版におけるどの経路がコケるのか、チキンレース状態に違いは無い......のだけど、どこか一つがざっくりとまとめてコケるわけでは無く、どの領域も少しずつ体力のないところとか方針転換が出来ないとか環境適応を断念したところが脱落して、歯すけ状態となり、現状で何とかなるところが残る、本当の意味での進化が果たされる感はある。

チロルチョコの新作続々

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夏にぴったり!中華スイーツをチロルチョコで再現しました。ミルキーで華やかな香りの杏仁豆腐チョコにぷるぷる食感のグミを入れた<杏仁豆腐>、フルーティーなマンゴーチョコとマンゴーソースに、ふんわり軽いマシュマロを組み合わせた<マンゴープリン>の2種類です。

「冷やし中華始めました」という飲食店のフレーズを想起させる、チロルチョコの新作のコピー。中身はといえば、杏仁豆腐とマンゴープリンの味わいを楽しめるというもの。無論冷蔵庫に入れて冷やしていただくのが吉なアイテム。朝起きたらおめざ代わりに一つ二ついただくのがよろしいかな、と思ったりもして。個人的には杏仁豆腐のグミ感が楽しみではあるな、と。5月14日からの発売。


これはどちらが良いか悪いかという話では無く、また双方を組み合わせてもまったく問題はないよという但し書きを最初に書いておいた上での話。本当のところは本人自身に聞かないと、しかもウソはつけない状態で尋ねないと分からないのだろうけど、漫画にしても小説にしても、創作で物語を描く際には、「最終回、行き着く先を決めてから書く」「どうなるかは書いてからのノリとか勢いで。とにかく伏線張りまくりで、その流れに逆らわずに物語を作っていこう」というスタイルがある。

書き手の好き嫌い、作業の仕方によりけりなんだろうけどね。こういう流れでこういう風に結末を迎える話を作りたいから書いていくとするものなら、最初から終わりは確定している。他方、こういう世界観での話を書きたいなというものなら、最後にどうなるのかは分からなくても構わない。前者はシナリオにそって進んでいくRPGをプレイしているようなものだし、後者は特にエンディングなど決まっていないMMORPGで遊んでいるようなもの。


年を重ねるに連れて時間の流れ方が速いように思えてくるし、記憶力が低下する。これは色々と理由があって、前者は入ってきた情報の解釈が容易にできるようになるとか、これまでに体験してきた時間が増えてくるので、それに対する割合として考えると比率的に量が短く感じられてしまうというもの。10歳にとっての1年間は自分の人生にとっては1/10分で10%分の上乗せになるのだけど、50歳にとっては1/50、つまり2%分の上乗せでしかないからね。

後者はやはりすでにある記憶のバッファ部分が増えてくるので新しい部分を詰め込みするのが難しくなったり、余計な情報を取り除いて覚えるつもりが必要な部分まで除いてしまっていたり、そして老化によるところも大きい。

いずれも弱点というかネガティブな捉え方をしがちだけど、発想の転換としてこんな切り口もありだよねというもの。非常に納得してしまった。弱点では無く特性としてみれば、むしろ長所という解釈もできる。体感速度はともかく、記憶の点では日常生活においてそれはどうなんだろうというのもあるけど(笑)。

小学校1年生になると行動範囲が広がり、子供だけで行動することが増えます。登下校を集団で行う場合でも、集合場所と自宅の往復は子供だけで歩くことがありますし、下校時に道草をしたくなることもあるでしょう。小学1年生は、いわば自分一人で歩く「一人歩きデビュー」の時期でもあります。子供たちが交通ルールを身につけ、無事に一人歩きデビューできるようにするために、大人にできることは何でしょうか。

以前も別データで検証したことがあるのだけど、幼稚園や保育園から小学校に上がると行動領域がグンと広がるし、大人から離れて行動する機会も増える一方で、子供自身は身体も心もそれほど急に成長するわけでは無いので、それこそブラウン運動のような挙動で街中に飛び出すことになる。背丈も小さいので見えないところも多いし、見えていたとしてもそれにどのような正しい対処をすべきかも分からない、学習していないので、トラブルに巻き込まれる可能性は多々生じることになる。


ここ数日ネット界隈で「やばたにえん」「つらたにえん」なる言葉がバズっていて、それに合わせたイメージカットもかなりの数が登場している。意味合いとしてはヤバい状態とかツライ状態に、永谷園という語呂の良い社名を合わせ、少しでも雰囲気的に和らげようとしているとか、単なるシャレのような感じにしようとしているとか。

いわゆるギャル語の一種のようなんだけど、口頭で語られることがほとんどのギャル語ってのは、LINE上でやりとりされることは多々あっても、それがネット上で使われることは実のところさほど多く無く、結果として検索上に出てくることもあまり無いので、ある意味貴重なデータではあったりする。

メイトーブランドの協同乳業株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役社長:尾﨑玲)は、子供から大人まで、幅広い年代に愛される「ホームランバー」シリーズから、これから初夏にかけて旬を迎える「メロン」と「ミルク」を組み合わせた新商品『18年春 ホームランバー メロンミルク』を5月8日(火)より全国のスーパー、コンビニエンスストアにて発売開始いたします。

ホームランバーというと大きさの関係からアイスケースの中では端っこの方に段ボールに入れられたままでぎっしりと納られているイメージが大きい。添え物的な感覚だけど、でも欠かせない存在ってところかな。何しろお値打ちだし、量もお手頃でちょいとアイスをたしなみたいって時にはうってつけ。まとめ買いをしておいて、お風呂上りに食べたりするともう極楽感覚。

で、そのホームランバーに新商品としてメロンミルク味が登場するという。お上品なパッケージデザインと高級感あふれる果実の代表格メロンの味わい。これはもうホームランバーじゃなくて場外満塁サヨナラホームランバーや、的な感じ。

株式会社セブン&アイ・ホールディングス(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:井阪 隆一)は、2016年発売以来大人気の「スイーツかき氷」シリーズに、初めてのバータイプ『セブンプレミアム ティラミス氷バー』とカップタイプの新フレーバー『セブンプレミアム 抹茶ティラミス氷』の2種を全国のセブン&アイグループ各社(セブン‐イレブン、イトーヨーカドー、ヨークマート、ヨークベニマル)の約20,800店舗(2018年4月末現在)にて5月8日(火)より数量限定で発売いたします。

ほんの数年前までは大手コンビニのスイーツといえばローソンが群を抜いていて、次いでファミマ、セブンは残念な部類だったんだけど、一心発起の形でラインの新造やシステムの構築を成したこともあり、いつの間にか三巨頭のせめぎ合いなレベルになっている感はある。特にセブンはその勢いぶりに驚きを隠せないほど。

今回登場する新スイーツ群は地味ではあるけど、地味だからこそ誤魔化しが利かない部類。かき氷はファンも多いから、厳しい目で見られることだろう。どのような采配が下されるか......まぁ、ティラミスとの組み合わせは高く評価できるので、ある意味安心ではあるのだけど。

マニュアル接客は最大公約数

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お役所での対応やファストフードでの接客状況を「マニュアル接客」として揶揄する意見がある。いわく、マニュアルに書かれている対応しかしない、臨機応変さが足りない、自分はこうしてほしいのにルールに従った事しかしないのはお客の気持ちを考えていない、などなど。

そもそも論として、なぜマニュアルが用意されているのかを考えれば、マニュアル接客の重要性が分かってくるはず。すべての人が一流の、あらゆる必要な方面の資格を持っているわけじゃない。それを望むのなら人件費は跳ね上がり、商品価格やサービス料、税金はえらい額になる。

最低限の訓練や知識で対応がかなう、最大公約数的な事例への対応を集約したのがマニュアルであり、そのマニュアルに基づいた接客がマニュアル接客に他ならない。「自分はこう思うからマニュアルに従った一変通りの対応では無く、臨機応変に例外的な対応をしろ」といわれても、それをする知識も資格も権限も無いのだから、出来るはずもない。それは単なるワガママでしかない。


多数の四角形を模様のように配してテキストデータを組み込ませた絵柄で、それをデジカメなどで撮影するとデータが復元される。雑誌の投稿ページURLを指定する時によく使っている手法で、絵柄そのものの生成は無料サービスで誰でも作ることができる。スマホが普及した現在では、気軽に紙などのプリントデータとネットをリンクする方法として知られている。

昔はガラケーの精度の問題とか読み取り速度の問題、コストの問題などもあったけど、それらの技術革新でハードルがもりもり下がり、他のライバルよりも気軽に使いやすくなって、普及するようになった。まぁ、すべてがすべてというわけじゃなく、ケースバイケースというか、使いやすい場所が出てきたということかな、と。

技術方面では特に、作った時点で何が将来高需要となるのか、組み合わせによって素晴らしいものに昇華するのかは分からない。なので、指摘されている通り結果論でもあるのだけど、継続は力なり、なのだなあ、と。選択肢を残しておけば、その選択肢と組み合わせることで、新たな道が開ける場合もある。

「手抜き料理こそ家庭料理の本質」

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そういや少し前にめんつゆを調味料に使っていると話したら、それはよくない、家庭の味を踏襲していない云々という話があったけど、麺つゆ便利、超便利、当方も麺つゆばかり使ってるよねーということを思い起こしながら。

家庭料理というと素朴で、しかも和食的な風味が楽しめ、しかも何度でも飽きずに食べたくなる...というイメージがある。概念としては人それぞれだから、これ以外はすべてダメってことでは無いけど、指摘されている通り、家庭料理ってのは基本的に手を抜く料理では無かったっけかという気がする。おせち料理だって元々は正月三が日は料理を休む、台所に火をつけないようにするため、日持ちのする料理をまとめて作っておくってコンセプトだった気もする。

毎日のように口にする料理なのだから、手間をかけていては作り手にオーバーフローが生じてしまう。手を抜ける料理であればこそ、家庭料理として成立し得るような。テクニックであると解釈すればいいんじゃないだろうか、麺つゆ利用は。

まぁ、醤油を使わなければ家庭料理じゃないという人は、その人の家庭では醤油原理主義が浸透していたのだろうということで納得するのが一番かな、と。


企業側からすれば採用しなかった就業希望者は社員には成り得ない(次年度再就職トライの可能性はゼロじゃないけど)ので、社交辞令程度の連絡でオッケーというのが当たり前かもしれない。コスパを考えればその判断は間違いとはいえない。けれど、その人が取引先に就業する可能性は少なからずあるし、BtoC企業ならば多分にお客としての立ち位置にシフトするのは言うまでもない。

その観点で見ると、多少のコストはかかったとしても、このような形で「連絡」を入れるのは悪い話では無い。都市伝説との話もあったけど、実在したんだなあ、と。

ラインアップを見る限り、株主優待のさらにコンパクト版のように見える。また、カゴメは元々株主優待も多くの人に自社商品を知ってもらいたい(&小単元株主をたくさん増やしたい)との思惑が強くあり、この辺りのノウハウはあるんだろう。

無論このような形で非採用者にもしっかりとした手当てをするのはカゴメに限らない。また、法的義務があるわけでは無い。


先日問題として持ち上がった飛行場での居場所確認的な写真撮影の話。あれってちょいとたどればわかるのだけど、元ネタは某タブロイド系写真週刊誌。それが自社サイトに掲載されたことから大きな騒ぎとなった。

この写真週刊誌に限らず、昨今では多くの出版社が雑誌や新聞の掲載記事をそのまま(分量的には一部とか端折る形での場合もあるけど)テキストや写真と共にネット上に掲載している。これが昨今のネット上での炎上事案の増加原因の一つでは無いかなと思ったりする。

元々紙媒体上の記事は、特にタブロイド紙系のは、可燃性の高いネタが多い。周知力や拡散性の低い紙媒体だからこそ、よく燃えるような内容を用いないと、セールスが落ちるし手に取ってもくれない。さらに手に取られたとしても、紙媒体は自然増殖するわけではないしコピーもされないので、1冊が10人とか100人に読まれるわけじゃない。可燃性の高い材料を用意しないと火そのものがつかないし、火がついてもなかなか燃え広がらない。

銀行の役割の移り変わり

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無論すべての銀行がそういうものに変質していったとは言わないし、昔ながらの社会的存在意義を誠実に果たし続けているところも多々あるとは思うのだけど。銀行がバブル崩壊後、そして姉歯偽装問題で決定的に、異様なまでの貸しはがしをしたおかげで、企業からは致命的なまでの信頼喪失状態に。

以前も言及したけど、銀行はまず最初に、バブルなどでの貸しはがしに対して本当の意味での総括をしないと、資金余り現象とか企業の内部留保問題問題も解決しない。そうでないと、指摘されている通り「また景気が変動したら貸しはがしして俺らの首を絞めるに決まってる」と企業は考えるので、銀行から借りるはずも無く。

あるいは、銀行がやるべきものを取り行う、他の機関の創設が必要なのだろう。個人的には財政投融資のフルスロットル活用、公共機関の再構築などへの一斉投資がいいかな、とは思うのだけどね。


意味がよく分からない人もいると思うので説明しておくと、ツイッターに限らずネット上で意思疎通を(特にリアルタイムで)している、疑似的に同じ場にいるかのような状況下でやり取りをしている場面で、ある人が風呂に入るなどの行動を撮ると表明した時に、他の人が「その行動を(こっそりと)録画してしまうぞ」的なネタのようなリアクションをする合い言葉的なものとして、使われたのが「●REC」とか「Σp[【◎】ω・´)]」のたぐい。「見てるで~」という感じかな。実際にはそんなことできるわけはないのだけど。

RECとはRecord(ing)の略で、ビデオカメラなどで記録するというもの。昔は録画をするとその最中の画面では「●REC」と画面上に表示されたり、そのためのボタンそのものに「●REC」と書かれていたりする。


ソーシャルメディアは使い方次第では万能の武器になるし、堕落の担い手にもなる、諸刃の剣に他ならない。で、こちらは有益な使い方の一例。自分が学びを得たいと思うジャンルの専門家をリストアップした上で、その人達のツイッターのアカウントを並べてフォローする。そしてその人達の語りを読み、分からない話題や単語があれば検索したり尋ねて調べ、自分の糧にしていく。これを繰り返す事で、トレンドにのる形でそのジャンルにある程度精通する、学習ができるようになる。

最初のアカウントのリストアップの時にしくじるとアレだけど、その方面の有識者の言をチェックし続けるってのは悪い話ではない。業界紙を毎日購読しているようなもの。これは幅広い分野で有効。リストにその筋の専門家をぶち込んでチェックを入れるというレベルでなら、すでに多くの人がやっているはず。


以前もちらりと触れたかもしれないけど、ことわざ的なお話として「苦労は買ってでもしろ」というものは、実のところ今では真逆の内容だったりする。自分の苦労を相手に擦り付けたいための大義名分だったり、理不尽な負担を強要させるためのおぜん立てだったり。その苦労で将来何倍にもリターンがくるものであれば話は別だけど、「苦労は買ってでもしろ」と語る人のどれほどが、それを前提に話をしているのか。

他方、自分も含めて人がまだあまりしていない、未踏の領域的な体験は、お金でアプローチできるのならばやっておいた方がいい。将来できなくなるかもしれないし、逆に多くの人に注目されるような領域となった時に、自分が先駆者となり、お金では買えないアドバンテージを得られるかもしれない。そして自分自身の道を見つけられるかもしれない。

砂場で万里の長城を作る道具

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第一印象は「やられた」という感じ。砂場遊び用の道具は多種多様なものが出てるけど、これはシンプルでわかりやすいし、テーマとなった元ネタも確かに砂系というか土系のイメージと、同じようなものがずっと並んでいるという感じなので、砂場での想像アイテムとしてはぴったり。あとはまっすぐで踊り場ナシのバージョンがあれば最強かな。


これもまた先日の某貼り薬から派生したお話。注意事項を読まずに素人判断で使われたら、どのようなトラブルが生じるか分からない。当方も入院中にステロイド剤を使ったことがあるけど、色々と注意を受けて厳重な対応をするように言われた。効用が強いものは相応にリスクもあるのだから、素人が勝手判断をすればエライことになるのは、単なるお薬に限った話じゃない。この包丁よく切れるからとばかりに、自分の髪とか鼻毛を切る時に使おうと考えるようなものだ。あるいは爪切りでもいい。

薬ってのは色々とリスクがあり、素人判断が危険だからこそ、お医者さんの検査診断の結果として受け取り、あるいは処方箋を書いてもらってお薬屋さんで購入するもの。勝手に処方薬を購入できないのは、素人判断で買って使えるようなものでは無いからなのだよね。だからこそ、よく言われているけど、他人に自分の処方薬を用いたり(例え名前が同じだったり似たようなものだったり、同じ病気の人に対してでもダメ)、自分自身に処方してもらったものでも昔のものを使ってはいけない。最新の状況に基づいて処方されているのだから。

これって建物の建築中に無駄っぽいからと大黒柱を数本勝手に抜いたり、配線を省略しちゃったり、空けておくべき場所を埋めてしまうようなものなんだよね。

京都で牛肉消費量が多いわけ

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京都で牛肉料理店が広がる要因には、土地柄も影響している。京都市の牛肉消費量は全国1位。和食文化が花開いた歴史都市というイメージとギャップがあるが、京都の人々は牛肉好きなのだ。なぜなのか。関係者に尋ねると、市民気質や地理的な特性などが理由に挙がった。

家計調査報告のデータをもとに毎年一度定期更新している【日本の牛豚鶏肉の消費傾向をグラフ化してみる】などの精肉の消費量の話。データから色々と傾向は出て来るんだけど、その傾向の裏付けというか理由が分からないのがいくつかあって。その一つが京都での牛肉の食べられ方。なんで京都は金額でも分量でも牛肉をよく食べているのだろう。

......という謎が今回の記事である程度すっきりした。昔から新しいもの好きで、牛肉を食べることへの先進性もあったのではという話。でもそれだとすると、消費量が増えたのは明治以降になるな。「文明開化で知識人が牛肉を食べ始め、新しいもの好きの京都の人も率先して食べるようになった」とかある。他にも牛肉の産地に近いとか、色々と牛肉を食べるための好条件がそろっていたようだ。


これは大学教員に限った話では無く、他の方面の専門家、さらには一般の人にいたるまでにいえることではあるし、知識に限った話では無いのだけど。知識を持っているだけではほとんど何の役にも立たない。その知識を持っていることを見極めて整理してインデックス化し、必要な時に紐づけして引き出せるか否か。

資料を山ほど倉庫に納めていても、どの資料がどこにあるのかが分かるような仕組みが無ければ、あるいは覚えていなければ、言葉通りそれらは死蔵してしまう。あるいは宝の持ち腐れ。


先日から一部で某強力だけど使い道を間違えるとえらいことになる貼り薬の使い方を間違ってえらい目にあった人が、「もう薬なんて使わない」的なオチをつけた話が出回って色々と論議をかもしている。どんな薬にでも効用とともに副作用や誤用によるリスクは存在し得る。1回1錠厳守の薬を「たくさん飲めば早く強く効くだろう」とばかりに1瓶まとめて飲もうものなら、あっというまに昇天しかねないってのがよい例だ。

指摘されている通り、単純にリスクが存在するものをすべて避けていたら、この世で生きることは叶わなくなる。極論として呼吸をしても水を飲んでも食事をしても、死に至る可能性があるのだから。ネタ話として「生きていると死ぬ可能性がある。ならば死ぬ可能性が無いのは始めから死んでおくことだ」的な話に終わってしまいかねない(昔、こんな考えの宗教での事件があったような気がする)。


今年片付けたい事案のテーマは「古いデータのサルベージやデジタル化」。先日、古いデジカメやMOのデータ掘り起こしを終えて、次に大難関となるビデオテープの動画データ化に取り掛かることに。βテープはアニメ系のが多いのでCMのデータはよいのが取れそうなのだけど、デッキそのものが調達困難となっているので、とりあえずVHSだけでも......ということで、VHSのデッキをどうにか工面して、その上でデータ保存用に外付けハードディスクを取得した方がいいかなと思い、アマゾンの購入履歴を確認したところ、以前購入したものが異様な値上がり状態。

ハードディスク高騰の事案でも生じていたかなと思って確認したら、単に型落ちしただけの話でした。しかし進化が速いな、この業界。


ハードの機能によるものか、配信されている中身の質によるものかはさておき、日本では若者のテレビ離れ的な話がある。一方方向で洗脳的に押し付けられる情報など、もうたくさんという次第。それしか無ければ話は別だけど、今ではネットで色々な、似たようなコンテンツを楽しむことができるからね。ランダムアクセスだって可能だし、リアクションもできる。

で、米国ではどうかというと、やはり状況に変わりは無い。直近調査結果では、大人のうち、「テレビが無いと超ツライ」(Very hardってのは色々に解釈できるけど、超ツライとか生きていけないってあたりかなあ)と考えている人は31%。2006年の44%からは13%ポイント減。インターネットは50%、携帯電話は52%、ソーシャルメディアは14%。究極の選択ってやつになるのかな、テレビとインターネット、どちらか一つをパージしなきゃならないって言われたら、テレビとサヨナラする人の方が多いわけだ。

まぁ実際にサヨナラするわけじゃなく、日常生活のさまざまな選択の場面でどちらを選ぶかという時に、ウェイトをどちらに置くかということで、この数字は大きな意味を持つ。どこまで重要視してるのかな、ということだからね。携帯一番ネットが二番、それに続いてようやくテレビ。


以前は「つまみ食い文化」的な表現をしたけれど、それではちょっとお下品な感もあるので、最近では「バイキング料理文化」とか「幕の内弁当文化」的な形に改めている件。選択肢が限定されていて数が少なかった時には、それを選ぶしか無かったので、目移りはし難く、単品に集中できた。でも情報化社会の到来で多様な選択肢が目の前に現れ、どれもこれも楽しめるとなると、単品のみを選んでいたのでは損をした気分になる。

音楽CDの売上云々ってのも似たようなもので、多数のアイドルが出てきて、しかも楽曲を蓄積できるとなれば、一つのものにこだわる必要は無くなる。よほど気に入ったものであれば話は別だけど。1のものしか知らなければその1に全力を投入できるけど、1から10の存在を知った時、相変わらず1だけに全力投入ができるだろうか。あるいは1よりも2がよかったとして、2だけに全力投入ができるか。牛肉しかない焼き肉なら牛肉だけを食べていればいいけど、色々な種類の肉や加工肉、野菜、更には珍しい料理が多様に用意されている焼き肉屋で、それでも牛肉の単種だけを食べ続けることができるかな、と。

いろんな選択肢が登場すれば、一つ辺りの投入リソースは減ってしまう。そのような幕の内弁当的な時代に、それでも単品の大型ハンバーグを用意しても、手をつけがたくなってしまう。大きさが逆にデメリットになる。カジュアルゲームが浸透しているのも、この辺りが一因かも。ボードゲームが廃れていった過程も似たようなところがあるのかも(時間がかかる、事前の準備が大変、複数人数が集まり、しかも情報の自然共有化が必要とか、色々とハードルが高い)。

(更新)米ツイッター(Twitter)は3日、ソフトウエアの不具合により利用者のパスワードが誤って内部ログに「露出」したと発表し、利用者にパスワードの変更を呼び掛けた。

要は本来暗号化した上で取り扱うツイッターのアカウント用パスワードについて、暗号化する前の素の状態で内部ログに書き込まれていたというもの。で、バグは修正した上で、そのログが外部に漏れたり悪用された動きは無かったとすると共に、パスワードを変更することをお勧めしている。

まぁ、公開情報の限りでは、それほど心配する必要は無いんじゃないかなあ、という素人判断。


先日「自動給餌器」という言い回しを確認するために検索していた時の話。アマゾンのこの商品が一番売れているということだったのだけど、関連商品周りも含め、異様なタイトル並びが生じていることに気がついた。

この餌器に限らず、一部の汎用商品のカテゴリでは、商品名が異様な並びになっている。検索エンジンならば数年前に流行った、記事タイトルやキーワードタグに関連しそうなキーワードをありったけぶち込むような、いわゆる検索タグ。よく見るとほとんど関係の無いキーワードも多分に含まれて、タイトルと商品そのものの軸がずれてしまっている。

アレルギーのアピールアイテム

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「アレルギー表示テープ」は、黄色をベースに黒い文字で「アレルギーがあります」と書かれたテープ。コップや食器、カバンなどに貼ることにより、アレルギーがあることを分かりやすく伝えることができるほか、マジックなどでメッセージを書き足すこともできるので、「そば、エビ、カニ」「卵、乳製品」などのアレルゲン情報やエピペン(アナフィラキシーに対する緊急補助的な医薬品)の所持の有無なども知らせることができます。

昔はアレルギーの概念も曖昧だったり無かったものもあったので、たまたま食い合わせで合致するものがあると原因不明の症状が発生したり体調不良を起こしたり、最悪の場合謎の死を遂げたなんてのもあったのだろう。医学の進歩で、人によっては特定の食材などで体に大きなトラブル反応が生じ得ることが分かってきたのは、リスクを避けるという観点では明らかにプラスとなる話......

......ではあるのだけど。当人は検査しなければ分からないし、当事者以外は本人から何らかのアピールをしてもらわないと、あるいは事前に情報が無ければ分からない。街中を歩いている人のそれぞれに、何らかのアレルギーを持つ人がいるか、どのようなタイプのものがダメなのか、一目でわかるはずも無く。

居場所は勝手に出来るものでは無い

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現役引退の年齢階層者が増えて、それと共に家族から距離を置かれたりパージされる男性の話が以前よりは増えている。まぁ、定年退職離婚という言葉があるぐらいだから、昔から一定率は存在していたんだろうけど。で、そのような話に関しては昔から、「仕事ばかりにかまけて家庭を見ていなかった」という結論は出ていたはずなんだけど、その辺の教訓というか情報が活かされていないがための、昨今のお話の増加なんだろうなあ、と。

ただ引用元の言い回しをよく読むと、どうも現役引退の世代に限った話でもなさそうだし、それはそれで色々と考えさせられる。父親の第一義的な役割は大黒柱としてお金を稼いでくることに違いは無いけど、それに注力しすぎてばかりだと、家庭の居場所がなくなってしまう。昔は稼いでくるだけでもよかったのだろうけど(家族も「そういうものだろう」として父親にすり寄っていた)、価値観の変容により、それではダメになってしまうってのが現状。

もっともよく考えてみれば、昔と比べて残業は増えるし(企業が提示した時間外就業時間は漸減してるけど、悪名高い「サービス残業」の類がある)、居場所作りを求められるということもあり、大変なのには違いない。

移動時の写真掲載の意味

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ここ数日飛行機搭乗時の写真を掲載しただの、その行動を忌避するだの、その忌避の動きがどうだのと、奇妙な話が挙がっている。元ネタが某写真週刊誌ってことで当方的には終了なので(元々炎上目的の高可燃性ネタ記事をネット上に上げるから炎上するのは当然の話)、それ自身はさておくとして。

飛行機搭乗時の写真をのせる意味について、色々と考えていたところこういう指摘が。要は自分自身の忘備録と、有無を言わせない証拠づくりというもの。まぁ、ソーシャルメディアは自分にとっての人生の履歴のようなものであり、かつ修正そのものが出来ないツイッターならば証拠能力も高くなる、と。Facebookは修正が利くから色々といわれるかもしれないけどね。ブログなどは同時にアーカイブをとっておけばいいんだろうか。

あと、指摘にある通り、自分自身の行動履歴を公開する事で、下手に手を出させないという考えもある。まぁ、乱暴なところはそれでも手を出すのだろうけど。

SIPRIの軍事費最新レポートが発表

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軍事分析で知られるストックホルム国際平和研究所が2日、2017年の世界の軍事費の報告書を公表した。前年比1・1%増の1兆7390億ドルで、1人あたり230ドル(約2万5千円)。11年の1689億ドルを上回り、1989年の冷戦終結後で最高となった。

数年前から毎年分析をしている、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の年次軍事費報告書。実は昨日の朝の時点で更新を確認できていて、再来週辺りからデータの更新をしなきゃいけないかなあと思っていた矢先に記事が上がってしまって、一週間ほど前倒しにしなきゃならなくなった件。データの抽出と検証、分析とかまで含めると、結構な時間がかかる。

で、アジア地域がもりもり伸びているとか、中国は推定額でも世界第二位だとか(軍事費換算の観点で怪しい領域のものがあるし、非公開の部分の存在も可能性は否定ができない)、基本的には前年からあまり変わりは無い。

ねこ様シャツが安売りをしていた件

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先日ツイッターのタイムライン上に挙がっていたことで気がついた、猫の奇抜なデザインによる創作シャツのセールス......って今はもう終わってしまっているのだけど。変なコラを作って、それをそのままシャツのデザインにできる辺りは、今の技術ありがたやという感じ。しかも文字とかは関係無いので、ほとんどの文化圏で共有できるという、ワールドワイドな商法となる。まぁ、ジョークが通じないとか、猫への対処が違う文化圏ではダメだけど。

質疑応答は情報の共有化

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講演や大学の講義などで一通り解説が終わった後に「それでは質問を受け付けます」「何かここまでで質問はありますか」という形で、公聴者からの質問を受け付ける場が設けられることがある。その場で質問のやり取りをすることもあるけど、その場では質問をせずに、終わった後に当人に駆け寄って質問をするというケースも多々見受けられる。

単純に質問受付の時は思い浮かばずに、その後に質問を思いついたり、多分にプライバシーの問題などが絡んできて不特定多数に知らしめるのは問題が生じ得る情報を含んでいるのなら仕方が無いけど。あるいは時間が足りずに受け付けてもらえなかったのならともかく。恥ずかしいからとか、他愛も無い事だからとかいう理由で、質疑応答の際には質問しない、後で個人で尋ねるってのは、実はもったいないよという話。

言われてみれば確かにその通りで、質疑応答の場でやり取りされた情報は、自分だけでなくその場にいた人すべてに共有される。どのような下らないように思える話でも、自分が気付いたものを他人に伝える絶好の場面ではあるし、そういうことができるのが講演などのよいところに違いない。

それに、講演が終わった後に質問云々ってのは、講演をした側が「分からないことがあれば終わった後に来てください、受け付けます」的なことを言わない限りにおいては、その人の時間を少数個人のために拘束してしまうという、罪深いことをしていることにもなる。


「直感は外れるけど、違和感は外れない」。科学的根拠も論文の類も見つからないけど、過去の経験則も併せ、なるほど同意しまくりなお話。実のところ直感も違和感も、自分がこれまでに経験してきたことや取得してきた情報を無意識のうちに瞬時に脳内検索して、照らし合わせた上で浮かび上がるものだったりする。中には本能部分から引っ張られてきたものもあるのだろうけど。

で、こうに違いないという整合的な観点での「直感」よりも、これは何か違うという「違和感」とでは、後者の方が精度が高いってのは、理由は何となくわかる。過去の情報との類似性や、そこから導き出したであろう考えは、整合性の上ですべて同じであるか否かは疑わしい。自分が持っている情報そのものの正しさや、得た当時はともかく今では間違った内容の可能性もある。江戸時代の人を連れてきて、その人に直感から色々と判断してもらったとしたら、江戸時代の常識や周辺情報を基にした「直感」に、どれほどの期待ができるのか。


箇条書きでもプロットでも構想図でもいいのだけど、ともかく文章そのものではなく、それを構築する骨組みを見たい、電子書籍ならそれでいいのでは、という話。一見するとそういう発想もありかもと思ったのだけど、よく考えて見るとそれは電子書籍というよりは、プレゼン用の資料だよねという結論に当方は至ったりする。

つまり、箇条書きでよいってのは実のところ、電子書籍でなくても構わない。電車のつり革広告とか、雑誌の目次部分でオッケーというもの。ただそれだと文章販売のアイテムとしては商売にならないので、それそのものを売るビジネススタイルでは使えない......まぁ、ノウハウを売る情報商材のようなものでなら話は別だけど。

例えば、指摘されている箇条書きを500円で売る。もっと詳しい解説を読みたい場合は1000円で、といった切り口も可能なわけだ。お試し版とはまた違った視点だな。


キンドル出版をはじめとしてオンラインによる出版事業は色々な方法論が提案され、システムが整備されているけれど、いまだに紙媒体のようなデファクトスタンダード的なものにはなり得ていない。指摘されている通り、2010年......と区切ってよいのかどうかは別として、メルマガの有料化とかブログの有料会員制とかウェブ雑誌の有料専門ページとか新聞社の有料登録とかも併せ、色々な仕組みが生み出されているけど、これが一番というものは確かに無い。キンドル出版の利用ハードルがさらに下がれば、それに成る可能性はあるのだけど。

定着がされずに色々と試行錯誤が繰り返され続けているのは、何か不足しているものがあるからに違いない。けれどその不足しているものが何だか分からない。確かにもやっとくる。


先日某有名漫画家な方の話として「自分の専属絵師になってくれ、色々やってくれ、他人の仕事は受けるな、でも自分は中学生なので対価は無い」というものが出てきて、確率論としてはそういうのはゼロとは言えないのだけど、実際にそういう話を聞くと「そんなのあるのか」と驚いていたら、その翌日に似たような話を動画編集に関して目にして、ソーシャルメディアの可視化機能ってすごいなあと思っていたのも併せ、色々と考えさせられるお話。

何かやってみたいと思ったけど、それに手をつけるリソースが無いからタダで寄越せ、自分はお金が無いという無双状態でアプローチをしてくる人もいれば、自分のリソースをどうにか工面したりできる範囲で手をつけ、結果としてリソース不足で十分なものでは無いけど、自分自身の手で完成したものを見せる人もいる。

前者はその領域に入る意気込みそのものが見受けられない。自分でやろうというモチベーションが無いのだから、仮にタダでもらえたとしても長続きはしない。無料でもらったものは大切にされないという大原則から外れるところが無い。後者は自分自身で始めの一歩を踏み出した、すでにお仲間さんに違いなく。だからこそ昔の自分を投影した、先にいる人達が手ほどきをしてくれることになる。


当方も物撮りをすることは多々あるので、この辺りはなるほどなぁと思ったお話。要は、自分の視界に映っているものをそのまま撮るより、見せたいものを撮った方がアピールはしやすいし分かりやすいよ、というもの。アングルとか構図そのものもまた、表現方法の一つであり、余計な情報はノイズになってしまうよというもの。

まぁ、この辺りはテレビ録画における本編とCMの関係のようなものではある。ただし後々に見返して記録とか資料としての価値となると、そのノイズ的なものが大きな価値を持つようになったりするという皮肉な結果となる場合も多々あるのも、また事実。この例ならば店の様子やテーブルのデザイン、ナイフやフォーク、ワイングラスそのものが、当時の資料として役立つとか、ね。

あなたは神を信じますかin米国

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米国の民間調査会社Pew Research Centerの調査結果。数年前にも似たような調査が行われた記憶もあるのだけど、その最新版という感じ。「あなたは神を信じますか」という質問に対し、8割もの人がイエス、と答えている。この「神」がキリスト教の神に相当するイエス・キリストを意味するのか否か...と思ったのだけど、Godと頭文字が大文字だし、設問を見るに「聖書に書かれている云々」とあるので、多分にそれなんだろう。

ただよく見ると80%のうち23%の人は「聖書に書かれている以外の、何か高位にある存在や、精神的な力」とあるので、1/4程度はイエス様以外の神的な高位存在を信じているということになる。

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