人材発掘とコミケ詣でと。そしてその媒体だからこそ、そのスタイルだからこその作品もある

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RTの対象はコミケから作家を拾ってきてちょいとした出版でデビューさせてその後はろくすっぽ手もかけずに育てずに放置し、勝手に育つのを待つ手来な編集がいたとか、「コミケ詣で」という言葉が生まれたとかいう話。全員が全員では無いし、今でもコミケ詣での類は「人材発掘」として存在するし、コミケに詣でなくてもPixivとかツイッター詣で的な話は山ほどある。

「釣った魚にはエサをやらない」って言葉はちょいと雑かもしれないけど、それを思い起こさせるのも事実ではある。まぁ、その方が楽ではあるし、金星を掘り当てれば自分の功績となるし、それこそガチャをやってる感覚でいいのだし、そのガチャにはほとんどリソースはいらないとなれば、飛びつくのは仕方が無い。けれどそれじゃ、業界そのものは育たないよね、と。

......例えが悪いけど、奴隷商とどれほどの違いがあるのか。


他方、人材を育てようとせずに拾って来て放置するってパターンの大きな問題は、指摘されている通り媒体ならではの特性を、どこまで考えているのかというもの。この作品はPixiv上で見たからこその魅力だったのに、製本化されるといまひとつになってしまうとか、ツイッター上でラフ的な、荒々しいタッチで展開されているのがよかったのに、清書書きされてきれいにまとめられると、何だかこじんまりとしてしまうとか。

その媒体、そのタッチだからこそ、活きてくる作品ってのはある。商業誌化する際にはこういうフォーマットが必要だ、このタッチで無いとダメだっていうテンプレートというかお決まりがあるのかもしれないけど、それか個性とか長所をつぶしてしまっては何にもならないって気はするのだけどな。

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このページは、不破雷蔵が2018年5月15日 06:57に書いた記事です。

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