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宅配便のオーバーワークの要因の一つである再配達問題。いや、確かに問題にはなっているけれど、よもや内閣府の世論調査の題材として取り上げられるとは思わなかった。マジで驚き。詳細回答値が公開されてから、本家サイトでも分析する予定だけど、とりあえず速報的な感じで。

過去1年間の再配達経験者は5割ぐらい。宅配便を受け取らない人は再配達になりようがないし、自宅にいる時間が長い人は再配達になってしまうリスクは少なくなる。他方、宅配便を利用していても荷物の時間指定ができない人は、来た時に不在で不在通知を受け取り、再配達の連絡をして受け取り時間を指定しなきゃならないから、再配達の可能性は高くなる。

年齢階層別の限りでは、再配達になってしまうリスクは若年層の方が大きい。結局は自宅に自分も含め、誰かがいる時間が長いかどうか。若年層は一人暮らしで自宅に居ない時間が多い。年を経るに連れて結婚して配偶者が自宅に居て受け取ってもらえる場合が出てくるし、定年退職後は自宅にいる時間が長くなるので受け取りやすくなる、と。


先日からクリスマスシーズンに向けて混雑し始めるデパートのおもちゃ売り場やトイザらスに足しげく通い、商品の展開状況やお客さんの購入性向などを色々と肌身で感じるようにしているのだけど、その中で気になったのがこれ。入口にあるカート群をよく見ると注意書きとしてカートに子供を乗せないようにとあったり、館内放送でもその類のが流れていたりするのだけど、それでもなおカートに子供を乗せている人がいる。

周囲は色々なおもちゃが一杯で、似たような年齢の子供も沢山いて騒いでいる。まるで夢のような場所であるのだから、子供がはしゃいでしまい、保護者が手をつけられない状態となるのは理解できる。だから身動き......というか駆け回らないようにカートの中に閉じ込めたいという心境も分かる。でもそれをやるようにカートは作られていないし(専用座席があるのは別。ただし適用年齢ぐらいでないとマズい)、無理に乗せるとそこから乗り出しておもちゃに手を伸ばそうとしてバランスを崩し、カートごと倒れたりカートから落ちてエライことになる。

湯たんぽによる低温やけどなどの事故が減らないとして、消費者庁は6日、製品ごとの加熱方法を守り、体に長時間触れさせないよう、改めて注意を呼び掛けた。「就寝時は布団に入れたままにせず、温まったら取り出してほしい」としている

「湯たんぽは布団に入れたままにしない」。え、そんなの知らなかったよという人も多いかもしれない。温まったら取り出すって、その時点で起きないと出せないから、寝ている時に温まったままってのは無理じゃないかブーたれるかもしれないけど。

例え高熱の状態で無くとも、長時間接触を続けていると、いわゆる「低温やけど」を引き起こす可能性がある。方言の「なんだけど」じゃなくて「火傷」ね。

消費者庁のリリースにも「布団を暖めた後は、就寝前に布団から出しましょう」とある。つまり、湯たんぽの類は寝ている時に布団に入れるのではなく、寝る前に布団に入れておいて布団を温め、寝る前には出してしまうのが正しい使い方。


インターネットで自由に作品をアップロードできるようになると、気が付かないうちに著作権法に抵触していることもありうる。となると、こういう話にどきりとしてしまう人もいるはず。まぁ、ちょいと前までは変な動画サイトへのアクセスとか、聞いたことが無いところのビデオや図書の延滞とか、プロバイダの料金とか、ネタが変わっただけで手法そのものは昔から変わらない。

で、指摘されている通り裁判所からの書面の類はこんなチープな葉書で送ってくることは無い。本物と同じような様式でやるとコストがかかりすぎてスパムの効果が無くなるので、実情を知らない人が引っかかればそれでいいやという具合。


最近はフリーイラスト素材というといらすとやさんが有名だけど、こういうものもあったんだな、ということで覚え書きも兼ねて。当方は残念ながら東京在住者なので埼玉県での知名度の高さは分からないのだけど、あちこちで使われているところを見るに、あながち間違いでも無いのかな、と。練馬区のマスコットキャラのねり丸も、こんな感じで色々なカットを公開してくれたらもっとあちこちで使われるだろうに......。【いちおうねり丸の公式サイトはあるけど】、使い勝手のよさそうな素材の類は提供されていない。


目的のためには手段を選ばぬ、たとえその手段が倫理的に問題があろうと、規定やルール、さらには法律に反していたとしても、周囲に迷惑をかけたとしても、自分が良しとする目的のためには手段はすべて正当化されるべきだ。最近よく目に留めるようになった主張ではあるけれど、これって単なる反社会活動家、テロリズムと変わらないのだよね。

今件では上記にある通り、かつてそのような反社会活動家、テロリスト達のことを追求していた人までが、手段の正当化の声を挙げていて、思いっきり残念さを覚えざるを得ない。


「大学は教育機関、研究機関として欠かせない存在」「望む人には教育を受けさせる義務がある」「大学を出ておかないと自分が望む企業から門前払いされる」。大学には色々な話が持ち上がるけど、微妙に齟齬が生じているというか、主張のベクトルがずれている感はある。大学を出ないと就職できないから入りたい云々ってのは、大学が保護され維持されるべき理由としての教育機関・研究機関とはずれが生じてるのではないか?

で、図式されてなるほど感。文系・理系の仕切り分けの単純化はリスクが伴うけど、あえてそれをすると、文系方面で「就職のための大学的存在」となるものが存在していない、と。つまり就学専用特訓高等学校的なものがあるといいなぁ、と。

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