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1945年に太平洋戦争が終結してから、今年で72年目。そろそろその戦争を実体験した人が寿命を終えて居なくなるころではあるのだけど、一部で指摘されているような声があがる。人の寿命を延ばせ云々ではなく、直に経験した人の直接の語りが聞けなくなるから困るというもの。

指摘にもある通り、この類の話を報道側が成すのには、2つの問題がある。一つは、経験者の記憶を、話を、記録して伝え、保全しておくのが報道の役割なのではないのか。それを放り投げて「語り部が居なくなる」とは、自分達が仕事をしていないと暴露するのと同じ。先日の「説明をしていない」と報道側が追及するのと同じ。

もう一つは記憶そのものは常に変質してしまい、本人の脳内で改ざんされるものなので、物語としてならともかく、事実の伝承としてのものの価値は薄れているってこと。歳を経るに従い記憶があいまいになるってのは、お年寄りのお話を聞いたことがあるのなら誰もが納得できること。それを戦争に関する話に限り、100%間違いなく事実だとするのは、都合が良すぎやしないかな、と。この辺りも以前言及した記憶はある。


物事の需要と供給は表裏一体で、どちらかが不足すればどちらかが余ることになる。過剰な偏向は全体のゆがみを生じさせるけど、いずれか一方にある程度偏っていた方が、多数の人にとって、全体においては健全であることも多々ある。

人手不足の話もしかり。景況感の回復、労働市場の活性化などを受けて、これまでのデフレ経済下での雇用する側の圧倒的な優勢感ってのが崩れている。それでもこれまで通りの姿勢で通そうとすると、当然求職者は集まって来ないので、人手が足りなくなる。まぁそこで、あくまでも求人の条件を変えずに既存の人材をこき使うのか、賃金アップや就業者の労働環境の整備をするのか、もっと安上がりな労働力(つまり機械)にシフトするのかは、それぞれの企業や業態によりけりなんだけど。

労働環境の整備改善をして求人効率を良くしようとすると、当然コストが上乗せされるから、商品価格を上げる必要がある。これは経済がぐるりと回っている証拠。商品価格がアップするのは購入側にはネガティブに思えるけど、このような事情があるのなら悪い話ではない。直接自分に見える形で返ってくるのではないから、「自分には関係ない」と反発する向きもあるだろうけど。


以前【「言葉を切り取りされるのを前提」とフェイクな編集報道を肯定するメディアのトップ】でも言及した通り、事実を切り取り、さらには切り貼りして内容を偏向させて伝えるのが常となっている報道界隈。単にでたらめな主旨違いならば国語能力の絶望的な不足ということなんだろうけど、方向性が特定方面にのみって実態を見るに、分かった上でやっているのだろう。

で、今回も指摘されている通り、切り取りで主旨を違えて大騒ぎ。デマ屋や詐欺師とどこが違うのだろうか。いや、それでは詐欺師に失礼か。

イジメの本質と報道界隈の姿勢

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松岡氏のネタは機会がある度にインターネット上に持ち上がるけど、当方自身も今では苦々しい想いをしながらそれを目に留めるようになっている。本人がイヤだと言っている以上、それは慎むべきことに違いない。たとえウケがよくとも、面白いネタであったとしても。

指摘されている通り、いじめの本質って(すべてがすべてではないけど)この部分にあると思う。以前記事にもしたけど「今日のプリウス」ネタも同じ事。


8月15日は終戦記念日。それに伴い毎年さまざまな歴史、戦争関連のテレビ番組が放送される......のだけど、かつてテレビの内容を一方向的に受け取るしかなかった時代ですらも、自分の仕事や趣味の上でその方面の話を色々と調べていた当方としては、ツッコミどころが結構あった。ネットが普及浸透して多方面の有識者(本当の意味で)の意見を聞くに、ツッコミをするのは当方だけじゃなかった、むしろ当方のなどミジンコのひとなでぐらいのレベルだったのだと再認識させられる。

池上彰氏に関しても、この数年で大きくイメージが変わってしまった。「番組に語らせられているだけだから」と擁護する人もいるけど、それでは直前に会話をした人の言うなりになる某鳩山氏と何ら変わりはない。今やこの人が登場するお話では、数キロメートルほど距離をおいて眺めた方が安全な感は多分にある。それほどまでに内容への信ぴょう性が疑わしい。むしろ番組や雑誌などが広めたい事、風評したいことを氏の知名度を使って、氏自身もそれを喜び勇んでいるような。ただ、脅されたりしているわけではないのだから、氏自身も同罪ではある。

「専門家の話と一般の人の認識は違う」との話もあるけど。これも何度も繰り返している通り「分かりやすくても正しくない」は絶対やってはいけない。それは単なるウソ、プロパガンダでしかない。


色々と素材が入っているカレーライスからにんじんだけほじくり返して「このカレーにはにんじんしか入っていない」とするような、選り抜きで全体像を想像させる報道手法。いわゆる「報じない自由」のお話。「報道の自由」の裏返し的な皮肉も合わせての表現なのだけど、いまいち分かりにくいということで【「放送しない自由」ってやはり分かりにくい。「ねつ造報道」とか「うそ報道」の方がいいのかも】では「ねつ造報道」とか「うそ報道」にしてはどうかという話をした。

けれど「ねつ造報道」というと語られている内容すべてがウソと解釈されてしまう。空から宇宙人がやってきて地球を制圧した的な話じゃないんだからというツッコミが入るかも。「うそ報道」だと言い得て妙ではあるけどなんだか子供っぽくてちょいと忌避感が生じてしまう。

で、その辺りをすべて解決てきそうな言い回しとして「不正報道」ってのはどうだろうか。


某所でちょいと話題に登っていた話で、いざ自分でまとめてみたら結構シンプルにできたよ、ということで。細かいことを挙げたらきりがないのだけど、大体これらのキーワード「緊縮財政」「財政規律」「消費税による社会保障の安心感で消費拡大」「国の借金」を肯定的に語るようであれば、その人は信ぴょう性の低い、信頼に値しないとしてばっさりと切り捨てて構わない。それだけでアウト判定をするのはキツすぎやしないかとの意見もあるだろうけど、多様な情報があっていちいち精査をするのにはリソースが足りない今日この頃では、これぐらいのざっくり感でかまわない。それぐらいこれらのワードは致命的。先の時事通信の話【「国の借金1078兆円=1人当たり851万円」とのタイトルで配信をする時事通信社】が良い例。


ソーシャルメディアの普及浸透で情報伝達のハードルが低くなり、多くの人が情報発信をして他人に伝えられるようになった。それと共に、色々と困ったことも生じている。その一つがこれ。以前欧州でテロ事案が発生した際に、その実情が現地の人から次々に送られてきたけど、それを拡散するは止めるべきだとの話があった。

なぜなら被害の状況を広めることで人の恐怖感も同時に伝播され、それは多人数に影響力をもたらし恐怖を覚えさせるという、テロ加害側の意図に加担することになるから。加え、警備体制などを加害側に伝えてしまうことになるかもしれない。特段の意図なく伝えた情報が、犯罪行為に加担したのと同義となる。そんなバカな、と思う人もいるだろうけど、冷静になって考えれば、加害者側の立場になり想定すれば、理解はできる。ましてや公的機関の情報で無ければ、デマやガセの可能性すら否定できない。


先日の官房長官と「記者」とのやり取りで、語られている内容や主旨を明後日の方向に放り投げて、切り貼りして都合の良いように自己解釈を成し、それを事実として不特定多数に喧伝する。最大限好意的に解釈しても国語能力が絶望的に欠けている、通常に精査すれば意図的なデマ・ガセネタを伝えているようなお話を、「報道」の名の下に繰り返している。スピーカーやプレイヤーが望まれる機能を発揮していないのと同じだということは何度となく伝えているけど、それを東京新聞の記者が朝日新聞とタッグを組んで、当の記者当事者が成しているという事態。

まぁ、本人は「これぐらいの偏向、自己解釈は当たり前の話」「ツイッターなんて戯言だから」ぐらいな認識なのだろうけど、居酒屋での戯言とか学級新聞とはわけが違うのだよね。

指摘されている通り、このような切り貼りによる情報の改ざんが続くと、記者単位では無く媒体単位でパージをしても仕方ないなという感はあるし、同意もせざるを得ない。「その媒体の中には良い人もいるから」との反論もよく見聞きするけど、そのようなフェイズはすでに過ぎてしまっている。今件のような情報改ざんに関して媒体本体が何らかの訂正やら謝罪があれば話は別だけど、その動きが無く、しかも繰り返されているとなれば。

それに正直なところ、人のリソースには限界がある。わざわざ良い記者の良い記事だけ切り分けてチェックするよりは、その媒体全体をパスした方が効率が良い。テレビにしても同じこと。

任期満了に伴う茨城県知事選挙が10日に告示され、全国最多となる7期目を目指す現職と、自民・公明両党と共産党がそれぞれ推薦する新人2人の合わせて3人が立候補しました。


茨城県知事選挙に立候補したのは、届け出順に、いずれも無所属で、現職の橋本昌氏(71)、自民党と公明党が推薦する新人で元IT企業役員の大井川和彦氏(53)、共産党が推薦する新人で動物愛護活動に取り組むNPO法人理事長の鶴田真子美氏(52)の3人です。


巡回先のサイトで指摘があったのでチェックしたところなるほど感のあったお話。茨城県知事選挙が27日に行われるということだけど、現知事の任期満了に伴うもので、該当知事はこれまで6期連続当選している。色々と細かいあれこれはあるけど、ダイナミックなヘマを今回の任期でやらかしているわけでは無いし、対抗候補が国レベルで注目されるほどの有能な人とか著名人だったら話は別だけど、先日の仙台市や横浜市の市長選挙のように、結果は今の時点でほぼ見えている鉄板選挙。

他方、以前【報道の非対称性と不公平感、「報道しない自由」こと情報の隠蔽と】でも指摘したように、万一大井川氏が当選するようなことになっても、「首相求心力向上」の類は一切報じられることはないだろうけど、鉄板な結果が出て橋本氏が当選するようなことになれば「首相求心力、さらに低下」という報がなされるのは必然。今件のNHKの報道でも「さきの内閣改造後、初めての大型地方選挙としても注目されます」と表記されているように、今から手ぐすね引いているのがよくわかる。

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