マスコミ・報道の最近のブログ記事


先日の河野外相の質疑応答で新聞記者や一部界隈が大騒ぎしている件。前後のあれこれをしっかりと把握していればあのような内容になる、するのが国益として一番叶っているのは容易に理解できるはずだし、報道もむしろそういうやりとりになる理由ってのを説明すべき立場にあるはずなんだけど、指摘されているような主張で大騒ぎしているのが実情。仕事しろ、というツッコミをしたくなる。


先日の【「タイヤチェーン装着義務化」の誤解】に係るお話で。この件はNHKのフェイクニュースがネットで広がって騒ぎとなったという構図ではあるけど、騒ぎそのものもネットの上でのものでリアルではそれほど広まっていない(そもそもそれほど時間は経っていないから、そんな瞬時にリアルで広がるはずも無い。テレビやラジオのような従来型メディアで繰り返し伝えられていない限りは)のだから、色々とおかしな話ではある。誤解を半ば以上意図的に引き起こすような表記を成したのがフェイクニュースでは無いとするのなら、誤報も虚報もすべて「誤解を引き起こすかもしれないけど」の言いわけで済んでしまう。そもそも見出しの部分で誤報確定な話だよね、これは。誤解云々ってレベルでは無い。

で、指摘されている通り、今件も併せ不手際とかミスとかを、広まったインフラ側のネットが悪い、発信源は悪くない的な形で済ます傾向があるってのは否定できない。ネットもテレビや新聞のような発信源的な集合体としての存在という見方をさせている点が問題ではあるのだけど、実のところネットってのは単なるツールでしか無いのだよね。電線とか電車とか水道管みたいなもの。汚染物質が混じった汚水が家庭まで流れてしまったのは水道管が悪い、と主張しているようなもの。違うやん、汚水を作って流した張本人が悪いんやん、ということなのに。

読売新聞社は12日、朝夕刊セットの月ぎめ購読料を来年1月1日から現在の4037円から4400円に値上げすると発表した。全国の販売店で従業員不足が深刻化しており、増収分の大半を労働環境の改善に充てる。

年末のこの時期にえらいニュースが飛び込んできたなというのが正直な感想。新聞の購読料って、個人的な推測ではあるけど、引き上げられると随分と月ぎめの人が減るような気がするんだよね。慣習的に購読している人が引き上げによって、支払っている料金を改めて考える機会が与えられてしまうから。惰性で歩いていたのが、ふと我に返るという感じ。

一応福利厚生というか労働環境の改善に充てるとはあるけど、購読者側はその辺をあまり気にせずに、自分の支払いの額で購読を決めてしまうだろう。惰性で買っていた人は特に。ある程度の購読数の減少は覚悟しているのだろうし、元々新聞の購読者数は減少傾向にあったけど、どこまで加速するのかな。

「タイヤチェーン装着義務化」の誤解

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国土交通省は12月10日、大雪時に一部地域でタイヤチェーン規制を実施すると発表した。ネット上では「チェーンの装着を義務化するなんてばかげている」「雪国のことを分かっていない」といった声が上がっているが、実際は異例な降雪などの緊急時に、従来なら通行止めとなる状況でも、一部区間を「チェーン装着車なら通行可能にする」という発表だった。

当方は基本的に自動車を運転しない・できないからあまり気にはしていないのだけど、それでも歩いている時にスリップした自動車が巻き添えをくらわそうと突進してくる可能性を考えると、安全走行をしてもらうにこしたことは無い...けど、義務化ってのはどうなのかなと流し読みをしていた程度のお話が、実はこういう事だったのね、的な。

義務化じゃなくて、一部区間ならチェーンをつけることで走行が可能にするっていうもの。「従来であれば通行止めとなるような状況においてタイヤチェーン装着車のみ通行を可能とするもの」とある。なるほど。準備をしておけばこれまで以上に利便性が高まるという次第。

で、元記事ではフェイクニュースではないとしているけど、これってフェイクニュースとしてもいい気がするってのが個人的感想。フェイクってのは受け取り側が事実とは誤認してしまう内容を意図的に発するものだからね。じゃがいもとにんじんと玉ねぎが買い物かごに入っているのを見て「カレーかも」というのは単なる推測だけど、あらかじめ肉じゃがを作るつもりなのに「カレーだろう」とフェイントを自らかけるのはフェイク。その材料でカレーを作るつもりで「カレーだよ」としておきながら、カレー粉の買い置きが無かったので肉じゃがになったら、本当にカレーを作るつもりで言ったのでフェイクでは無く(結果として嘘にはなってしまったけど)予定変更的な話になる。


ツイッターはもちろんだけどブログでもFacebookでもLINEでも、ソーシャルメディア全般において「よく知らないけど」というフレーズが出てきたら、それ以降は読む価値は無い、ネタとして、時間つぶしとしてぐらいの感覚でというのは、指摘されてみると確かに言い得て妙ではある。

自分はよく分からないけど、こんなもんじゃないかなーという設定というか宣言をしているわけだから、その後に語られる内容には何の裏付けも保証もない。単なる自身の思惑とか、さらには言われている通り「自分語りがしたい」程度の内容でしかない。


「ビカミング」というフレーズが本当にそのような使われ方をしているという裏付けは取れなかったのだけど、語られている内容はゴゴゴのあずき先生も繰り返し言及していた。物事が高度化、複雑化、多角化するに連れて、知ったかぶり程度では生兵法どころの話では無い状態となってしまっている。その典型的な事例が今のマスコミじゃないかというもの。

個人的にはワイドショーに出てくる、適当なコメントを語って自分の肩書とテレビという権威で正しいように思わせるだけのコメンテイターと何ら変わりはないし、それは今現在だけじゃなくて、昔から変わっておらず、それが情報の多角化と多次元化によって検証されやすくなったまでの話だとは思うのだけどね。

昨今の明らかになっている大手メディア......というか大手に限らずの報道メディアでは、本来スピーカーという役割を果たすべきなのに、勝手に誤翻訳してノイズのりまくりで遅延まで起こしている状態ってのが実情ではあったりする。


インターネット回線が高速化し、周辺技術も続々色々なものが生み出されて浸透していくにつれ、それらを使った表現方法も多様化していく。既存の技術の組み合わせとか、発想をまったく別のものにしたものとか、やってることは大して変わりは無いんだけど運営会社が違うとか。

けれど結局のところ、従来のメディアも併せ、面白みってのはメディアに依存するところはほとんど無い。メディアで提供されるコンテンツそのもので評価されたり面白いと判断されたり商品として重要視されていく。特定メディアやツールが持てはやされる場合、そのメディアがかかえているコンテンツが豊富であるってことになる。

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