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電子レンジを使うと有害物質が生成されるから危険である、それはたんぱく質が凝固変形するからだ......という、一昔前の与太話、子供向けの雑誌でおどろきびっくり的な話として伝えられていたレベルの内容が、週刊朝日の記事として掲載されていた。

それだけならまだゴシップ紙の埋め草的な、イエロージャーナリズムな記事として笑い話で済むのだけど。これが「朝日ドメインを持つAERAサイトが掲載」「AERAサイトの記事をポータルサイトが転送掲載」というロンダリングを経ることで、週刊朝日の記事であることがほとんど分からないような状態になっている。

例えばこれが物理媒体によるものならば、週刊朝日のものだというのが一目でわかるような、スクラップブック形式で貼ってあるのなら認識はできる。ところが今件のようにウェブ上の情報となると、体裁では全く分からない。同じテキストで、テンプレートで配信されているのだから。一応「週刊朝日」の記事だとは書いてあるけど、それも巻末。最後まで読まないと分からない。タイトル一覧では判断ができない。

米国の銃撃事件と政治的な動きと

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先日の米国での学校における銃乱射事件で、被害関係者や政治家らがトランプ米大統領が悪い共和党が悪いNRA(全米ライフル協会)に牛耳られている云々という話や運動を立て続けに成しているのに首を傾げていたところ、こういう話が。まぁ、NRAというと諸悪の根源で世界支配層的に数兆ドル単位の資金を政治家にばらまいているようにイメージされているけど、その実態はいずこにありや。


各報道界隈の記事やタイトル、そしてそれらの記事が転送されるポータルサイトのタイトルでは特に、報道記事において書き手や発信元の願望や憶測が事実報道に織り交ぜられて表現されており、事実がゆがめられた形で、脚色されて、余計な情報が混ぜられて、伝えられてしまっている。

「羅生門」の書籍を購入したら作品の内容は概説しか書かれておらず、残りのページには出版社の作品への想いとか内容の分析とか、さらには関係者の読書感想文的なものがもりもり盛り込まれていたりするようなもの。あるいは本文はちゃんと書かれているのだけど勝手に出版社や編集によって表現に足し引きがされていたり、さらには章単位で削除されたり創作が入っているようなもの。

欲しいのは事実報道であり書き手の想いでは無い。書き手の想いが欲しい時は、それ専用の場所で取得する。ラーメン屋に入ったのにうどんとかそばしか出されていない、ラーメンっぽいのはあるけど中にそばとかうどんが混じっている創作ラーメンだったりする。

誰かがウソをついている

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総理がジョギングしているところにジョギング中の男性から声をかけられたが反応せずに通り過ぎた。それを朝日新聞が記事にしたけど、産経新聞の記者が確認したら官邸の関係者は誰も聞いていないよというもの。憲法関連で総理側が市民の意見を無視しているとの印象を持たせる朝日新聞の、「ありがちな報道」記事ではあるけど、そんな事実無いよというツッコミが別新聞社から入った次第。

誰かがウソをついている。

産経
朝日
官邸
声をかけた人

あるいは声をかけた人が脳内声かけだったか相手に聞こえないぐらい小声だったか。

しかし「ジョギング中の男性から「憲法改正しないでください」と声をかけられたが、言葉を返さずに歩き続けた」という話だけで、有料提供されている新聞の記事にするとは。報道の非対称的な使われ方は恐ろしいものに違いなく。このような報道の使われ方が日常茶飯事的に行われているとすると、背筋がぞっとする。

フィギュアスケートの羽生結弦選手が金メダルを獲得したことを受けて、2月17日に新聞各紙が号外を発行しましたが、メルカリなどのフリマサイトやヤフオク!などのオークションサイトで転売が相次いでいます。1000円を超える出品も。

利用ハードルが低いからだろうけど、メルカリをはじめとしたオークションサイトでオリンピックの号外が販売されるという事案が相次いでいる。元手もほとんどかからないし別にいいじゃんという感なのだろうけど、見ていてあまり気持ちのよいモノではないし、下衆な感は強い。


先日のオリンピックでの選手たちの活躍をツイッターのタイムライン上で見聞きしながら思ったことと大体重なるお話。自分の心のうちから湧き上がる感情を表現したい、他の誰かに伝えたいという思いはごく普通の衝動に違いない。その手法として画像キャプチャが用いられている。

他方、先日も某所で指摘の記事が挙げられていたけど、テレビ番組の画像をデータとして取り込んでそのままアップするのは、権利的にはアウト判定を受けてしまうのが現状。テレビに映っている画面を物理的にスマホなどのカメラで撮影してそれを使うのはグレーラインというところか。

権利の尊重と利便性とのせめぎ合い。例の不法アップロードサイトの話が思い返される。厳密にはあちらは利益を得るための行為であり、内情的には別物なのだけど。


以前から何度か指摘していた、反社会的な話とか、感情論が前面に出て論理が吹き飛ばされるケースとか、お涙頂戴的な話とか、弱者ビジネス的な論調で用いられることが多い、特定少数の事例を事細かに説明して、それがあたかも全体像であるかのように印象づけさせ、大多数の便益を否定していく論調手法。取材や現場の声などを重視する切り口ではそうなりがちなので注意が必要なのだけど、この類の手法ってテンプレート化しているのかなと気がつくと、結構な頻度で見受けることができるようになった。

けれどこの手法ってどういう形態名があるのだろう、何らかの分析がされているのかなあと思っていたのだけど、「早まった一般化」「過度の一般化」という名前があるとの指摘。

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