マスコミ・報道の最近のブログ記事


先日言及したトランプ氏の記者会見の伝え方一つをとっても、海外の報道はまた別として、日本の報道はどこまで「報道」の言葉から逸脱してしまっているのかなと思う次第ではあるのだけど。指摘されている通り、ソーシャルメディアで中間ノイズのリスク無しに不特定多数へと情報発信が容易になったことからの焦りかなという気がする。むしろ焦りよりも指摘の通り、傲慢さの露呈かな。勝手に関所を作って中抜きさせないと通さないような道を通らなくても、直接他の街に行けるようになったところ、「勝手に移動するな、自由な移動は許さない」と逆切れするような感じ。

ぶっちゃけると「SNSが力を持ち」ってのは間違い。元々力を持つ人が、その力を加工(フィルタリング)されること無く使えるようになるツールが登場しただけに過ぎない。


米国民間調査期間PewResearchCenterの調査結果から。たまたま調査した年が2013年と2016年だったので3年の間隔での比較となるのだけど、その3年間で随分と(ネット経由での)ニュースの取得様式も変わってるのだね、というお話。

モバイル、ほとんどはスマホ、によるニュース取得者率は54%から72%に増加し、頻度ももりもりあがってる。その一方で、パソコンは漸減。ただ、モバイルの取得率の増加分とパソコンの減少分とでは差し引きすると計算が合わないので、パソコンでのニュース取得を継続しつつ、モバイルでもという人が増えてきたとの方が理解としては正しいのかもしれない。


大統領選挙で勝利してからは初となる、日本時間では1月12日深夜から行われた、米次期大統領のトランプ氏の記者会見。CNNの記者とのやり取りが注目されて、日本のジャーナリストな方々が色々とお騒ぎ遊ばされているのだけど、先日【トランプ氏の記者会見とCNNやFOX Newsの反応、それに呼応する日本の報道界隈と】でも言及したように、これまでの背景や実情が無視されていたり、日本国内で伝えられている内容も少なからず首を傾げるところが多く、大統領選の際の偏向報道よ再び感が否めない。

で、全部を精査して日本語訳の全訳を作り、米報道機関や日本の報道のあれこれと見比べて、おかしなところをツッコみまくるのは時間がいくらあっても足りないので、気になるところをいくつか。まずはCNNの記者とのやりとりについて。日本では「気に入らないから拒否した。報道の自由の侵害だ」と逆切れしている方々がおられるけど、こんなことも言っている......というか、これがあるからこそ、結果としてああなった。

都合の良い部分を切り貼りして印象付けさせるってのは、偏向報道以外の何モノでもないよね、的な。


......ということで先日行われた、米次期大統領のトランプ氏の記者会見の中で、CNNがウソつき呼ばわりされて質問を拒否された件。この部分だけを抽出して報道の自由がとか独断行為にすぎるとか、日本のジャーナリストな方々も逆切れ状態で反発しているけれど、ふと引いて色々と会見内容を読み返したり、大統領選挙戦の時にCNNなどが何をやってきたのかを思い返してみると、今騒いでいる方々はどこを見ていたのだろうかと頭に疑問符が一ダースほど浮かんでくる。

まず米国内におけるCNNなどの全国ネットワークのテレビ局やケーブルテレビ局、新聞社などの4マスに対する信頼度はどん底状態であり、日本のような信奉過多ではないことを認識しておく必要がある。加え、CNNは極端ではあるけどそれらのメディアが大統領選において、本来「報道」たるものがやってよいとは思えない印象操作の報道を繰り返してきたことが、さっくりと騒いでいる界隈の記憶から抜けていることがある。あのような指摘をトランプ氏から受けたのは、CNNが「報道」と呼べるようなことをしていないと認識されていなかったとの発想に、なぜ至らないのだろうか。


先日の某所の大火でも火元の実住所・素性が実質的に報じられてしまった時に感じたお話。報道界隈は繰り返し、視聴者の心に刻むため、事件の印象を深く認識させるため、より詳しく知ってもらうため、被害者や加害者、それらの関係者の実名や身元の詳細を殊更に暴露し、書きたて、広めてしまう。情報の受け手が送り手からの一方方向による受信のみで、ああそういうことなのねと確認してオシマイな時代ならば、その意図はある程度正当性があり、弊害も比較的少なかった。

けど今は状況が大きく違っている。情報の受け手側も他の情報の取得精査を成して、さらには発信側になることができる。受け取った情報を元に、さらなる詳細な情報を見つけ出して広げ、(送信者が意図せずに)シグナルとして送り出すことができてしまう。

そのような現状ではマスメディアによる、事件性のある事柄に関わる個人情報、プライバシーに直結する情報の配信は「私刑(リンチ)」のトリガーとなり、指図と同義となりうる。そしてその実害も多分に生じている。

「子供の視力が過去最悪」との報道で

| コメント(0)
裸眼視力については、低下傾向が続いていて、視力1.0未満の子どもは、小学校で31.46%、中学校で54.63%、高校で65.98%となり、それぞれ、1979年の調査開始以降、過去最悪となった。

今件報道内容は文科省の「学校保健統計調査」の速報値によるもの。通常は毎年1月の半ばぐらいに公開されるのだけど、先の人口動態調査の速報値と同じように、今年度は前倒しでの発表。なんかこう立て続けに起きると、官公庁内で何かムーブメント的なものがあるのかもしれないなあという感が。

で、報道の仕方自身には首を傾げる次第。「過去最悪」「スマホ普及など要因」と書くと確かに目を引くしそれっぽいアピールはできるだろうけど、伝え方としては正しいのだろうか......という、先のグラフ問題と似たような疑問が湧いてくる。

厚生労働省が実施している平成28年の人口動態統計の年間推計で、出生数が過去最少の約98万人となったことが21日、分かった。年間の出生数が100万人を割るのは昭和22年の統計開始以来、初めて。政府をあげた少子化対策の重要性が改めて浮き彫りになった形だ。

昨日は今朝がたから「昭和22年の統計開始以来初めて出生数が100万人割れ」のニュースが報道界隈を駆け回り、人口動態統計の年間推計って年の頭、1月1日に出るはずだけどなんでこんな早いタイミングで? と不思議感を覚えていたのだけど、厚労省でも正式に夕方にリリースを展開していて、それが事前に漏れたようだ。っていうかこの類多いんだけど、公的情報が事前に漏れるってやっぱりまずくない?

で、それはさておき。本来正月三が日あたりに上げる関連記事は来週頭ぐらいまでに逐次前倒しの必要が生じたわけで、かなり焦り感。100万人を切ったということで、あえて早めに出したのかなあという気もする。


12月16日にフジテレビ系列で放送されたという「金曜プレミアム・池上彰緊急スペシャル 格差はなぜ世界からなくならないのか▽貧しい人がますます貧しく...深刻データ語る日本の格差」という番組で使われた、日米の所得に絡んだグラフ。そのものの画像や映像は権利関係があるので(引用の領域をこえるとの判断が成される可能性はある)直接の提示は止めておくけれど、どうも印象操作的なグラフの使われ方がされたとの指摘が多数挙がっている。

それを「プレゼンの手法だから別に悪くない」と擁護する声もあるけど、不特定多数に向けた解説番組で使うのは、良識、常識を超えた問題がある。第一、日米のグラフに関して色々と見せ方を変えて、米国はさほど変化は無い云々とするのは明らかに「格差」の話とは違うところがある。


以前にも何度か言及した「現場の取材は非常に印象深い。五感を使って感じるから。それ故に、その印象の強さにとらわれると、木を見て森を見ずの状態となってしまう。さらにそれを『木の状態を森であるかのように語る』としてしまうと、大変危険なことになる」的な話。現場を知ることは大切だが、それを強調しすぎると近視眼的な方向性となってしまう。

それを意図してか、あるいは無意識のうちにか、悪用する界隈が増えている気がする。真ぁ多分に無意識のうちに「現場のインタビューは効果があるように見えるから、意見力が強いように思えるから多用しよう」という経験の積み重ねによるものだろうけど。


先日巡回中に見つけたすき家の最新プレスリリース。松屋や吉野家と比べ、すき家はこの系統のお話を逐次リリースとして公示してくれるので、動向がつかみやすい。まぁ、すき家の数そのものが多いってのも一因ではあるけど。

で、今件に関してはリリースを見た時点では、自分自身のアンテナにはひっかかっていなかった。そこで、いくつかのキーワードを頼りに検索を何度か行い、可能性のあるやり取りを見つけて別のキーワードを取得。それを元に複数のソーシャルメディアをたどったところ、該当する動画、その動画をリアルタイムで放送した動画主、さらにはそれを公知しているツイートを含む本人のツイッターアカウントまで確認した。

どうやら某動画配信システムでリアルタイム放送をしてその所業をやらかし、それがYouTubeなどに転載されて事態があちこちに拡散周知したらしい。


情報メディアの普及浸透、特にインターネットとスマートフォンの整備普及に伴い、人が情報を第三者に公知する、意思表示をすることが容易になった。ほんの十年ほど前までは、一個人が多数の人に自分の想いを伝えるなんてのは夢のまた夢。同人誌即売会がもの凄い天上界的な存在だったのも、それが一因。

でも現在は誰もが容易に意見を述べられ、それが可視化され、多くの人が挙動に気が付き追随することができる。SF漫画でありがちな設定、超能力で他人の考えが勝手に頭に入ってくるようなもの。

そのような状況となると、当然ネガティブの声はこれまで以上に増幅されることになる。肯定派は満足しているからわざわざ声を挙げることはないから、絶対的だけでなく相対的にも否定派が余計に目立ち、対象が受けるプレッシャーは大きなものとなる。

弱者を自ら、あるいは第三者がツールとして振り回したり、特定少数の現場や実情の声を挙げて全体像に見せかけることの危険性は何度となく伝えているけど、視点を変えれば今件も似たようなもの。


先日から大きな動きを見せる、DeNAのWelq問題にはじまる、キュレーションを自称するサイト群の情報展開、さらには専門的領域を自負するサイトの正確性のお話。まぁぶっちゃけ今件が問題視されるようになったのは、医療方面の法的問題に関わるからであり、これについては随分前の改定がなされた時にアソシエイツ系サイトでも大きな問題として動きがあったので、何をいまさら感はあるのだけど。つまり、コンテンツの盗用に関しては、二の次、三の次扱いされているのは否めない。

で、指摘されている通り、Welqの影響を受けて動き出した界隈のほぼすべては「専門家の意見監修を取り入れる」形で問題をクリアしようとしている。要は品質問題を専門家で担保しようというわけだ。その方法論は間違ってはいないのだけど、それが免罪符扱いされる可能性がある。例えば弁護士先生が語った内容だからこれは正しいと、ハチャメチャな論評を振りかざすってのは、よく見聞きするよね。

最近の記事25件

最近のコメント

Powered by Movable Type 4.27-ja
Garbagenews.com

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれた記事のうちマスコミ・報道カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリはノウハウです。

次のカテゴリは事件・事故です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

* * * * * * * * * * * * * *


2017年1月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31