マスコミ・報道の最近のブログ記事

報道はスピーカーでなくてはならぬ

| コメント(0)


スピーカーってのは伝えたい音声情報をそのまま拡大するのが必要とされている機能。変なノイズが入ったり、別の音楽が流れてきたり、内容を改ざんされてしまっては何の意味も無い。修理をしたり、廃棄して新しいものに取り換える必要がある。蛇口をひねったら泥水が出てきたり、いつものカットでお願いしたのに美容師が勝手に自分の気分で流行のもこもこモードにしたとか丸坊主にするような床屋は使い物にならないってのと同じ。

そのような状態にあるのが今の報道ではないかな、と。まずは該当する情報に何も足さず何も削らず、そのままで流してほしいのに、勝手に切り貼りして別の解釈を持たせようとしたリ、報道サイドの思惑がもりっと入っていたりする。それって報道では無く、言論・論説機関だよね、的な。

新聞記者は市民の代表ではない

| コメント(0)


タイトルで終わってしまう案件だな、という気はするのだけど。元々報道界隈にはそのような意味合いを持つ、というかその前提で立ち上げられ運用されてきた面があるのは事実だけど、それはあくまでも自称以上のものでは無く、第三者の認証や裏付けのある数量的なもの、公的機関の保証の類はどこにもない。

正義の味方を自称して、勝手に真夜中に大声を挙げながら防犯の見回りをするような人、といった感じ。そしてその人が不法にゴミ回収所を漁っていたり、のぞきをしたり、さらには気に食わない人の家の周辺で騒ぎ続けたりゴミを投げ入れていたり、という状況なのが現状。

自分の立ち位置、存在意義を勝手に宣言し、それを体現化するために努力するのはかまわない。むしろそれは称賛されるべきお話。だけど、それが最初から既定事項であるかのような前提で、その権限を当たり前であると他人に向けて強要するのは筋違い。自動車を運転したい人が、自分は運転したいからと免許も取らずに乗り回していたら、お縄になるってまでの話。


先日もちょいと言及したかな、某大臣がEM菌の悪用で釣るんでいる云々という話に関して、一部報道がキャンペーンを張るかのようなレベルで非難をして公知したこともあり、EM菌関連の策動が叩かれ縮退しそうな件。EM菌の悪用を叩くこと自体は悪い話では無いのだけど、ではなぜこれまで同じようなことをしてこなかったのかと考えると、もやもや感は一寸先でも闇レベル。

つまりはよろしくないものでもおだんまりしたり、大騒ぎするか否かはマスコミが握っているということになると。そうなると脅しにも使えるよね、「騒がれたくなければ忖度しろ」的な。明言しなくてもいい、今回のような挙動を行えば、暗にその力の行使をしているのと同じになる。砲艦外交みたいなものだ。


どこのだれかとは特定しないけれど、東京の新市場に絡んで問題の深刻化に大きく「貢献」した重要人物が、大きな話題を呼んだ発言の一つに関して「あんなのウソだよ、初めからデタラメだって分かった上で言ったんだ、話を広げるための釣りだよ、ばーか」的なことを公知した件について。「バカ向けに作った情報拡散トラップ」だったかな。

で、今件でむしろ得られた見地としては...というか話の流れとしてはこの見地が先にあり、それを元に現在進行形の似たような事案があるってことなんだけど、言っていること、書いてあることのうちどれが本当でどれが偽物か分からないとなれば、全部をうそと見なして近寄らない、耳を貸さないのが一番合理的であるってこと。当たったら言葉通り食中毒に当たってしまうような、ロシアンルーレットを試されるお食事処で食事をしたくはないよね? 他に選択肢があるのなら。


これはブログやウェブサイトでも当てはまることだけど、書き込める文章量が制限されているソーシャルメディアでは特に重要な、誠意の上では不可欠なお話。さらに表示される・受け手の取得情報量が制限されることが多い、スマートフォンの利用者が多い昨今では、これまで以上に注意が必要となる。

例えば猫はかわいいとかカレーライスは美味しいという、時系列的なものが必要とされない事案ならあまり問題は無いのだけど、●×社が倒産したとか何とかというアイテムの生産が終了したというように、その情報の発信時間が特に問題となる場合、いつの話なのかはソーシャルメディア発信時に極力表記しておく必要がある。基本的にソーシャルメディアで伝えられる情報は「最新」「今現在明らかになった」というのが前提なので、数年前、下手をすると数十年前の話を年月無しで語られても「今さっき生じたのか?」と錯覚されかねない。

一番分かりやすい例は災害情報かな。「先ほど●×地域で大規模な地震が発生」というツイートが流れてきたら驚くけど、それが何年も前の話だったらふざけるな、ということになる。先日ツイッターの機能で改善された、時系列並びだけでなく「重要だと管理側が思った内容がランダムで表示される」ってのは、そういう悪弊が生じうるので問題だったのだな(一日前の地震速報が流れてきて、ビクっとしたことが何度あったことか)。

一方で、時系列を無視したサプライズ的なニュースをソーシャルメディア上で流すことで、サプライズ部分のパワーを悪用してリツイートを稼いだり、リンク先の記事のページビューをゲットすることもできる。先日生じた事案のような新鮮味で、数年前の記事をリサイクル的に用いることが可能になる。

でもそれって、倫理観には反していることだ。


皇太子さまのご即位に関わるお話で来年のゴールデンウィークが10連休になるかもしれないという話が出てから、色々な話題が出てきたりする。中でも朝日新聞のこの記事は、今の朝日新聞の体質が非常によく出るものとして、大いに注目したいものではある。いわゆる「過度の一般化」という詭弁様式がよく分かる事例だよね、と。

タイトルで大騒ぎしている内容は最後の一段落の部分だけだし、しかも具体的ソースは無く、匿名の語りでしかない。「●×という声も聞かれる」を絶対多数の汎用的な意見のように取り上げるってのは、メディアとしてどうなのよ、という感じ。


テレビで伝えられていること、新聞や雑誌に書かれていることは多分にフィクションなりフェイクが含まれているから、そのまま鵜呑みにすべてが事実であると信じて疑わず、そのまま自分で試すだなんてとんでもない。大人になればある程度は理解ができるはずなのだけど、子供はそのまま信じこんでしまう。テレビや新聞、雑誌が創作なり思惑が多分に混じっていることなど知る由もなく、教科書や保護者が語るしつけ話と同様の基準で受け止められてしまう。

教育であり洗脳であり、そういうのと同じもの。そもそも生き物は自分の五感で得た情報を知識として経験に積み重ね、今後に活かしていくのだから。その際に取捨選択の基準がしっかりとしていないと、何でも飲み込んでしまう。そう、赤ん坊がそこらに散らかっているものを次から次へと食べようとしてしまうってのと同じ。

今件では酸素欠乏症に関わるお話。テレビなどでそういう場所に潜入するシーンの際に、テロップなり前後してちゃんと精査する場面が必要かなというのは分かる気がする。そういう配慮を繰り返していたら何も作れなくなるとか、番組がうざくなるばかりだとの意見もあり、それも一理はあるのだけど。

最近は制作サイド自身ですらそういうチェックとかやらなきゃいけないことに関する知識が薄いのでは、とかいう心配もあるし、見聞きする方も子供に限らず大人においても「鵜呑みにしたらダメ、フィクションだし」ってのを理解していない人が多い気がするし、そしてそのような状況だからこそ、フェイクを事実であるかのように伝える悪手が広まっているのかなあという気がする。

最近のコメント

Powered by Movable Type 4.27-ja
Garbagenews.com

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれた記事のうちマスコミ・報道カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリはノウハウです。

次のカテゴリは事件・事故です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

* * * * * * * * * * * * * *


2018年10月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31