小ネタの最近のブログ記事


皇太子さまのご即位に関わるお話で来年のゴールデンウィークが10連休になるかもしれないという話が出てから、色々な話題が出てきたりする。中でも朝日新聞のこの記事は、今の朝日新聞の体質が非常によく出るものとして、大いに注目したいものではある。いわゆる「過度の一般化」という詭弁様式がよく分かる事例だよね、と。

タイトルで大騒ぎしている内容は最後の一段落の部分だけだし、しかも具体的ソースは無く、匿名の語りでしかない。「●×という声も聞かれる」を絶対多数の汎用的な意見のように取り上げるってのは、メディアとしてどうなのよ、という感じ。


いつも使っているお店とか、自分がちょいと別の環境に置かれた時の常用品は、何だか愛着がわいてしまうものだし、その時の情景が想起されしまったりする。当方も昔使っていた食器を見つけてほっこりしてしまったり、入院中に何度となく用意された食器とそっくりのものを退院後に見つけてつい買ってしまい、今でも愛用していたりする。

で、今件は天下一品の丼がミニサイズとなってプレゼントされるというお話。このまま自分のスープ皿的なものに使ってもいいし、写真にあるように猫様のお食事用として用いてもいい。とにかくほっこりさせられる。......割れ物なので取り扱いには注意かな。

見かけたら面白いよね、な蛇口とか

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先日紹介したヤカン型の蛇口。出先で見かけたらそのセンスに敬服してしまうけど、日々使う洗面所でこれを使うとなるとちょっとウザイかな、という感じではある。サプライズアイテムみたいなものだからね。

で、その一発芸的な蛇口に関して、このカクダイというところは常習犯、じゃなくてお手の物的な存在のようで、他にも色々と似たような商品を出していた。その一つがこのムキムキな蛇口。ぱっと見では分からないけど、よく見ると筋肉質な人の上半身を模した形となっているのが分かる。横から見ないと判断しにくいってのが難点かな。


先日どう見てもパクツイという感じのものが当方のツイッターのタイムラインに上がってきたので、元ネタを探して確認。裏付けを取れたからこそこうやって覚書していわけだけど、ドアとかで見られるこの金具って、フランス落としというのか...。ドイツの電撃戦でフランスを早期に陥落させたことに由来しているとかいうわけじゃないよな、という訳の分からない妄想をしてみたりもする。


長い航海において曜日感覚が損なわれないようにとの配慮から、金曜日にカレーライスが配膳されるようになったという話は色々と興味深いし、それとともに土曜日が休みだから金曜は配膳が楽になるような料理としてカレーが位置付けられたという話は合理性があっていいなぁ、という気がする。

「曜日感覚を明確化するため」「翌日が休みだから配膳が楽になるように」。この点で考えると、漫画家をはじめとした自営業者・自由業者もまた、金曜はカレーという風習を密にける、ムーブメントとするってのもアリなんじゃないかな、と思う。


夏祭りは8月だし収穫祭の類は10月に入ってからが多いし、確かに9月に大規模な祭りってあまり見かけないよねえ、でも台風とか一杯くるし、だったらそれをお祭りの素材にしてしまい、防災啓蒙的な意味合いを持たせてみれば、という話。まぁ、9月1日に関東大震災があったことから、元々防災の日として定められてはいるのだけど、それを防災月間として拡大してしまうのもよいかもしれない。

天災の類は色々とある。9月なら台風が筆頭だけど、地震とか山崩れとか津波とか色々とある。その類の備えを再確認し、疑似的な訓練も行う。


「「だって、僕は『自分を信じている』もん。自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!」 」とはからくりサーカスでの某氏による超有名なセリフ。色々と曲解されたり元々の意図とは別の解釈で使われることが多いのだけど、字面からだけならば「自分の夢を疑わずに努力を続けていれば、必ずその夢はかなうものである」として、努力の継続性を肯定する意味合いとして解釈できる。気が滅入ったりした時によく自問自答するよね。

ただ現実には、必ず誰もが夢をかなえられるわけじゃない。そして夢をかなえるために相応の努力が必要とは限らない。指摘されている通り「努力」と「夢がかなう」との関係では、「努力した結果として夢がかなった」「努力したけど夢はかなわなかった」、そして「努力せずに夢がかなった」「努力せずに夢はかなわなかった」、さらに「夢自身が無い」の5パターンがありうる。だからタイトルのセリフは「自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか叶うかもしれない」というのが正解に近い。何だか夢が無いな。

また、「蒔かぬ種は生えぬ」とかいう話にあるように「少なくとも努力しなきゃ夢はかなえられない、かなえられる可能性は高くならない」ってのもある。確かに一般的には何もしないよりも相応の努力を、そして相応よりもたくさんの努力をした方が、夢がかなう可能性は高くなる。けど「努力せずに夢がかなった」って場合もあるし、努力の方向性を間違っていたり機会を逸すると、「努力の度合いを変えても夢がかなう確率が変わるわけじゃない(かなわない)」ってことにもなる。まぁ、だからといって、努力をするな、切り株にウサギが飛んできてぶつかるのを待とうってわけじゃないのだけど。

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