ちょいとした時間の合間にちらほらとヤフオクなどを拝見していると、時々けた違いの額面が競り合いに出ていることがある。何が一体......ということで具体的な商品名を見ると、結構有名なゲームソフトのサンプル版だったりする。カートリッジではあるけど、商品のような立派な柄のシールが貼ってあるわけでは無く、真っ新だったりごつい文字でサンプルなどと書かれていたりする。これは多分、メーカーから出版社などに貸し出されたものがまわりまわって来たのだろうなあ、という推測。

出版社では解説記事や紹介記事を書くので、メーカーから完成前のサンプル的なソフトを受領することがある。メーカー側から「書いてちょ」と送りつけられてくることもある。

この類のカートリッジって中身が中身だから、大抵は仕事が終わった後にメーカー側に返却される、のだけど結構この類のやりとりって杜撰なこともあり、出版社の作業ルームの一角にこの類のカートリッジが山ほど詰め込まれた箱があったりする。貸したメーカー側も忘れていたりしてる。そしてその部局が引っ越したり雑誌が休刊したり、果ては会社がこけた時に、そのカートリッジも宙ぶらりんなことになり、廃棄されるか、あるいは誰かが引き取るか......ということなんだろうな、と。オークションに出てくるのは。またはメーカーの関係者が捨てるのならば貰って自宅で遊ぶわ的に受け取っていたかも。

他に大手販売店に店頭デモ用としてこの類のカートリッジが貸し出されることもあるだろう。その場合も同じように管理がごちゃごちゃになって......という可能性も否定しない。

今現在になって市場に出回っているのは、そういう類のものなのだろう。希に、その類のをコピーしたという、悪辣極まりないものっぽいものも見受けられるけど。

アナ雪2のステマの件、続報

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ディズニー映画「アナと雪の女王2」のステルスマーケティング疑惑(関連記事)をきっかけに、Web上で再び「ステマ」に関する議論が活発化しています。一連の騒動を受け、いわゆる「ステマ防止ガイドライン」を定めているWOMマーケティング協議会(WOMJ)に対応を聞いたところ、「一連の騒動を受けまして、なんらかの声明を発表するべく検討を開始いたしました」との回答を得ました。

アナ雪2のステマ漫画事件。初動が最悪だったというか、トラブルの際の企業対応としてほぼパーフェクトな間違いをしたこともあり、状況は色々と動きつつある。巨大スポンサーでもあるだけに、主要メディアの歩みは遅い...というかほとんど伝えていないのが実情だけど。

ステマという商倫理において重大な問題でもあることから、関連団体も動き出した、というか動かざるを得ない状況となった。ただ言い回しが「なんらかの声明を発表するべく検討を開始」という、どうとでも受け止められるものなのが少々微妙。ほとぼりが冷めたら「声明はやっぱ止めた」ってことになりかねないし、声明が出ても当たり障りのない話で終わってしまう可能性も否定できない。

一方でこれは別の媒体でも指摘され問い合わせをしているようだけど、アナ雪2だげなく過去の複数の作品で、同様の手口を用いた行為が行われているらしい痕跡が確認され、これってどうよという形でのツッコミをしているとのこと。例の事務所の関係もあわせ、どれだけ芋づる式なのかなあ、と。


注意した上で日頃のあれこれを確認しなおすと、Facebookやツイッターで頻繁に見かけるパターンなのが、「個人の気の毒な体験から、それをデカイ主語全体の話にすり替えるパターン」。個人の実情でも色々と大変だったり悲劇的なものだったり衝撃的な話だと、ついつい感情が揺さぶられてしまうのだけど、その状態で主語がいきなり大きくなって、その大きな主語全体も似たようなものだと誤認してしまう。

これって以前【「早まった一般化」「過度の一般化」というのだな、あの手法って】で紹介した、詭弁法そのものに他ならない。ネタとしては面白い、興味深いので、ついついいいねとかリツイートしてしまいがちなんだけど。

物書きの実情

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書き物をする時の実情というかリソース配分について、ネタ的にグラフにしたもの。けれどなかなかよいツボを突いている。

水色の8割ぐらいを占める部分は「書く内容について考える」。オレンジの15%ぐらいの領域は「書き込み用のツールの調整をして、気持ちよく書けるようにする」。そして最後の黄色い5%部分で「実際に書く」。


無論このパターンがすべてというわけでは無いのだけど。数学とか理科(化学とか)、あとはスポーツ全般として、何度やっても上手くいかない時は、その行為の前提自身が間違っていることが多い。その場合は、前提となる部分、つまり前の段階のレベルまで下がり、その部分からやり直してみるといいというお話。

無論自分でレベルを下げる、前の段階に戻るってのはそれなりに屈辱ではあるし、以前やってきたことを繰り返すのはスペシャル面倒くさいというのも事実。けれどその「前の部分」で何らかの間違いがあるのなら、その先はいくら進んでも上手くいくはずがない。住宅だって土台部分がいい加減だと、その上に立てる建物部分でゆがみが生じてしまうし、仮に上手く建てられたとしてもすぐに倒壊しかねない。

感情は不要

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感情というのは得てして発する側の内面を体現化したもので、第三者にそのままの形で伝わることは滅多にない。何らかの抽象化、比喩化されたものとなり、場合によってはよじ曲げられて受け止めてしまう。基準が曖昧なものだから、意思伝達、情報伝播の上では都合が悪い。

しかも感情を盛り込むとその分余計な情報になる。混ぜ物が入った形になるからね。普段の雑談ではむしろそういうエッセンスが入った方がいいことも多いのだろうけど、情報そのものが欲しい時とか、ビジネスライクなやり取りをする時には必要が無い。精々笑いを取る時ぐらいか。

議論の時に感情を含めた情報を加えるのは、交渉術とかテクニックと言われることもあるけど、それは本質とはかけ離れたものなので、いつか化けの皮がはがれるし、はがれた時の反動も大きい。見方を変えれば本質部分で勝負ができないから、そういう小手先の部分で盛り返そうとするのだろうけど。

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