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きょうびの暑さは「どくのぬま」

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気象庁などの温度観測データでは、気温が高いほど赤みが強くなるのだけど、あまりにも熱くなりすぎると赤が強すぎて、黒になる......と文字が見えなくなるからなのか、紫色に色が変わってきてしまう。当初はそのような状況の地点はさほど発生しないだろうという思惑もあったのだろうけど、昨今の暑さはその想定が思いっきり覆されているような状態には違いない。

どうやらヒートアイランド現象の影響が多分にあるらしく、人口密集地帯で気温が高い≒紫系統の色が強い傾向があるのだけど、それを「毒の沼みたい」と表現するのは言い得て妙。

麻雀の点数計算が自動でできるiOSアプリ「麻雀カメラ」が配信されました。アガッた手牌をカメラに写すだけで点数を表示してくれるので、初心者同士でも対局を気楽に楽しめます。

麻雀の役は色々と複雑で素人には瞬時に判断が難しいので、パソコンなどの麻雀ゲームの方が遊びやすいよね、という感はある。ポーカーとかならまだ覚えられるけど、ねえ。で、今件では文字や画像認識機能と連動して、麻雀牌の内容を精査し、役を自動計算してくれるというもの。まさにコロンブスの卵的発想......ではあるのだけど。

よく考えてみたら今件アプリは、完成した役の計算をするのであり、役が出来ているか否かを判断してくれるものじゃない。素人はどんな役ができたのかは判断できないけど、それ以上に役ができたのか否かが分からない気がする。

「IT眼症」という話

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文部科学省によりますと、去年、視力が1.0未満の小・中学生が過去最多となりました。その原因のひとつとして、スマートフォンやゲームなどの利用時間が増えていることがあげられています。最近では、視力の低下だけでなく頭痛や吐き気などの症状を訴える子どももいるといいます。その実態を取材しました。

子供の視力の低下云々という話は以前本家サイトで統計も併せ【子供達の視力の推移をグラフ化してみる(最新)】などで解説した。中長期的に視力が低い子供の数は増加しており、社会環境の変化や、視力に対する注力の高まりなどが原因なのだろう、ここ数年で急激に悪化したわけでは無いのだから、スマホがすべて悪いとするのはどうだろうかというのが結論。ただ、小学生に限れば2005年度辺りから有意に視力低下の動きがあるので、スマホじゃなくてデジタル系のアイテムの普及が原因の可能性はある。

「他の人が使っていて自分が使えない!」とか、「2台を使って兄弟と対戦・協力プレイで遊びたい!」とか、「自分の部屋でじっくり遊びたい!」なんてこと、ありませんか?そんな「自分用のNintendo Switchが欲しい!」という方に朗報です!(中略)テレビに出力するためのドックや、充電のためのACアダプターなどはすでにご家庭でお持ちのものをお使いください。

第一印象は「二代目セットとか、もう買ったのが壊れた人向けのセットを出すのか」という感じで、ものの見事に読み間違えていた次第。要は世帯ベースで2台目を買いたい人のために、通常のセットをもう1台買ってもダブるだけだよな的なパーツを省いて、少しお安く出してあげましょうというもの。これは合理的ではある。確かにゲーム機を複数所有していると、似たような、同じケーブルがどんどん増えてえらいことになるからねえ。

その一方でだぶったものは予備として使うってことを考えている人には、あまり意味の無いセットには違いない。


オンラインゲームや昨今話題の仮想通貨のような、ネットワーク内でのみ通用する、流通する通貨に対し(一部は現実のお金との兌換性もある程度保障されているけど)、各国政府などがその価値を保証し、その証を現物のものとして提供している現金を、リアルマネーとかリアルゴールドとか呼ぶことがある。ゲーム内のアイテムや通貨と現金をやりとりするRMT(リアルマネートレード)ってのは有名だな。

で、リアルマネーはともかくリアルゴールドってのは、例の黄色の炭酸飲料水「リアルゴールド」ってのが存在する。ゲームなどのバーチャルな世界内の取引にリアルゴールドでとか言われて、あるいはそれ系の仕事での支払いに仮想通貨じゃなくてリアルゴールドでと言われるとちょっとかっこいいけど、その実態が現金じゃなくて飲み物の方のリアルゴールドだったら笑えるよね。


以前からゲームの保存性については色々な視点で考察しているし、先日からサルベージしたビデオテープの動画データ化に取り掛かっていることもあり、分かるボタンをフルスロットルで押したくなるし、分かり哲也さんがエグザイル状態で脳内乱舞しているのだけど。

昨今のソーシャルゲームって玉石混淆ではあるのだけど、良いものはストーリー性もしっかりしており、映画や書籍のようなち密さを持っていて、多数の人に触れられて共通認識素材となり、二次作品が多く輩出されていく。けれどそれらの作品のベースとなるソーシャルゲームそのものはいつかは運営を終えてしまう。

運営が終わった時、その作品自身に何が残るだろうか。映像作品とかメディアに記録されているスタンドアローンのゲームなら、再生してチェックをすることはできる。けれどソーシャルゲームはそれが出来ない。クライアントソフトを立ち上げることすら叶わず、たとえできるタイプのものでも、サーバーと通信ができません的なエラーメッセージが出ておしまい。

昔のオタク像の一形態

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無論これのみがオタクといわれたエンタメ系のファンの様式のすべてであるわけじゃなく、個人差も多分にあるし時代や環境による違いもあるのだけど、パターンの一つとしては近しい思い、経験をしている人も少なからずいる。リソースが足りずに自分の願望をかなえ難かった、環境・ツール的にも難しかった昔のオタクな人達は、どうやってその欲求を充足していったのか。

結論の一つとして「あきらめる」というのは正解ではある。断片的な情報から色々と妄想したり、自作して疑似体験したり。オタクとは違うかもしれないけど、子供が大人の様子を見て真似をしたがり、新聞の広告を切り抜いて腕時計とか車を作ってみたりするのも似たような話。段ボールで家をつくるとかね。

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