ノウハウの最近のブログ記事


今朝がたツイッターのタイムラインに奇妙な図版が挙がってきて、ツイート主はそれを一次ソースとして色々と言及していたのだけど、画像の信ぴょう性がいまいちだし、新聞か何かの切り抜きのようだけど原典が書かれていないので「なぜそれが確かだといえるのか」というツッコミをしたくなる事案発生。たとえ内容が自分の語りたいことを裏付けるものであったとしても、確からしさがアレなものをそのまま裏付けに使ってしまうのは、道端に落ちている怪しげな宝の地図をそのまま信じて冒険旅行に出かけてしまうのと同じ。

いや、それっぽい画像だったり雑誌の切り抜きだったりテレビのキャプチャだったりすると、それが権威として発揮され、その形式自身が裏付けと同じ意味を持ってしまうのか。肩書至上主義みたいなものだな。

でもソースが書かれていなかったり、書いてあってもどこそこを参考にしました程度しかなくて、誰がそれを作ったのかが分からないと、鵜呑みにするのは危険。色々とトリックを使っていたり改ざんしていたりするからねえ。


すべての人が、というわけじゃないけど、フィクションもまた、ノンフィクション同様に仕事において役立つという場合がある。言葉は悪いけど、対象の芸風を盗む、といえば分かるだろうか。

自分の知識の領域内に一次情報、正しい知識としてのあれこれだけでなく、何かを表現するための比喩的な言い回しとか描写の仕方、心に響くフレーズとか色々と、フィクションには満ちあふれている。たとえ自分の仕事がノンフィクションの分野でも、参考になる言い回し、表現の仕方がノンフィクションにもたくさんある。


実は今件、先日の出先でのやり取りの中でちらりと見聞きして調べたところ、それっぽい気配があったので何でだろうと思っていたもので、自分の勘違いでは無かったのだなと実感したもの。元々春先からゴールデンウィークにかけては引っ越しのピークになるから業者の手配が大変なものになるのだけど、今年は下手するとけた違いに大変になるよなあ、という感はある。

引っ越し業者は有象無象にあるけど、大手のクロネコ系が一時的に席を外した状態になるので、その分いつもより手配に難儀することに違いは無い。具体的な数量化ができればいいのだけど、定点観測的な数字が出ているところなんてないだろうな、この辺り。


最初に紹介されている本の中でも多分に語られているけど、これは詭弁を成すものの常とう手段であり、一般の人がダマされやすい手法でもある。もの凄い雑な例えだけど、同じ土俵の上に上がる時点で、ちゃんと相撲のルールにのっとって戦うつもりでいる自分が、拳銃やらパワードスーツやらを実装して相撲のルールなどお構いなしの人にかなうはずはないのである。勝敗の基準からして全然違うのだな。

クリエイターの生活の心得

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表題では「原稿に集中できる必勝法」とあるけど、実質的には創作業を中心とした物事を考えることがベースになる生業における、作業に集中する云々どころか日々の生活の上での指針としたい概念。

睡眠をしっかりとらないと頭が回らないし体調が崩れる。ネット環境云々ってのは散歩に行く際にスマホなどにも手を触れなきゃいい。作業の小分けは以前「実践目標を小刻みに」でも触れたように、人はそんなに持続力を持っていないよね、という割り切り。なので散歩とか買い物とかいうような気晴らしも必要。

目標の設定とかご褒美を用意しておくとか、そして締切厳守とか......ってあれ。これって9つ羅列されているけど、まとめたり同じようなものを組み合わせてしまえば、5つぐらいに集約できるな。


先日の三角関数など要らぬ問題の補足的な話。語り手は自分の経験則ベースでの話のようだし、あるいは知らぬ知らぬのうちに使ってる場面があったかもしれないけど気が付かなかっただけという可能性もある。

加え、こういう話も想定される...というかその通りではある。必要無いものは別に学ばなくていいし、必要になったら学べばいい。それは一つの妥協案的なもので間違っていないように思えるのだけど、その取捨選択をするような対象か否かってのは、三角関数のような基本ベースの常識知識部分でやっていいものだろうか。理科とか統計とか要らないよね、外国人と話す機会も無いし英語も要らない、過去にタイムスリップするわけじゃないから歴史も必要ない。シンプルイズベスト。いいのか、それで。それを本人が望むのならば止めないけど、他人にまで布教するのは勘弁願いたい。

そして実際に、知識ってのはそれを使うプロセスにおいては、他の知識との融合や経験が大いに重要になる。入力した情報を過去の知識やそれ以降の新しい知識、経験と結び合わせ、自分の頭の中で体系化し、出力用の情報として整備していくことになる。だから、「必要な時に学べば」という姿勢を取ると、考えているベースの知識の何倍もの習得をしなきゃならないし、苦労も普通以上のものが必要になる。「必要になってから」学ぶってことは、時間が制限された状態での話だからね。


工作、建設関連の概念を少しでも持っている人なら分かると思うけど、地面だけでなくその下の部分まで含めた土台をしっかりとしておかないと、上にどのような建造物を建てても不安定なものとなる。緩い地盤のところには固いところまで長い杭を刺していくってのが良い例だ。砂場の砂に何か造形を作ってもすぐに崩れてしまう。

言葉のあれこれに関しては、日本語の習得がこれに該当する。話ことばが使えればそれでいいじゃんって人もいるかもしれないけど、その話ことばですらちゃんと勉強していないと相手の語りを理解できないし、自分の思いを正しく相手に伝えられない。意思疎通をしているつもりでも、それっぽいことをしているような気分に自分がなっているだけという、音を発して自己満足レベルのものとなる。

ツイッターの場合は文字制限があるので、この論理的な言葉のまとめ、用法の正しい活用、確かな言葉の意味の解釈と利用が大変ハードルの高いものとなる。いや、話ことば同様に、適当にそれっぽい事を語ってればそれでいいやぁ、という人は別に構わないのだけど。ある意味編集もできない短文仕様のツイッターは、日本語の習得には打ってつけの教材でありツールに違いない。

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