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本当によいことならば心に深く刻まれているはずだから、メモなど取らなくてもよいはずだ。覚えていないのならば、それは覚えるまでのものでは無い...という考え方ではあるのだろうけど。それって実のところはよほど記憶力のよい人でないと通用せず、大抵の人にとっては肝心のことを忘れてしまい、けど忘れたということは覚えている時に、「ああ、何か忘れてしまったような気がするけど、覚えていないのはきっと重要なことでは無かったのだな」と自分自身を慰め、諦める時の考え方でしかない。

もしかしたらそのアイデアが起死回生のものだったかもしれないし、少なくともそれに結び付くヒントとなるものだったかもしれないのに。でも忘れてしまうともう掘り起こせない。ごくまれに、別の方向から手繰り寄せて思い出したりするけど。

結局記憶ってのは無数に存在する引き出しに放り込むようなもの。思い出せないことが多分にあるのは、どこかにあることは間違い無いのだろうけど、それがどこにあるのか分からず、引き出す事が出来ない状態。インデックス化されていない、検索もできないファイルとでも表現できようか。

息抜きの時間、大切

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単に息抜きっていうレベルじゃなくて、色々と考えている、考えなきゃならないあれこれを全部タンスの奥とか押し入れにしまい込んで、何にも無いような部屋でごろりとしまくりたい、という感じ。何もないよねーということだけを考えているような、そんな時間があると、心底気が休まるような気がする。

もちろん目標設定をして、それに向けて歩むこととか、必要に迫られていることに対応するための手立てを考えたりってのは大切なもの。でもそれらの行動とか思考って、少なからずエネルギーを使っているモノなので、ずっとエンジンをかけっぱなしのような状態なのかもしれない。

「生活すべてを目標に搾り取られてる感覚」ってのは、どこかの漫画で見た「あなたはその目標のためだけに生きているの?」という問いにも似ている気がする。あるいは目標じゃなくて仕事とか。


マシュマロとか質問箱のような、主に創作者が設置して不特定多数の匿名な人からコミュニケーションのアプローチを受ける仕組み。掲示板なりブログのコメント欄にかけばいいじゃんって感じではあるのだけど、もっとハードルを下げてほしいとか、匿名感を強くしてほしいというか、お気軽感が欲しいというものなのだろう。ブログに書き込みウィンドウ作って「一言どうぞ」的なものの集大成ってところなのかな。あれだと掲示板とかコメントのコーナーより書きやすいし。

で、そういうところに投げられるお話って、ハードルが低い分だけ、多様な声がある。ツイッターでバズった時に投げられるリプライなんて目じゃないぐらいで、駅前広場で収音マイクを使って片っ端から声を拾った時のような感じ。

ハードルが低いものなだけに、本当にヒドイ話とか、理解がし難い話も多いけど、参考になる、自分を鍛えるために必要となる意見もあるのは確かな話。そういう話が来れば、なので、確率論ではあるけど、閉じてしまったらその確率もゼロになる。


自由業・自営業な人には日々の仕事がそのまま売上に直結するから、どうしても暇さえあれば埋め込みパズルのように仕事をしたくなるし、仕事をしていない時間は非常に不安な状態に追いやられてしまう。この時間に少しでも仕事を進ませておかないと、ご飯も食べられなくなるかも。

でもそれって24時間全速力で走っているのと同じで、早かれ遅かれオーバーヒートを起こしてしまう。仕事が楽しくて娯楽と同じだ、という人であっても。いくら焼き肉が好きだからと言って一日三食腹に詰め込んでいたら身体に変調をきたすのと同じ。

まだ就業者ならば土日が休みとか盆休みや年末などのように、しっかりと区切った上での休みがあるのだけど、フリーだとその辺りも曖昧になるから、かえって苦力状態になってしまう。


先日ツイッターのタイムラインに上がったモデラーさんの講習みたいなお話。両脇からライトで照らして、頭に加工師がつけているような専用のレンズみたいなのをつけて、なんだかとっても本格派。いや、プロだから当然なんだけど。

特に気になったのは、頭につけているレンズみたいなもの。当方も数年前のトラブルで視力に不安を覚える状態になってしまったので、こういうアイテムは手に届きやすいものであれば、実物を確認して使ってみたい気がする。プラモデルはもう作らなくなっちゃったけど、レゴで細かいものを作る時に使うかもなあ、と。作るというかパーツの精査か。


雇われ仕事の場合はあまりそう言う事も言ってはいられないのだけど、フリーランスの場合は自分の能力との相談が大切となる。あちこち手掛けすぎてオーバーキャパシティな状態になって、一つ一つの仕事が雑になったり、約束が守れなかったりすると、自分自身が「程度の低いものを作ってしまった」という後悔にさいなまれることになるし、相手の印象も悪くなる。引用元にもあるけど、パソコンでCPU占有率が100%いっぱいいっぱいだと、アプリの動きがおかしくなるってのと同じ。

ご利用は計画的に、じゃないけど、自分の体の中の無理ゲージが反応するような負荷は、自分自身を鍛えることになるかもしれないけど、それは同時に普段の能力を発揮できないオーバーワーク状態であることをも意味する。ニトロを注入したままで走り続けるようなもの。


やたらと物騒な話ではあるのだけど、要は手足を拘束されて水の中に放り投げられた時に、どのように呼吸を確保するかというもの......えーと、そもそもこういう状況に陥る可能性がほとんどゼロに等しいのだけど、この概念自身は単純に着衣のままでおぼれてしまいそうになった時にも当てはまりそうな気がする。

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