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「判断力は有限のリソース」

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自由業や自営業、特にクリエイティブ系の人に対して、よく行われるアプローチ。友達だから、知り合いだから、さささっとやっちゃってよ、しかも無料で、あるいは破格値でとかいう話。あるいは官公庁からのお話でも似たようなものはよく見聞きする。

これって結局、対象となるお仕事やその成果を、その程度のものとしてしか認識していないか、あるいはお金の概念そのものをよく分かっていないかどちらかだよね、と。指摘されている通り、自由業や自営業で行われているお仕事の数々は、無数の判断の集約物であり、それはその人だからできる、とびきりのもの。

当然、各判断とそれに基づいた作業では、その人が持っているリソースが削られていく。その対価として工賃をいただいている次第。お安くとかタダでってのは、それらのリソースに価値を見出していないってことでもある。

以前も言及した記憶があるのだけど、特にクリエイター系の人の成果への対価ってのは、そのままその成果はもちろん、作った人への評価にもつながるのだよね。だからタダでやれってのは「俺はお前をタダ仕事をする人にしか評価していない」ってことを意味したりもする。失礼極まりない。

増えた収入は時間に充てよう

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アカウントの主旨である筋肉とはほとんど関係の無い話ではあるのだけど。時間は蓄積したり引き出したりはできないので、それ故に非常に大切なものであることに違いは無い。そして指摘されている通り、ある程度はお金というリソースで代替できてしまう。歩いて3時間かかるところも、タクシーで行けば30分で済む。お金はかかるけど2時間半は時間を圧縮できる。

よく見ると分かるのだけど、お金で時間を買うってのは、多分に他人の時間を買うことに他ならないのだな。アルバイトを雇ったり、家事代行をしてもらったり、業者に委託したり。それらはその人達の時間を消費してもらい、結果を出してもらっている。様々な道具を使って時間短縮を図った場合も、結局はその機械を作ったり販売している人の時間を間接的に買ったことになる。


これは以前にも紹介した記憶があるのだけど、そろそろ新入生が入学時のどたばたから解放されて一息つく時期であろうことから、改めてというお話。

大学生の場合は結構カード作りのハードルは低かったりする。むしろカード関連会社から作りませんか的なアプローチも来たりして。当方の時には卒業前だったかな、業者が大学内でカード作りませう的なイベントと特設会場設けていた記憶がある(大学との協賛だったのかな)。

ところが大学を卒業して社会人になると、カードが作りにくくなる事態ってのは結構発生する。一般企業に就職すればまだしも、自由業や自営業を選択した場合とか、企業勤めでも社の内容によっては...ということもあるかもしれない。作れるものは作れるうちに作っておいた方がいい。VISAかMASTER、どちらか一つあれば十分。


直接対面で口頭にて伝えたり、手紙や電話で連絡するのではなく、電子メールで先生などに連絡が出来るようになった時代。距離感や立場のハードルを考慮せずに情報を投げられるので、ついついフランクな感じでやってしまいがちだし、そもそもそういうのは義務教育で習っていないような気もするし、仕方が無いのだけど。

目上の人への意思伝達はメールに限らず相応の様式というか手続きというかしきたりってのがある。そんなの知らんよ、と言われればそれまでだけど、受け取る側もそうだよね、知らないから仕方が無いよね、で勘弁してくれるとは限らない。

最低限のルールというかマナーの類は知っておくべきだし、実践する必要がある。今件のようなお話もその一つ。何もかしこまることは無く、守るべきところを守ればいいだけの話。


ゲームや漫画の世界では無いのだから、1日平均の効率成果はあくまでもその日全体の数字の平均化したもので、朝から夕方までずっと同じ効率で作業ができるわけじゃない。始業時はまだちょいと身体が本調子ではないし、しばらく経てば結構ノリがよくなってくるし、お昼ご飯の後はちょいと眠たくなることもあって効率が落ちたり、その後再びノリノリになってくるけど、日が暮れてくると一日の疲れが蓄積してくるので効率は落ちてくる。パターンは人それぞれだけど、少なくとも終業時間に近づくに連れて効率は落ちる。残業ともなればそれが継続されるので、疲れは蓄積されたままだから、当然効率は落ちたまま。

残業ってのは得てして、その低効率の状態でも時間優先で、さらに積み増し対価を支払ってでもやってもらわねばという状況なんだよね。その辺は就業実情を思い起こせばすぐに分かるはずなんだけど...。

明日の自分に業務連絡メール

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自営業や自由業、あるいはそうで無くても創作系の仕事をしている人には、一日の仕事の区切りがなかなか付けられないことが多い。ノリがいいと時間が経つのを忘れてしまったり、どうにもケリがつかないのでだらだらと時間が延びてしまったり、なんだかしっくりこないのでずっと続けていたりとか。元々性質的にスケジュールを自分で作って、その中で時間管理ができるか否かって部分が結構重要だとは思うのだけど。

で、今件ではポイントが2つあって。一つは自分に向けた業務連絡メール。カレンダーや手帳に自分の中長期的なスケジュール管理をしている人は多いだろうけど、それとは別に明日は何をやるべきなのか、しておく必要があるのかといったことを、業務連絡的に電子メールで伝えておく。翌日朝一でそれを見て、昨日の自分からの引継ぎをするわけだ。

一日の終わりに明日に向けたメールを書く時には「今日はオシマイ」との区切りのため、翌日メールを見る時には「今日一日のノルマはこれ」というエンジンスタートのため。明日へのメールを書くことで、今日一日が終わったという気持ちの仕切り分け、切り替えができるようになる。なんかまたやらなきゃ、もう終わっていいのかなという焦りが取れる。

実のところこれは電子メールでやらなくてもよい。メモ用紙に明日やること一覧を箇条書きにしておいて、モニタとかパソコン本体とかキーボードに貼り付けておいても良い。翌日の朝にそれを目に留めて、さあスタートだというエンジンをかけるキーの代わりになる。


先日ちょいと報じられて問題視された、危険性を伝えたら恐怖を覚えたので責任を取れという話。その話自体は理不尽感を覚えたので続報待ち状態ではあるのだけど(この類の話は多分に全体像が見えていない、話が端折られてわけのわからない内容となってしまっている)、それから連なる話として。

子供に何か社会生活の上で必要な物事を教える際に、そのまま事実をリアルに伝えても分からないってことがある。経験則が無い、薄いから、大人と同様の教え解きではインパクトが大きすぎる可能性もある。自動車を常日頃から見ている人に自動車の走りを見せても何の不思議も無いけれど、江戸時代の人にいきなり自動車を見せたら腰を抜かすってのと同じ(ちょっとオーバーだけど)。

なので子供など経験の浅い人には、色々な例えとか柔らかい表現で疑似体験をさせて学ばせる必要がある。図画工作を幼いうちからさせて、色々な失敗を経験させるってのと発想は同じ。童話が多分に教訓を含んでいるのも、実のところはその教訓を教えるために存在するのであって、順序が逆なのだな。「童話の中に教訓がある」のではなく「教訓のために童話が作られた」という。無論、そのパターンがすべてでは無いけれど。

震災の時に伝承の類は、過去の災害や災厄を後世に伝えるために物語り化したという話をした。それも結局のところ、思惑としてはさほど変わりは無い。多くの人に当時の教訓、戒めを伝えるための方法論の一つ。

それを「怖がるかもしれないから」「トラウマになるから」との理由でシャットダウンしてしまうのは、どうなんだろうか。無論その内容が、現状ではまったく逆の意味、悪しきものを引きずることになっているとか、弊害を生み出すのなら話は別だけど(教訓の通りに行動すると犯罪になるとか、ね)。いわゆる無菌室状態での過保護教育を思い出す。

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