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27日から実施する。来訪者が各課や各室を訪ねる場合は、庁舎内の内線電話から連絡して扉を開けてもらう。報道機関の取材や一般市民の来訪にとってはハードルが上がる形だが、経産省は情報公開について「従来と変わらない」との考えを示している。

報道界隈でよく使われている符牒「議論を呼びそうだ」=「騒いで反対してください」が使われているのはともあれ。「機密性の高い部署を除いて施錠しない省庁が多い」と書いていることからも分かる通り、経産省側も自らが取り扱う経済方面での数字に関して、機密性が高いと認識したまでの話でしかなく。

そもそも「来訪者が各課や各室を訪ねる場合は、庁舎内の内線電話から連絡して扉を開けてもらう」という手段があるにも関わらず情報公開に消極的云々と結びつけるのは奇妙な話で。要は盗聴や盗撮などを容認しろという意味なのかしら。


タイトルにある通り、日本の子供が居る夫婦世帯では、夫の家事時間が国際的に比較してみると少ない云々という話はよく挙がり、その具体的な証拠として挙げられるのが少子化社会対策白書などで掲載されているグラフ。ただ、ここ数年ずっと同じグラフが掲載されたままだし、この関連の話のツールとして使われるケースが増えているにも関わらず、一次ソースを当たっている動きが無いってのも変な話だなということで、先日時間をもりもりかけて精査した次第。せっかくなので対象国を増やしたりする。

で、日本のは社会生活基本調査。これは5年おきの調査で直近分は現在2011年調査のもの。米国は2015年分、そしてEUは......特別調査によるものの結果で、今現在でも前世紀末から今世紀頭の調査のが最新。20年近く経過しているってわけだ。


「たかが数分ぐらい」「一人ぐらいいいでしょ」という、制限ラインの外にいるものの、その差異がわずかだった場合、駄々をこねて自分を例外扱いにしてほしいという心境はよく分かる。限定品購入のために並んでいたら、自分の前で「ここ以降は商品はありません」といわれたら、ものすごく悔しいもの。

でもそれはあくまでも、仕切られた側の発想。気持ちや感情云々で仕切りをゆるやかなものにしたり変更したのでは、その仕切りの意味が無くなってしまう。これは法の問題ではよくある話。感情論を前面に押し立てて例外を認めてくれ、との話は、決まりに対する冒とくですらある。

今件の病院の話はむしろ、誠実さが見受けられるので、良く無いどころかとても良いと判断しても良いぐらい。


労働力不足......っていっても完全失業率がそれなりにある以上、むしろその就労予備軍を先にすくい上げる方が良い気はするのだけど......シニアの雇用増が色々と模索されている。これは多分にシニア層の就労意欲(単純な時間つぶし、社会貢献意欲、金銭的な問題、居心地の良し悪しなど思惑は多種多様)という需要に応える意味合いがあるのだろうけど、思惑があるからといってそれを素直に信じてしまうと、色々と困ったことになるだろうなあ、というのは指摘の通り。

「働きたい」と「働ける」は別物なのだよね。特に自らの認識と心身の実態に大きなギャップが生じてくる高齢者では。自動車の運転が良い例だよね。

医療衛生方面の進歩発展などで、確かに昔と比べれば今の高齢層は、同じ年齢ならばはるかにシャキシャキしているし、心身共に能力は高いレベルのものが期待できる。しかし個人差が生じていることに変わりは無い。意欲はあっても体がついていかない、ギャップが生じている可能性は昔も今も変わらない。

消火活動が長期化している理由について、消防は建物の2階と3階には窓がほとんどなく、外からの放水が難しく、屋上にはソーラーパネルがあり、水をかけると、消防隊員が感電するおそれがあるため、直接、放水することができませんでした。さらに建物の中の温度が一時、500度に達し、熱で壁がゆがむなど倒壊のおそれもあり、慎重に活動する必要があったとしています。

元々多種多様な荷物が内包されている建物であることから、消火は一筋縄ではいかないだろうなあという感はあったのだけど(軍装備でいえば弾薬庫に火がついたようなもの)、現在も鎮火のめどが立っていない理由の一つとして、太陽電池パネルがあったとは。そして指摘を受けて、色々と理解ができ、ちょいとぞっとした次第。

指摘の通り太陽光発電、ソーラーパネルは環境に優しく安全というイメージがある。生産コストや耐久年数などまで考えると、実はそうではないのだけどそれは今件とは別の話なのでさておくとして。


技術の進歩スピードが加速しているため、従来ならば世代間でないと生じなかった技術的ギャップが、数年レベルで生じてしまっているってのは、何度となく言及している通り。その一端を改めて認識したのがこの話。

電話の受話器を模したアイテムを使って電話...というか通話ごっこをする際に、かつては固定電話の受話器っぽいバナナとかでやるはずのものが、板チョコのパッケージ(箱だろうな)でやっていたのを見て、はっとさせられたとのこと。まぁ考えてみれば、ダンベルのような形をしているとも表現できる受話器を知らず、通話ができる電話といえばスマホって認識の人が多分にいてもおかしくはない。公衆電話は相変わらずバナナだけど、数も少なくなっているし、ね。

最近ではスマホやタブレット型端末を子供のあやし道具として使う事例も増えている。電話とは板型だとの認識が、今後は多数派になっていくのだろう。


先日も紹介したかな? 昨今ではVR/ARの話が続々出てきてちょいと熱が醒めてしまったような雰囲気もあるど、プロジェクションマッピング(映像貼り付け的な投影)も人の疑似体験ツールとしては非常に面白い手法の一つ。いや、これも解釈次第ではARでありVRではあるのだけど。

で、今件はプロジェクションマッピングと魚眼レンズを合わせ利用して、海岸に打ち寄せる波を普通の壁と床に再現したものを、子供に披露したというもの。技術的な仕組みは理解しがたいだろうから、より純粋に「それっぽい状況」を疑似体験できるという点では、楽しみ度合いも大人の何倍にも及んでいるだろう。これに限らず、ARやVRも、予備知識のない子供に体験させるのが、一番その実力が分かる試験紙となるのかもしれない(無論年齢制限の問題はあるけど)。

ルンバとお掃除とVRと

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これは指摘をされて「ああ、確かに」とうなってしまったお話。ルンバは本来お掃除を代替する便利な道具なのだけど、効率よく稼働させるためにはそれなりに片付いた環境が必要になるため、必然的に人が前もってお掃除をしておく必要が生じる。結果として、掃除をしてもらうためにあらかじめ掃除をするという、良く分からない状況に陥ることになる。最終的に掃除されるのだから良いのだけど、掃除をしてもらうための道具に掃除をさせられるという、本末転倒な感もある。

それと似たような状況が、室内VRの技術が進み、浸透すると起きてくるのかもなあ、という話。確かに室内にある実物の片づけして無いあれこれに足をぶつけるのはイヤだし、他人にデータを閲覧してもらう時に、ぐたぐだな部屋を見られたくはない。


会計事務所での話として挙げられているけど、実のところ会計界隈だけでなく、多くの場面で見受けられるような傾向だなということで覚え書き。

技術革新やノウハウの蓄積と汎用化による効率化は、結局のところ「人がする領域を機械化して、コストと時間を圧縮する」ってのに尽きる。それを成すことでより安く、より沢山の商品やサービスを同じ品質で提供できるから。それだけ多くの需要に応えられ、利益は拡大する。鍬で耕すよりトラクターを使う、除雪をスコップではなく除雪機を用いる、みたいな。

ただ一方で、現状の技術では機械化やデジタル化が難しい領域もある。その部分は人に任せざるを得ないので、機械化できる部分との差異がさらに開いていくことになる。一つの商品を作るのに必要なABCDEという同じ対価の仕事があり、BからEまでは機械化できても、Aは人の手でないと無理だとしたら、BからEは機械化で安上がりにできるけど、Aはかえって価値が出てきて対価が跳ね上がる。なにしろAからEまでそろわないと商品は完成しないからね。

先日「コンビニのレジの自動化」の話でも触れたけど、機械やAIなどITに代替できうる仕事はどんどん価値が下がる......というか端的にいうと機械に奪われ、人に寄らなければ無理というものはどんどん価値が上がっていく。創造、創生系の方面でそれは多いのではないかな。


新たな技術を(まだ高いけど)民生レベルにまで落として色々な可能性のタネを蒔いている感のある、マイクロソフトのHoloLens。ソーシャルメディアの普及浸透により、その実験の結果やトライアルの状況が動画などで不特定多数に向けてアピールすることができるようになったので、可能性の飛躍が加速しているような雰囲気もある。

今件もその一つ。確かに別の場所にあるデータを当事者には目の前にあるかのように見せる、でも実態は存在しないってのがHoloLensの一つの特性ではあるのだけど、その特性を「トレース対象となるサンプル」として見せ、なぞり書きをさせるとは......。まさにコロンブスの卵的アイディア。

無論トレースの上手い下手によって多少のいびつ感は生じるだろうけど、実物を横目に見ながら写していくよりは、はるかに上手いものができる。なにしろ「なぞっているだけ」なのだから。


今件は単に「けものフレンズ」のアプリに限らず、インフラ回りも合わせた世の中のサービス全般に言えること。生活を取り巻くすべての仕組みは、相応に人が関わり運用をしているし、さらに権利がからんでくればその権利周りの契約もし直す、見直す必要が生じてくる。ゲームやSFのようにスイッチ一つですぐにかつての状況がすべて再現され、稼働し続けるわけじゃない。空き家に引っ越して、翌日からこれまでとまったく同じ生活ができるはずもないってのと同じ。ましてやガスや水道なども通っていなかったら? 的な。


これは思わずうなづいてしまったし、資料を精査する上でも日々感じている話。普段から注目されている、目に留まりやすい特定対象物ってのは記録が残っているケースが多々あるのだけど、日常的な物事、造形などは、あまりにも当たり前すぎて、それ故に情報を残しておくことにまで頭が回らなくなってしまっている。日々の生活はずっと永久にそのまま続いていると錯覚し、だから記憶にとどめておこうって気にもならなくなるのだよね。

それであるがゆえに、そして今と比べて情報を記録しておく手段が少なく、取得ハードルも高かった昔の情報は、日常風景こそ得難いものとなっている。これはどのような国、どのような地域でも変わらない。

今ではフィルムカメラの方が少数派で、メモリがあればいくらでも写真が撮れるデジカメが多数派となり、一枚一枚を慎重に撮るって手法も一般的では無くなった感じがする。下手に撮るとフィルムがもったいないから気を付けてシャッターを押さねばなんて感覚、あまり無いよね。しかもフィルムカメラの場合、途中でデータ抽出云々ってのはできず、フィルムを使い切らないと現像してもらえなかった(撮ったフィルムは専門店に出して有料で現像してもらい、紙焼きの写真と元版となるネガフィルムを一緒に受け取る仕組み)。まさに「せっかくだから適当に周囲の写真を撮っておくぜ」的な感じ。でも今となっては、その「適当に撮った周囲の写真」の方が価値が出ている。

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