科学・技術・健康の最近のブログ記事


後の説明などにもある通り、該当する「無断転載された」コンテンツは、同人誌か何かの販売創作物であるのだろうけど。ネットの利用ハードルが下がり、ネット上に掲載したコンテンツだけでなく、紙媒体などの情報も容易にスキャナで取り込むなどしてデータ化した上で、当人の許可なくもりもりと商売に使われてしまったりする(無料で配布だから宣伝に役立ててるじゃん云々ってのは通用しない。そのサイトで広告を張るなりの何らかの商的活動をしていればそのための行為になる。また、当事者が何らかの活動をしているのなら、そこに紐づけさせての営業活動と認識される)。

で、そのような所業をコンテンツの本来の持ち主が直接・間接的に発見した場合、「無断転載されました」って発言をしてしまうと、指摘の通りに善良な人たちが探してアクセスが増えてしまうので、かえって悪しき行為の利ザヤ稼ぎに貢献してしまう。

なので、該当するところを統括するプロバイダーに「使用料請求するので連絡先を教えてちょ」とすればよいとの話。プロバイダー自身の探し方は指摘の通り、whoisでオッケー。無論、自分がそのコンテンツの所有者であることを証明する必要はあるけど。

似たような方法で、プロバイダではなくサイト運営者自身に「掲載は許可していないので直ちに削除。そしてこれまでの掲載料として●×円請求するよ」と伝える方法もある。ただ、この類のサイトは連絡先を書いてない、書いてあってもダミーだったり、連絡しても返事をしないことも多々ある。プロバイダに連絡をした場合、これまでの掲載に関わる掲載料の請求はできないけど、削除してもらえる可能性は多分にある。


最近はGoogle翻訳の精度が上がって、以前のように翻訳された内容と原文を交互に見ながら、別の辞書サービスを駆使して日本語を補完したり、正しい解釈を見出す必要が無くなった。ざっくりとURLで指定してページ単位で一気に翻訳させても、大体意味が通るような文章ができあがる。無論、細かい部分は原文の精査が欠かせないけど。

逆もまた然りで、日本語を英語化する時に、元々の日本語がアレだとまともな英語にならない......というか、英語になりやすい日本語を創る必要がある。つまり、英語の構造や単語をある程度知っておかないと、それらしい英語を吐き出す日本語が作れない。ルンバを働かせるために、掃除をしておかないといけないという感じ。

結果として、英語の能力をある程度有していないと、Google翻訳を使いこなすことは難しいという形になる。ただし、使いこなすレベルにまで達していると、そこからさらに上への高みが容易に望めるようになる。

今の技術は多分に、ゼロの人を楽にさせるものではなく、1の人を2や3にまで引き上げるものだったりする。まぁ、パソコンにしてもスマホにしても、使い方を知らない、概念的な把握ができない人は使いこなせないし、単なるテレビレベルの認識しかしないのだろうけど。まさに検索エンジンの使い方と同じかな。

社会保障とお薬と

| コメント(0)


社会保障に関しては去年だったかな? 年金の仕組みがちょいと変更するときに「自分の取り分が少なくなる、大反対!」とシュプレヒコールを挙げたご老体な方々の集団による訴訟の話を見て十分以上に認識しているし(それが当事者の意志であっても、反社な方々の煽り・扇動によるものだったとしても)、お薬の過剰受給もよく見聞きしてる。当方はむしろ薬は少なくなる方がありがたいのだけど(薬を飲むときの精神的な重圧感がキツい。入院時には指摘のあったように、一日20錠とかはざらだった)、お年を召してくるとマジックアイテムみたいな認識をするのだろうか。

自由は自由奔放を誘発し、適切な仕切りがないと暴走に至る。社会全体のリソースが潤沢ならばそのおこぼれ分を回せばいいけれど、そうでもない時には、そのワガママで割りを食う人が出てくる。


「歩きスマホ」はいくら当人が注意していると主張しても注意力がスマホに向けられている分、周囲には払われていないわけで、普通に歩いている時と比べて突拍子な行動を取りやすい、回避行動などが成されにくい状態にある。本人がコケるだけなら自業自得だけど、関係のない第三者が巻き込まれるリスクがあるからたまらない。小さな子供のブラウン運動みたいな高速ぶりは無いけど、怖い状態に違いない。

それと同様、あるいはもっと怖いかもしれいなのが、指摘されている「突然立ち止まりスマホ」。色々なケースがあるのだろうけど、スマホへの注力がなされているために、周辺状況の判断がおろそかになるのだろうな。指摘例はエスカレーターだけど、道端などでも突然止まるってのがある。当方は歩きスマホの類はしていないので、この行動性向を成す人の気持ちが分からない。あるいはあれかな、考え事をしながら歩いていて、突然何かひらめいて立ち止まるって感じなのかな。

「認知症でも運転できる」に違和感

| コメント(0)


似たような話は以前したことがあるし、先日も警察庁の有識者会議での話として、自動運転の技術と組み合わせた特別免許証の仕組みを作り、認知症の人はその免許証でないと運転できないようにすべきでは的な記事を書いた記憶がある。

今件も賛否両論が書かれているけど、総論としては「認知症だからと運転できないようにするのはオカシイ。運転できる」「運転免許をとりあげたらかわいそう、自動車が必要不可欠なのだから」的な話。

でもそれってやっぱりおかしいよね、と。認知症ってのはゼロか1、黒白はっきりしているような状況もあるけど、グレーなものもある。まったく問題ない時もあれば、症状がある程度出ている時もあるし、フルに出ていることもある。要は喘息の発作みたいなもの......というケースもあるということ。


先日発表された、博報堂の定点観測的なメディア絡みの調査の結果。テレビが最高、ネットはバッド的な話でちょいと話題に登っているのだけど、気になる指摘があったので。

元資料をたどると、調査対象母集団の抽出方法は首都圏40キロ圏内ということのみ。調査手法は訪問留置自記入法。調査年で多少のずれはあるけど、大体小学校高学年から中学生まで、各学年と男女で均等割り当て。調査票が未公開なのでアレだけど、この辺りはまぁ妥当か。

ただ指摘されている通り、あくまでも全体的な、もやっとした対象からの回答であることに加え、設問があまりよろしいとは言い難い......


先日の国民生活基礎調査における生活意識とか、実質賃金周りでもよく見聞きし、そして故意に拡大される感はあるのだけど。景況感の動向とかに関しては、こんな話はよく聞く。いわく、話にあるような景気の復興は無い、株価が上がっても自分には関係ない、雇用市場が良くなってるという話だけど知った事ではない、的な。一方で、株価が下がったり雇用市場の値が悪くなったりすると、同じ界隈では大騒ぎするのが関の山なのだけどね。

景気は良くない、数字はウソだ、と当方にツッコミを入れてくる方の少なからず、いや多分は、政派的な意見を除けば(政派的な意見の場合は結論が先にあるので、どのような説明をしても無駄)「自分は」が主語にあるのだよね。要は自分が景気良くなっていないからダメだ、自分は株を持っていない、自分の株が上がっていないからダメだ、自分の雇用が改善されていないからダメだとするもの。もっとストレートに表現すると「俺に金をよこせ、さもなきゃ景気は悪い」。無茶をいわないでほしい。

統計周りでも全体としてこのような形ですよ~的な話をすると、必ず一定数「自分はそうでないからウソだ」というご意見をいただく。多分に妬み・嫉みもあるのだろうし、自分が平均に収まらなかったことに腹立たしさを覚えるのだろう。他方、それより上回っていた人は、あえて声を挙げて意見することも無いから、結果として「ウソだ」の意見が目立つようになる。理不尽ではある。

個人の意見と社会全体の動向をごちゃごちゃにしてはいけない。居酒屋の酔っぱらいの戯言とか、テレビの野球中継を前にくだを巻くレベルの話ならいいけど、不特定多数に向けた言及として成しては問題がある。


先日のダイナミックな雹の降り方とかを見るに、そろそろ梅雨明けとなってもおかしくないよねえと思っていたら、案の定その翌日に梅雨明け。しかもタイミング的に、熱中症の搬送者数のデータ更新の直後になされて、慌てて本文を差し替える始末。

気象庁の発表データを見るに、これで関東甲信まで梅雨明け......と思ったら、九州北部と四国がまだ明けておらず、歯抜けな形となっている。結構珍しいパターンかも。


基礎知識を一通り学んでおいて会得しておくのは、色々な選択肢を増やし、複数方面での絡み合いによる理解を深めるためには必要不可欠な話。積み木で造形を創るにしても、種類は多い方がいいってのと同じ。一部で「基礎知識などいらぬ。専門分野に突っ走れ」という話もあるけど、基礎ができてないと容易に方向性を違えるし、失敗した時の軌道修正が容易では無くなる。

で、もう一つの基礎知識、さらには教養の重要点ってのがこれ。専門バカ的な状態になっていると、その他の分野からの甘言にころりと騙されてしまう。あまり良い例とは言えないのだけど、プロスポーツの名選手が引退した後に、色々と詐欺にあったり犯罪に手を染めてしまったりするってのも、少なからずその部分があるのではないかな、と。

ボタンの多さと複雑さと

| コメント(0)


例の某コンビニのコーヒー端末のように、ボタンが多ければ分かりやすいのかどうかって話は定期的に流れるけど、それだけUI(ユーザーインターフェイス、使い手側の使いやすさを考えた利用機器の設定・仕様)ってのは難しい問題に違いない。

それじゃボタンを少なくする、いっそのことボタンを無くして音声のやり取りでやればいいのかってことになるけど、それはSiriになってしまう。ただそれは、柔軟性の度合いや操作時の周辺環境、使う側の身体的な問題、何を話せばよいのかってことになるので、それはそれで難しい。

ボタンを少なくしてスライドバーとか回転式のものにしてメニューを差し替えるようにするってのもあるけど、それもまた機能的に複雑化するばかり。要らない機能を排除して、ほしい機能だけ使いたい。最近の電子レンジはごちゃごちゃ色々な機能があるけど、実際に使う機能はその数分の一。スマホだってそうでしょ?

そう考えると指摘の通り、ボタンがごちゃごちゃあること自体は悪い話ではない。最低限、あるいは自分が普段使う限りではどのボタンを用いればよいのかが分かればよい。エアコンのリモコンでは多分に、最低限使う部分だけ露出してあって、あとはふたがかぶっていてその機能が必要な時に開けて押すって仕組みになってるけど、これは一つの発想的な行き着く先。

なんかカッコいいと使いやすいとは別物なのだね。

最近のコメント

Powered by Movable Type 4.27-ja
Garbagenews.com

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれた記事のうち科学・技術・健康カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは画像です。

次のカテゴリは紹介・レビュー・コラムです。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

* * * * * * * * * * * * * *


2017年7月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31