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自動車内の二酸化炭素濃度

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外気導入でCO2の濃度は常に1,000ppm前後でしたが、内気循環では最大で6,770ppm(市街地)でした。一方、O2の濃度もCO2ほど差はありませんでしたが、内気循環の方が最大1%近く低下しました。また、乗車した人の中には、眠気や軽い頭痛を感じる人もいました。

今となっては良い思い出なのだけど、昔子供の頃に自動車で田舎まで行くと、必ずと言ってよいほど気分が悪くなった。自動車酔いにも色々と原因があるし、そもそも当方は身体が弱かったから仕方がないという見られ方をしていたけど、あるいはこの二酸化炭素への耐久力が低かったのも一因かな、と思ったりする。

今回の話では、色々な環境上の違いはあるけど、車内での内気循環に頼る形でいると、二酸化炭素濃度がもりもり上がって、それが眠気とか気持ち悪さにつながるよという結果が出たとの事。一応その辺りは配慮した上で設計されているはずなんだけどねえ。


先日の高齢者による交通事故の話。子供と同じでブラウン運動をするようなものだとは説明したけど、こういうケースは視界の左右を塞がれた馬車の馬みたいなものかなあ、と思ったりする。「たまたまこういう事案に遭遇した、n=1だろ」というツッコミがあるかもしれないけど、当方も第三者視点からだけでなく、自転車に乗っていてこういう人に遭遇してエライ怖い思いをしたことが何度もある。

これ、子供が興味を持ったものに視界をとらわれて飛び出してしまうケースと同じなんだよね。子供は瞬間的に高速で飛び出すけど、高齢者はスローリーで、でも確実に歩いてくるので、それはそれで怖いものがある。

子供の場合は注意散漫、世の中の常識がまだ会得しきれていないってのが主なんだろうけど、高齢者の場合は他に払う注意力そのものが足りないとか、視界範囲として自分の注目したもの(特段突発的なものが無くても「道の向こうに行きたい」のならその目的地だけとか)しか見えないってのがあるのだろう。

高齢者の道路横断

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実のところこの類の話は警察庁の交通事故に絡んだデータからも明らかになっているし、当方の経験則の限りでも何度となくそういうものなのだろうなあという状況を見聞きしているし、さらには危険な目にあわされたこともあったりする。無論こういう話は高齢者だから、ではなく、身体的・精神的にそういう性質な人が起こしがちで、高齢者はそのような状況になっていることが多々あるから、という意味なのだけど。

子供の命綱の必要性の説明として、子供は理性よりも感情のパワーの方が大きいから、思ったこと・感じたことを即時に最優先事項として実行してしまう、安全弁的なものが働かないという話をしている。それと似たようなことが高齢者でも起きていると考えるとよい。

安全弁が段々と縮小してしまっている、あるいは自身の心身の衰えの実情を認識していない。昔はこのぐらいの距離なら数秒で走れたのだから今でもいけるはずだ、とか。けれど、実際にはそんな速くは走れないし、第一その認識をするまでの判断時間も随分と遅いものとなっている。さらに指摘の通り、視野そのものも狭くなっている。実際に見えてはいるかもしれないけど、注意を払うところまで行ってない。

高齢者の運転免許証と健康診断と

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先日の池袋の交通事故の事案で、加害者側が年齢的に随分と年を召していたのに加え、どうも多分に運転してよかったのかという状態にあったとの応対をしていたということもあり、高齢者の自動車運転に関するあれこれが話に上っている。自動車ってのは数トンの物体を高速で移動させるものだから、運動エネルギーのかたまりとなるわけで、容易に兵器になってしまう。それを考えると、加齢で問題となるような状況に達したら運転させない、資格とさようならしてもらうってのは道理にかなっている。

一方で指摘されている通り、既存の資格や権利を手放してもらうというのは、当事者の反発を受けることになる。そこに正当性があったとしても。

もっともそれもまた、結局のところは当事者のお気持ちによるものでしかないのだよね。試験に落ちれば大学には入れない。お金が足りなければ商品は購入できない。オークションで最高値で入札しなければ落札できない。悔しいとか残念とか理不尽さを覚えるっという感情の発露は理解できるけど、それは正当化できない。「権利を奪う」は実のところ「(正当性が無くなったので)権利を失う」であり、「自由を奪う」は「その自由を得る資格を保有しなくなったので手放さざるを得なくなる」だけの話。有効期限切れの定期券で電車に乗れないのと同じ。

昨年までの5年間に起きた自転車事故で、死傷者全体に占める死者の割合(致死率)をヘルメット着用の有無で比べたところ、着用していないケースの方が2.4倍高かったことが25日、警察庁のまとめで分かった。

こういう話をすると必ず「そもそも自転車事故を起こさないことが大切なのでは」という、話の前提を呼んでいない、そりゃそうだけどここで語られているのはそういう話では無いでしょ的なつっこみががある(元記事のコメントでもそういうものが確認できている)けど、その類のは放置プレイということで。

実データとしてヘルメットをかぶることで自転車事故が生じてしまっても死を免れる可能性は随分と高くなる。見方を変えれば、自転車事故における大きな問題点は頭部へのダメージってことになる。地上1メートル以上の高さからふいに地面に叩きつけられるわけだからねえ。しかも多分に、勢いをつける形で。

0.1秒でも手を離したらアウトな世界

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子供はブラウン運動をする存在ってのは何度となく使っているフレーズで、自我がコントロールできないというか、衝動的な欲求のバランス調整がまだ出来ていない状態なので、危険だとかやっちゃいけないという歯止めのパワーをはるかに超える、瞬間的な思惑による行動意欲がすべてを左右してしまう。飛び出したら危ないとは分かっていても、視界に留まった猫に触りたいという衝動が感情マックスパワーとなって、瞬時に行動へと走らせる。制御不可能な暴走トラックみたいな感じ。それが大人の予想できない瞬間に生じてしまう。

だから、手をつないでいれば大丈夫なんていうのはまやかしでしかない。昔からそういう事例はあっただろう、ではなぜ昔は大丈夫だったのかという意見もあるのだろうけど、実際には昔からダメだったまでの話。あまり話題に上らなかっただけ。さらに交通量の問題とかリスクを上乗せする要素も増えているし、ね。


忍者とかスパイもののシキタリじゃないのかという誤解をしてしまうかもしれないけど、あながち間違っている話では無いし、無意識のうちにそのような対応を出来るようになるのがベストかな、という感じではある。

敵に囲まれているから常に攻撃せよ、というのではなく、専守防衛的なものと考えればいいんだろうか。まったく敵対心を持たない第三者でも、いつなんどき突然敵性行動をとることがある。それが意図的であるか否かは別として。例に挙げられているように、自動車がちょっとしたはずみで歩道側に突っ込んできたり、駅のホームで並んでいる後ろの人が押し込んでくる可能性はゼロでは無い。

端から見聞きすれば用心過ぎるとか心配性だと笑われるかもしれない。その防御行為で日常生活に支障が生じるのではみもふたもない。例えば花粉症が困るから無菌室を作って自宅に閉じこもるとか、外出する時は宇宙服を着るとか。そういう極端な話ではなく、気軽に出来る気が付いた範囲での事前対応って、結構重要じゃないかな、という感はある。

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