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これはプライバシーの保護とかセキュリティの面でとても大切なお話。ツイッターは不特定多数へ向けた意思表示のハードルがやたらと低いので、それこそ思っていることをそのままツイートしてしまいがちだけど、それはすなわち個人情報やプライベートなあれこれを大衆に向けて開示してしまうことでもある。それが楽しいんじゃん、それこそが醍醐味じゃんといわれればそれまでなんだけど、それは同時に他人がその情報をもとに色々としでかしてしまう、そのきっかけとなるリスクもはらんでいることに気を付けねばならない。

アイドルがお忍びでちょぃとした場所に足を運ぶ際に、事前に、あるいは現地でリアルタイムにツイートをして、その場が分かるようにしたら、間違いなくその場所は大勢の人が押し寄せて大変なことになる。対象がアイドルでなくとも、何かのリスクが発生する可能性は否定できない。YouTuberが名前バレをしたら色々と嫌がらせを受けるようになったってのは少なからず聞く話ではある。


これは実物を見れば一目で分かるのだけど、経産省や厚労省などで調査結果や研究発表が行われる際に、概要的な説明のために添付される、パワーポイントによって作成されたチラシのような概要図版が、1ページ、あるいは数ページ程度でぎっしりと図解入りで、しかもそれなりにまとまった形で説明されている図版のことを指す。結局のところ詳細資料に目を通さないと実情は分からないのだけど、実情を分からなくてもいいからざっと知りたいという時には、非常に便利な図......

......なんだけど、見るたびに「作るの大変だよな」という感はある。まるでじぐぞーパズルのようにすき間なく詰められた文字や図版には、一種の芸術美学すら覚えてしまう。そう、あれだ。電車のつり革広告と同じコンセプトなんだな。

そしてそれがいったい何に例えられるかという話で「曼荼羅」ってのは実に分かりやすい表現に違いない。あるいは古代遺跡の壁画。うん、人類が行き着くところってのは結局皆同じなのだな。

で。霞が関、つまり官公庁の資料でその類のをよく見かけるから「霞が関曼荼羅」。何となく納得は行く。


元々スタバのカップにオーダーを手書きで書き込むってのは公開メニューに明記されているわけではなく、公知情報としてあるわけでも無く。内部的な作業マニュアルにはあったのかもしれないけど、それを確かめるすべもなく。ただ非常に有名な話には違いなく、さまざまなエピソードが生まれ、スタバ感を創生するツールの一つとして知られている。数量化できる効果は無いけど、その外側にある「なんだかいいね」という部分、心境的なところに訴えかけるものがある。それがたとえどれほど綺麗ではない文字だったとしても。

しかしながらお話によると、プリントしたオーダーの内容をシールで貼る方式になっているとのこと。これもまた公式情報ではないので「そういう話があるね」以上のものではないのだけど、それが本当だとしたら、やはりちょっぴり悲しい。

手間の上ではプリントしたオーダーを貼り付ける方がはるかにイージーだし、時間も少なくて済む。店員さん側の労力もかからないので、シールの調達やプリント関連の器材の整備と天秤にかけても割りは合うだろう。ミスオーダーも減らせるかもしれない。あるいは店員側から「書くのがめんどいのでシール化して」との要望があったのかもしれない。


先日ツイッター上でリツイートされてきた「知っている人がいたらRTをお願いします。どこまで知られているかを調べています」なる文言とボンタンアメの写真が掲載されたツイート。この類の賛否を求める話に、アンケート様式ではなくわざわざリツイートなり「いいね」を求める方法論は、何か裏があると見て間違いないという経験則から、該当のアカウントをたどったところ、「●×したらRT」「いいねしたらよいことがあるかも」そしてプロフィールには「お仕事募集中」。ありがちな認証欲求の体現化で、あとはツイート上に広告(のリツイート)が定期的に流れていたらフォーカードとなるところだった。

「調べていますからRT」云々で実際にリサーチの結果が発表されることは滅多にないし、現状ではアンケートの仕組みが実装されているので、それを使えばよいまでの話。RTしてほしい云々が入った時点で、そこに別途思惑があると見て間違いない。


世の中に登場するすべてのゲームをプレイすることはかなわないから、当然他人が遊んでいても自分が遊ばない、遊べない作品は多分に出てくる。その作品に他人の意見のみをうのみにしたり、あるいは自分に手が届かない、または手にしないと判断した作品で皆が肯定しているからそれが悔しくて、「つまらない」と表現する層は一定数いる。具体的にどの程度かまでは測定することはかなわないのだけど、色々な掲示板やらブログやらソーシャルメディアの書き込みを読み通したり、アマゾンのコメントを読んでいると、その辺りはすごくよくわかる。さらに遊んではいるのだけど、他人の「面白かった」に共感できず、それが仲間外れにされてしまったような感を覚え、反発的にくそげー扱いしたり、(実のところ自分もそれなりに堪能しているはずなのに)つまらないと切って捨てるケースも少なくない。

その上、自分が「つまらない派」に属したら、周囲にもそれを伝播させて同意を求めたいとの意向を持つ場合も多分にある。これはこの作品はつまらないという自分の判断が間違っていないとの確認をしたいのだろう。仲間意識というか、これもまた認証欲求の一つなのかな。

別にこれは悪いことってわけじゃない。どのような判断をするかは人それぞれであるし、他人が面白いと思ったものを自分も同様に面白いと認識する決まりはない。自分の感性に正直になることは大切なこと(ただしそれを第三者に披露するか否かはまた別の問題。思うことと他人に伝えることはイコールではないのだから)。


先日の【「文字が読める」「文章の内容が理解できる」「文脈が理解できる」はそれぞれ別のお話】と時系列は前後するのだけど、似たようなお話を。セメダインの公式ツイッターアカウントが成した「当たり前ポエム」が話題に登った記事で、瞬間接着剤で指同士がくっついてしまった時に、安全に剥がすことができると終わりの方に明確に書いてあったにも関わらず、その記事の最初のコメントが「どうしたらはがせる?」というものだったので、ずっこけたというか絶望感を覚えた次第。

ウケ狙いでわざとボケて見せたのか、認証欲求というか炎上目的なのか、それとも最初の部分だけを読んで反射的に書いたのか、最後まで読まずに思ったことをそのまま披露したのか。当人に聞いてみないと分からないし、聞いても本当のところを話すことは無いと思うし。


「個別論文のSEO(サーチエンジン向けの最適化施策)」とは言い得て妙な話。物事を整理整頓するための仕組みとして集約される場があれば、その場で注目を集めやすい手法は重宝されるのは当然。同じ内容、品質ならば、先にピックアップされた方が勝ちって話。同じ価格で同じ美味しさのラーメンを出す店ならば、分かりやすい場所にあって宣伝をがっつりとしてる店の方が、お客は入りやすい。

で、トップジャーナルやらカンファレンスやらでもAIに作業をお任せするケースが増えてくるとなれば、当然そのAIが精査しやすい、目に留めやすいスタイルが求められることになる。まぁその前に、そのAIが読みやすい様式を公開して、「こんな様式で書いてくれるとありがたい」的な話はなされるのだろうけど。

ただ、その状況が進んでくると、内容よりもAIに読んでもらうように色々と手を加える作業の方が、論文の注力の上で重点が置かれてしまうようになる。人間の本質、仕事の出来栄えではなく上司にウケが良いような態度を取ることで、上司に人事面で高く評価される、みたいな。それでいいのかな、という気もするけど。


先日のBBCにおける偏向報道......というかこれもまたフェイクニュースなのだろうな、に関し、実際にインタビューを受けた一人の野上先生による、偏向報道を成したサイドの人達への感想とその対処法的なもの。処世術みたいなものかな。オールマイティというわけではないけど、参考になる切り口には違いないので、覚書も兼ねて。

タイトルにある通り、悪意を自認した上での行為ならば、それを指摘して認めさせ、悪意を良しとしない倫理観に訴えかけ、方向性を正すことができる。しかし悪意が無いどころか善意として悪業を成していた場合、そのような施策は不可能。「話せばわかる」「問答無用」がオチ。有名な某漫画のセリフ回し「言葉は通じるのに話が通じないという......これは奇妙な恐ろしさだった」で済めばよいけど、実害が多分に生じてしまう。

特定のキーワードや会話を含むツイートの通知をミュートする機能を2016年11月より導入しているが、これをタイムラインにも拡大する。ミュート期間は「1日」「1週間」「1ヶ月」「永久に」から選べるようになる。

「ワードをミュート」と書くとさらりと済むのだけど、これではわけが分からないよ的な人もいるだろうということで、ていねいに書いた記事タイトル。でもかえってわけが分からない感じではある。まぁ要するに、自分が望まないキーワードが入っているツイートを見えなくするように、あらかじめ該当するキーワードを登録できる仕組み。例えば受験生が「落ちる」を読め無くするように、とか。非可視化期間も選べるってあるのは、要するに時節的なワードのミュート需要が大きいってことなんだろうな。

便利といえば便利には違いないのだけど、システム負荷が上がるのではないかという不安もあったりする。

ソニーは、BDレコーダの一部機種に搭載されている「もくじでジャンプ」、「コーナー目次」機能への番組情報の提供を9月15日で終了。16日以降は、番組情報取得済みの録画番組以外では、この機能が利用できなくなる。スマホ向けアプリ「Video & TV SideView」の「もくじでジャンプ」機能も、9月中旬頃に終了となる。

今件事案は各種情報が提供されなくなってもBDそのものが使えなくなるわけではないけど、この機能があるからこそ今ハードを買っていた人には腰砕けの話でしかない。別のBDの方がいいよね、もう持ってる意味は無いよね、的な。

手持ちのハードの価値がある日突然グンと下がる、一部が利用できなくなるってのは、あまり想定できないお話。冷蔵庫で明日からずっと冷凍庫が使えなくなるとか、電子レンジでオーブン機能が利用不可能になるって感じ。理不尽ではある。

電気製品などは該当商品の生産が終了しても、修理やら部品供給を一定年数続ける責務があるけど、情報ってのはその類のに含まれていないのかしら。結局「オマケみたいなもの」的な認識なのかもしれない。


これは以前HMDやらライブコンサートの盛り上がりぶりやら映画館のデータ周りで言及した記憶があるのだけど。ああ、ライブビューイングの話だったかな。他人との一体感、リアルタイムでの反応、人の集まりの実感が強い需要として沸き起こっており、それを満たすためのライブや映画館が注目を集めているとなれば、今後はHMDを装着して自宅でVRやMR的なライブコンサートへの参加もできるようになるのだろうなあ、という感はある。「体験需要」を疑似体験で充足するってのは、いかにも未来的な発想ではあるのだけど。


「それに難儀するからフリーランスを選んだ」と返されたら身も蓋もないのだけど。無人島で一人で過ごすのならともかく、人間社会で生活する以上、他人との接触は必ず生じるし、やり取りをしないと生きてはいけない。技術があればその辺りのコミュニケーションスキルとか、社会人的常識論は欠けていても問題ないとの話も良く聞くれど、それはその欠けた部分を補って余りあるほどの才能に恵まれている場合に限られる。

特に最近はソーシャルメディアの普及浸透で、コミュニケーションのハードルが下がっていることもあり、この辺りの話も非常にシビアになっている。才能の前提、土台の部分にコミュニケーション能力、対人応答スキルがあるってのが暗黙の了解となりつつある。

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