コミュニケーションの最近のブログ記事

ため口と相手を下手に見るか否かと

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ため口、要は自分と同じ立場にあると認識してかしこまることなくフランクに、友達のような感じの口調で語るってことなんだけど、子供同士とかごく親しい間柄で無い場合は得てして、生意気に感じてしまう状況がある。

ケースバイケースではあるのだけど、多くの場合において、相手が生意気に覚えてくるのは、指摘の通りその相手を自分よりも下に見ているからだという感はある。相手が下だと感じているので、その下の人から同じような立ち位置にあるとの認識で接せられてしまうと、不届きな、無礼な奴だと感じるわけだ。

これが階級社会で明らかに階級が下の人なら、生意気云々以前の問題となるけどそうで無い場合は大体そうだよね、と。もちろんその「生意気に感じる」ということ自体が良い悪いはまた別の話。そしてその思ったことを具体的に反応で示すか否かも個人の問題。一社員が社長に突然何の前触れも無くため口で話してきて、社長がどのような思いを抱くか、そして仮に生意気だと感じたとしていかなる反応を見せるのか、それは状況や社長個人の感覚次第ではある。

読み手が宣伝を手助けしているとか

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意味としてはカバーをかけずにそのままで外で読むことで、その本を読んでいるということを不特定多数に気付かせる、つまり歩く看板的な役割を果たすというもの。電車内でジャンプを読んでいる人を目に留め、ああそういえば今日は発売日だったっけと思い起こさせるとか、表紙を見て何か面白そうだなと気付かせてくれる、そんな感じ。確率論的には大した率では無いけど、それを実施する人が多く、目に留める人も多ければ、結果として多数の人が行動を後押しされることになる。

ネットショッピングで購入して直接自宅で手に入れるとか、移動中の時間つぶしがスマホ主体となり、他人からは分かりづらくなったってのは、こういう口コミ効果が減る弊害もあったのだなと気付かせてくれる。

みずほのATMの使用中止と事前告知と

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みずほ銀行のシステムまわりは色々と以前からツッコミ状態であったのは否めないけれど、だからといってあれだけ何度と無く繰り返し、さまざまなルートで周知が行われているのにも関わらず、大パニックだとか止まってしまってどうしようというのを扇動する記事が一般報道で流れたり、それをさらに増長させるような話を有識者と呼ばれる方々の一部が成しているのはどうしたもんだろうかという感はある。引用ツイートも同じ考えのようで、激しく同意。

ある意味あれだなぁ、ネタにするほどドタバタしていたのだから、理不尽なクレームとかバッシングも許されるだろうという思惑が深層部分にあるのかもしれないなあ。


ある意味「共感」とでも表現できるのかな。他人が笑っているのを見ると自分もつい笑ってしまうっていうのがあるように、面白そうにしている人を見ていると自分も楽しくなってしまうってのは結構ある傾向。テレビやラジオのような電波媒体はもちろん、新聞や雑誌などの文字媒体でも、楽しそうにしているところは読んでいて楽しい。それがコンテンツとしての評価や価値と結びつくか否かはまた別の話だけど、純粋に楽しめるって観点では確実にプラスとなる。

で、元々そういう方向性で作られているはずのコンテンツにおいて、指摘されているような「シナリオくささ」ってのがあからさまなのが、昨今のテレビやラジオなどの電波媒体における面白みの欠如の原因の一つでは無いかな、という感がある(実は文字媒体も同様で、シナリオくささってのは書き手側の背景や実情、品質の実態が情報の変質によって容易に精査できるようになったからという側面が強い。なので電波媒体とは少々勝手が違う)。

大根役者によるぼろぼろの書き割りな舞台で、子供が書いたようなシナリオでの演技を見せられたら、誰が「面白そうだな」という共感を得られようか。あるいは方向性が逆で「面白ければ何でもいい」という誤解釈をして、暴走した結果なのかもしれない。


具体的例や語り手そのものは指摘されていないけど、似たような話は定期的に目に留まったりするので、多かれ少なかれご意見というか主張として存在するのには違いない。ただ、当方もそういう話を目にするたびに、悶絶しまくってコマンドー状態になってしまう。

ある事柄を知っていることと、それを分かりやすく説明できることはまた別の話。天才肌の人が他人への説明に難儀する、分かりにくい話となるってのはよくあることだけど、少なくとも対象の事柄をちゃんと理解していなければ、正しく説明することはできない。元々その事柄を知らなければ、理解していなければ、たとえそれが分かりやすいものだったとしても、正しいとは限らない。それって単なるデタラメじゃんってことになる。

善意と折り鶴と自己満足と

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西日本の豪雨に絡んだボランティアとか救援物資の話。多分に流通網の問題ということもあり、専門筋に任せるようにするのが一番効率的で最終的には多くの人が救われることになる。個々の思いはリソースとして、関連組織(無論インチキなアレ的なところでは無く)に現金の形で提供すればいい。というか、そういう使い方をするための社会の仕組みがお金なのだから。

ふるさと納税を使うってのも一つの手。納税とあるけど結局は控除が受けられる寄付金だからね。

で、善意を成したいという気持ちは分からないでも無いのだけど、それが現実離れをしていたり、相手の実情を無視していたりすると、結果としてはむしろ迷惑だったり邪魔だったり弊害となったりする。指摘されている通り、善意という名の免罪符を振り回す悪人と何ら変わり無くなる。「北斗の拳」に出てくる下っ端の悪役の人達と同じ。


ツイッターは他のソーシャルメディアと比べてもとりわけ、非常に簡単に他人の発言を自分の発言として再配信できる、いわゆるリツイートがしやすい仕組みとなっている。これがツイッターの特徴であり長所でもあるのだけど、同時に短所でもあったりする。

それは不確かな、怪しい発言ですら容易に、さくりと自分の発言と同等のものとしてリツイートしてしまうこと。普段から信ぴょう性が高い発言をしている人、フォロワーの方のものならともかく、他のフォロワーの方のリツイートで回ってきた怪しげな、少なくともアカウントの信ぴょう性が見た目では分からない人の話を、面白いから、興味があるから、ウケそうだからとの理由だけで、さくっとリツイートしてないかな?

それってポストに投函されていた、送り主が書かれていない、あるいは身に覚えのない小包を勝手に開けたり、頼んだ記憶が無い荷物が宅急便で送られてきたのに受け取ってしまったり、知らない人からの電話の内容を信じて銀行口座にお金を振り込むのと同じぐらい危険なお話。

リツイートをする前に該当者のプロフィールを確認するのはもちろん、そのアカウントをたどって前後10個ぐらいのツイート内容をチェックし、果たして自分の発言としてリツーイトしてよいのか否かをチェックする癖をつけたいところ。

もちろんこの行程は面倒くさい。特にスマートフォンを利用している場合、画面も狭いしインターフェイスもアレだし、何でここまで苦労して確認しなきゃならないのかと思うかもしれない。でも自分に襲い掛かるかもしれないリスクを考えたら、その手間など安いもの。あるいは面倒ならばその類の怪しいツイートはリツイートしなきゃいい。もしかすると不当なお話、さらには不法行為を手助けしてしまうことにすらなるかもしれないのだから。

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