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先の住民票がないと住民扱いされない、認識されないから権利の主張もできないとの話に絡んで。すべてがすべてというわけではないけど、世の中にはこの類のスットコドッコイというか、言葉が通じても話が通じない人が確実に存在する。自分にその権利はないにもかかわらず、駄々をこねたりいい加減な主張をしたり、さらには自分は配慮されるべき存在だから配慮しろと主張して権利を行使しようとする人。

当方も大きな印象として残っているのは、震災後に水不足の類が生じた際に、本数制限のあるミネラルウォーターを「子供が必要だからもっと寄越せ」と逆切れで店員に食って掛かっていたご老体。店員に八つ当たりをしたところで水が沸いてくるわけではないし、証明するものを何ももっていないし、第一本当に子供がいたとしても配慮をする必要性はどこにもない。

モラルは空気のようなもの

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成文法ではなく不文律のようなものであり、経験則によって構築されている部分も多分にある、モラル。それを守らないと個人の範囲ではプラスとなるかもしれないけど、社会全体としてはマイナスになるからこそ存在しているもの。公衆衛生などでよくあるものだけど、そのモラルは幼い時からの日常生活の中で学び、理解し、習得していく。だから保護者がスットコだったり学校や近所の人たちがオタンコナースな人ばかりだったりすると、モラルの低い人間ができあがってしまう。そこまでいかなくても国や地域でモラルの中身が随分と変わったりもする。

だからこそモラルは日々の生活を平穏無事にしていくための知恵であり、欠かせない存在に違いない。それこそお金の使い方とか自動販売機での物の買い方とか自動改札機の利用の仕方と同レベルの話なのだろう。さらに指摘されている通り、空気のようなものだと思った方が適切かもしれない。普段は意識することすらなく、自分がこなしているという考えはないけれど、当たり前のように存在していて、それを常日頃から活用している。もしそれがなければどうなるのか。まさに「空気が無くなればよいのに」である。


実のところ昨日は胃カメラの検査があったので一日時間をもらい、検査が終わった後は自宅に戻って麻酔の残り的なほんわか気分を実感しながらのほほんとしていたのだけど(実際、麻酔は一日で済むけど、運動をするなとか長風呂は止めろとかは数日のレベルで言われている)、そういやこういう人がいたよな、という思いだし語りツイートをした次第。

胃カメラは色々とリスクがあるので、問診票はもちろん、承諾書の類が必要で、これがないと検査は受けられない。にもかかわらず、それらの書類を丸ごと忘れて来た人がいた。最初は窓口の人に指摘され、あ、忘れた、家に置いてきた的なことを言っていたのが、それでは担当医に連絡をして書類を書き直さねばいけませんねと言われると、面倒くさいと思ったのか「主治医が持ってこなくてもいいといったから持ってこなかったのだけど」的なふてくされモードに突入。おいおい、ついさっきまで忘れたって自分で言ってただろうと心の中でフルツッコミをしながら、何も見ていない・聞いていないふりをして待合室の椅子に座り続ける当方。


先日導入されたツイッターの新仕様の1つ、ツイート主がそのツイートに対してリプライできる人の権限のコントロールができるようになったというもの。これを悪用する形で、スットコな話(本人はそうは思っていない)について、意図的にリプライをツイートした相手のみ行えるようにしたところ、かえってその話が広まってしまうというケースが生じている。

要は直接のリプライはできないけど引用リツイートは可能だから、もりもりそれを使われてしまう。すると引用されたツッコミ元のツイート内容も合わせてツイートされるので、ツイート回数がそれだけ増えてしまう(結局リツイートだからね)。すると、トレンドに載る可能性が出てきて、トレンドに載るとより多くの人に延焼し、さらに火の勢いは強くなってしまう。リプライだけなら元のツイートの内容はタイムラインには直接配信はされないから、トレンドのリスクは生じないのだけどね。


それこそmixiとか2ちゃんねるのようなものから、似たような話はいくらでもあったし、ブログやウェブサイト、電子メールでも同様の方向性・手法による詐欺は行われている。ただ、ソーシャルメディアでは発信元の情報を隠しやすいし、意思の伝達が容易だし、情報を広めるコストも低いので、こういうことをやらかす側の道具として使われやすい。

イラストで説明されているのはあくまでもごくごく代表的なパターンだけど、これですら具体名を挙げると「ああ、あの人ね」と思い出せるような人がずらずら出てくるほど、よく知られていたりする。Facebookは閉鎖的な情報村的なものを作る場として(mixiも近い)、ツイッターは不特定多数のカモを一網打尽にするために使われやすい。運用コストはかかるけど、より強い狂信的な信者を作るのにはYouTubeも向いている。

絵師のツイッターでのメディア展開

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正直なところツイッターをどのように使おうと個人の自由なので、例え絵描きでも年中自分のへそのごまの写真を掲載してもいいし、ほとんど動かないサボテンの写真ばかりでもいいし、山盛りのラーメンや牛丼の写真ばかりでも構わない。

一方で他人に見せる、自分の職種とか作品をアピールしたいのであれば、メディア欄がどのように他人には見えるかについて、気にした方がいいのではないかという話。これは非常に納得できる......というかそういう経験が多分にあったりする。

たまたまリツイートで回って来た絵が気に入って、アカウントをたどって他に何か描いているのかなと確認したら、野菜マシマシのラーメンと猫とゲーム画面ばかりで、作品名はプロフにあるけどpixivのアカウントも掲載されていなかった。なら別にいいや、という感じになる。

マスクに口を描くという手法

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新形コロナウイルスの影響でマスク着用が必要不可欠な状況でも、他人に笑顔を見せたい、少なくとも顔をカバーして不信感を持たれたくないという思いから開発されたらしい、にっこり表情が描かれたマスク。確かに口の部分は多分に表情を表すパーツに他ならないし、その部分を布でカバーされたら分からないよね、という気持ちは理解できるし、笑顔の口を描いて代替させようという発想も悪くない。パーティグッズの類ではすでに似たようなコンセプトのものはあるし。

だけど正直なところ、ちょっと怖いよねと言うのが実情。静止画ならともかく、これはずっと対象が動き回っているのに、ずっと表情は同じまま。マスクによる無機質感はなくなるけど、薄気味悪さを覚えてしまう。相手が笑ったままというのも、それはそれで怖いものだ。

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