コミュニケーションの最近のブログ記事

嘘を嘘だと指摘しないと

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他人とのやり取りの中で、第三者がいる場合は特に、相手が嘘をついてきた時に(「嘘」と「間違い」は別物なので要注意)それを嘘だと指摘反論し、事実を提示して訂正させないと、嘘をついた側は「この嘘は許される、責を問われない」と学習してしまう。同じ事は何度でも繰り替えすようになるし、さらなる嘘を創作することになる。嘘をつかれた側はますます悪影響を受けて被害は拡大し、嘘をついた側も受けるペナルティは大きなものとなる。

嘘の間違っている部分を正すことは、自分はもちろん周囲にも、そして嘘をついた本人にも役立つ行為なのだ......けど。

ドタキャンと企画とかコンペとかと

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昨年末に問題視された、複数の種類のレストランを予約しておいて、相手の気分に合わせて選んだ種類以外は直前にキャンセルするってのをドヤ顔でアッピールした事案について。キャンセル料をちゃんと満額払うのならいざ知らず、ってやつではあるのだけど。

これって自由業・自営業では特にありがちな、小規模事業体でも結構やられがちな、仕事発注するかもしれないから考えといて~とアプローチをかけておいて、スケジュールをホールドしておき、その実何の動きも無いし相手は忘れていたレベルってのと似ている話ではある。結局のところこれも同様に、キャンセル料に該当するものを満額支払ってくれれば問題は無いのだけど。

この問題、どの道相手はフリーなんだから不義理をやっても問題無いだろうという軽視感とか、社内の部下などに依頼するのと同じ感覚で考えているような気がする。社内の別の人への問いかけなら、色々な仕事の合間にやるまでの話だし、アプローチの仕事が実際に体現化しなくても給金はもらえるからね。

サンプル市場というもの

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Amazonが試供品に特化したディスプレイ広告事業を展開すると報じられた。化粧品ブランド「Maybeline」やコーヒーブランド「Folgers」に代表されるブランドのサンプル品をAmazoの顧客の閲覧ページに表示させたり、自動的にカートへ入れておく仕組みを提供する予定だという。


過去の購買データを機械学習を通じて分析し、試供品の購買転換率の最も高いであろう顧客へ情報を届ける。購買ビックデータを握っている点からAmazonはGoogleやFacebook広告と差別化を図る大きな競合優位性を持っている。現在、同社のディスプレイ広告事業は全広告収益50億ドルの大半を占める。


アマゾンはコミュニティとしてもめがっさ大きなデータを持っているから、それを有効活用すれば試供品の提供とかも有効にできるし、その結果を反映させてさらに手元のデータの精度を高めることができる。ベイズ理論の有効活用的なものがある。

すでにアマゾンでは似たようなコンセプトとして先行試供品を提供してレビューを書かせるという仕組みを導入してるけど、それをさらに一歩推し進めて、購入しそうな人に最後の一押し的なものとしてお試し版をあげちゃうよ的なアプローチをするわけだ。

今件の場合、購入性向を後押しするというものの他に、広告そのものの注目度を高める効果も期待できる。お試し版の情報が流れるかもしれないとなれば、広告にも目を留めるようになるからね。半額チケットが添付されることがあるチラシは捨てずに読むってのと同じ。


養命酒製造による、冷えとインフルエンザに関する調査。まぁ、この時期なだけに、中高生の子供を持つ女性保護者に対するお話という次第。冷え性を自覚している子供の方が、疾患やら体調不良を訴えやすい傾向があるってのは興味深い話。単に身体への注意が先鋭なのか、それとも冷え性は身体の不調を示すシグナルなのか。冷え性だからアレルギーとかいう話では無く。


最初に紹介されている本の中でも多分に語られているけど、これは詭弁を成すものの常とう手段であり、一般の人がダマされやすい手法でもある。もの凄い雑な例えだけど、同じ土俵の上に上がる時点で、ちゃんと相撲のルールにのっとって戦うつもりでいる自分が、拳銃やらパワードスーツやらを実装して相撲のルールなどお構いなしの人にかなうはずはないのである。勝敗の基準からして全然違うのだな。

高齢者の「お話したい」症候群

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この類の話は必ずといっていいほど批判が来るし、統計的な数字は取りようがないのだけど、店で何か買い物をする機会では高い頻度で遭遇するし、お役所や医療機関や鉄道、郵便局といった公的な窓口など、対面場面があるところではもう当たり前の感は否めない状況なので、同意をせざるを得ない。

話し相手がいないから仕方が無い、可愛そうだ、昔はそうだったから仕方が無いとの反論もあるだろう。けど、環境や仕組みが変わっているのに、昔のままの対応を求めるってのはどうなんだろう。以前から何度も言及している、環境の変化に伴う情報のアップデートが成されていないのと同じではないかな。

「人的リソースを食い潰す厄介客」という表現はキツイかもしれないけど、否定はできず、ピッタリくるところがある。困ったことに多分において、当事者は自分の責などないと認識している、それどころか当たり前だと考えている感はある。一度注意したら逆切れされた経験があるだけに、そう思ってしまう。状況を認識したうえで、それでも話を続けられるってのは数えきれないぐらい。

2ちゃんが集虫灯だったという説

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いまでは5ちゃんねるというのかな、ともあれそこが、ネット上の色々とヤバい人達の集約場所となっていて、他の部分に露出しないように隔離する役割を果たしていたのではという説。いわゆるネットの集虫灯ということ。

これ、ある意味では正しいのだけど、ある意味では違うかな、という気がする。今でも5ちゃんねるにはそういう人も多々見受けられる。いなくなったわけじゃない。ただ、5ちゃんねるが主要選択肢ではなく、たくさんの選択肢のうちの一つになったまでの話。情報発信のハードルの低下に伴い、上に合った部分が崩れて下に落ちてきたって感じ。

そういうヤバい人達の目的、意識の一つに「かまってもらえる」というのがあるのなら、確かにSNSは良い場所だ。2ちゃんねるよりも情報の拡散はされやすく、上手く行けば多くの人に「かまってもらえる」。これは当人にとっては持論を支持してもらえる、認めてくれるのに等しい。

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