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これは万物の法則でありすべての場合に当てはまる、とは限らないということをあらかじめ記しておくとして。多分に理解できる話。度の過ぎたクレームをしてくる客、店内での行儀が悪い客に対しても、「お客様には違いないから」として丁寧に応対し頭を下げていると、その客の狼藉がお店の一部となり雰囲気が壊れてしまう。つまりお店全体の質が下がる。でも追い払ってしまうことで、他の通常のお客は安心して利用することができ、客室が安定し、それがお店そのものにもプラスに作用する。

これは例えばレストランなどでのドレスコード(服装規定)と同じ。また逆説的に、前世紀に某ハンバーガーショップで廉価すぎる商品ばかり出していたら客層が悪くなってお店の売上が減退しただけでなく、イメージまで悪化したって話にも通じる所がある。


肩書や経歴、資格はその人物を精査する上での材料の一つでしかなく、それが絶対不可侵の権威を意味するものでは無い。どれほど素晴らしい過去、資格、履歴があったとしても、その内情、実態は正当に評価されねばならない。犯罪でつかまったり酷い事をしていたのがバレた人が「自分は偉いんだぞ、こんな資格を持っているんだぞ」と言い訳をしても、その行為がチャラになるわけではないってこと。評価判断される対象は肩書では無く、その中身、実行為なのだから。

ツイッターは利用が楽で文言も簡単に出力できる。言葉の露出、開示がスムーズにできるので、それこそ井戸端会議的な意思表示が可能になる。その分、自分の素が出やすい。一言二言ならば色々な内面の一局面だけかもしれないけど(たくさんの本音のうちの一つって意味ね)、それが積み重なることで、内面の実態がよく見えることになる。

権威や肩書にあった実情を披露してくれる人も多々居るけど、同時に指摘にある通り、世間一般受けしやすい肩書や経歴、著書からは想像ができないような中身をご披露してくれるのも少なくない。作品や肩書だけを見るのならばその中身は無視しても良いのだけど(クリエイター系は特に)、中の人も多分に絡んだ評価となると、やはり実情は大切だよね、そしてそれが良く見えるのは正しい取捨選択の上では良い情報となるよね、的な。


定年退職を迎えた人が会社に足を運ばなくなると、ライフスタイルの中で大半の時間を費やす場所を失い、何をしてよいのか分からなくなったという話はよく見聞きする。趣味を作りなさい、時間が持てるようになってからでは遅いので、早いうちに作っておきなさいというのもアドバイスとしては有名なお話。

今回指摘されている内容もその類で、要は自分自身の物事にリソースを一定以上割くのは許される行為ではないとの認識が刻まれてしまっているというもの。滅私奉公というと表現が古いけど、まさにそんな感じ。また自分自身の楽しみ、趣向への傾注を無駄、つまり意義のないものとの認識も、自覚のないうちに個をつぶしているという感はある。ハンドル操作がされていない車のようなもの。

「評判の悪い病院」の良し悪し

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当方も通院生活が長いので、色々な病院の噂を調べたり実体験を色々と吟味しているけれど、この話は指摘されて「やっぱりそうか」と思うのと共に、それに気が付かずに悪い病院判定をする人も結構いるのだろうなあ、と思った次第。

要はいわゆる生存者バイアスと似たような話。複数の病院で医療技術や環境が同じ場合、運ばれてくる患者の病症度合いが重い方が、当然死亡する患者数・比率は高くなる。数字だけを見ると、あの病院に運ばれると他の場所と比べて死亡者数も率も高いとなってしまう。でもよく話を見聞きすると実は......ということに。

無論実際に、医者のスキルがアレだったり、病院そのものの体質がナニだったりすることもある。なので噂とか口コミにしてもそれをうのみにせず、内容をよく吟味することが大切......なのだけど、噂を信じ込んでしまう人は、元々内容を精査するつもりなどないタチだったりするから始末が悪い。

プログラムの意義と家庭科の授業と

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自分でプログラムや事務作業をするわけじゃないし、パソコンなど不要・スマホで十分とか、プログラムに関する勉強なんて何の意味があるのかという話は良く聞くもの。どのみち習った人全員がプログラマになるわけじゃないし、パソコンを使う仕事に就くわけでも無い。必要になったらその時に覚えればよい......というけど、世の中そううまくはいかないし、やっている人はそれだけアドバンテージが得られているとか、概念そのものの取得はすぐにできるわけじゃないよねってのは何度か説明している。

で、自分でそれそのものを使うとは限らないけど、習得しておくことに越したことは無いってのをどうやってうまく伝えるかについて、ちょいとステキナイスなセンスの例え方があった。これなら確かに多くの人が納得できるだろう。


非難にしてもアドバイスにしても批判にしても、それを自分の糧として吸収し、良いものとして取り入れ、間違いならば正すためのトリガーとできれば、それが一番良いし圧倒的感謝の意でしかない。

しかしながら人は十人十色であるから、的外れだったり単なる攻撃目的だったり、対論としての主張をつぶすためだけに批判をしてくる筋合いもある。複数の並列する主義主張がありいずれも正しくても、他のを認めないとか(異端裁判みたいな感じ)。さらには何となくとか機嫌が悪いからとか気に食わないからだとか、あるいは批判行為を通して自分の益を確保しようとか。

そのような批判やアドバイスの類には従う必要はないのだけど、押しに弱かったりスルー力に欠けていると、余計な気遣いをしてしまったり、相手の勢いに負けて自分の気持ちを曲げてしまうことになる。でもそのような結果導き出された物事で結局マイナスが生じると、後悔の度合いは大きなものとなる。

デマを流す界隈の意識の一つの見方

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無論デマを流す人たちの想い、意図がこれでしかないというわけでは無く、一つの可能性、状況であろうという話として。先日の紀伊民報でも問題視された火災に関わるデマのあれこれに関して、ツッコミをしたらすぐにブロックされた事をトリガーとして。この類のは震災直後から繰り返されてはいるのだけどねえ......。

n=1、つまり本人だけとか、自分の周辺だけとかのみで危ない危ないと大きな声を上げるのはなんなのだろうかというもの。指摘されている通り、自分以外の情報に目を向けることなく行動してしまうのは、周囲が世界支配層か何かに操られていると妄想しているのか、あるいは近所のカワイイ猫を撮った時のように「これで目立てる、注目を集められるネタが手に入った」さらには「これなら自分の主張がアピールできる」とでも思っているのだろうか。

それともやはり指摘の通り、認証欲求のためのネタとしてデマを流しているのかもしれない。それを自身が気が付いているのか、それとも無意識でなのかは別として。


何度か説明しているけれど、ウェブ上では極力リアルなプライベートのデータは出すべきではない。これは物理的な被害を受けるリスクが生じるから。他方、ウェブ上の発言や作品などは極力名前(実名と限定していない事に注意。要は紐づけができる符牒のこと)を出すべきで、それがあれば製作者の背景や傾向を推し量り、記事作品の奥底にあるもの、向こう側に隠れているものを見出す事ができる。

で、指摘の通り、自由に政治周りの話をしたら脅迫される云々ってのは、特に震災以降大いに目に留めている。また最近では就活生に対し「政治の話をしているのが企業側に分かると、パージされるかもしれない」的な話もある。まぁ、政治云々っていっても、反社会的なものなら仕方がないけど。それは一般の政治の領域を超えている。

指摘のある「敵対者には何してもいい」っていう独自ルール。これ、本当に多いんだよね。自らの信念を絶対正義なものとして、神のお言葉的なものと認識し、それに仇名すものは我が天罰を食らわしてくれようぞ、ぐらいの感覚になっている。


先日も「言葉の荒い人は行動性向的に相手に攻撃的姿勢を見せていることが多いからかまったら負けだ」的な話を書いたけれど、一言でまとめると「荒らしは放置」って言葉がずばり当てはまるのだなあと感心した次第。

正論を投げかけても正しい答えを知りたいわけではなく、反応そのものを求めている、つまり第三者から自分の存在を認識してもらうこと自体が目的なのだから、それで事態が解決するわけではなく、さらなる目的達成のアプローチをしてくる。だから放置が一番良い。

ブログのコメントとか掲示板よりも、ツイッターは意思表示のハードルが低い。なので荒らし行為的なアクションもしやすい。無視するのもつらいって場合は、ミュートなりブロックをしてしまえばよい。目に見えなければ何の痛みも無い。よくある「なかったことにしよう」的なものだ。


昨日は子供の日ということもあってか、子供に関わるお話がいくつかリツイートなりの形で出回ってきた。その中でなるほど感を覚えたものがあったので、整理統合の形で。

子供でも商品を毀損したり乱暴狼藉を働いたのなら、大人がしたのと同様の対応を取る必要がある。それと同様に、たとえ子供が相手であっても商品やサービスに真ん前から向かって興味関心を抱いているのなら、現時点でその子供が顧客にはなり得ないとしても、やはり真摯に対応すべきに違いない。

これは対象が子供じゃなくてみすぼらしい姿格好をしていたりとか、どう見てもお店の商品を購入しそうにないように見える人に対してであっても同じ事。その見方が正しく、その場ですぐに購入客になりそうにないとしても、その人が他の場所でどのような情報の伝聞をするのか、将来もずっとお客になり得ない存在なのか否か、そこまで見通して判断をする必要がある。

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