コミュニケーションの最近のブログ記事

可視化する 機能実装 ツイッター

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具体的な例は挙げない...というか数が多すぎて挙げようがないのだけど、指摘の通りツイッターってのは意思表現のハードルがあまりにも低すぎて、チャットをしている感覚で不特定多数に自分の考えていることが披露できてしまうものだから、「思っていただけだもん」的な錯覚をしてしまうことは多分にあるし、だからこそ当事者の本質というのが容易に暴露されかねない状態。

仕事先ではキリリと決まった紳士的振る舞いをしている人が、自宅ではパンツ一丁でお尻をぼりぼりとかきながらソファーに寝転がり、ぼけーっとしながらテレビを観て、何となくポテチをついばんでいく。そういう人が、自宅での姿をお気軽気分に動画配信してしまうような、そんな感じ。

元々誰にでもプライバシー、本質部分があり、そういうものを披露せずに自分の本職を果たしてくれればそれで問題ないのだけど、その本質部分を自分から勝手にオープンにしてしまうのは、やはりツイッターの悪魔的な機能というところなのかな、と思ったりもする。ブログとか掲示板とかにおいても、似たような話はあったけど、ツイッターではその事例が多すぎる。

翻訳機能の性能が上がると

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以前も紹介した翻訳専門業による翻訳が必要なレベルの文章は今後も多分に存在するし、そういう技術を持つ人の重要性はむしろ高まるとは思うのだけど、一方で昨今の翻訳技術の進歩は、今後のさらなる精度の向上を期待させるのには十分なものとなっている。

それこそSF映画に出てくるような、インカムのようなスタイルで構成されていて、かけるだけで言語の異なる相手とごく普通にやり取りができる、多少の言葉の入れ違いも即時に学習していく、なんていうものにたどり着けるかもしれない。この技術があれば、あとはARと組み合わせるだけで目に見える他国言語も自国言語に転換して表示させるってことも容易にできるようになる(現状でも似たようなものはあるけど、まだ精度は今二つ)。

ではもしそういうレベルにまで達したら、言語ってどういう概念になっていくのだろうか。

SNSで増える人間関係の概念

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名前を何となく知っているだけとか、毎日顔を合わせて見聞きはしているけど、その正体を認識したことはないとか、どういう人かは良く知っているけど、名前とかどこに住んでいるかは知らないとか。ゲームならばパラメータは知っているけど出身地を知らないキャラとかと同じで、人物を構成する多様な要素の情報のうち、特定部分しか知らないってのはよくある...というか恐らくは自分の脳内にある「知っている人リスト」のうちほとんどの人は、情報として知らない要素が多分にある、パラメータがマスク化されているってのばかりだと思う。

「オレオレ詐欺」は昔から

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実のところ「↓ RTs」の部分には戦前における「オレオレ詐欺」と同じようなスタイルの寸借詐欺(戦地から一時的に帰国した兵隊だけど戦友が云々ということでただ飯を食らったり色々と預かりものと称して金品をゲットする話。旅館とか食事処でマスコミのふりをして取材のようなことを行い、ただ飯食らう方法と同じ)の話があって。それからつながるもの。

主に高齢者を対象にしたこの類の詐欺って、結局は基本部分は昔から存在していて、それがその時その時に使われている道具や環境で最適化されるだけの話なんだろうなあ、と。事案数が増えているのは、手掛けるハードルが低くなったのと、対象となりうる存在が増えているから。


先日発表会のあったAppleのiPhoneの新商品。実物はまだ出ていないのに、早くもアマゾンではその実物に貼りやすいという実体験のレビューが多数出ているという、おかしな現象が。vineプログラムでもiPhone本体はムリだし、時間を超えて書き込まれたと認識するしかない...

...って実のところはトリックの仕組みとしては2つ。一つはサクラ総動員。実商品を買わなくても書けるからね。そしてもう一つは指摘されているように、他の商品のページの内部データを差し替えて新商品向けにしてしまうもの。コメントなどは引き継がれるから、高評価のものがあたかも最初から行われているように見えてしまう。


これはゲーム関係の人に限った話では無く、幅広い分野で見受けられる現象。科学方面、特に震災後のあれこれでも類似のパターンによる事案が多数生じて、騙される人が多々見受けられた次第。

簡単にまとめると中途半端な知識や経験で専門筋的なポジションにつくと、自分の領域でのみ判断しちゃうから、下手をすると自分の経験則が世の中の絶対真理という認識をしてしまう。本当の専門家的な領域に達すればもっと幅広い可能性、パターンを知ったり判断できるようになるので、絶対真理的なものは無いし、可能性は高いけど確実にこうなるって話はないってことを言うようになる。けれど素人から見れば、「かもしれない」よりは「こうである」と断じた方が魅力はあるし力強いのでついていきたくなってしまうよね、と。それが正しいとの保証はどこにもないのに。

よい例が病気の治療回り。状況が改善する可能性は高くとも「絶対」などという言葉は使わない。けどインチキな界隈は「これで絶対治る」とか平気で言っちゃうわけだ。そして気が弱くなっているとなおさら「絶対」という断定のワードに惑わされてしまう。


以前職人技を持つというか特定のカテゴリで他人から教えを請われるような立場にある人の時間を割く場合は、たとえそれが正式な仕事の契約を結んだ後のもので無くても、相手の時間や労力を用いたことになるのだから、相応の対価は支払わねばという話をしたことがある。今件はそれと通じるものがあり、当方も何度か被害側としての経験はあるし、同じような話は何度となく見聞きしているもの。

相手が専門家だろうが何だろうが、相手の時間を拘束して応対を求めた場合、相手のリソースを消費してしまった事になる。それに対し何の対価も発生させずにちゅるりと価値あるものを使ってしまう。要はタダ取り。人の畑に忍び込んで野菜を抜き取ってしまうようなもの。

「制作会社も困窮しているのだから」「現場が消耗しているから」という言い訳を聞くこともあるけど、それは相手の都合であって、浪費させられた側にとっては何の弁明にもならない。第一、監督責任ってものがあるのだし、実際にそれを使ったのはどこの誰だということになる。光回線の電話営業とか新聞の勧誘とかと同じだよな、と。

実は当方も先日、似たようなパターンに遭遇。途中で気が付いて、応答を止めた。親切心を出していると、結局莫迦を見る。

この類の話が途切れることなくリアルタイムで次々入ってくるのは、メディア界隈の中の人達の考え方が、昔からずっと変わっていないで周辺環境の変化に追いついていない、時代錯誤のものとなっているってことなんだろうな。

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