気軽に手に入ることは正しいものが手に入ることを意味しない

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インターネットは確かに情報を気軽に探して取得できるようにしてくれたけど、それがそのまま正しい情報を手に入れやすくなったことを意味するわけじゃない。

「ネットで手軽に色々調べられる」が「ネットで手軽に色々と(自分の思惑通りの「答え」の情報を事実として)調べられる」になっている感。事実とは限らなくても、自分が欲しい方向性の情報が探れればそれでよい、と。正に「真実は人の数だけ存在する」。必要なのは正しい情報であって、自分にとって都合の良い情報じゃないんだよね。でも人は時として、分かりやすい、都合の良いものを正しいと誤認してしまう。そしてそれに慣れると、自分の都合の良いものが正しいものだという流れを当たり前のことと思ってしまうようになる。

ネットの情報は、バイキング料理コーナーで好きなものを食べられる状態のようなもの。自分の好みのものをいくらでも食べていいのだけど、その中に毒や傷んだものが入っているかもしれない。けれど玉石混交なので見極める力がないとお腹を壊してしまったり死にいたるかもしれない。美味しくいただくには料理の本質を見定める力が必要。

自分の気持ちの中だけで完結してによによするのにとどまるのなら、自分にとって都合のよいこと=正しいことという定義でもいいのだけど。実行動に影響を及ぼしたり、他人に伝達する類のものでは、それは困るわけだな。第一、事実でないものは往々にしてダメージを与えるものとなる。痛い目にあうのは自分自身なのだよね。

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このページは、不破雷蔵が2020年11月16日 07:57に書いた記事です。

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