ソーシャルゲームをベースに創作する場合の問題点「原典が残らない」

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以前からゲームの保存性については色々な視点で考察しているし、先日からサルベージしたビデオテープの動画データ化に取り掛かっていることもあり、分かるボタンをフルスロットルで押したくなるし、分かり哲也さんがエグザイル状態で脳内乱舞しているのだけど。

昨今のソーシャルゲームって玉石混淆ではあるのだけど、良いものはストーリー性もしっかりしており、映画や書籍のようなち密さを持っていて、多数の人に触れられて共通認識素材となり、二次作品が多く輩出されていく。けれどそれらの作品のベースとなるソーシャルゲームそのものはいつかは運営を終えてしまう。

運営が終わった時、その作品自身に何が残るだろうか。映像作品とかメディアに記録されているスタンドアローンのゲームなら、再生してチェックをすることはできる。けれどソーシャルゲームはそれが出来ない。クライアントソフトを立ち上げることすら叶わず、たとえできるタイプのものでも、サーバーと通信ができません的なエラーメッセージが出ておしまい。

以前から指摘しているけど、これって例の電子書籍問題と同じく、データを手元に置いておかないタイプの利用スタイルにおける弱点というか問題点ではあるのだよね。使える状況下では便利だけど、使えなくなった時の不便さは非常に大きなものとなる。

ソーシャルゲームの場合、記録として残せるものは紹介記事とか実況動画とか、宣伝用の素材程度。ゲームプレイ中の感覚そのものの体験は二度と出来ない。今後大きな問題になってくるのだろうなあ、これ。

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コメント(1)

ビデオのない時代のテレビみたいなもんになるんやないの?
あれも放送終わったら触れられんやん
大河ドラマすら初期作は映像喪失して見れんのばっかやで

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2018年5月 9日 07:44に書いた記事です。

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