買ってでもすべきものは苦労では無くて他人があまりしていない体験

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以前もちらりと触れたかもしれないけど、ことわざ的なお話として「苦労は買ってでもしろ」というものは、実のところ今では真逆の内容だったりする。自分の苦労を相手に擦り付けたいための大義名分だったり、理不尽な負担を強要させるためのおぜん立てだったり。その苦労で将来何倍にもリターンがくるものであれば話は別だけど、「苦労は買ってでもしろ」と語る人のどれほどが、それを前提に話をしているのか。

他方、自分も含めて人がまだあまりしていない、未踏の領域的な体験は、お金でアプローチできるのならばやっておいた方がいい。将来できなくなるかもしれないし、逆に多くの人に注目されるような領域となった時に、自分が先駆者となり、お金では買えないアドバンテージを得られるかもしれない。そして自分自身の道を見つけられるかもしれない。


知識もそうなんだけど、体験によって得られた情報・経験ってのは、自分のパーツとなる。パーツだけでは何の意味もないけど、既知のパーツと組み合わせることで、新たな造形ができる可能性がある。情報の紐づけによって、新たなアイディアが浮かぶ可能性が出てくる。知識だけでも不可能じゃないんだけど、体験の方が脳内での組み合わせは容易にできるのだよね。多数の自分の器官で情報を得ているので、紐づけをする時のフックの数が多くなるから。

そういう意味では、お金の若年層離れってのは、ホント、ダメージが大きいのだよね、色々な意味で。

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このページは、不破雷蔵が2018年5月 6日 07:07に書いた記事です。

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