「犯人はオタクの可能性」その情報、必要ですか?

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先日の某事件に絡んで犯人像がいくつかゴシップ紙やゴシップ系報道で伝えられるに連れ、その報じ方に色々とツッコミが。まぁ、仕方が無いお話ではある。そのツッコミの要旨としては大体引用したようなお話。その情報は果たして事件に必要なものだろうか、と。今件ならば犯人は「オタク」と認識できそうな材料がいくつかあって、だからオタクは云々という話になっているのだけど、それって必要な話だろうか。

例の「凶悪犯のほとんどはパンを食べたことがある」「日本で起きている犯罪のほとんどは、日本語を話す人によって行われている」レベルの迷い事、不必要な情報な気がする。オタクだから犯罪の可能性がある的な連想を容易に想起させる流れは、理不尽さというか、奇妙な文意を感じさせる。5万歩ぐらい譲って、対象事件内容と直接関連し、実証実験的なことを何度も行っていたのならともかく(例えば爆弾魔が心底の爆発物マニアで、陰で違法な爆発物製作を何度と無くやっていたというのとか)。

以前から何度と無く伝えている通り、報道側の大義名分としては「知りたいと思う人がいるから」「詳細を伝えて印象深いものとさせることで、受け手の心に刻むため」。ただそれって、必要の無い欲求を無理やり引き出したり、無理強いしてほしくも無いものを口に押し込むようなものなんだよね。「俺様がそう思ったのだから有り難く全部食え」的な。北斗の拳の下っ端悪人を想像してしまう。

番組と番組の合間にある、数分のダイジェスト版ニュース番組。あの程度の十分なのだけどね。それを膨らませるから、エンタメ色が強くなってしまう。これもまた、プレスとオピニオンのごちゃ混ぜ化による弊害ってことなのだろう。


「他に報道すること無くなる」「それでいいじゃん」。突き詰めるとそういうこと。要らないことを次々と付け加え、それがまだサービスのレベルならいざ知らず、余計なものレベルになっているから、問題視されているのが昨今の実情だったりする。

「そういう仕組みだから」「そのようなテンプレだから」「そうした方が費用対効果が高いから」全部、報道側の都合でしかないのだけどねえ。

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このページは、不破雷蔵が2018年5月21日 06:58に書いた記事です。

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