質疑応答は情報の共有化

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講演や大学の講義などで一通り解説が終わった後に「それでは質問を受け付けます」「何かここまでで質問はありますか」という形で、公聴者からの質問を受け付ける場が設けられることがある。その場で質問のやり取りをすることもあるけど、その場では質問をせずに、終わった後に当人に駆け寄って質問をするというケースも多々見受けられる。

単純に質問受付の時は思い浮かばずに、その後に質問を思いついたり、多分にプライバシーの問題などが絡んできて不特定多数に知らしめるのは問題が生じ得る情報を含んでいるのなら仕方が無いけど。あるいは時間が足りずに受け付けてもらえなかったのならともかく。恥ずかしいからとか、他愛も無い事だからとかいう理由で、質疑応答の際には質問しない、後で個人で尋ねるってのは、実はもったいないよという話。

言われてみれば確かにその通りで、質疑応答の場でやり取りされた情報は、自分だけでなくその場にいた人すべてに共有される。どのような下らないように思える話でも、自分が気付いたものを他人に伝える絶好の場面ではあるし、そういうことができるのが講演などのよいところに違いない。

それに、講演が終わった後に質問云々ってのは、講演をした側が「分からないことがあれば終わった後に来てください、受け付けます」的なことを言わない限りにおいては、その人の時間を少数個人のために拘束してしまうという、罪深いことをしていることにもなる。

他方問題なのは、「自分の疑問などをその場にいる人達に共有することができる」を悪用し、質疑応答の場を実質的に自分の独壇場に変えてしまう困ったちゃんがいること。よくネタ話的に語られる「質問の場で質問では無く自分の論説をとうとうと語る人がいる」をやらかしてしまう人がいるのだよね。

本人が自覚しているのか、無自覚なのかはともかく。当方もかつてあちこち講演やら発表会やら株主総会に足を運んでいた際に、その類の困ったちゃんに遭遇した経験が少なからずあるので、「そんなの都市伝説だ」なんてのはとてもじゃないけど言えないのだな。

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このページは、不破雷蔵が2018年5月 2日 07:53に書いた記事です。

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