2019年1月アーカイブ


山崎製パンのカビ云々ってのは検索すればすぐに分かるけど、同社のパンにカビがなかなか生えてこないのは、トテモコワイ何かが入ってるからだとするもの。企業努力によってそのような形になったものを、インチキ的なものとして忌避させるのは、この類の似非科学の常とう手段。

同様にマヨネーズ添加物......ってのはなんだこりゃと検索したら、マヨネーズも色々な合成物が入っているから云々って話があったのか。そんなこと言い出したらきりが無いし、口にできるのは山奥の澤水と原始的な果物とか野山に潜む野生動物だけになってしまう。農作物だって品種改良の末に現状の姿があるのだから。

結論としてこの類の話が入ってきたら、ネタ話としてならともかく、マジ話として語られている場合、その語り手は似非科学教信者という認識をしてもいいのだろうな、と。


今朝がたツイッターのタイムラインに奇妙な図版が挙がってきて、ツイート主はそれを一次ソースとして色々と言及していたのだけど、画像の信ぴょう性がいまいちだし、新聞か何かの切り抜きのようだけど原典が書かれていないので「なぜそれが確かだといえるのか」というツッコミをしたくなる事案発生。たとえ内容が自分の語りたいことを裏付けるものであったとしても、確からしさがアレなものをそのまま裏付けに使ってしまうのは、道端に落ちている怪しげな宝の地図をそのまま信じて冒険旅行に出かけてしまうのと同じ。

いや、それっぽい画像だったり雑誌の切り抜きだったりテレビのキャプチャだったりすると、それが権威として発揮され、その形式自身が裏付けと同じ意味を持ってしまうのか。肩書至上主義みたいなものだな。

でもソースが書かれていなかったり、書いてあってもどこそこを参考にしました程度しかなくて、誰がそれを作ったのかが分からないと、鵜呑みにするのは危険。色々とトリックを使っていたり改ざんしていたりするからねえ。

芸風と社会環境の変化と

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某有名タレントがある事案に絡み、昔ならともかく今では眉をひそめるような発言を平気で対面相手に言及したことで、ツッコミが入る事案。色々考えてみたけど、当時の芸風ってのが多分に当時の社会風潮に加え、メディア環境にマッチしたものであるのかなという気がする。それをそのまま現在でもなし続けているので、いびつさを覚えてしまうと。

複数の理由が挙げられているけど大体同意で、加えるとすれば2つほど。1つは、当時は下の方のポジションにいて上に居る人に向けて放ったメッセージ的なものがあるので、粋がっていても受けることができた。けれど上のポジションに立ってからも同じようなことをしていたら、シラケてしまうのは道理ではある。


すべての人が、というわけじゃないけど、フィクションもまた、ノンフィクション同様に仕事において役立つという場合がある。言葉は悪いけど、対象の芸風を盗む、といえば分かるだろうか。

自分の知識の領域内に一次情報、正しい知識としてのあれこれだけでなく、何かを表現するための比喩的な言い回しとか描写の仕方、心に響くフレーズとか色々と、フィクションには満ちあふれている。たとえ自分の仕事がノンフィクションの分野でも、参考になる言い回し、表現の仕方がノンフィクションにもたくさんある。

オハヨー乳業は「メロンパンアイス」を、2019年1月22日より全国のファミリーマートで発売します。「メロンパンアイス」は、見た目はまるでメロンパンのようなアイス。クッキーシューに濃厚でなめらかなカスタードアイスをたっぷり詰め込まれています。

昨年発売時には3週間で完売してしまったという、ステキナイスなアイス。クッキータイプのメロンパンの皮みたいなシューに、カスタードアイスが詰め込まれているとのこと。つまり、メロンパンのようなシュークリームのようなアイスクリーム的なもの。なにそれ美味しいものの悪魔合体のようなステキアイテム。

カロリーも同サイズのメロンパンの半分ぐらいというから、2つで十分ですよ(はじめから2個食べる算段)。

改元とキャッシュカード詐欺

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世の中に動きがあるとそれに便乗する形で詐欺が横行する。テンプレに動きの内容を組み合わせればいいだけだし、情報そのものは世の中に勝手に浸透しているので信じ込む人の割合も増えるから、だませる効率も高くなる。昨今では話題に上っているのが平成の終わり、元号の変更ってことで、それに合わせてキャッシュカードの変更が必要だよという偽の情報を流すもの。

まぁ、銀行法の改正なんて話は無いし、元号の改正でクレカやキャッシュカードの類が使えなくなるなんてことも無い。ネットやら情報通の人に聞くなりすれば数分で真偽は確かめられるし、そもそも聞くまでも無く「フェイクだ」と断定できるのだけど、知らない人、分からない人にはそれっぽい公的な情報みたいなものだとピクリとさせられる。なにしろ自分でも知っている改元のことが書いてあるから、本当かもしれない、ってね。

今月6日、大阪市内で開かれたアイドルグループ「AKB48」のイベントに、はしかに感染していた男性1人が訪れていたことがわかり、大阪市は男性が不特定多数の人に接触した可能性があるとして、ホームページなどで注意を呼びかけています。

先日の某コンサートに参加した人で麻しんにかかっていた人がいたようで、そのコンサートに足を運んだ人は十分に注意してほしいとの注意喚起が出されている。

ところが報道では「疑いあればすぐに受診しろ」とか具体的な対応例は書いてないどころか間違った内容だし、大阪市のリリースも読みにくいところにあってすぐにはたどりつけなかったりする(挙句にそれを指摘して制限の中で正しい対応の解説を優先して記述したら怒られる始末)。

麻しんにかかってるのではと感じたら、医療機関に受診しろ、ではなく、まず電話で連絡。これぐらい報道でもちゃんと書かなきゃ......ってそれができていないのは、書き手が実情を把握していない、理解できていないのだろうな。


野党が調査ってまたあの魔女裁判とか詰問会みたいなものか、「調査」と「自己アピールや叱責」を同一視して無いか、という話はさておき。例の公的機関のデータに関して、どうも色々と首を傾げる報道やら「有識者」の弁があるので、一部覚書的なものを。

生データ、つまりRAWデータに関しては何があっても残しておくべきってのはデータを取り扱うものにおいては必要不可欠。加工後のデータにトラブルがあっても、原本があれば修正ができるから。

一方で公的機関では一定期間を過ぎれば生データは捨てるのが原則...というか決まりになっている。全部残していたらいくら倉庫やらデータ保存場所があっても足りないし、管理にかかるリソースが膨大になるからだ。そのリソースを投資しても残す価値があると判断がされれば話は別だけど、その判断をするのはデータを預かる現場じゃない。現場内の規約で判断できる領域のものだったとしても、使える総リソースは限られているから、優先順位の低い生データの保存にリソースが割かれるってのは考えにくい。

「盗み読みから記事にしてるだけの人が、文書破棄云々言えた義理か」ってのは言い得て妙である。いわゆるお騒ぎ組なんだろうな。忖度云々行ってるのは問題外で、単なるヴァカとしか表現のしようがないけど。

差別だと 思う心が 差別だな

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この類の話は昔から半ばネタ的な形で伝えられているのだけど、最近は頻度がちょいと高まってきたかなというのと共に(可視化の影響もあるのだろうけど)、具体的な内容まで言及されていたので、覚え書きも合わせて。

業界全体の校閲マニュアルに記載されているのか、社やグループ、個人レベルでのテンプレート的な範囲で定められているのか、あるいは校閲者側のポリシーやら感情やらポリコレが反映されたものなのか、単にそう思っただけだからー、なのかは分からないけど。それっぽいように少しでも思えたら、自身の権限で抑圧するってのはその仕事に携わる者の立場としてどうなんだろうというのがある。「仕事だから」といえばそれで許される行為なのか否か。

国土交通省は18日、3月から4月にかけて引っ越しをする人が増えることを受け、ピーク期を避けるよう呼びかけを始めた。トラック運転手の人手不足の影響で、昨年は希望通りの日程で引っ越しができない「引っ越し難民」が社会問題となったため、早めの協力要請に踏み切った。

先日の【今春の引っ越しは手配が大変かな、という話】の繰り替えしという形になってしまうけど。国土交通省から正式に注意喚起が出たので、覚書ということで。でもリリースを見ても、ヤマト系のサービス休止で労力供給側がいつもより少なくなっているってことは書いてないんだよね。それっぽい形で、昨年6月に「作業員不足等の課題に対応するため、解約・延期手数料の見直し等を内容とする標準引越運送約款の改正を行っています」という表記はあるけどさ。ヤマトのとは直接関係は無いというか書いてないし。

ワンダースワンFANとかも出てきた

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実は先週末のお掃除の際に出てきたけど写真を撮る暇が無くて、「おともだち☆ゴールド」の撮影の際に併せて撮った品々。サルベージしたアイテムとしてはどれほど価値があるのか未知数だけど、古いものに違いは無い。

ゲームギアとかセガサターンとかワンダースワンとか、往年のゲーム機の関連本となると、まずそのハード自身を知っているかどうかって問題があるからなあ。以前披露した記憶もあるけど、ワンダースワン本体もどこかに保管してあるので、合わせて買取に出した方がいいのだろう。

今冬の「三角チョコパイ」シリーズもいよいよ次がラストとなります。最後を飾るのにふさわしい「三角チョコパイ キャラメル」が新登場いたします。サクサクとした食感のパイ生地を食べすすめると、中からあま~く香ばしいキャラメルの香りが引き立ち、アーモンドの粒入りのとろ~りとした"キャラメルチョコクリーム※"の味わいが口いっぱいに広がります。パイ生地のサクサクした食感と"キャラメルチョコクリーム※"のハーモニーは食べ始めたら止まらない悪魔的なおいしさのスイーツです。

チョコにホワイトチョコ、いちごと来て、締めくくりにはキャラメル味が登場するというマクドナルドの三角チョコパイ。似たようなアイテムの中華まんを考えれば容易に想像はできたけど、それでも実際に登場するとなるとやはりインパクトがある。個人的には最後には抹茶チョコかなとは思っていたけどなぁ......。

で、キャラメルはキャラメルで、あのとろりな甘みがパイに包まれているってのは、それだけで罪深い感がある。「悪魔的」って表現は正直どうだろうか、ローソンのあれが流行ったからといって安易な便乗は商品価値をおチープにしてしまわないかという気がするけど、それはさておきよさげには違いない。

嘘を嘘だと指摘しないと

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他人とのやり取りの中で、第三者がいる場合は特に、相手が嘘をついてきた時に(「嘘」と「間違い」は別物なので要注意)それを嘘だと指摘反論し、事実を提示して訂正させないと、嘘をついた側は「この嘘は許される、責を問われない」と学習してしまう。同じ事は何度でも繰り替えすようになるし、さらなる嘘を創作することになる。嘘をつかれた側はますます悪影響を受けて被害は拡大し、嘘をついた側も受けるペナルティは大きなものとなる。

嘘の間違っている部分を正すことは、自分はもちろん周囲にも、そして嘘をついた本人にも役立つ行為なのだ......けど。

文房具屋が無くなってきたけれど

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以前にも取り上げたかもしれないけど、町の文房具屋ってのがホント絶滅の危機にある状態。当方の行動領域内でも数件あったものが、ほぼ壊滅。具体的な件数の動向は商業動態統計か何かで精査する必要があるけど、指摘されている通り、文房具を取り扱う他業種が色々と出ているので、実態を表す数字となっているのかは微妙なところ。

コンビニでもおおよその文房具は調達できるし、100均ではかなりの種類のものが手に入る。オリジナルブランド物も続々出しているからねえ。

町の文房具屋が滅んでしまっているのは、本屋以上に客単価が低いし万引きの被害にも会いやすいし他業種に客を食われやすいってのがあるのだろうな。文房具店があったとして、1来店で500円も1000円も使うってことは滅多にないよね。まとめ買いするならアスクルとかアマゾンってことになってしまうし。

猫バンバンで足りぬなら

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この時期になると暖を求めて猫が自動車のボンネット内に潜んで、それに気が付かない運転手が自動車を運転して......という悲劇が生じ得る。単なる都市伝説ではという話もあったけど、実例が色々と出てきたり、公的な機関もそういうことがあるから注意しようという注意喚起をするようになり、今では当たり前の注意事項として定着しつつある。

他方、運転前にボンネットをバンバンと叩いてその音で、中にいる猫たちを追い出すという方法では足りないとの指摘もある。音だけでは逃げない、気が付かない猫もいるよ、というものだ。ボンネットを開けて指差し確認をした上で走らせないとダメだね、というもの。これは理にかなっているし、面倒だろうけど是非ともやってほしい。

その一方、単なるバンバンで足りないなら、もっと叩けばいいやん、バンバンってフレーズを使ったものが確かあったよね、ということで探したのがこれ。何となくこういうフレーズの曲はあったよなあというネタは知っていたけど、具体的にどういう曲なのかを探し当てるのには苦労した。チキチキバンバンはもう知ってるよね。

まぁ、叩くだけではだめだというのだから、何度叩いてもあまり効果は変わらないと思うのだけど。


かつて仕事などで使う、あるいは使う時のために収集していた歴史系とか戦史系の資料も、言葉通りほこりをかぶっている状態ということもあり、色々と機会があって多分を処分しようということになっている。そのまま廃品回収に出してチリ紙と交換ってのが一番楽ではあるのだけど、資料性を考えると買取業者に手渡して流通させ、第三者の手に渡らせるのが有意義に違いない...

...ということなのだけど。例えばこの朝日ソノラマ系の戦史本。朝日ソノラマ自身はとっくの前に無くなっているし、どうやら刊行されていた本は版権があちこちに散らばった形となり、複数の出版社でタイトルなども変えたりしながら再出版されている模様。朝日ソノラマ本はもう絶版に違いないけど、中身そのものが継続されて出ているのなら、流通そのものはさほど気にしなくてもいいのかなあ、という気もする。

日清食品株式会社(社長:安藤 徳隆)は、「カップヌードル 味噌」を4月1日(月)に全国で新発売します。2018年4月2日に発売した「カップヌードル 味噌 ミニ」は、おむすびのお供や味噌汁代わりにぴったりな一品として大変ご好評をいただいています。今回、多くのお客さまから寄せられたレギュラーサイズ化のご要望にお応えし、「カップヌードル 味噌」を発売します。

ぱっと見では「日清も味噌そのものを提供するようになったのか」とちょいと驚いたけど、実のところは純粋な味噌ラーメンということで、安心したやらびっくり感が無くなったやら。まぁ、味噌だけ提供ってのも変な話だし(粉の提供ならあるかも)。

で、リリースを読むと味噌ラーメンというよりはみそ汁的に楽しむ目的で食べる人が多かったミニサイズの評判を受け、ノーマルサイズで登場するのが今回の「味噌」な次第。

共通言語の喪失と、多様化と分散化

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正直なところ共通言語という表現は多少オーバーかなという気はして、大きなカテゴリとか、行政区分ならば町ぐらいのレベルかな、という感じ。ゲーム界隈ならばドラゴンクエストとファイナルファンタジーとウィザードリィみたいな? といえば分かるだろうか。言葉のやり取りをするのには共通言語が必要だけど、趣味の世界でもそれを知っていなければ会話は難しい。ドラクエを知らない人にドラクエのエピソードを基にしたネタ話をしても通じないってところ。

共通言語化するためには、それを知っている必要がある。ところが指摘されている時代以降になると、今件ならば漫画やアニメのようなエンタメ業界が花開いた形となり、メディアも多様化して、選択肢がもりもり増えてきている。ゲーム業界も似たようなタイミングだった気がする。ゲーム雑誌が乱立した時期でもあったかな。

ある意味、今のゲームアプリでFGOが流行っているのもこの「共通言語」が一因なのかな、という気がする。だから例えば東方Project辺りで似たようなコンセプトの以下略。


物理的な物品の存在の有無自身ではなく、それが無かった状況下での社会様式がどのようなものであったのか。これは案外記録の類が少なくて、その状況を描写するのは難しいというお話。例に挙げられている公衆電話がいい例ではある。

ただこれって、いわゆる異世界物の作品の良し悪しを決めるポイントでもあるのかな、とふと思ったりする。異世界物とか転生物の肝ってのは、今現在の常識や技術がまったく無い世界にそれらを持ち込んで、その社会様式の違いに驚いたり、アドバンテージを見せつけたり、社会そのものを変えていくってのがポイントになる。その描写を巧みに、整合性のあるものにしていくのには、今ある当たり前のものが無かったとしたら、どのような状況になるのかをしっかりと設定しておかねばならない。

そういや「ドリフターズ」でも織田信長が意思疎通の出来る魔法の水晶玉で似たようなことを話してたな。概念の違いとか。

思い立ったが吉日

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ソーシャルメディアを利用する人の年齢階層が広がってくると、ある程度の年の人の習い始め的な話もよく目にするようになる。元々こういうのはあったのだけど、可視化が進んできたってことなのか、それともソーシャルメディアで奮起して始める人が出てきたのか、比較のしようが無いからどちらなのかは分からないけど。

年齢が結構行ってるからこの趣味や仕事をするのはダメだろうという勝手采配は勿体ないよ、という話。まさに思い立ったが吉日ではある。始めた日から積算した分がその対象物のキャリアとなる。

ドタキャンと企画とかコンペとかと

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昨年末に問題視された、複数の種類のレストランを予約しておいて、相手の気分に合わせて選んだ種類以外は直前にキャンセルするってのをドヤ顔でアッピールした事案について。キャンセル料をちゃんと満額払うのならいざ知らず、ってやつではあるのだけど。

これって自由業・自営業では特にありがちな、小規模事業体でも結構やられがちな、仕事発注するかもしれないから考えといて~とアプローチをかけておいて、スケジュールをホールドしておき、その実何の動きも無いし相手は忘れていたレベルってのと似ている話ではある。結局のところこれも同様に、キャンセル料に該当するものを満額支払ってくれれば問題は無いのだけど。

この問題、どの道相手はフリーなんだから不義理をやっても問題無いだろうという軽視感とか、社内の部下などに依頼するのと同じ感覚で考えているような気がする。社内の別の人への問いかけなら、色々な仕事の合間にやるまでの話だし、アプローチの仕事が実際に体現化しなくても給金はもらえるからね。

国などの公的機関が事業を行う理由

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お金儲けのためではなく、採算が取れないけど社会維持・繁栄のためには欠かせない事業を行うためです。以上。......で終わってしまうと身もふたも無いけど、そもそも論として国などが事業を行う理由はまさにそこにあるのであって、その前提を無視して「赤字だとダメ」ってのはいかがなものかと。また、黒字でも一時的なものである可能性が高いとか、民間の経済原則に任せると弊害が多々生じてしまうものもまた、国などの公的機関が行わないといけないわけだ。インフラなどが良い例ではある(だから鉄道とか郵政事業の民営化は失敗。あの時は「国が赤字を出すのはよくない」という財政緊縮論的な亡者のプロパガンダに押された感は否めない)。

無論、選択肢として民間事業による手厚いサービスってのも用意されていいわけだ。医療なら病院の個室に入って手厚い看護を受けられるようにするとか、ね。

「専門家」のワナ

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ある分野に特化したくて、長けたくて色々と手掛けていても、何だかしっくりこない、伸びを感じられないと思ってしまう状況がある。その時は気分転換という観点も合わせ、その分野以外の話にも耳を傾けるのが良策というもの。

単純に気分の転換、気晴らしという観点だけでなく、方向性の見直しとか別の視点での考察という観点でも有益だったりする。......というか、自分が判断した「専門の分野」の区切り分けが正しいと断定できるわけでも無く。もしかしたら自分がその分野の範ちゅう外として切り捨てていた部分に、大きなヒントがあるかもしれないし、さらにはその部分ですら専門の分野の領域内かもしれない。

これって食事の仕方にも似ている。健康に良いからといって特定の食品ばかりを食べていると、かえって身体を悪くしかねないってやつね。

サンプル市場というもの

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Amazonが試供品に特化したディスプレイ広告事業を展開すると報じられた。化粧品ブランド「Maybeline」やコーヒーブランド「Folgers」に代表されるブランドのサンプル品をAmazoの顧客の閲覧ページに表示させたり、自動的にカートへ入れておく仕組みを提供する予定だという。


過去の購買データを機械学習を通じて分析し、試供品の購買転換率の最も高いであろう顧客へ情報を届ける。購買ビックデータを握っている点からAmazonはGoogleやFacebook広告と差別化を図る大きな競合優位性を持っている。現在、同社のディスプレイ広告事業は全広告収益50億ドルの大半を占める。


アマゾンはコミュニティとしてもめがっさ大きなデータを持っているから、それを有効活用すれば試供品の提供とかも有効にできるし、その結果を反映させてさらに手元のデータの精度を高めることができる。ベイズ理論の有効活用的なものがある。

すでにアマゾンでは似たようなコンセプトとして先行試供品を提供してレビューを書かせるという仕組みを導入してるけど、それをさらに一歩推し進めて、購入しそうな人に最後の一押し的なものとしてお試し版をあげちゃうよ的なアプローチをするわけだ。

今件の場合、購入性向を後押しするというものの他に、広告そのものの注目度を高める効果も期待できる。お試し版の情報が流れるかもしれないとなれば、広告にも目を留めるようになるからね。半額チケットが添付されることがあるチラシは捨てずに読むってのと同じ。


養命酒製造による、冷えとインフルエンザに関する調査。まぁ、この時期なだけに、中高生の子供を持つ女性保護者に対するお話という次第。冷え性を自覚している子供の方が、疾患やら体調不良を訴えやすい傾向があるってのは興味深い話。単に身体への注意が先鋭なのか、それとも冷え性は身体の不調を示すシグナルなのか。冷え性だからアレルギーとかいう話では無く。

デリバリーバイクのトミカが出るぞ

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セブンイレブンの電気自動車もそうなんだけど、特定の業務に特化した・改造された、小回りの利く車両ってのがとても好きだったりする。日常生活の中に溶け込んでいる、自分自身もよく見かけるってのもあるけど、小さいボディーで一生懸命働いている様子は、なんだか色々と励まされる感がある。

今回登場するのは、ピザーラのデリバリーバイク。三輪タイプのこのバイクって、ピザーラに限らずファストフード系が結構使っているけど、ダイナミックお気に入り。いいよね、これ。

運の総量は誰もが等量

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この話はあくまでも概念的なもので、誰も確からしさを検証することはできないし、ましてや統計の類を採れるはずも無い。転生ラノベのように自分のパラメータがステータスウィンドウで見れるはずもないのだから。ゲームの概念として採用するってのは面白いかもしれないけどね。

多少の差異はあるかもしれないけど、人によって運の総量は等量だろうという説。ただし、その運が消費されて遭遇するイベントに対し、それがイベントだと気が付けるか、気が付いてただしい反応を示せるかどうかで、運を上手く使ったか、使って自分のあれこれを底上げして人生の歩みをスイッチングできるかは、本人の力量次第というもの。ああ、これ、まさにアドベンチャーゲームとか、RPGでのイベントシーンと同じだな。

で、今後のあれこれや自分の内部的な要素を変え得るイベントに遭遇しても、それに気が付かないままだと、自分が運を消費した、運によるターニングポイントに出会ったことすら気が付かない。だから、運そのものが無いと誤判断してしまう。知らぬ知らぬのうちに消費してしまうと、消費そのものに気が付かない次第。


俳句や短歌のようにキツい文字制限の中で色々と意味を込めるのが好きな人には、ツイッターってのはステキナイスなツールにしか見えないのだけど、同時にそれを濫用されたらまいっちんぐではあるっていうお話。

確かに暗にそういうことを含めているんだよ、という意図の下にツイートする場合も多々あるだろうけど、それでも書かれていない以上、相手がそれを確定することはできない。超能力者じゃないんだから。

けれどそう考えているに違いない、そう思っているに違いない、そういう意図の下での発言に違いないという考えで、相手の発言を勝手解釈して憤激したり反論してくるケースが多々ある。「お前は何を言ってるんだ」「言葉が通じるのに話が通じないという...」的な状態になる。あるいは電波ゆんゆん。どこか別の世界線からの来訪者かな、と首を傾げることですらある。

「妄想は自分の中で解決してほしい」。まさにその通りで、それを他人に訴えかけたり同意を求めるのは、空想作家になることをお薦めするよとアドバイスしたい話でしかない。


以前どたばたしたパソコンのサルベージが終わってすっきりしたと思ったら、押し入れの奥底に山積みになったパソコンが出てきて、ああ道理で記憶と計算が合わないよなと納得しながら肩を落としたり。

で、とりあえず見つけたパソコンを取り出して確認。本体は全部で5台、ブラウン管型モニタが1台。パソコンはDOS系のオリジナルブランドが2台、マッキントッシュのセントリス610、PC-9821AS、PC-286VF。キーボードはあるけど電源コードがどこかいっちゃってたり、OSフロッピーなども見つからないし、ホントにジャンク状態。

本体は手の付けようがないので、例のヤマダ電機系列の引き取りサービスに依頼するしかない。モニタは勝手に捨てると怒られるので、リサイクル業者に引き取ってもらうしかない。こちらは手配中。

他に、写真には撮っていないPC-9821ASとPC-286VFだけど、クリーニングした上で買い取ります云々としていたところに問い合わせたら、ダメだねとかいわれてかなりショックだったり。仕方ないので別のところに問合せて、それもダメならやはりヤマダ電機系の引き取りサービスに。再利用ってわけにもいかないし、なあ。

スマブラ対戦の間接的対人攻撃方法

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昔からこの類の話、プレイヤーの身体的な特性・スペックの差異を攻略情報として取得し、それを活用して自分を有利なポジションに置くってのはよく聞く話ではある。

例えが雑だけど、対閃光ゴーグルをかけた上で閃光弾を撃つようなもんだな、これ。あるいは下駄を履いた上でマキビシをまくとか。無論相手がその想定通りの性質の持ち主で無いと、効果は発揮されないけど。


実は今件、先日の出先でのやり取りの中でちらりと見聞きして調べたところ、それっぽい気配があったので何でだろうと思っていたもので、自分の勘違いでは無かったのだなと実感したもの。元々春先からゴールデンウィークにかけては引っ越しのピークになるから業者の手配が大変なものになるのだけど、今年は下手するとけた違いに大変になるよなあ、という感はある。

引っ越し業者は有象無象にあるけど、大手のクロネコ系が一時的に席を外した状態になるので、その分いつもより手配に難儀することに違いは無い。具体的な数量化ができればいいのだけど、定点観測的な数字が出ているところなんてないだろうな、この辺り。


最初に紹介されている本の中でも多分に語られているけど、これは詭弁を成すものの常とう手段であり、一般の人がダマされやすい手法でもある。もの凄い雑な例えだけど、同じ土俵の上に上がる時点で、ちゃんと相撲のルールにのっとって戦うつもりでいる自分が、拳銃やらパワードスーツやらを実装して相撲のルールなどお構いなしの人にかなうはずはないのである。勝敗の基準からして全然違うのだな。

高齢者の「お話したい」症候群

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この類の話は必ずといっていいほど批判が来るし、統計的な数字は取りようがないのだけど、店で何か買い物をする機会では高い頻度で遭遇するし、お役所や医療機関や鉄道、郵便局といった公的な窓口など、対面場面があるところではもう当たり前の感は否めない状況なので、同意をせざるを得ない。

話し相手がいないから仕方が無い、可愛そうだ、昔はそうだったから仕方が無いとの反論もあるだろう。けど、環境や仕組みが変わっているのに、昔のままの対応を求めるってのはどうなんだろう。以前から何度も言及している、環境の変化に伴う情報のアップデートが成されていないのと同じではないかな。

「人的リソースを食い潰す厄介客」という表現はキツイかもしれないけど、否定はできず、ピッタリくるところがある。困ったことに多分において、当事者は自分の責などないと認識している、それどころか当たり前だと考えている感はある。一度注意したら逆切れされた経験があるだけに、そう思ってしまう。状況を認識したうえで、それでも話を続けられるってのは数えきれないぐらい。

クリエイターの生活の心得

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表題では「原稿に集中できる必勝法」とあるけど、実質的には創作業を中心とした物事を考えることがベースになる生業における、作業に集中する云々どころか日々の生活の上での指針としたい概念。

睡眠をしっかりとらないと頭が回らないし体調が崩れる。ネット環境云々ってのは散歩に行く際にスマホなどにも手を触れなきゃいい。作業の小分けは以前「実践目標を小刻みに」でも触れたように、人はそんなに持続力を持っていないよね、という割り切り。なので散歩とか買い物とかいうような気晴らしも必要。

目標の設定とかご褒美を用意しておくとか、そして締切厳守とか......ってあれ。これって9つ羅列されているけど、まとめたり同じようなものを組み合わせてしまえば、5つぐらいに集約できるな。


先日の三角関数など要らぬ問題の補足的な話。語り手は自分の経験則ベースでの話のようだし、あるいは知らぬ知らぬのうちに使ってる場面があったかもしれないけど気が付かなかっただけという可能性もある。

加え、こういう話も想定される...というかその通りではある。必要無いものは別に学ばなくていいし、必要になったら学べばいい。それは一つの妥協案的なもので間違っていないように思えるのだけど、その取捨選択をするような対象か否かってのは、三角関数のような基本ベースの常識知識部分でやっていいものだろうか。理科とか統計とか要らないよね、外国人と話す機会も無いし英語も要らない、過去にタイムスリップするわけじゃないから歴史も必要ない。シンプルイズベスト。いいのか、それで。それを本人が望むのならば止めないけど、他人にまで布教するのは勘弁願いたい。

そして実際に、知識ってのはそれを使うプロセスにおいては、他の知識との融合や経験が大いに重要になる。入力した情報を過去の知識やそれ以降の新しい知識、経験と結び合わせ、自分の頭の中で体系化し、出力用の情報として整備していくことになる。だから、「必要な時に学べば」という姿勢を取ると、考えているベースの知識の何倍もの習得をしなきゃならないし、苦労も普通以上のものが必要になる。「必要になってから」学ぶってことは、時間が制限された状態での話だからね。


タイトルに固有企業名が挙がるのはどうかなということでリサイクルショップとしたけど、要はブックオフをはじめとした古本屋でのお話。ちょいと考えてみればすぐに分かるのだけど、個人が出品する青空市場じゃないんだから、そういう古本屋では基本的に需要があるものがラインアップされる。売れるはずも無いものを棚に並べても場所の無駄になるだけ。この考えの先鋭化した状況がコンビニなわけだけど。

ブックオフに限らずリサイクルショップでは、昔はどうかは分からないけど今では買取を受け付けていないものは結構あるし、買取品として引き受けても査定の上で需要が無いだろう、売れないだろうという商品価値がゼロ判定を受けたものは、買取価格ゼロとして返品か廃棄かという形になる。

見方を変えると買取されて値付けをされた商品は、その価格相応の価値があると認められていることになる。目利きによって大きく値は変動するけどね。つまり、ちょいと前に話題に上った「ブックオフに並ぶ」=「価値の無い本と判断される」ってのは間違いなわけ。

2ちゃんが集虫灯だったという説

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いまでは5ちゃんねるというのかな、ともあれそこが、ネット上の色々とヤバい人達の集約場所となっていて、他の部分に露出しないように隔離する役割を果たしていたのではという説。いわゆるネットの集虫灯ということ。

これ、ある意味では正しいのだけど、ある意味では違うかな、という気がする。今でも5ちゃんねるにはそういう人も多々見受けられる。いなくなったわけじゃない。ただ、5ちゃんねるが主要選択肢ではなく、たくさんの選択肢のうちの一つになったまでの話。情報発信のハードルの低下に伴い、上に合った部分が崩れて下に落ちてきたって感じ。

そういうヤバい人達の目的、意識の一つに「かまってもらえる」というのがあるのなら、確かにSNSは良い場所だ。2ちゃんねるよりも情報の拡散はされやすく、上手く行けば多くの人に「かまってもらえる」。これは当人にとっては持論を支持してもらえる、認めてくれるのに等しい。


工作、建設関連の概念を少しでも持っている人なら分かると思うけど、地面だけでなくその下の部分まで含めた土台をしっかりとしておかないと、上にどのような建造物を建てても不安定なものとなる。緩い地盤のところには固いところまで長い杭を刺していくってのが良い例だ。砂場の砂に何か造形を作ってもすぐに崩れてしまう。

言葉のあれこれに関しては、日本語の習得がこれに該当する。話ことばが使えればそれでいいじゃんって人もいるかもしれないけど、その話ことばですらちゃんと勉強していないと相手の語りを理解できないし、自分の思いを正しく相手に伝えられない。意思疎通をしているつもりでも、それっぽいことをしているような気分に自分がなっているだけという、音を発して自己満足レベルのものとなる。

ツイッターの場合は文字制限があるので、この論理的な言葉のまとめ、用法の正しい活用、確かな言葉の意味の解釈と利用が大変ハードルの高いものとなる。いや、話ことば同様に、適当にそれっぽい事を語ってればそれでいいやぁ、という人は別に構わないのだけど。ある意味編集もできない短文仕様のツイッターは、日本語の習得には打ってつけの教材でありツールに違いない。


新本は出版社から取次経由で購入する本で(中には出版社から直で通販にて購入するのもあるけど)、古本は一度他人の手に渡ったものを主に古本屋経由で調達する。中には一度本屋に新本として配本されたけど売れなくて返本され、あるいは刷ったけど配本すらされずに出版社在庫だったものが調整された上で古本屋にまとめて流れる新古本なんてのも最近では増えている。

で、そのうち恐らくは新古本を意味するのだろうな...を古本と近しいネーミングでは色々と誤解があるだろうからという思惑らしいけど、とにかく新しい名前で売りに出しているのが、今回のバーゲンブック。

定価販売原則の出版物の在庫本を、出版社の判断で自由価格しているとあるけど、そういうことができるようになったのか。まぁ、古本の概念が「誰かが一度購入したもの」って意味合いが強いので、一度本屋に配本されたものであっても一般人には購入はまだされていないのだから、古本ではないと主張するのも分かるような。


ぱっと見だけだったんで国内かどうかも分からなかったのだけど、例のいきなりステーキに対抗というか類似点として、突然ステーキとかいうのがあったという写真を見たので、似たような店なら色々と考えられるよなあ、と寝ぼけた頭でいくつか考えたステーキ店。まぁ、本質的には気軽にステーキとかファストフードなステーキってことだから、立ち食いステーキとかいうのでもいいのだろうな。大衆ステーキとかいう名前は松本某先生の漫画に出てきそう。

仕事の断捨離と新しい袋

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「断捨離」って「だんしゃり」と読むんだねえという話はさておき。一生懸命仕事をしても実入りはさほど変わらない勤め人はもちろんだけど(評価とか残業手当とかはともかく)、仕事をすればするほどリターンも増えてくる、仕事をしないとご飯も食べられないというスタイルの自由業・自営業の人ですらも、この考えは必要だろうなあということで、覚書。特に「仕事を頼んでも断らない人のところに仕事はどんどん押し付けられる」ってのは真理ではあるし、経験則も多分にあるので、絶対無比ではないけど

オーバーワークで頭を抱えている人は、まずそのような状況になってしまう体制、姿勢を改めることが大切だというもの。あふれ出るお風呂の水をどうにかするのには、こぼれた水をすくうのは後回しで、まずは水道の蛇口を止めるべきだというのと同じわけだ。

あれだ、安請け合いで低単価の仕事を受注すると、ずっとその低単価の仕事が振り分けられてしまうって構図と変わらない。都合の良い相手だとの認識をされてしまう。

だからまずは作業の量を適正化する。優先順位をつけて低いものはばっさりと切る。できないものは出来ないと意思表示をする。リソースが不足しそうなものもお断りと頭を下げる。そういうものですら受けないと首が回らないのなら、収益構造にどこか欠陥がある証拠(自由業とか自営業の場合)。

「雑誌隊」なるもの

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雑誌を応援する組織とかいうのではなく、雑誌をまとめてファイルするための文房具が「雑誌隊」。なぜ「隊」という漢字を使うのかは不明だけど、ともかくそういう名前のもの。PLUSから発売されていたもので、雑誌の上下を織り込み部分からフックで引っ掛けてまとめてしまうという、やや強引な方法でのまとめツール。

フックは出したり付け替えたりできるもので、構造は結構シンプルではある。価格は...いくらぐらいだったかな。何しろ発売元のPLUSはもちろん、他のサイトでもほとんど記録が残っていない。メルカリか何かで出品されていたのがちらほら確認できる程度。話によるとこの類の文房具は頻繁にリニューアルされて昔のものはあっという間に絶版となってしまうので、記録に残りにくいのだそうな。

便利といえば便利なのだろうけど、今では似たような機能が期待できる文房具は山ほどあるし、そもそも雑誌をこうやって残しておく需要がどれほどあるかと考えると、保存しておく意味はあるのかな、と考えたりする。まあ、いくつか捨てずにクリーニングした上でしまっておこう。


先日本家サイトで掲載した、1月11日に発表された景気ウォッチャー調査2018年12月分のコメントから。今回の調査は2018年末の株価急落時に行われたものだから、現状も先行きもメンタル的にずたずた感は否めなくて、どうしたもんだかという内容ではあったのだけど、それとは別に具体的コメント集のところで人手不足にかかわるお話でちらほらと興味深いものが。

まぁ、これが世の中すべてというわけでは無いけど、こうう視点というか状況があるのだなという話は、知っておいて損は無い。賃金がすべてでは無いけど、需給関係が変化して求職側有利になっているのだから、労働環境を引き上げないと人手は集まらないってのは、需要と供給の関係を知っていれば容易に理解はできるはずなのだけど、それすら行わずにドヤっているってのはどういうことなんだろう。まさか飲み会を増やすとか運動会を活発なものとするとかいう、前世紀のシキタリを前提とした改善とか考えてたりとか。

他方、人手不足対応としての環境整備の一環で、正規社員としての雇用が増えているにもかかわらず、派遣関連も増加しているという不思議な現象があり、どうしてなんだろうと首を傾げていたのだけど、その原因が今回のコメントから判明。なるほど、正規で雇おうとしても人手が集まるほどの環境整備ができないので、その埋め合わせを派遣でしているってことなのか。ある意味、派遣の使い方の方法論の一つとしては間違ってない。本来は専門的な技術を持つ人を一時的にカバーするための存在ではあるのだけどね。

赤城乳業株式会社(本社:埼玉県深谷市、社長:井上創太)は、「ガリガリ君ヨーグリーノ」を2019年1月15日(火)から全国発売いたします。この商品は、ヨーグルト風味のアイスキャンディーに、ガリガリとしたヨーグルト風味のかき氷を入れたアイスキャンディーです。懐かしさのある駄菓子のヨーグルト風味を演出するため、お菓子に使用されるヨーグルトパウダーを原材料に使用し、子供から大人まで、幅広い世代に愛される商品を目標に開発いたしました。

ヨーグルト味って随分とオーソドックスなものを対象にしたなと思ってパッケージを見てみたら、単なるヨーグルトではなく、駄菓子屋さんでお馴染みの、例のミニカップで提供されるおチープなクリーム的ヨーグルトをテーマにしたわけか。また何とも際どい所を攻めたものだ。一体どうやってあの味を出すのか、気になるところ...とは思ったけど、よく考えたら元々ヨーグルトのチープ感のあるものが駄菓子屋さんのアレなのだから、逆にハードルは低くなるのか。

マックフライポテトの巨大版登場

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日本マクドナルド株式会社(本社:東京都新宿区、代表取締役社長兼CEO:サラ・エル・カサノバ)は、マクドナルドの人気メニュー「マックフライポテト」や「コカ・コーラ」がLサイズを超えるグランドサイズになった「グランドフライ」「グランドコーク」を1月16日(水)から期間限定で全国のマクドナルド店舗で販売いたします。

要は通常のコーラやマックフライポテトと素材はまったく同じで、セットあたりの量がコーラなら2倍、マックフライポテトなら1.7倍に増えているだけというお話。まぁ、ぶっちやけ、2つ買えばいいまでの話ではあるのだけど、それと比べればお得だし面倒が無いよね、という。昔流行ったお弁当のメガギガみたいなものだ。

輝ける場所は人によって異なる

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ヒロシといえば、突然の大ブレイクを果たしながらも消えてしまった、いわゆる一発屋の典型。それがなぜビジネス書を出すに至ったかといえば、彼は現在、YouTuberとして再ブレイクを果たしているからなのだ。ヒロシいわく、YouTuber業は「やらない手はない」そう。


そういや最近「ヒロシです」の中の人の姿を見かけないなと思ったら、ユーチューバーとして活躍していたのかと驚いたのと共に、その状況を納得できる形で解説していた方がおられたので、合わせて覚書。要は自分の特性にあった居場所を見つけることが出来れば、その場で輝くことが出来る。ただ、その居場所ってのはすぐには見つからない場合もあるし、当初は存在すらしておらず、人生の途中で登場するようなことだってあるっていうこと。

まぁ、ユーチューブの場合は動画配信コミュニティという、個人ベースでの意思表示を動画というメディアで行えるまでの話でしかないのだけどね(それがムッチャ大変なんだけど)。自分が苦手なことをわざわざしなくても、自分の特技を、長所を発揮できるのなら、その手立ては使わないはずはない。


新聞は報道機関としてだけでなく言論機関でもあるから、何を語っても問題ないじゃんとうのが、メディア界隈の記者の人達の主張であるようで、とりわけソーシャルメディアでは構成員の記者が自前の認証バッヂ付きアカウントはもちろん、媒体の公式アカウント内ですら、自前の論調主張をニュース報道と同レベルの感覚で流している。

語る本人からすれば、それは事実と同じなのだから報道情報と同じように流しても問題ないじゃんというスタンスなのだろう。あるいは事実だと確信しているからこそ、虚偽で埋め尽くされている世の中に押し広めていかねばならぬという宣教師的なポジションを自負しているのかもしれない。

けれど受け手が求めているのは、媒体や構成員の思いや主張、論調ではなく、事実報道。百歩譲ってそういう考え方があるというのを見聞きするにしても、事実とはちゃんと区別して述べてほしいものではある。手作りのパン屋さんに「これは自分が好きだから」とナショナルブランドのパンを手作りであるかのようにおいてみたり、愛する自分の子供が創った可愛らしいものだからと除菌などもしていないパンを他の商品に混ぜておいてしまうようなもの。

今の時期は通院にも要注意

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これは当方の通院日記でもしばしば取り上げている話。病院ってのは基本的に病症を抱えている人が足を運ぶ場所で、当然ほとんどの人は何らかの病気にかかっている。そして寒い時期になると風邪やらインフルエンザやらで病院に足を運ぶ人が山ほど出てきて、待合室にずらりと勢ぞろいすることになる。

そして昨今では高齢者が待合所的に病院を使う機会が増えているということもあり、院内は感染患者大入り御礼状態となってしまう。何を馬鹿なことを、大げさすぎると思う人もいるかもしれないけど、実際にこの時期に通院した経験がある人なら、すぐに「ああ、この状態を指していたのか」というのが実感できるはず。

マスクをするのは他人に菌などをばらまかないようにとの配慮以外に、自分自身の防御のためにつけているのでマスク装着者が多分ってのは分かるけど、せき込んでいたり熱をだしている人でぎっしりな状態を見るに、これは近づいちゃダメな場所だとすら認識できてしまう。病気なのだから仕方が無いのだけど、もう少しスマートな方法は無いものだろうかと無い頭をひねってみたりする。


すべての本が容易に代替できる手立てが用意されているのなら、わざわざ手元に残しておく必要は無い。無かったらお店で買えばいいじゃないの、っていうシンプルライフとか断捨離とかの話では良くある話。日常生活品とか消耗品では結構この概念は役だったりする。ストックヤードをお店にしてしまえ、代金は保管料のようなものだという感じかな。

でもその考えが通用しないものもある。その良い例が指摘されている本の類。本屋で買い直せばいい、電子書籍で調達すればいい。それは確かにそうなんだけど、耐久消費財のように代替品が山ほどあったり、現物がどこででもすぐに手に入るっていうものではなかったりする。本来はそうあるべきなんだけど。

株式会社ローソン(本社:東京都品川区、代表取締役 社長:竹増 貞信、以下「ローソン」)は、経済産業省の支援のもと、株式会社セブン-イレブンジャパン(以下「セブン-イレブン」)、株式会社ファミリーマートと連携し、店舗配送車両の納品時に使用する駐車場を共同で借り、利用する取組みに合意しました。第1弾として、1月15日(火)よりローソン津田沼東店(千葉県船橋市)において、セブン-イレブンと2社での共同利用を開始します。


コンビニエンスストアは全国で約58,000店舗あり、各地で小商圏の小売業として買い物から行政サービスまで生活インフラの役割を果たしています。一方、都市部の繁華街などでは、店舗配送用のトラックが入れる駐車場が少なく、安定的に駐車場を確保することが喫緊の課題となっています。

ローソンでは、1日に1店舗あたり多い日で約7~8回、商品を納品しています。今回の取組みにより、駐車場コストの削減と安定的なスペース確保が可能となります。今後、他エリアでの展開も検討し、持続的な店舗配送物流の維持を図ってまいります。


コンビニは商品の入れ替えが頻繁に行われていることもあり、ちょっと注意を払ってみていると、頻繁にトラックが行き来していたりする。駐車場があるような場所ならまだしも、無いところでは道路の脇に止めざるを得ないのだけど、これがまた邪魔だったりする。大きなトラックが多いからね。まぁ、この辺はチェーンスーパーも同じなんだけど(中にはその店の駐車場があるにもかかわらず、道路に止めている場合もある)。

で、コンビニは基本として儲かる場所につくられるわけで、建物が密集している地域にコンビニも続々建てられる傾向がある。すると、とりあえずコンビニの場所は確保できたので、駐車場は後で考えよう的なものもあったりして......ということで、考えることは皆同じ、ならばコンビニ同士で駐車場を共同借り入れして使おうか、というもの。

今回はセブン、ローソン、ファミマの大手三社が提携し、その実証実験的なものとして津田沼のところが選ばれたとある。けど写真の限りではファミマが近所に無い。まぁ、今回はファミマについては我慢してね、ということなのか、後に近所にファミマができるのか。

今回発売する『LOOKチョコレートアイスバー バナナ』(アイス)は、ルックチョコレートのチョコレート原料をアイス部分に使用し、人気のバナナ味をイメージした商品です。外側のチョコレートアイスにはルックチョコレートのチョコレート原料を入れ(チョコレート原料中の約6割)、風味を再現しました。また、中のバナナアイスには果肉入りバナナソースを混ぜ込むことでルックチョコレートのバナナ味の味わいを再現。さらに、バナナ部分のコクを出すため、中のバナナアイス部の種類別はアイスクリームにしました。ルックチョコレートバナナ味のフルーティな味わいをアイスでも堪能できる1本です。

ルックチョコレートといえばさまざまな果物の味がする練り物系ソースが入った、ステキナイスなチョコレート。外見からはどの味わいなのか分からないので、口に含んで改めて、これはバナナだ、これはいちごだという、くじ引き的な楽しみもできる。三色菓子パンみたいなものだな。

で、今回登場するのは、そのルックチョコレートを模したバータイプのアイス。残念ながらルックチョコレートがそのままぶち込んであるわけじゃないけど(当然だ)、1個分をそのままバーアイスに仕立てたような構成となっている。まぁ、食べてみるまで味の中身が分からないってのは出来なかったようで、今回はバナナオンリーだけど、それでも旨そうなのには違いない。

Decorations(デコレーションズ)は、滑らかで濃厚なハーゲンダッツアイスクリームの上にトッピングを組み合わせた、フタを開けた瞬間から目を引く天面と、新しい食感によるおいしさ・楽しさを味わえるアイスクリームスイーツです。食べ頃を待ってからスプーンでトッピングとアイスクリーム全体を混ぜて、滑らかなアイスクリームとザクザクしたトッピングの食感を楽しむ"まぜ食べ"によって、新感覚の食べ方をお届けします。

いまや御馳走の代名詞にもなっているハーゲンダッツ。冷凍庫にその顔を見つけると、その日一日は幸せになってしまうという、マジックアイテムレベルの素晴らしさ。定期的に新しい味わいを提供するのも魅力の一つで、今回登場するのは「アーモンドキャラメルクッキー」と「抹茶チーズクッキー」という、字面だけでああこれ美味いやんってのが分かる組合わせ。

トッピングを合わせて食感を楽しもうという新シリーズのようだけど、ただでさえ濃厚なハーゲンダッツのアイスにトッピングの歯ごたえを加えるとか、天罰が下るんじゃないかという勢い。いいのか、これ。


正直なところ、当方も読書感想文の課題は好きではなかった。本を読むのは大好きだけど、その感想を具体的に文面として体現し、さらに読めるように構築するのがとても苦手だった。文字そのものが汚いし、文章の切り貼りができないので(消しゴムで消してやり直しはできるけど)、苦労をして自分のコンプレックスと戦いながらの作業は、苦役でしかなかった。今ではワープロソフトでカット&ペーストができるし、自分の文字の汚さと相対することが無いので、鉛筆で書かざるをえなかった時のうっ憤を晴らすがごとく、ばしばしとキーボードを叩いているけど。

で、今回の引用文を読んで、色々と思うところがあった。まずは指摘されている通り、読書感想文の類では指定された本を読まねばならないから、それが負担になっているという人もいるだろう、好きな作品にすればいいのではってのは、いい考えだな、と。一部ではすでにそういう方向のやり方をしているとの話もあるような記憶もあるのだけど。まぁ、要は教え手側の意図が「本を読んでその感想を文章として体現化させる能力を身に着けさせる」のか「指定された本を読ませたい」のか、どちらかが肝なんだろうな、と。

個人的には別に、ドラゴンボールだろうとナルトだろうと、感想文を書きたい本があるのなら、それはそれでいいのではないかなと思う。さすがに漫画は方向性が違ってくるので、書籍の必要はあるのだろうけど。


そういえばもうすぐ成人式で昔の同級生や知り合いと再び顔を合わせる機会があったりする。その際に注意したいことといえば、指摘されているような「何で突然君が僕に声をかけてくるのかな」というようなシチュエーション。たまたま同じ属性だった経験があるだけで、数十年も同衾していたかのような馴れ馴れしさを見せてくる。こちらは記憶にも無いってぐらいの「知人」なので、オレオレ詐欺と誤認してしまうぐらい。

その類の話は十中八九、マルチビジネスか怪しい合コンか、あるいは宗教勧誘。興味を持ったからとか、なんか親しげだからとか、いい思いができるかもとか、俺って案外慕われていたんだなと己惚れてみたりとか、どうせ暇だしとか、色々な理由を勝手想像して対応するのは、人生そのものを棒に振ってしまいかねない悪しき選択に違いなく。


報道界隈の決まり文句的なものの一つとして「ペンは強し」というものがある。色々と圧力をかけられたとしても、ペンで書き連ねる記事が訴えかける言葉の力にはかなわないよ、というもの。これはある意味で正しいのだけど、その力を濫用したり、力の魅力に取りつかれる人が増えてきたり、あるいは元々そういう人によるものが多分だったのか、言葉通りペンで人を好き放題に殴っている状態だったともいえる。読者は、書かれた対象は殴られるだけで、殴り返すこともできない。ただ耐え忍んで泣く、騙される、扇動される、ミスリードをされるだけ。

けれど今は読者もペンを持ち、記者側のペンを防いだり、反撃することが出来る時代。さらに情報の質が変わったので、過去から現在における「ペンは強し」の内情が明らかにされる。強権者の横暴に反撃する手立てとしての意味を持つペンが、実は自身も横暴な強権力でしか無かったという、あまり笑えない実情が次々と暴露され、しかもそれは現在進行形で継続しているから始末に負えない。

清涼飲料メーカーのコカ・コーラ ボトラーズジャパンは8日、「コカ・コーラ」など大容量サイズの清涼飲料の価格改定を4月1日出荷分から行うと発表した。同社の価格改定は1992年以来27年ぶり。対象は1.5リットルと2リットル入りペットボトルの大容量製品などで、「コカ・コーラ」のほか「アクエリアス」や「綾鷹」などの16アイテム。希望小売価格で一律20円、6~10%の値上げになる。

原材料費や人件費が上昇しているのなら商品価格も上げなきゃしゃーないよね、とか、ゆるやかなインフレこそが経済発達の基本原則である以上、値上げは仕方が無いよねというよりは今までがむしろ安すぎたんだよという話もあるけど。30年近く価格を維持してきたというのが驚きである一方、今や普通の店でもそれなりの値引き販売をしているので、そもそも定価っていくらだっけかという感は否めない。

値上げの理由はといえば説明の通り、コストの上昇に伴うもの。儲けを出さなくてもいいから価格を維持しろとか無茶いうと、じゃあ商品そのもの作らないわってことになるし、あるいは価格はそのままだけど容量減らすねというステルス値下げをする必要が出てくる(それをしたらしたで、騒ぐ界隈はいるのだけど)。


普段から物書きをしている人にとっては自分の文章が出版物の形として生成されるのは、一つのドリームカムズトゥルーだったりする。どれだけ紙媒体の相対的立ち位置が下がっても、やはり自分の書きものが本となるのは、一種のヘブン状態に違いない。それを類似的に体験できるのが昨今の小説サイト的なものではあるのだけど、それをもっとダイレクトに体感させてくれるサービスがあるという話。

ああ、確かにこれは、そういう感じを抱かせてくれるものではある。

口にくわえるだけでブラシが自動的に動き、歯を磨ける全自動タイプの歯ブラシを早稲田大などのチームが世界で初めて開発した。自力で歯磨きができない高齢者の自立や、介護の軽減に役立つという。米国で日本時間9日に開幕する家電見本市で発表する。

口の中にはめ込むだけで歯磨きをしてくれる、自動歯磨きマシーン。チャップリンのモダンタイムスに出てきそうな雰囲気ではあるけど、病人や介護対象者に歯を磨くことの労苦を考えると、非常に有益な話ではある。ただ、人によって歯の状態とか口の大きさってのは違ってくるし、歯磨きの最中の唾液とかどうするのかなという感はあるけど。

元々電動歯ブラシってのはあるけど、それをさらに一歩推し進めたようなものだと考えればいいのかしら。将来には看護ロボットがこのオプションを突き出して対象者の歯磨きをするとかいうイメージもわいてくるし、一方で使った後のクリーニングとかは結構大変かもしれないなという感もある。口の中に入れるものだから、デッキブラシとかとはわけが違う。

辞書機能付きのAR読書装置が欲しい

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パソコン上やスマホ上での作業に慣れていると、実社会でもついつい同じ作業をしてしまいたくなる。絵を描き損じたらアンドゥボタンを押してやり直しをしようとしたり、書き損じをしたら右クリックしてメニューを出そうとしたり。人の慣れというのは恐ろしいし、はたから見ているとあるあるモードになる。

ただそれをネタとして笑ってしまって終わりにしてもいいのだけど、そこから一歩踏み出すのもありかな、という気はする。例えば当方が指摘したように、ARで読書をサポートする端末を作るとか。文書を読んでいる最中に気になるところがあったら何らかのシグナルを送ると辞書機能が作動して意味を解説してくれるウィンドウが出て来るとかね。表示されている文字のデータ化はOCRなどの技術を用いれば容易だし。


当方もディスカウントストアや中古ショップ、100均に足を運んで、ナショナルブランドの安売りとか中古落ちを確認したり、リサイクルショップの通販サイトをチェックして色々と考えたり、さらには最近では自分自身も買取を頻繁にしてもらうようになったことで、こういう話はなるほど感を覚えたり、一部分だけをみているような、という感想を得たり、ともかく興味深い話ではある。

ディスカウントストアに特定の飲料・食品が山ほど並んでいるのを見るに、ああ、あれだけ宣伝したけど結局は供給過多に陥ったのだな、一般のショップでもあっという間に姿を消したから以下略とか。リサイクルショップに同系列の家電商品が山積みになっているのを見ると、数は出回っているんだろうけど、手放す人も多いんだろうなあ、とか。

もっとも暖かい効果が得られにくいのは、体の上に直接毛布をかけてしまうパターン。 暖かい状態をつくるには、「羽毛布団を直接体に触れさせる」ことが不可欠です。羽毛は体温を感知して膨らみ、保温性を高める性質があります。羽毛布団と体の間に毛布があると、この効果を遮断してしまうのです。そこで、体の上に羽毛布団、その上に毛布、という順番にしましょう。


さらに暖かさをパワーアップさせたいときは、毛布を体の下に敷くのがおすすめ。寝ている間に体から放出される熱を下から受け止めてくれるので、保温効果バッチリです。


冬場になると毛布を使う人も増えてくるのだろうけど、夏場のタオルケット同様に自分の真上に毛布を使い、その上に掛け布団をかける的な使い方をする人も多いはず。当方もそうやってた。

けど、この話だと一番効率的なあたたたたたかみを感じる方法は、自分の下に敷布団的に毛布をかけるというもの。知らなかったよ、そんなの...というか普通そういう発想にはならないじゃん。毛布をもう一枚調達して、掛布団の上にさらに毛布をかけるとパーフェクトだという。これは経験則的にそうじゃないかなってのはあった。寝る前に毛布じゃなくてひざ掛けを掛布団の上に重ねがけすると、何となく温かい気がするってのはあったから。

2018年3月にリニューアルオープンした杵築市立図書館。9月には来館者が5万人を突破するなど、市民らの"学びの場"としてにぎわっている。読書通帳の導入や医療・介護との連携企画など、利用者を引きつける同館のユニークな試みを取材した。

おそらくは紙媒体版の記事で後半部分に書かれているはずなのだけど、ウェブ版ではばっさりきられて何が何だか分からない状態の写真。これ、「読書の記録」なる購読記録手帳で、本を借りると貸出日やタイトル、著者名だけでなく、本の元々の価格が併せて記録され、銀行の通帳みたいな雰囲気になっている。無論、引き出すことは無いので、借りた分だけ本の定価が積み増しされ、月次の小計なども表示される。まさに本の貯金的なもの。冊数とは別の、何だか面白い、そして自分の購読が数字になって表れる面白い仕組み。

コインランドリーとお金の意味

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当方の行動領域内にもコインランドリーができて、何かのブームかなと調べてみたら、どうやらビジネスとしてコインランドリーを始めてみませんかとアプローチをする話が一部界隈で流行っているらしい。自販機やコインロッカーと同じでメンテはあまりしなくて済むし、勝手に稼いでくれるステキナイスなビジネスだからという触れ込み。

一方で世帯構成人数が減り、一人暮らしも増えたことで、洗濯機の需要が少なくなり、コインランドリーで済ませた方が色々と楽なのでは、という考えもあるとのこと。これは確かにその通りで、料理にしても中食が浸透した一因は社会構造の変化にあったりする。

で、靴のコインランドリーってのは初めて聞いたのだけど、これは確かに便利そう。実際に靴を自前で手洗いするとなると、専用のブラシは必要になるのだし、かなり手間がかかるし、しかもきれいに成り難い。その上、乾くのに時間がかかる。


紙資料に残っている情報ですら、その発信源がいい加減だったり思惑が多分に混じっていたりすると頭を抱える精度だったりするのだけど(歴史関連ではこの類の話は山ほどある)、その記録ですらろくに残っていないと、調べることが非常に難しくなる。で、結局は当時を経験した人たちによる口頭伝承に頼るしかない。当時語りをウザったく思うのは理解できるけど、それが大切な情報だったりすることもある。まぁ、物語とか語り部のお話とか民謡ってのもこんな感じで出来ていったのだろうな、と。

もっとも勘違いとか記憶の改ざんは多々あるので、注意が必要だけど。


子供の視力の実情や、眼鏡やコンタクトレンズのような視力矯正機器を使っている人の割合は文科省の調査で分かるのだけど、それではコンタクトレンズに限るとどれぐらいの人が使っているのかなあということで、日本眼科医会の不定期定点観測調査を。以前は2012年時点のものだったけど、調べ直してみたら2015年分のが挙がってた。

状況としては2012年よりちょっと増えたかな、という感はある。ただこれって単にコンタクトレンズを使っている人の割合で、眼鏡と併用なのか否かは分からず。この該当者が全員眼鏡は使っていないってわけじゃないからね。高校生では1/4超がコンタクトレンズ使用中。女性の方が多いのは、眼鏡を忌避するところがあるからだろうか。

不当コピー品が本物を食いつぶす

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これはガレージキットやフィギュアに限った話では無く、造形物全般に言える...というか創作物そのものに言える事、とした方がいいのかな、例の漫画云々の件もあるし...のだけど。原本制作者の許可無くしコピーされたものは、不当な形で複製されているわけで、原本と全く同じということはありえない(デジタルコピーならともかく)。そして当然開発時のあれこれが反映されていないから、安く仕上がることになる。多分に手も抜かれているだろう。マージンを少しでも良くするためには、それぐらいは容易になされていそう。

買い手の立場からすれば、本物で無くても(本物でないと認識したうえで)、それっぽいのを得られるし安いからそれでいいや、という考えもあるかもしれない。けれどそういう考えでコピー品を買ってしまうと、原本側には対価が入らないので、それが経済的な圧迫となり、原本側が手を挙げてしまうかもしれない。自分さえよければいいという考えが、じわりと首を絞めていることになる。

そう、まさに例の漫画ビレッジ問題と変わらない。ブランド品のコピーに関しては官公庁がずっと前から警告をしているけど、本質的にはそれと同じ。ヤフオク云々とあるけど、メルカリだの、さらにはアマゾンのマーケットプレイスにですら、そういうのがある。


昨年末から毎日新聞と児ポ周りの話が騒がしくなってきたので、もしかしてアレの話を覚えていない人が増えてきたのかなという思いが沸き上がって来たし、同様の指摘をしている人も見受けられたので、覚え書きとして。毎日新聞の最近の行動はこんな感じ。言いわけとして記者個人の見解ですという流れにしてしまうかもしれないけど、社名付きの回答書を社から送ってきた以上、社全体の意見として受けとめねばならないということになる。

たとえ文中に「当職より」と但し書きがしてあったとしても、報道機関でもあり言論機関でもある新聞社が、その社名付きの公開できる回答書として、こういう言及を成したことは、大いに問題視すべき話に違いなく。記者の独断専行暴走だとするのなら、そういう行為を許容している新聞社の体制に問題があるとして、やはり大きな問題になる。組織統治がまるでなってない。


先週末は色々とした雑貨やら食玩やらを掘り起こして捨てたり買取してもらう準備をしたり残したりという選別を実施。大体終わって、目に留まったものを。2012年の年末、クリスマスケーキについてきた、ねんどろいどの初音ミク。ケーキはともかくこの初音ミク目当てで買って、記事も書いた記憶がある。ケーキについていた飾りと共に発掘されたものだけど、買取価格を調べたら数百円。

まあ、売り払ってもいい気がするけど、保存状態が良いので折角だからと取り置きに回すことにした。「何かに使うかも」という考えは、お掃除の上では厳禁なんだけどね(汗)。


先日ポストに投函されていた、あまり見慣れないチラシ。大企業や官公庁で使われていたパソコンを再構築した上でお安くお譲りしますよ、というもの。変な企業とか個人ベースでの提供だと胡散臭いよね、で終わってしまうけど、一応それなりのところがやっているとのこと。

例示されている端末のスペックを見ると、専門的な利用には多分に足りないけど、ないよりは有った方がいいよねとか、緊急時の退避用の端末が用意してあるといいかもなあという環境では、悪くない選択肢かも。10万以下なので一括償却というか消耗品扱いできるし。

 「きかんしゃトーマス」は、世界中で親しまれている大人気キャラクターです。今回のハッピーセット「きかんしゃトーマス」には、トーマスやパーシー、ハロルドら馴染みのあるキャラクターたちのおもちゃ全6種が登場します。冬がテーマになったトーマスでは、後部に乗っている雪だるまがクルクルと揺れて動いたり、夏がテーマのハロルドにはプロペラが回るギミックが付いています。春がテーマのヒロは、車両後部が笛になっており、息を吹くと音が鳴ります。今回登場するすべてのおもちゃは連結が可能ですので、複数個をつなげて、手転がしで季節を渡って遊んでいただけるおもちゃです。

出先のマクドナルドの店頭に飾られているハッピーセットのおもちゃを見るにつけ、そろそろ新しいものが登場する頃だよなあと思っていた矢先の新作発表。今週末から登場だから、結構ドタバタ感。今回は「きかんしゃトーマス」「リトルツインスターズ」という、無難な品揃えで安心感がある。


漫画家にかかわらず雑誌掲載ののちに単行本化されるタイプの文筆界隈は、大体同じ構造を持っている。一応建前としては雑誌掲載時の原稿料が対価ではあるのだけど、その対価はおチープなものであって、そのおチープさを単行本化した時の印税でサポートしているという暗黙の了解的なものがある。原稿料が基本給で、印税がその他色々な手当てとか残業代とか。ごくまれにキャラクタグッズ化とかアニメ化した時にはボーナス的なもの。基本は原稿料と印税で生活するようなそろばん勘定になっている。原稿料だけではホント、原稿の原材料費レベルでしかない。

で、それは昔のように単行本化は当たり前、出たらそこそこ冊数が出るよねという環境下でのお話だったのだけど、今のように環境が大きく変わると、これまでの様式では色々とひずみが生じてくる。周辺環境が変われば仕組みも変えなきゃいけない、恐竜の絶滅説とか、OSのアップデートと同じ話。

ところが漫画とか雑誌掲載の執筆周りでは、この環境変化に伴う仕組みの再構築が追い付かない状態だったりする。既存の仕組みを使っているところが頑ななのも一因だけど。電子書籍は確かに新しい仕組みで、少なからぬ人の支えになっているけど、デジタル系の常のように二極化しやすいから(アマゾンのように底辺のものまで拾っていく仕組み(ロングテール)が多分となるので、組織側は儲かるけど、個々の存在側は超売れるものと売れないものとに分かれてしまう)、芽がどんどん育たずにしおれてしまう。まぁ、芽そのものが増えるので、見た目にはあまり変わらないよね、という感はあるけど。

ターゲティング広告の難点

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ターゲティング広告というのはアクセスをしている人の行動履歴(例えばサイトの閲覧履歴とか該当する特定サイト内の巡回形跡)を基に、適切だと思われる広告の表示優先順位を上げて、いかにも需要にあったような広告表示をさせるという仕組み。カレーの検索ばかりをしていると、広告にはカレーショップやらカレーの通販のが出て来るとか、練馬区界隈のチェックをしていると、練馬区の不動産の話が次々出て来るとか、そういうもの。

その広告配信の仕組みってのは、広告代理店毎に違いがあって、当然ロジックの中身とかパラメータは別のもの。同じ日本語を話す人でも口調やらイントネーションやらボキャブラリは別物だよってのと同じ。また、ロジックが同じでも用意されている広告によって結果は結構変わってくる。

で、単純にパラメータのリンクで考えるタイプの広告だと、今件のようにおかしな話が出てきたりする。確かに成田のそばでのホテルをチェックしてはいるけど、予約したばかりなのに他のホテルの推挙をしてくるのはどういうことだ、お腹いっぱいの所にさらに料理を出してくるようなものだし、薦められたホテルの条件が予約したものよりよいものだと、かえって残念感が沸き上がってしまう。


増税云々はともかくとして。正月企画的なお話で、モノよりも体験とか、お金よりも心の豊かさとかいう流れが主流になっている「という社会の風潮だよとのお話」がちらほら目に留まる。なんだか偉そうな人がそれっぽく語っていたり、社会的権威がありそうな場所での論説だったりすると、世の中全体としてそういうものなのかなあ、という刷り込みをされてしまう。それが繰り返されると、いつの間にか自分自身もそういう考えであるというロジックになっている。洗脳やら教育やら印象操作的なもの。

何度も繰り返しているけれど、お金というのは物品やサービスの評価価値を、時系列や距離を取り払って、つまりは次元を無視してやり取りできる、人類が開発したステキナイスな道具、概念。心の豊かさとか体験とかってのも、実のところその大勢はお金で確保できる。

他方、心の豊かさとか体験ってのは、具体的な指標化は不可能なので、何とでも言いくるめることが可能となる。感情論と似たようなものだ。新興宗教がぼろ儲けできる(ケースがある)のは、そのロジックを巧みに使っているから。二束三文の壺を数百万円で売りつける、みたいな。


最近では100均などでもお茶漬けの素が気軽に手に入るようになって、しかも1食分ずつの小分けでは無く、まとめて入っていて使用分量を自由に調整できるタイプのもある。あれだよね、ケーキのクリームとかカレーの福神漬けとか牛丼の紅しょうがを好きなだけいれたくなるたちの人には、夢のようなお話だよなあ、それができるのは大人のだいご味だよなと思いながら、すげぇ小さな醍醐味だよねと自分でツッコミを入れてみたりもする。

でもいいものはいい。どんぶり飯でお茶漬けを食べるってのも容易にできる。素が足りないよなあと不満を漏らすことも無い。食べている最中に素のお替りをすることだってできる。


先日の「三角関数など要らぬ」事案における、テスト勉強で最初からテストに出る場所が分かってりゃ世話ないよねという話に加え、もう一つの説明。人は自分で何でもできるわけじゃないから、常に何かを他人にお願いしたり委任したり対価支払いで代理をしてもらうことになる。漫画家がアシスタントを雇うってのがいい例かな。ちょいと分かりにくいかもしれないけど、会社なんてのはみんなそうだ。

で、そういうことをする立場になると特にだけど、自分は知っていても、いや、知っているからこそ、自分には普通以上のことどころか普通レベルの事もできやしない、効率的なものは不可能だってのが理解できるので、他人に投げた方がいいなという結論に至ることが出来る。無知の知、とは言い過ぎかもしれないけど、自分には出来ないってことが理解できると、割り切ることも容易になる。自分が持つ有限のリソースをより有効的に活用できるようになる。

よく考えよう、お金は大事だよ

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お金ってのは色々なものに置換できる、リソースの数量的概念。漫画ならナノマテリアルとかエーテルとかレアメタル的なもの。その概念を認識できていれば容易に理解はできるのだけど、理解できてもそれを実生活に活かすのは難しいし、そもそも理解できる人がどれだけいるのかと考えると......。

で、「好きなことで稼ぐのは難しいが得意なことで稼ぐのは簡単」ってのはこれまでにも何度か触れた「自分が当たり前にやってることが他人にはスゴイ価値があることって場合もある。それに値札をつけて提供すればステキな商売ができる」って話。ただ、自分が得意なことって案外分かりにくいものだし、それが他人にとってはレアな価値を持つか否かってのはさらに分かりにくい。認識できるのには多分に偶然だし、更にそれを価値化するのは大変。

他方、給与......に限らず売上とか対価の類は、往々して需給とか周辺環境も含めた運(引用元では要素の一つだけど、個人的にはそれらも含めて全部運と考えている)なので、羨ましがったりねたんだりくよくよするのは人間のさがとして仕方が無いけど、世の中にはどうしようもない事ってのも多分にあるからグレても何のメリットもないよ、的な。


某イベントで反社な危ない団体が云々という話から関連して。大学の新入生はその類のあぶないみずぎ、じゃなくて危ない団体のアプローチがありまくりなのでダイナミック注意だよという話。なぜ大学の新入生が狙われるかというと、おおよそ成人かそれに近い状態なので自己責任的なところが出て来るとか、保護者の下を離れている人が多いとか、新しい環境で浮かれているのとともに知らない環境に放り出された的な人が多いとか、まさにかもねぎ状態にある人ばかりだから。

大学へ入学したばかりの状況を取り扱った漫画でも、似たような話は結構ある。変なサークルに誘われてしまったりとか、怪しい人がアプローチをかけてきて友達になろうとか。おおよそはネタ的なふりでしかないのだけど、現実もそれと同じ、あるいはそれ以上。あらかじめ情報を取得していて認識しておけば、ああこれは進●ゼミで見たぞ的な対応ができるのだけど、うぶな状態だと素直に信じてしまう。

当方も新入生の時に色々とそういうサークルとか集まりとか勧誘人に誘われたけど、危ないもの......というかそういう気配のあるものは片っ端からごめんなさいモード。ヤバいという話は色々と情報を集めて知っていたし、自分の趣味のサークルに入ってからはそこの先輩陣から教えてもらうことが出来た。まぁ、写真や映像でしか見たことが無いものが、目の前で策動しているのを見ると、色々とアレな感じではあったのを覚えている。


現場に足を運ぶ、現地取材をしないと臨場感を得られないってのは一理ある。もちろん現場至上主義になって振り回されてはいけないし、現場での実体験の印象の強さで事実や数理的な論理を吹き飛ばしたら話にならない。

ただ、創作の場合は受け手に同じような感覚を抱かせる、リアリティを持たせるのが最大の目標である場合も多いので、その時には多少のウソやインチキをついてでも、現場での感覚の方を優先した方がいい場合もある。この辺は作品の風潮次第ではあるのだけどね。

自分の記録が欲しいという思い

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情報は誰にとっても同じものであるはずで、その汎用性があるからこそ価値が出てくるのだけど。同時に他の誰かではない、自分自身が成した記録が欲しい。自分の手元にある、自分の考えで集められた分析結果、傾向のあるものを残し、落とし前をつけたい。

何となく矛盾するような気はするけど、同時に理解できる気がする。昨年夏あたりからの当方のサルベージ作業も、軸としては似たような感じ。自分の資料を手元において埋もれさせたままではもったいない、何か参照できるデータとして、自分が手掛けた、自分の考えた区切り、仕切り分けで情報として残したい。


具体的に誰かはあえて挙げないでおくけど、炎上商法にしてもおチープ過ぎて本質のレベルが知れてしまうという人のお話。結局のところこの類のお話は「お前がそう思うのならそうなんだろう、お前の中では、な」で済んでしまう。仮に語り手本人の人生ではそうであったとしても、他人がすべてそうでは無い。

そりゃ確かに、一般教養・教育の対象として、馬車の使い方を覚えろとかエスペラント語を覚えろといわれたら、それは使っていないと反論しても問題は無いけどね。実際にほとんどの人が使う機会が無いのだから。生活の中で、隠れてそういうものが必要だという事例も無い。つまり今件で語った方は、単なる炎上商法か、そうで無ければ物事の仕組みについて推し量る能力があまりにも浅いということになる。

...ああ、EM菌とか水素水とか江戸しぐさとか、そういう類の、基本部分が分かっていれば鼻で笑われるようなものに、偉い人とか権威ある人が混じっていることがあるのって、単に金儲けをしたいから信じているふりをしているだけっていうケース以外に、「恵まれた環境」で育ってきたから本当に知らずに信じてしまったってのがあるのか。いわゆる、免疫が無かったので感染してしまうというパターン。


パワーポイント(パワポ)を使うことの是非はさておくとして。パワポの類でざっと見で把握しやすい資料やら登壇解説の際にスクリーンに映し出すあれこれを作る時の話。伝達能力が欠けていて第三者が見ると首を傾げてしまうというもの。同じシマの中でのやりとりならいいけど、そこから出て説明をする時には欠かせない補足資料というか情報が足りないので、首を傾げてしまうことになる。その橋渡しが無いと、目にしている人には「なんが難しい言葉が並んでいて分からない」で終わってしまう。

これって指摘されている通り、高度な技術方面の話になればなるほど、その分野における情報ばかりとなるので、それより下のレベルへの配慮が欠けてしまう。プロ野球選手同士の技術交換的な話の中で交わされるやりとりが、そのまま少年野球の子供たちに通じるはずも無く、的な。

けど、だからこそ、仲間内でのやりとりでは無く、第三者へのプレゼンってのは難しい。自分の専門分野以外のノウハウも必要になる。相手の常識のレベルを推し量り、そこまで落として自分の高みの分野の説明をしなきゃならないから。


普段よく見かけるツールは親近感を覚えるもの。そして別の場所でそれを目に留めると、違和感から大いに注目を集めるので、非常にポイントが高いものとなる。今件のような値札もそのパターン。同人誌の価格表示にこれが使ってあったら、そりゃ注目されるよね。再利用できるってのもいいな。


流行る...というか手法の一つとして確立されつつある気がするけど、特にコミック系の作家先生が自作の認知を広めるため、作品の頭部分を投稿漫画であるかのようにツイッターのタイムライン上に流していくという方法がある。特に同人作家の人とかウェブコミックに多いかな。

ツイッターの画面添付は1ツイートに付き4枚までなので色々と工夫が必要だけど、確かに最初は普通の投稿漫画かなと思ってみていたら、最後に「こんな感じの作品です、続きは買ってね」とか「どこそこで連載しています、続きはこちらで」的なパターンってのがある。

で、このような手法を行うのは、ひとえにその作品の認知度を高めるため。気付かせるルートの一つとしてツイッターを選んだまでの話。その観点ではゼロでは無いのは間違いない。


本屋さんのプロであっても、探しているものが目の前にあるにもかかわらず、気が付かないことはある。これ、本に限らずよくある話で、抽象的な「幸せは目の前にあるのに気が付かないものなのだよ」というよかった話的なネタにもなる...けど今件はそういう方向ではなく、困ったものだよねどうしようかというお話。


理由はいくつかあるのだろう。想定していた場所に無かったので映像としては認識できてもそれが探しているものとイコールであるとの確認ができない、雑多な情報として処理してしまう。ゴミの中にお金とかお宝アイテムがあっても、つい見逃してしまう、的な。まぁ、色々と経験していたり訓練を詰めば、この類の確率は下げることは不可能ではないのだけど。そこまでやる必要は無いし。

「よかった」の可視化貯金

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大元のネタは当方は観たことが無いのだけど、発想法としては以前からあるのかもなあ、というのが、この「よかった」貯金的なもの。些細なことでもよかったことがあったらメモをして、さらに頑張ったこともメモにして、それを紙風船にして容器にため込んでいく。

少しずつたまっていくと、具体的なものはぱっと見では分からないけど、確実に自分を褒めたい、よかったということが増えて行って、めげている気持ちも穏やかなものになる。自分にとってのポジティブ材料の可視化というやつだ。数字とか記憶とかでもいいけど、体現化した上での具体的な量が分かるってのは、やはり心に訴えかけるものがある。

さらに今件では紙風船の中に小銭を仕込んで置き、年間の精算の際に美味しいものをいただくというボーナスまでついている。おお、これぞまさによかった貯金。


ウォーターラインシリーズってのは艦船模型のうち、水面から上の部分だけを再現したタイプのこと。下の部分は見えないし省略しちゃってもいいじゃん、平らにしておけば置き易いし、見た目がまさに浮かんでいるように見えるし、という合理的な考えによるもの。まぁ、下の部分も欲しいよという人はいるので、好き嫌いは分かれるけど。

で、そのウォーターラインシリーズの収納方法。これはコロンブスの卵。陳列用ケースに入れておけばほこりは被らないし見た目もよいのだけど、コストはかかるし場所もとる。でもこの方法なら合理的に収納させることができる。高さの調整があるので、引出のサイズは色々と工夫する必要があるけどね。山城型とか大変だろうな。


以前から合わせて2000円以上で無いと購入できない合わせ買いとか、プライム会員で無いと買えないという制限はあったけど、この「最小注文個数」ってのは初めて見たので、覚え書きとして。

要は画面に有る通り、対象商品は1個の単位では購入を受け付けていない。最低でも何個以上の同時注文で無いと購入ができないというもの。以前購入した飲料品を履歴でたどって、再度購入しようとしたらこんな画面が出てきたので驚いた。前回は1つ単位で買えたのだけど。


以前当方も現実のアイドルを使うよりはVtuberの方がいい、リスク管理が楽で不祥事を起こさないから的な話をした。ただ、それは早くも訂正する必要がありそうだ。厳密には人が管理しない部分で不祥事を起こさないので、リクスが小さくなっただけの話って感じ。

具体例を挙げると色々と問題があるし相手も良い思いをしないのでぼかしておくけど、カップ麺のプロモ的な動画にVtuberを使ったらライバル商品を思いっきりディスったのが突っ込まれて歴史から抹殺されてしまったって話があった。まぁ、これは公開から即時に動きがあったわけでは無い事から、会社側もVtuberなら何でもアリではという誤解をしていたような雰囲気だけど。

一方で企業勤め的な、というか契約紛いの事をしていたVtuberがブラック企業での労働さながらなことをしていてもめているという話も出てきた。恐らくは氷山の一角なのだろうなあ、という気がする。

いずれにせよ、Vtuberといっても中には人がいて人が操っている。例えが雑だけど、着ぐるみみたいなもの。その人のありようでVtuberはどうにでもなるし、人の扱いが酷いと一般労働者と同様の問題が発生してしまう。ツイッターで成り切りとかイメージキャラとして登場しても、操作管理をする人がアレだと問題が発生するってのと同じ。


別に第三者から賛美の声を受けなくても、自分の願望が叶ったり、数字的な結果が出ればそれで満足ができるってのもあるのだけど、それでも人は社会的な生き物だから自分以外の人の視線を気にするし、評価を受けたいという願望がある。だから、評価をされない、褒められないとなると、自分が認められていないのでは、さらには自分には社会に存在する意味が無いのではという思いすら抱いてしまう。

具体的な数字に結びつくもので無くても、何らかの評価が欲しい、自分の存在を認めてほしいという願望は特に恥ずかしいものではないし、自営業者とかクリエイターにとっては燃料のようなものですらある。モチベーションの維持に消費をするので、定期的な補充が必要。だからこそ褒めて的なウェブサービスも盛況を博すようになる。

ただ、そのような願望が常に満たされるとは限らない。自分から他人に強要するものではないからだ。だったら自分から誰か他人をほめてみればいいというのが今回の話。単なる太鼓持ちでは無く、ちゃんと長所、褒める場所を見つけて評価することが大切。

これって実は、作品へのレビューのコツと同じ考え方だったりする。悪い事、ダメなところを見つけて叩くのも方法論の一つではあるし、炎上商法と同じで容易に懐が温まるものではあるけど、褒める部分を探して評価した方が、書いていて気持ちが良いし、対象の本質も見えてくる。悪い所をあえてよく書くってのは単なるフェイクでしかないからね。

可視化の手段の一つが科学

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科学だけがそれを成し得ることができるってわけでは無いけど、物事を可視化する方法の一つが科学であることに間違いない。見えないもの、感じられないものを自分の直感とか思惑とかで判断すると、そこには多分に偏見や勘違いや記憶違いや感情が入り混じり、公平なものではなくなるしいい加減なものとなり、当人自身にはいいかもしれないけど、他人には通用しなくなってしまう。

それを可視化して他人と共有できる価値観を構築するツールとなるのが科学に他ならない。他にもいくつ似たようなものは有るけどね。宗教とか。


ワクチンやステロイドを処方するのは、医者や製薬会社が儲けたいからだなどと悪の組織的な存在として考えている話がある。要は無くたって別に構わないしむしろリスクを増やすだけなのに、余計なものを処方して利ザヤを稼ぐネタを作ろうという陰謀論。単純に原価計算をすれば云々とかいう話もあるけど、指摘されている通りワクチン一本使うごとに医者側に報奨金が出るとかいう話では無い。

まぁ、ぶっちゃけると報奨金以上のものが手に入る。それが指摘されている、病理を発生させないようにするとか、抑えたりするという医療的な観点での状況改善を果たす、可能性を高めるという使命の達成。


昨年末に発表された「日本レコード大賞」で、CD大賞にしなかったよねとか、いやすでにCDですら廃れつつあるのだからダウンロード大賞とか再生大賞にしなきゃとか、でもそれをやってしまうとインチキカウントが横行するし売上が直接勘案できない数字を対象にしてしまうと販売側が良い顔をしないのではとか、色々と考えたり意見が出ていたりする。

そもそもあと10年ぐらいすれば、レコード大賞のレコードって何ぞや、と首を傾げる人も結構出てくるのだろう。カセットテープとかCDですらその領域に含まれるかも。固定電話はまだ業務で使っているから、受話器って何だろうとかいう領域にはいかないだろうけど、レコードとかCDとかはあり得るよね。

年末年始の救急医療事案

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年末年始はお医者さんも休業状態となる。一方で田舎に帰省しそこで発病したり体調を壊したりする可能性は多分にある。先日触れた、普段慣れない環境で色々とやらかしたり、やらかされてしまったりするという事例は、案外ありがちだったりする。

で、普段通いなれている病院と同じ感覚で出先の医療機関に足を運んでも、ただでさえリソース不足の状態に、一見さん的な人が来られても「わけわからん」となるのは当たり前の話。ちょっと考えてみれば当たり前の話なのに、これすら分からない人ってのが結構多いんだよね。公共サービスはすべてフルスロットルで用意されていて、それはどのような場所でも変わらない。お客様は殿様です、いうことを聞けぇぇ的な。

旅行をする時には最低限、保険証とお薬手帳と常備薬の実装。これを忘れずに。それがあるだけで随分と頼りになる保険となる。あとは先日も触れたけど、無茶ぶりやら昔の「常識」にとらわれた人には要注意(アレルゲンの問題とかね)。

価格相応の客層

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兵庫県猪名川町の自然体験施設「大野アルプスランド」(同町柏原)にあるキャンプ場で、利用者のごみの放置などが深刻化しているため、町などは1月1日からキャンプ場を当面閉鎖する。管理人が常駐せず、無償で予約も不要と、自由な利用環境が魅力だったが、今後は有料化も含めて検討する。再開のめどは立っていないという。

この類の話をすると必ず「差別をするな」とか「そう言い切れるわけではないだろう」という感情論的な反論やお叱りのお言葉が投げられてくる。一方で緊急時の物資配布の際の無料化の話とか、図書館での本の扱い方のように、裏付ける事例はいくらでも挙げられる。要は、必ずしもそうとは言い切れないが、大体そんな感じで間違っていないだろうというのが結論だと思う。


分からないことがあったら検索して調べよう、最近ではググれという形ですすめられることはしばしばあるけど、指摘されている通り検索しても分からない、あるいは誤誘導されてしまう可能性の方が高くなっている。いや、以前から検索した結果の上位陣が正しいものであるという保証はないし、ひどい内容のものがずらりと並んでいたって事例は多々あったけど、それと比べても最近では正しい話のような顔をしたスットコな内容のものが多いなという感はある。いわゆる悪質系まとめサイトとかトレンドブログとかがその代表例。

で、結局のところ検索エンジンは誰もが使える万能な機能が期待できるツールでは無く、相応の経験と技術を持った人でないと内容に振り回されるものの性質が強くなっている感がある。使いこなすためのノウハウをどうやって習得するか、結構大きな問題だとは思うけどね。ネットリテラシーの一つとして、何らかの対策を講じる必要があると思うのだな。検索エンジン側は現状を是正するつもりはまったくないようだし。

おせちもいいけどクッキーもね

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おせち料理ってのはそもそも正月ぐらい台所に火をともさなくてもいいように、日持ちのする料理をたくさん作っておいて、正月はそれを食べつないでいくという主旨のもの。それなりに味のよいものではあるし、贅沢さを覚えるけど、昔の慣習に基づいたものだから、飽きてしまうって人も少なくない。第一、火はともさなくてもいいっていうけど、電気は使っていいのかとか、台所はダメでお風呂はいいのかとかいう話になってくる(昨日当方はそれで真剣に悩んでしまった)。

で、そのおせち料理に飽きるようなら、こんなものもいいのではということで登場した...のだろうな、というのがこのクッキー。おせち料理をかたどったクッキーで、味もそれっぽいとのこと。これだよ、こういうのでいいんだよ。コンビニもこういうのを出してほしいよね。おせちケーキとかおせちドーナツとか。

数字と体験談と記事の編集と

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新聞やテレビなどの報道、組織による発表、怪しい商品の紹介などでは、一部の数字や印象的なフレーズ、個人の経験談がクローズアップされ、全体像がぼかされていることが多々ある。木を見て森を見ずというお話そのものではあったりする。

挙げられている具体例はまさにそんなお話の良い例だったりする。いや、こんなバカな話はないだろうと思う人もいるだろうけど、インチキな薬やらサプリ、悪徳商法的な話だけでなく、一般の報道でもこの類は平気で行われている。一次資料が明記されていなかったり、書かれてあってもぼかされていたり最後にちょろっと加えてタイトルでは特定の部分だけ大騒ぎして全体の本旨とはまったく別の意図として受け取らせようとしているとか。それってフェイクニュースと同じやん、という感じではある。


今年は亥年、つまりいのししの年ということで、お正月からいのししをモチーフとした商品が色々と出ていたりする。なかでも食品は消えものということで扱いやすいから、どこの会社も創意工夫をしまくってステキナイスなラインアップがツイッターのタイムラインを飾っていく。いいよねぇ、こういうの。

中でもセブンのいのししチョコケーキは素晴らしい。元旦は飾っておいて、三が日が過ぎたら...と思ったけど、賞味期限を考えると難しそうだな。インスタ映え的なことをしたあとに、美味しくいただくのが吉なのだろう。


当方は財布やカード入れ、カバンを買い替えるとしても、自宅に持ち帰ってから中身をひっくり返して入れ替え、古いものはとりあえず保管しておいて、折を見て不燃ごみでまとめて捨てるパターンを取っているので、よもや買ったその場で入れ替えて古いものを捨ててしまうという人がいるとは想定もできなかった。ましてや、その古い方を店舗内や近所のゴミ箱、トイレなどに捨ててしまうというのは...まぁ、世の中自分が想定しているよりははるかに広大なのだな。「ネットは広大だわ」どころの騒ぎじゃない。

で、そういうことをしちゃいけないよというのは、指摘された通りのお話。どれほどボロッちくなっていたとしても、他人からはそれが意図的に要らなくなって廃棄された、合法のものであるかどうかなど分かるはずがない。もしかしたら店舗からの盗品かもしれないし、あるいは他人の財布やバッグを盗取して中身だけゲットした、窃盗犯の犯罪の証拠かもしれない。


サルベージ大作戦の大掃除の際に高いところの引き出しも色々と捜索する必要があるということで調達した、折りたたみ式なひし形の踏み台。構造が結構シンプルなので、もしかしたら100均辺りでもすでに出ていたりするのかなという予感はあったけど、先日足を運んだ100均でそのままズバリなものが確認できたりする。「折りたたみ椅子」という名前。

サイズはちょいと小さめたけど構造はほぼそのまま。まぁ、元々踏み台自身が汎用性のあるもので特許とか商標があるわけじゃないから、こういうのもありなんだけど。色々ともやっとしたりする。

ちなみに200円のは50キロまでの重量制限。


当方も行動領域内にあるということから、ぎりぎり近隣にお住まいに当てはまるのだろうなということで、としまえんの告知の話。先日の某テレビ局のイベントで深夜に大騒ぎとなった件で、四方八方に貼られていた「中止だから来ないでね」の告知チラシは無くなり、代わりにこのようなものが貼られていた。恐らくはしばらく掲載され続けるのだろう...って2018年と書いてないから、今年に入ったらもう外されるのかな?

当方は距離的に当時のどたばたで目が覚める、気が付くってことはあるはずも無かったのだけど、周辺に住んでいる人にはえらい迷惑だったに違いない。事前に何らかの告知も無く、突然深夜に大勢が押し寄せて大騒ぎになったのだから。

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