高齢者の「お話したい」症候群

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この類の話は必ずといっていいほど批判が来るし、統計的な数字は取りようがないのだけど、店で何か買い物をする機会では高い頻度で遭遇するし、お役所や医療機関や鉄道、郵便局といった公的な窓口など、対面場面があるところではもう当たり前の感は否めない状況なので、同意をせざるを得ない。

話し相手がいないから仕方が無い、可愛そうだ、昔はそうだったから仕方が無いとの反論もあるだろう。けど、環境や仕組みが変わっているのに、昔のままの対応を求めるってのはどうなんだろう。以前から何度も言及している、環境の変化に伴う情報のアップデートが成されていないのと同じではないかな。

「人的リソースを食い潰す厄介客」という表現はキツイかもしれないけど、否定はできず、ピッタリくるところがある。困ったことに多分において、当事者は自分の責などないと認識している、それどころか当たり前だと考えている感はある。一度注意したら逆切れされた経験があるだけに、そう思ってしまう。状況を認識したうえで、それでも話を続けられるってのは数えきれないぐらい。


どの道多分に話の内容についての吟味云々よりも、言葉のキャッチボールを求めているわけだから、今流行りのAIでもいいような気がする。実際、子供がSiriなどとの対話を楽しんで学習しているという話もちらほら出てくるぐらいだから、冗談抜きで悪くないような気がするのだが、どうだろうか。

無論指摘されている通り、温かみ云々ってのは出てくるだろうけど、これはいくらでも対応はできるはず。まぁ、バーチャルユーチューバーの話も合わせ、結局はデータのやり取りでしかないのだから、その辺の割りきりと仕切り分け辺りは、色々と組み合わせたり融合することで、どうにでもなるような気がする。バーチャンユーチューバー的にVRでのお達者クラブとか、案外行けそうな気もするのだけどね。

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このページは、不破雷蔵が2019年1月14日 07:36に書いた記事です。

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