「対峙した時点で負け」と「賛否両論の罠」

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最初に紹介されている本の中でも多分に語られているけど、これは詭弁を成すものの常とう手段であり、一般の人がダマされやすい手法でもある。もの凄い雑な例えだけど、同じ土俵の上に上がる時点で、ちゃんと相撲のルールにのっとって戦うつもりでいる自分が、拳銃やらパワードスーツやらを実装して相撲のルールなどお構いなしの人にかなうはずはないのである。勝敗の基準からして全然違うのだな。


この類の手法は「目的がそもそも違う」「表現のあれこれを編集して活用するのは朝飯前」って感じで、昔から使われている手法に過ぎない。マニュアルのようなものがあるのかもしれないし、無くても本能的に分かってしまう類のもの。似たような事はマスメディア自身や専門家、活動家などが日常茶飯事的にやっているから、その共通性に気が付いて自分も悪用しちゃえと考えている人も多いのだろう。例の、週刊スピリッツでの「美味しんぼ」の鼻血事案の際に、権威ある有識者・知識人と、スットコな活動家の意見を同列に並べて賛否両論として掲載誌、後者の格式を底上げした事例が非常に良い例だったりする。

あの類の話を見るに、ヤバいやつらには近寄らないのが一番。姿かたちを見せたら、それは危険信号であると認識すると面倒がない。見方を変えると、そういう類の人物を会合とかシンポジウムに呼ぶのは、それだけで集まり自身の信ぴょう性を損なってしまうものに他ならないのだな。先日もどこぞの著作権関連でそういう事例があったけどね。

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このページは、不破雷蔵が2019年1月14日 07:56に書いた記事です。

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