嘘を嘘だと指摘しないと

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他人とのやり取りの中で、第三者がいる場合は特に、相手が嘘をついてきた時に(「嘘」と「間違い」は別物なので要注意)それを嘘だと指摘反論し、事実を提示して訂正させないと、嘘をついた側は「この嘘は許される、責を問われない」と学習してしまう。同じ事は何度でも繰り替えすようになるし、さらなる嘘を創作することになる。嘘をつかれた側はますます悪影響を受けて被害は拡大し、嘘をついた側も受けるペナルティは大きなものとなる。

嘘の間違っている部分を正すことは、自分はもちろん周囲にも、そして嘘をついた本人にも役立つ行為なのだ......けど。


指摘されている通り、嘘をしてはいけないこと、悪いことであるとの認識が無いと、あるいは嘘を嘘では無くてテクニックとか作法、さらには常識のように考えている人だと、罪悪感なんてものは無いから、呼吸するかのごとく嘘を重ねることになる。虚言癖ってのがあるけど、その人の思惑と近しいものがある。

嘘をつくことを正当化する、技法的なものとして悪しきものだと認識していないってこと。嘘とか詭弁を正当化、論法として考えるケースも同様。悪いことかもしれないけど、これも正当なものだという自覚の下でやられてしまうと、事実をつきつけても意味が無くなる。自分がエビデンスだ的な無敵状態なのだから。

あるいは嘘をつくことが習慣化しているってこともあるだろう。嘘をつくか自分の利を優先するかにおいて、後先の事を考えずにその場の自分の利を優先するタイプ。子供にもよくあるケースだけどね(宿題を忘れたとか道具を落として無くしてしまった時に、「知らない人に取られた」のように容易にバレる嘘をついて自分の非を正当化するような)。こういう場合、「言葉は通じるのに話が通じない」状態になってしまう。


子供なら仕方が無いってのもあるけど、大人同士でも、国家間でもこういうのがある。記録を積み重ねて「そういうことをするところだ」という情報を周知していくしかないのだろうなあ、という気はする。パワードスーツを着こなしたり機関銃を装備して相撲の勝負に挑もうとする人とは、とてもじゃないけど相手は出来ないよという感じだ。

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このページは、不破雷蔵が2019年1月18日 07:51に書いた記事です。

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