「社会を変える」の意気込みを持つ報道はいつの間にか「社会を自分の思う通りにしてやる」に

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報道の存在意義なりアイデンティティーの一つとして、正しいことを公知して社会に気付きを与え、正しい方向にかじ取りをさせ、健全化を促すというものがある。しかしながらそれを模索する人たちの「正しい」が絶対真理の類ではなく、思想なり政治的思惑が前提となってしまうと、それは単なるプロパガンダに過ぎなくなってしまう。

それってシンプルではあるけど致命的な問題であり、報道とかジャーナリズムが置かれている危機的な立場の根本要因ではあるのだけど、それに気が付いていない、あるいは自分の真を信じ込んでしまっているようなのが実情ではある。悪の組織のトップが、自分の信義は絶対に正義だと信じてやまずに悪行を繰り返していた、というような感じ。

指摘もされているけど、口コミ系の媒体を自称するバズフィードジャパンやハフポスはまさにそんな状態になっている。元々ハフポスは中身がまるきり朝日新聞だし、バズフィードも多分が朝日と毎日で構成されているので、結局はそれらの新聞社の思想というか宗教じみたものがそうであるのに過ぎないってところではあるのだけど。

「世の中に気付きを与える」というコンセプトは良いかもしれないけど、それがいつの間にか「俺様達の社会正義を正当化するために、ポリコレ棒でぶん殴って気付かせる」になって、それを正当化しているのが悲しい実情だったりする。

世の中に情報を提供してよい方向に進めるようなきっかけを与える、旗振りをするのは一つの理想的な報道のスタイルなのだろう。ただその方向性が独善的なもの、提供の仕方が詭弁的・扇動的なもの、宗教染みたものと化している。報道の肩書を悪用している。それは単なる反社会活動家によるプロパガンダと変わりなく。活動家らが発行する機関紙と立ち位置は変わらない。

正直なところ、悪質な誘導系まとめ系サイトとどれほどの違いがあるのか。朝日や毎日などの出身者・経歴者が手掛けてその体たらくというのはいかがなものなのか。むしろそれだからこそ、なのか。

そしてそれを一般報道と同じように取り扱われていることもまた問題だったりするのだよね。悪質なまとめ系サイトをポータルサイトが一般紙のように取り扱っているのは、誠に遺憾でしかない。

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このページは、不破雷蔵が2019年11月 7日 06:48に書いた記事です。

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