古本屋の実情と無くなる本と

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先日の【「今の時代二度と手に入らない本などそうありません」は本の実情を知らないから語れる言葉】に深くかかわるお話。そういえば当方の行動領域からも超大手チェーン店以外は古本屋的なものは無くなっちゃって、リサイクルショップも老後の趣味的にやっているところだけになっちゃったし、大手ですら指摘されている通り売れないと判断された本はどんどん廃棄処分にしている。買取の際の契約書で、値が付かなかったものは有料で送り返すか買取側で廃棄処分にするか選べるってあるぐらいだし、ね。

で、値が付かないってのは状態が非常に悪いものもあるけど、需要が見込めないものも多分に該当したりする。史料価値はあったとしても、だ。昨今ではその辺からさらに割り切って、リサイクルショップと銘打ってはいるけど、新中古的なものしか実質的に取り扱わず、それ以外は送られてきても全部値をつけずに処分しちゃうよというところすらあるほど。

本に関しては特に、一定数の部数が刷られていたとしても、どこかに打ち捨てられていたり、山積みの中に入っていたりして、世に出てこないってのもあるので、市場に循環していないってのは実質的に存在していないのと同じとなる。あるけど無いのと同じ。確認されていないものは無い、というかシュレーディンガーの猫みたいな、存在が確認されていない古代遺跡みたいなもので。

まぁ、手に入らない本は存在しないのと同じだからあきらめるしかないといわれればそれでではあるのだけど。なんかそれはそれで違うんじゃないかなあ、という気もする。せめて電子化で残しておいてほしいよなあとは考えるのだけど、採算性もあるので難しい。公共事業化してほしいな、出来るのなら。

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このページは、不破雷蔵が2018年12月24日 06:50に書いた記事です。

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