今いる場所が自分の居場所とは限らない

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某啓蒙ポスターに絡んで色々といじめやら居場所に関する話が出ているけど、それに合わせてのお話。管理する側は皆が一緒でまとまった場所にいる、大勢に囲まれていることが幸せを感じるという認識で全員同じって方が楽ではあるのだろうけど。実際には一人でいた方が気楽の人もいるし、そうでは無いのだけど現状が居心地の悪い環境だったっていう人もいる。そしてそういう思いを他人に表明できない、し難い人もいる。下手にそれを口にしてしまうと怒られたり、無理だからと否定されたりする経験を持っているとなおさら。あるいは無理だという事を自分で理解してしまうと、自分の心の中で袋小路に陥ってしまう。

確率論的にはそれほど多くは無いのだけどね。


会社勤めになってもプライベートな時間で色々とできるし、フリーな立場ならなおさらだけど、学生時代はその辺りの自由感が無いので、環境が合わなかった時の立ち位置探しがとても難しい。ましてや、その立ち位置の相性の良し悪しとか、自分にあった環境探しそのものを否定されたらたまったものじゃない。塾とか習い事とかかなあ...。

この辺りの話って「みにくいあひるの子」を思い出すんだよね。あの話であひるの子は自分の居場所が元の家族の所にはないということで逃避行をするんだけど、逃げ出せなかったらどうなっていただろうか。

また、居場所との相性について少し軸がずれていただけだったとしても、「逃げ出すことが出来る」という選択肢があるだけで、随分と気は楽になると思うのだよね。

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このページは、不破雷蔵が2018年12月23日 07:54に書いた記事です。

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