適当な肩書で炎上商法をするのがビジネスとしては効率よく正当な方法論なのか

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報道やらニュースやら論説やらのお話と、インターネット上の評価というものがとかく目立てばよい、プラスもマイナスも全部絶対値のみで評価されるので、騒いで火をつければそれでオッケー的な状態となっているのは否めない。そうで無ければ狂信者による所業で合って、狂信者にとって居心地のよい世界なのかなと、ため息をつきながら考えてしまう。

論述家が日本国籍を持つ人を「日本人じゃない」と糾弾したり、自分と政治的思惑が異なるものを「ネト●ヨ」という蔑称で繰り返し表現するのを見るに、あれこそが典型的なヘイト発言であり、そのような人々が普段糾弾している行為に関して、自身はフリーパスを持っているつもりなのだろうな、そしてそういう話が評価されていく。

今件のNHKの番組とVユーチューバーの話にしたってそう。冷静な目で読んでも、何を狂信的な話をしてるんだというものであっても、社会的にそれっぽい肩書を持っているだけで、評価を集め、利益を得てしまう。あちこち騒いで火をつけ、それで益を手に入れる。

それとも何かな。最近では新興テーマに対し、炎上目的で権威でぶん殴るのがトレンドなのかな。そこに論説としての、ニュースとしての存在意義はあるのかな。

「それが芸風だから」「元々ああいうたちなのだから」と斜め上に解釈したり勘弁してやれよという風潮もあるけれど。風潮・傾向と、やってよいことと良くないことは別物。手癖の悪い人が万引きをしても、「いつもやってるから」と無罪放免をするようなもの。

正直者が莫迦を見ない世の中にするのには、少なくとも自身が莫迦を見ないようにするのには、どうしたらいいのだろうか。このような事例に遭遇するたびに、思うようになった。

限られるリソースでリターンが大きい方が良いビジネスなのだから、炎上商法の方がビジネスとしては適切になってしまう。でもそれではいけない。そのはずなのだけど......。

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このページは、不破雷蔵が2018年10月 4日 06:15に書いた記事です。

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