善意と折り鶴と自己満足と

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西日本の豪雨に絡んだボランティアとか救援物資の話。多分に流通網の問題ということもあり、専門筋に任せるようにするのが一番効率的で最終的には多くの人が救われることになる。個々の思いはリソースとして、関連組織(無論インチキなアレ的なところでは無く)に現金の形で提供すればいい。というか、そういう使い方をするための社会の仕組みがお金なのだから。

ふるさと納税を使うってのも一つの手。納税とあるけど結局は控除が受けられる寄付金だからね。

で、善意を成したいという気持ちは分からないでも無いのだけど、それが現実離れをしていたり、相手の実情を無視していたりすると、結果としてはむしろ迷惑だったり邪魔だったり弊害となったりする。指摘されている通り、善意という名の免罪符を振り回す悪人と何ら変わり無くなる。「北斗の拳」に出てくる下っ端の悪役の人達と同じ。

自分が思った善意だから絶対正義で誰も否定はできない、だから肯定して受け入れろ。結局は相手のことなど考えずに、自己満足の充足のために行動しているに過ぎない。ここ数年色々な方面で露呈してきた、ポリコレとかリベラリズムの押しつけによる暴走、パワハラとどれほど違いがあるのか。

ボランティアとか救援物資よりも、もっと明確な形での押し付けというと、やはり折り鶴。例の報道界隈の問題点をダイレクトに表現した「私達記者は正義、がんばる」と同じで、 「私達が作った折り鶴は正義、受け取れ」という形であらわす事が出来る。まさにこれなんだよね。

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このページは、不破雷蔵が2018年7月11日 06:10に書いた記事です。

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