テレビやラジオの無い生活と、テレビやラジオを見聞きした時の違和感と

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当方も実は随分と前からテレビもラジオも見聞きしていない。テレビはそもそも捨ててしまって家に無いし(一緒にビデオデッキも捨ててしまったので、現在大後悔中)、ラジオも防災用に自家発電でも聞けるタイプのがあるだけで、地震が起きた時にのみ電源をオンにするぐらい。「リアルタイムに情報を(電波メディアで)知る」っていうライフスタイルが当たり前のようで空気を吸っている位の感覚ではあったけど、無くなって見ると案外問題なく生きられる......というか、むしろ何であんな時間の無駄なことをしていたんだろうという気にもなる。無論、代替できる情報取得元があるからこそ、なんだけどね。

それでも指摘されている通り、それでもテレビやラジオを見聞きする機会はある。食堂で食事をとる時とか、旅行先の旅館でとか、電気店の展示品でとか。通院先の病院でも以前はテレビ放送を流していたのだけど、最近は出さなくなってしまったな。

そういう時に目に留める、耳にする放送は、指摘されているような感想を当方も抱いてしまう。CM量の多い少ないは統計を取る必要があるからあくまでも印象的なものなんだろうけど、つまりは出来るだけノイズ的な情報を避けて本筋の情報を能動的に取ることができるという取得方法に慣れてしまったからこそ、絶対に避けられないCMが余計にウザったく思えてしまうのだろう。

ある意味、電波メディアは洗脳メディアでもある。一方向的な情報発信メディアだから。これは以前から何度と無く繰り返し伝えているお話。もっともスイッチを切ることで、そこから逃れるのは出来るのだけどね。

で、せっかくなので。世帯内にある最後の1台のテレビを売るなり廃棄する際は、その証明書を取得した上でNHKの解約をすること。テレビが無ければNHKとの契約云々ってのも関係ないからね。支払う必要などない。ただ、証明書が無いと解除をしようとしても「テレビ廃棄の証拠を見せなければ解約には応じられない。内規ですから」と畳みかけてくる。昔は電話一本で解除できるという経験談もあったようだけど、今はどうも違うらしい。契約内容を片方の内規で勝手に変更解釈できるのかどうかってのは、法的に怪しいところはあるのだけど......まぁ、やっておくに越したことはない、と。

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このページは、不破雷蔵が2018年4月30日 07:23に書いた記事です。

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