国の支援プロジェクトが黒字になる必要性があるのか

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昨日出回り先でふと思ったこと。指摘されている通り、例えば年金の運営などは利益を積み上げていくことが前提になっているように、利益が必要なものもあるのには違いないけど、文化プロジェクトへの支援事業のような、元々金銭面でのリターンが望めないもの、成りえないもの、土台作りのために赤字となるのは仕方が無いようなものも多々あるのは事実。

で、国なり地方公共団体なりの事業には、その類の「そろばん勘定としては赤が出るけど、全体として必要不可欠、今後のためには手をつけておかねばならない」ようなものも多分になされることがある、というかそういうことをするために政府なり自治体は存在するのであって、その経費のために税金が支払われている。

非常に雑な話になるけど、この類のプロジェクトってのは、黒が出るのなら国がやる必要は無い(社会を支えるために赤黒関係無く公的機関が主導しなきゃいけないってのもあるけどね)。赤が出るけど必要なものを公的機関が手掛けるってのが構図ではある。

そう考えると、定期的に糾弾ネタとして挙がってくる「これだけ費用をかけたのに回収できなかった」「全損だった」「赤字だらけだった」という話は、お金の損得だけでその事業の善し悪しを決めつけていたり、実行判断を非難していないのか、ということになる。

判断すべきは公的機関が投資すべき対象なのか否か。公金を投入して手掛ける対象として優先順位は上なのか。その観点からの考察が必要であって、単に黒字が出た、赤字だったで判断したのでは、本末転倒というか論旨そのものがおかしい気がする。最初から黒が出るんだったら、そして私的企業による運営での問題が無いのなら、最初から公的機関がやる必要は無いからね。

下手に黒を出すと「民業圧迫」、赤が出ると「無駄遣い」ってのは、単なるお騒ぎ組でしかないような。

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このページは、不破雷蔵が2018年4月16日 07:02に書いた記事です。

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