待ち合わせ場所の必然性が薄れている時代

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先日も「昔と比べると今は情報の取得対象が多すぎて嗜好が分散しているから、同一世代の共通認識、情報が薄れている気がする」という話をしたけど、それに近い内容かなあというのがこの指摘。

具体的なスタイルの利用頻度などは統計を取って見ない事には分からないのだけど、GPSで場所を指定する事で、皆が知っている場所に集まるという必要性が無くなっているのってはあるのだろう。いつものお店の前とか、駅前の彫像の横とか、神社の境内とか、誰もが認識している共通の情報があれば、そこに集まることは容易。いわゆる「待ち合わせ場所」というもので、渋谷のハチ公とかモアイ像とかがよく物語で使われているよね。

でもこれって悲しい話とかってわけでは無く、単に人が使える道具の仕様が変わったからというまでの話でしかない。携帯電話ですら使えなかった、一般的なもので無かった時代は、待ち合わせでの時間の厳守度合いはより厳しくて、遅れることがあっても連絡のしようが無かったから、リスクを勘案して早めに行く必要があった。携帯があれば待ち合わせ場所にいる人に向けて「ちょいと遅れるから先に行ってて、5分待ってて」と連絡ができるようになったからね。

まぁ、こういう「世の中の変化」があると、創作をしている人は色々と大変だろうけど。特に謎解きの物語を書いている人は、携帯電話の普及で頭を抱えたに違いないし(トリックの多くが使えなくなる)。

ともあれ、待ち合わせ場所の概念が便利であることに違いは無いけれど、今後はますます必要性が薄れていくのだろうな。

            

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このページは、不破雷蔵が2018年4月11日 07:23に書いた記事です。

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