金銭的に自分の手が届かない場所にあるものと、不法行為の正当化と

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先日もちょいと触れた不法アップロードサイトの話とか、ゲームソフトを不法にコピーする(&第三者への配布を可能としそれを実行してしまう)ツール「マジコン」に関わるお話で。この類の話をすると、必ず出てくるのが「買えないからコピーする、不法にダウンロードする。それのどこが悪いのか」というもの。以前言及した記憶もあるけど、マジコンに関しては当方もその類のバッシングを内容的にストライクな感じで多数の人から受けた経験があるので、思い返すたびに心の痛みがぶり返すほどよく覚えている。

で、引用の指摘にうなづきまくりなのだけど、なんでゲームや漫画なら盗んでよい、買えないからという大義名分が正当化されると思っているのだろうか。......とここまで書いて、ふと、「盗んでいるという意識すらないのでは」という可能性に気がついた。単にコピーしているだけ、ダウンロードしているだけで、本屋から雑誌を直接盗んだり、ゲームショップからパッケージソフトを万引きするようなものとは思っていないのだろう。あるいは罪の意識が薄く、自分の欲求の方が上回ってしまっている。

マジコン騒動の時の正当化した人たちの主張は「子供が可哀想(他の子供が持っているのに自分の子供は持っていない)」「私が不当に高過ぎると判断したのでコピーする権利がある」というものだった。でもそれが正当化されるのなら、物理的物品も同様の理由で盗取できるよね、それはどうなの? ということになる。コピーする権利云々っていうのは、例えばコンビニで売っている雑誌をそのまま店内のコピー機でコピーするようなもの。

自分の欲求のためならば、他人の迷惑や損は打ち捨てて構わないとする考え方。自我の欲求は人として生きていくためには不可欠なものだけど、社会生活を営む以上、他人との共同意識や決まりの遵守は欠かせない。それができないのであれば、不法サービスの利用や不法コピーの類に留まらず、遵法意識そのものが薄れることとなり、人としてダメな存在になる気がするのだけどね。

            

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このページは、不破雷蔵が2018年2月21日 08:01に書いた記事です。

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