環境が変わったら生き方も変えないと

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これは先行記事【「いいね」と思ったら速攻で購入プロセスに。そうでなければ流れていく】に連なるお話。テレビや新聞が情報発信の手段を掌握してニュースを配信する語り部的な存在として君臨していた時代と違い、今では多様な情報が多数の人から発信され、さらに情報そのものがクロスして行きかう形となった。一方通行だったのがスクランブル交差点になった感じ。

そのような感じで紙の本の周辺環境も変わりつつある。ネットで情報がやり取りされ、口コミが広がり、商品が注文される。さらには本そのものが情報としてネットで売買される時代。これまでのような一方通行で限定された発信による切り口では、とても対応できない。例えるなら現代社会で人力車を使ってタクシー的業務を行おうとするもの(環境を限定して特化性を持たせればビジネスとしては成立するけど)。

そもそも紙の本ってのは、紙そのものを売るのではなく、紙に載っている情報を売る、そのための道具でしかない。何を売りたいのか、本の中身なのか、それとも紙の本なのか、それを見極める必要がある。周辺環境が大きく変わって、それでもこれまでの方法を意固地に続けて上手くいかないと、文化がとか自分達の体制がと逆切れしても何の意味もない。

先の記事でも例として挙げているけど、本の購入プロセスは大きく変わっているし、購入動機の持続期間は随分と短くなっている。無論例外もあるけどね。電子書籍は新しく生まれた道具でしか無く、売りたい対象となる本...というか本を構成する情報の敵ではない。これまで馬車や人力車でお客をやりとりしていた観光地にバスが通るようになったら、観光地はそのバスを敵扱いするのだろうか。馬車や人力車はこれまでと同じ要領で続けていくことでビジネスは成り立つのだろうか。

環境の変化が不法な、理不尽なもので無ければ、その変化に応じた対応をしなければ、淘汰されてしまうまでのお話でしかない。むしろ飲みこんで活用するぐらいの意気込みで行かねば。

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このページは、不破雷蔵が2018年2月13日 07:51に書いた記事です。

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