1円で10円分の見返りを求めるのは間違っている

| コメント(0)


価値の判断基準は人それぞれではあるけど、だからといってその物差しを買い手側に放り投げて振り回されていると、結局売り手側は生きていけなくなる。商売ってのは創作物とそれに相応な価値としてのお金を交換する取引でしか無いからね。

その辺りの常識がゆがんだ商慣習でひずみが生じてくると、皆が皆頭を抱えてしまうことになる。色々と説明されているけど、これっていわゆるデフレ脳状態。そして「頭のいい成功者」ってのは、結局のところこのデフレを脱する方法論、閉じられたデフレ世界から脱却する施策を見出した人のことを意味する。

例のマジコンなどで「高過ぎると自分が思ったから」「買えない人が可哀想だから」「暴利をむさぼっているから」の類は、モラルやら感情論でなら正論に聞こえるけど、経済原理の上では空振り三振バッターアウト状態。そして感情論ではご飯を食べていけない。


結局この考えって、社会保障をはじめとした国レベルの話と同じ。「小さな政府」としてしか成立し得ない対価の支払いで、「大きな政府」のようなサポートを求めようとするから無理が生じる。ギャップの部分を精神力だのモラルだからだのボランティアだの社会貢献だのという感情的な部分で無理やり押し込めようとするからひずみが、ゆがみが生じることになる。霞を食べて生きていけるのは仙人様だけ。人はパンのみにては生きるにあらずだけど、パンが無くては生きられず。


この辺の話は例えば医療方面の話でもいえること。提供している側も人間であって、神様ではないってことを認識する必要があるのだよね。

関連記事             

コメントする

            
Powered by Movable Type 4.27-ja
Garbagenews.com

この記事について

このページは、不破雷蔵が2018年2月26日 07:56に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「「早まった一般化」「過度の一般化」の一般化」です。

次の記事は「スキヤキなカップヌードルとか出る時代」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

* * * * * * * * * * * * * *


2018年7月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31