「モラル」を強要するモラハラの実情

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ポリティカルコレクトネスを武器として振り回す「これは正しいのだから絶対に従え、そうでないものは悪だ」とする、語り手側の正義の主張の強要。価値観の押しつけとか宗教の布教的な雰囲気にも通じるところがあるし、そもそも正義とは何ぞや、そしてその正義が正しいとの裏付けはどこにあるのか、さらにはその肯定は押し付けて踏みつぶそうとしている対象よりも優先されるべきなのかとか、色々と考えるところがある......というか理不尽さを覚えるものも多々見受けられるようになった。これはモラルによる攻撃、モラルハラスメント(モラハラ)と同じだという指摘は、まさに言い得て妙。

で、この辺りを色々と考えていたところ、何か既視感があったので書庫をひっくり返していたところ、ようやく見つけたのがこれ。井浦秀夫先生の「弁護士の九頭(くず)」からの一節。ズバリ、モラハラの概念についてのお話。


本文で語られているのは家庭内で生じているモラハラについてなんだけど、モラハラの定義や加害をする側の心理状況の説明に、大いに納得ができてしまう。そういう概念が存在し、その武器として「社会的正義」(に見えるもの)を用いているのが、昨今のポリコレであり、モラハラの本質ではないかと考えると、納得できる部分も多いのだよね。

            

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このページは、不破雷蔵が2018年1月 5日 07:51に書いた記事です。

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