人は環境に慣れざるを得ない、でも想いや経験は心に刻まれる

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ロスジェネに関しては労働力調査などいくつかの公的資料を使ってもう少し詳しく精査をした方がいいのだろうなあ、と思いつつ。ロスジェネ世代(この場合はまさに「世代」で間違っていない)って、周辺環境の劣悪さで、どう頑張っても能力があっても、世の中からパージされてしまう、台無しにされてしまう人の割合が大きくならざるを得なかった。

購買のカレーパンがいつもは100個用意してあるのに今日に限って10個しかなければ、普段から買えていた人の多くは、どう頑張っても買えないよね、的な。それが一日だけならいいけれど、毎日10個しか用意されていないと、多くの人は努力しても買えないからあきらめてしまう。環境に自分を併せていかないと、無駄なあがきでリソースを浪費してしまうし、心が折れてしまうから。ロスジェネはまさにそんな感じ。


そして指摘の通りロスジェネは自分の前にいたバブル世代と、現状の活況労働市場の双方を見ている。世の中の仕組みがそうだったから仕方が無い、以上のことは言いようがないのだけど、これほど理不尽なことはない。自分は何も悪くない。悪いとすれば運が悪かった。それで自分のもやもやと失われた機会、可能性をあきらめることができるだろうか。

再びデフレに戻そうと画策したり、雇用市場の点で海外からとか高齢層からという話を聞くたびに、ロスジェネは無かったことにするのか、そこにまだ多数の人が居るんだぞ、というツッコミをしたくなるのは当方だけなのだろうか。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年12月23日 07:38に書いた記事です。

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