手抜きの善し悪し

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「手抜き」「横着」という表現が悪ければ「楽をしたい」でもいいのだけど。人間の行動性向というか本質的な部分で、楽をしたいなと考える人は、どうすれば楽ができるかを考える。無論、インチキやら不法な行為に走ったらアウトだけど、それは楽をするしないに限った話ではない。

楽をするのにはどうすべきか、色々と発想を変えてみたり工夫を凝らしたり、道具を作ったり。これって人の科学や文化の進化過程というか、動機付けでもあるんだよね。それができれば個人ベースでも成長できる。そういう発想ができないと、ただただ言われたことを繰り返すだけ。

この辺りはまさに、フォン・ゼークトが語った「とされる」組織論と同じで。楽ができるかもと考えるのは有能な怠け者で司令官の素質があるってところ。深く考えずに同じ事を繰り返すのは無能な働き者でパージ対象。


「理屈を考える手抜き」ってのは、理解をした上で不必要な部分を除いたり、改善をするための前段階のようなもの。それができなきゃずっとそのまま。

無論こういう発想を上の立場にある人ができないと、「ずるをしているんだろう」という理不尽な評価を下して、有能な人材をつぶす事になる。マクロと手作業の話が好例かな。


まぁ、マクロに関してはこういう話もあり、本来はここまで出来れば優れた組織だよなあ、と評価はできるのだけど。

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このページは、不破雷蔵が2017年11月25日 07:05に書いた記事です。

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