ソーシャルメディアの中身も時代と共に無くなる

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以前にも何度かオンライン系のゲームはサービスが終了すると稼働状態の保存ができないので、ROMやCDタイプのゲームと比べて歴史的な保全が難しく、あやふやな状態でしか後々に伝えられなくなるのではという話をしている。これと似たような現象がソーシャルメディアにもいえるのではとの話。まぁ、CMS系のは押しなべてそうだよなあ、と。

仮にデータが残っていたとしても、それを取り出すツールや機器が存在しているかってのもあるし、データが取り出せたとしても分析することは可能なのか否か。分量の問題から精査に時間がかかりすぎる気がする。


そう考えると、これまでの歴史の中で伝えられている色々な情報も、実はその一部が奇跡的に残っていたまでの話じゃないかという説に、大きく頷いてしまう。紙媒体が残っている時代はむしろ稀有な状況なのだろう。先日の「過去の遺跡には必ず何らかの有意義な目的があるってのは決めつけで、実はあまり深いことは考えて無かった結果の造形も多分にあるのでは」とも通じる、興味深い話ではある。


口伝えと比べてネットでの展開はハードルが低く拡散能力も高まっているけど、別次元での逸散の可能性も出ているのは確か。指摘されているNifty-Serveとか掲示板の作品群ってのは、個々のデータとしては残されているかもしれないけど、当時の各種データ(書かれた場所とか日付とか)との紐づけはされていないだろう。

あるいは2ちゃんねるで流行ったさまざまなアスキーアートやネタ的な言い回しも、元々どこからどのような形で始まったのかはほとんど残っておらず、姿かたちを変えたものが由来も忘れられて使われていく。あるいはそれすら残らないってのもあるけど。吉野家のコピペとか、今のLINEメインの人に見せても何の事だか分からないだろう。

ただ、これも現象として認識しつつも、結局のところ生物の体系とあまり変わりがないのかなあ、という気もする。ネット上に色々な形で存在する情報を、生物のDNAと考えれば、なんとなく似てるよね、的な。面影を残すものはあるし、稀にそのままの状態で見つかるものもあるけど、多くは環境の変化に伴い形を変え、消えていく。先に挙げた環境の変化に伴い淘汰される企業の話と大きな違いはないのだろう。

まぁ、その一方で。情報の蓄積と整理と精査ってのは、今後ますます重要なものとなっていくに違いない。それに相応の対価が発生するか否かはまた別の話になるけどね。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年11月12日 07:40に書いた記事です。

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