翻訳の印象操作とパフォーマンスと

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電波媒体ならば一過性のもので多少のやらかしをしてもバレないだろう、証拠は残らないだろうという前世紀の考えがいまだに支配的なのだろうなあという感想も持ちながら。この類の話は結構前から語られて指摘もされているはずなのだけど、いまだにこういうことをやっているメディアがあるのかと思うと、結構がっくりくる。

その方がそれっぽく見えるし何となくイメージに合いそうな気がするし、むしろ印象付けたいイメージにはマッチするのだろうけど。それこそまさに印象操作に違いない。某所で某銀行総裁のイメージカットを使う時に、常に背景が暗い、悪業政治家のような写真を選ぶ某専門家みたいなものだ。一度限りではそう深くは考えないけど、繰り返されると「そういうものだな」と深層部分で認識してしまう。まさに印象操作。

「演出だから」との言い訳もあるかもしれない。でも演出による印象もまた情報であり、その情報を思惑のようにコントロールするのは、少なくとも報道としては適切でない。論説だとしても、そうやっていることを明言しないで成すのは、倫理的に問題がある。以前も用いた表現だけど「碁石入れから意図的に黒い石だけを繰り返し取り出し続け、中には黒い石がいっぱい入っているように見せるモノ」と何ら変わりはない。これはトランプ氏に限った話ではない。


一方で今件のトランプ氏に限れば、このような指摘もある。多分にパフォーマー的な行動様式だから、発言や行動が大げさに見えても、それはそれによって人の注目を集め、相手を脅しすかすための儀式、手法に過ぎないと。マジではないってこと。プロレスや舞台劇みたいなものの手法を用いたまでの話で、真相を推し量らないと踊らされるよ、と。

報道界隈もあるいはこの辺りを分かった上で、それでもなお視聴者・読者の多分は理解できないだろうから、トランプ氏の評価を下げるべく分からないふりをして伝えているのかもなあ、と。もっともこのような分析は、相応になされているはずだし、されなければならないと思うのだけどね。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年11月 6日 07:32に書いた記事です。

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