「東京にいても何も無い」というのは「自分は見ていない」だけ

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都会地方論の中でこんな話が出てきて、なるほどなという感を覚えたので覚え書き。どうせ東京に出てきたって何もないという意見もあったのだけど、それは間違いだとするもの。色々なものや情報に満ち溢れているのに、当人が見ようとしていないだけの話。金銀財宝に囲まれていても、目をつむっていたら分からないのと同じ。目を開けて手を伸ばし、触ってみないと分からないのだよね。


これはインターネット普及前後の情報界隈の話と同じ。ポジティブなものもあればネガティブなものもあるし、ゴミみたいなものもある。それに手を出してつかみ、精査しなければ何もないのと同じ。そのためのノウハウは必要だけど。


他方、インターネットの普及で、距離感的なものとか情報の蓄積と検証の上で、ハードルが随分と低くなったのは否定できない。ただ、やはり実行動となると色々と違いが出てくる。その分は確実に東京などの都会の方が有利ではある。その点をしっかりと認識できていれば、東京などの都会だろうと田舎だろうとかまわないのではないかな。

...まぁ、田舎の場合は都会と比べて、人付き合いの点で色々とややこしいところが出てくる場合もあるんだけどさ。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年10月10日 06:53に書いた記事です。

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