ソースが明記されない、署名が無い報道が許されるのは、信用で成り立っているから。その信用が無くなれば......

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先日の【「関係者」「関係筋」は「マクドナルドでの女子高生いわく」と同じレベルの信ぴょう性】でも指摘している通り、報道においては無署名記事やソースを言及できない記事があり、それはウソはつかない、やましいことはしないという業界全体の信ぴょう性・信頼性の裏付けの下になされていたわけだ。ところが昨今の実情を見るに、それを悪用し、自分勝手に情報を改ざんしていたのではないか、今までも実のところはそういうケースが多々あったのではないかという認識が、多分になされるようになった。

調理場で鼻をほじった手で調理をしていたり、何か怪しげなものを混ぜていたり、お客の食べ残しを戻して別の客に配膳する。そのような話をソーシャルメディアに書いたり、写真に載せるようなレストランに、どれほどの信用がおけようか、これまでの料理にも似たようなことが成されていたのではないか、そう考えるのは道理ではある。

それと同じような話が、報道そのもののだけでなく、それに携わる者たちの語りで生じている。

非常に良い例が吉田調書問題。あれはマスターがちゃんと出たことで、色々な出鱈目を朝日新聞が成していたことが暴露されてしまった。他にも一億総報道記者状態となったことで、日々デタラメが明らかになっている。「こんな人たち」は好例かな。情報の精査との観点ではそば事案(森友、加計)が好例。


まぁ、次々に指摘されているけれど、上から下まで構成員の多分がアレな状態であるのを見るに、「こんな人たちが作っている新聞、そしてそれと多分に連携性のあるテレビって、信用できるのか」「ソースの明記がされてないけど、デタラメやってるんじゃないか」と思われても仕方がない。むしろそう思わない方がおかしいよな、という感は否めないのだよね。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年7月17日 07:55に書いた記事です。

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