「誰かがやっているはずだ」は実は誰もやっていないという現象

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少し前にツイッターなどで話題にのぼり、今ではコラージュネタとして使われることが多々ある、「しあわせアフロ田中」内のワンシーン。火災現場に多数の人が集まり大騒ぎをしているのだが、いつまでたっても消防車がやってこない。交通渋滞にでも巻き込まれたのか、他の地域でも同時に火災が発生してそちらにリソースが費やされているからなのか。実のところは単に、誰もが皆消防署に連絡を入れていないだけだったという話。要は「これだけたくさんの人が目撃しているのだから、誰かがすでに連絡を入れているだろう」と皆が考え、誰も改めて連絡をしようとはしなかったということ。

別件で別の事象の意味を探していた時に、たまたまこの「傍観者効果」なる言葉が検索にひっかかり、どこかで見たことがあるような現象だなあと思ったら、この「誰も!! 消防車を呼んでいないのである!!!」だったという。

確かに多数の人が同時にその場に居ると、すでに誰かがしかるべき行動を起こしているはずだという誤認をしてしまう。仮に同じような状況に自分が追いやられたら、恐らくは同様の判断をしてしまうだろう。わざわざ自分が改めて動かなくても良いのではないか、と。

ただ、もう傍観者効果なるものを知ってしまった以上、そのような対応はしないんじゃないかなあ、と自分自身は思っている。たとえ余計なこと、おせっかいだと思われても、やらないよりはやる方が良い。傍観して後で悔やむより、成すべきことをやって自分のリソースの浪費であったと気が付いた方がなんぼかマシではある。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年7月17日 07:04に書いた記事です。

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