ソーシャルメディアで都合の良い時だけ肩書を用い、問題が起きそうになると「無関係です」とする所業の理由

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特に報道界隈の関係者に見られる傾向なのだけど、自らの所属の記事やそれに絡んだ自分の思惑を語ったり、個人的なネタ話を流す時には所属の肩書を大いに用い、何か問題発言を成して追及されると、「個人の感想です、所属組織とは無関係です、そう宣言してるでしょ!」と力説するパターンがある。これって、権利を大いに利用するけど義務を果たさないようなもので、都合の良い解釈の仕方だよなあと何度となくツッコミを入れているのだけど。

それではなぜ、個人の感想や意見なら、わざわざ肩書を披露した上で成すのだろうか。宣言した以上紐づけされるのは当然の話なのに。その疑問を解消させてくれたのが、この指摘。

要は肩書が無いと皆が読んでくれないと考えているのだろう。これが全てではないけれど、多分に正当性はある。本当に自分の文筆力に自信があるのなら、個人の話であればわざわざ肩書を出す必要はない。単に自分の想いを吐露するだけならば、他人に見てもらう云々は二の次なので、やはり肩書を出してリアルな自分と紐づけさせる必要性はどこにもない。

つまり、承認欲求は多分にあるのだけど、自分の文筆力そのものに自信が持てないので、肩書で底上げをしようというわけだ。それでいて、その肩書による足かせは無視をする。

調子が良いお話には違いない。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年7月17日 06:51に書いた記事です。

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