ネットゲームと動画とコミュニケーションと

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「UO」とは「ウルティマオンライン」のこと。かつてクォータービュー表示だった、今では3D表示の多人数同時参加型ネットワークロールプレイングゲーム(MMORPG)。日本でも一時期はサポートしていたので知っている人も多いはず。入力デバイスはキーボードとマウスで、出力は画像と音だけ、なんだけど音は基本的に効果音なので、会話なども基本的に文字でのやり取りとなる。

そのような世界では聴覚に問題を抱えている人でもごく普通に意思疎通ができる。文字でのやりとり、筆記交流が当たり前の世界。多人数同時参加型ネットワークロールプレイングゲームの世界は、見方を変えるとそういう人たちの世界と同じ環境にあるものでもあった。表現の制限があることは、その制限を元々有している人にとっては、平等な世界でもある。この発想は無かった。

いや、逆か。環境設定を変えることで、本来の世界ならば難儀する人も、そのハードルを越えて同じラインに立てる。歯が欠けた人も差し歯などで普通に食事ができるようになるとか、視力が落ちても眼鏡で補正するとか。

そしてその発想はVRにも活きてくる。VRではリアルの当人で無い人に化ける、成り代わることもできるけど、それはリアルな状況で欠けているものを補完できることになる。誰もがカールルイスやベンジョンソンのような走りを、いやスーパーマンのような走り、空中飛行も体験できる。


ハンディキャップとは平均的なレベルから落ちているものを表す一つの表現。それを別の世界に転送する際に色々と補正して、同じラインに立たせるってのは非常に興味深い発想。VRの可能性というか切り口として、この概念があると、色々と新しい見方ができるに違いない。


発想法としては文字と動画の違いもあるかな。文字はその言語を理解していないと分からないし、文字を読めても色々な背景を知らないと中身を知ることは難しい。でも画像や動画ならば、言語の壁を超えて色々と意思表現が可能になる。無論自分が意図したものとは別の解釈をされることもあるけど、それは言葉だって同じ。YouTubeなどの動画共有サイトがワールドワイドに浸透しているのも、スマホで撮った事件現場映像が世界中に広まっていくのも、言葉では難しい、画像や動画ならではの表現特性によるものだろう。

無論、言葉などいらぬというわけでは無い。それぞれの特性、長所・短所があるってこと。その特性を知った上で使い分け、併用ができると、色々と楽しいことになるのだろうな。

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このページは、不破雷蔵が2017年6月19日 07:19に書いた記事です。

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