報道関係者のソーシャルメディア利用が炎上しやすいのは「一方向性の情報発信」に慣れているからではないか

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先日の零戦周りにおけるAERA記者の挙動で思った事のうちの一つ。直接のツッコミなどのあれこれと、その後の会話などを観察した限りにおいて、もやもやとしていたことが一つつながったので、とりあえず文字として書き起こしたもの。

報道ってのは往々にして不特定多数に向けた情報を自ら発信できる能力を持つ。読者の意見としての投稿や電話による苦情、さらには裁判などの訴訟のような反論、ツッコミ的なルートもあるけど、大よそは無視できる障壁が残されている。届いても目に留めなきゃいいだけの話(裁判は別だけど)。

けれど、ソーシャルメディアはそういう一方向性の情報ツールではない。発言をするのは(違法、不法な内容でない限り)自由ではあるけど、それは原則的に不特定多数に向けた開示情報となる。当然、ツッコミを受けることもありえる。自由に発言できる権利は、ツッコミという形での他人の自由に発言できる権利と等しい。まさに双方向性。

ソーシャルメディアでの書き込みは、やもすると報道媒体に掲載する記事、あるいは原稿用の文面と同じようなプロセスを踏んで作られる。新聞記事はタイピングでだけど、ソーシャルメディアの書き込みは脳内に電極をぶっ刺して思ったことをそのまま、なんてわけじゃない。だから、新聞記事などのメディア用の原稿と同じ感覚でソーシャルメディアでも書き込みしてしまう。

報道従事者が陥りがちな、ツイッターをはじめとするSNS上での独りよがりの書き込みで、その本質・仕事の実情や姿勢が暴露され、炎上する事案が相次ぐのは、書き込みが自らの従事している報道媒体と同じ「自分からの発信のみでツッコミのない一方向性」だと思っているから。そう考えるとすると理解はできる。

無論、一般の人が陥りがちな「思っただけ」と「書き込み」を同一視している可能性もある。その要素も少なからずは存在するだろう。しかし報道従事者においては「記事を書く感覚でツイートしている」の部分が多分にあると考えた方が、これまでのあれこれの理由づけには正しい気がする。


情報の可視化とは当方がよく使う言い回しだけど、フラット化ってのも表現としてはなるほど感。自治体が設置しているお知らせ用のスピーカーと、聞く人が目の前にいるハンドスピーカーとの違いという感じかもしれない。

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このページは、不破雷蔵が2017年6月 8日 07:29に書いた記事です。

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