宗教と科学の相違をさぐる

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相反するものとしてよく例示される宗教と科学。もっとも、何かを信じるとの観点では同じようなものだとの解釈もある。ただ、指摘されている通り、宗教ってのは経典なり教義が絶対視されており、それを否定しようものならヘタをすると宗教裁判にすらかけられてしまう(天動説と地動説の話は有名ではある。中世の「魔女」狩りとか宗教裁判も似たようなもの)。教義こそが宗教の絶対真理であり、それに従う行為心情が宗教に他ならない。

けれど科学は違うよね。単に現状で肯定されているものに盾突いたり意義を唱えるだけならば誰にでもできるし、宗教的に小銭を稼ぐこともできるけど、それを正しいものとして立証して反復した結果を出せ、事実であることを明確にできたら、新しい科学的事実として認められることになる。

その辺りを考えると、今のエセ科学などは、科学を宗教的に見た上で、でっち上げたものを新しい教義として新宗教を作り上げているような感もある。その上で、その信奉スタイルはガチガチの宗教的なものであり、自らのエセ科学としての教義は絶対的なものとして扱っている、と。


宗教の歴史を紐解けば、あるいは融合した事例があるのかもしれないけど、大抵は分派する形となっている。これも科学と宗教の違い。

また「宗教は確かめることができない、してはいけないけど、科学は確かめられるのが前提」ってのは言い得て妙というか、思いっきり納得できる説明ではある。見方を変えると、確かめることができない科学ってのは、宗教的なところもあるのかな、と思ったりする。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年5月17日 07:21に書いた記事です。

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