他と比較して自分がだめっぽく見えた時、どうあるべきか

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海外に転じたジャーナリストな方によくあるケースなのだけど、居住した先と日本を比較して、「だから日本はダメなんだ」的な情報発信をして、俗にいう日本ディスり論を展開するのを目にとめることが多々ある。さらには居住地とは関係なく、日本はダメだ的な話もあったりする。

そのような話を成した時、「だから日本はダメだ」で済んでしまうのか、「ならばどうすればよいのか」「ダメじゃなくなるように頑張るべきなのか、別の方向で頑張ればよいのか」と話を進めるのか。その違いが話そのものも、そして語り手の本質の見極めになるし、参考にすべきか否かを判断する材料の一つになる。

そもそも国が違えば文化も環境も社会体制も大きく異なる。参考にしてよい部分は取り入れる、何か新しい事柄のきっかけにするのならいいけれど、それをなじりの材料にするだけなら、どれほどの意味があるのか。


先日話題に登った中高生の「なりたい職業」ランキングで、上位陣にある職についている人からの反応も似たようなものかな、という感はある。自分の職に絶望しているのならともかく、そうでない人は「この職は今は辛いけど、将来上がってくる人達のために、もう少し希望の持てる、誇りに出来る、楽しいところにしたい。思われているような良いところにかじ取りをしていきたい」と考える方がポジティブだし、正しい姿勢だと思うのだな。

この辺りを思い返すに、江戸末期から明治にかけての日本の偉人の発想が思い返される。海外の文化技術に触れる機会が増え、それを思った上でどのような判断を下したか。日本はダメだと思ってヤケになったり他の人に当たり散らしたのか、それとも積極的に学び追いつき追い越そうとしたり、自分達の良い部分と融合して自分達の伸長に活用しようとしたのか。どちらを参考にすべきなのかな、と。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年5月 4日 07:43に書いた記事です。

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