「ツイートは個人の見解です」は免罪符にはならない

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先日どこぞの有名企業の役員のアカウントが社会福利厚生に関して言及し、それに「あなたの企業でもそのような施策を成す可能性があると認識してよいのですね」的なツッコミを入れた人に対し「休日のこの時間に一個人がツイートしたことになにいってんの?」というドヤ顔を決めた形で対応していたのを見て。具体的なツイートは *やさしみ* から挙げないけれど。

特に報道界隈のあれこれについて何度か指摘しているけど、ソーシャルメディアをはじめとしたウェブ上での文言の掲載は、基本的にそれを成した人や組織とリンクされる。政治家や大企業の人の発言や書き込みは、たとえそれがそこにいた少数の人に対してであっても、公知されたものである以上、プライベートな、私的なものではなく、その人の属性にひもづけされてしまう。

特にツイッターは意思表示のハードルが低いため、素の部分がでやすい(それが素のすべてではないけど)。だからといって、自分の語りが所属や肩書との関連性を自分の都合の良いように割り振りできる機能などどこにもない。

自らの肩書や所属と無関係の発言であるとしたいのなら、最初から別人を装い、肩書などは伏せて発言をする必要がある。都合の良い時は自分の肩書や属性を使い認証欲求を充足したり仕事に貢献させたりしておきながら、都合の悪いときは「個人の見解です」というのは通用しないのだよね。

ならばそれこそ指摘の通り、「自分のツイートは宇宙の意志が言語化されたものです」「世界支配層の意志によるものです」的な記述をしておいた方が、まだいくぶん許される余地はあるかもしれない。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年5月 4日 07:21に書いた記事です。

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