CGMのリスク化拡大の動き、あるいは元からそうだったのが見逃されてきただけなのか

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乳児にはちみつを与えるのは「乳児ボツリヌス症」のリスクがあるから絶対にダメという話は育児関連の話や書籍、公的資料では耳タコ状態で言及されているのだけど、先日明確化する形でのリスク体現事案が生じてしまい、改めて注意喚起や問題となる運用周りへのツッコミが入るようになったのがトリガー的な感じで。

CGM(Consumer Generated Media(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア)、利用者がコンテンツを自主的に作り上げていく仕組み。掲示板とか投稿サイトが好例)は波に乗れば運用側が最低限の労力でどんどん自らのコンテンツの拡大ができてしまうので超楽な仕組みには違いないのだけど(胴元みたいな感じだからね)、投稿される内容の精査量はコンテンツの成長と共に増えてくるわけで。その辺を「たくさんあるから仕方ないよね、なんか問題あってもごめんね、てへぺろー」で済むような時代は終わりつつある。

ぶっちゃけると先日問題視されたDeNAのWelqをはじめとした下請型のコンテンツメディアも同じ。タダで書かせる場を作るか、それとも安価で書いてもらうかの違いでしかない。管理ができないのに利ザヤだけに注力していると、コントロールができなくなる。それは指摘されている通り先日のYouTubeの問題も同様だし、Facebookでのフェイクニュース問題も同じ(フェイクニュース周りはまた別の問題もはらんでいるのだけどね)。


で、投稿されたコンテンツのコントロールとなると、色々と問題が生じてくる。だれがそのコントロールの正当性を担保するのか。良し悪しは誰が保証するのか。明文化はされているのか。その精査を成す側の絶対王政的な体制が整ってしまう。ある意味、独善を自称する者による独裁で、これは米大統領選から明確に露出するようになったリベラル的な考えの独善主義と香りを同じくする。

先日のグーグルによるフェイクニュース周りの精査にしても、そのフェイクか否かを判断する組織の正当性を保証するものは何もない。報道の「伝えない自由」のように、特定方面だけに「正義」の刃を振りまわし、結果として偏向した結果を生み出してしまうこともある。日本国内向けのコンテンツにも関わらず、海外の人も見るかもしれないから、海外でダメなものはダメにしようということになると、小さな島国のみで行われている慣習に抵触するからこれはダメとかいう話までまかり通ってしまう。

放置してOKというのも問題ではあるし、ガチガチにコントロールしすぎるとCGMの意味が無くなるし、コントロールの仕方次第では偏向したものができあがってしまい、それはそれで害悪なものとなる。難しいお話には違いない。

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このページは、不破雷蔵が2017年4月11日 07:14に書いた記事です。

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