注意書きはどんなに詳しく、分かりやすく、大きく書いても読まない人はまったく読まない

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時折ニュースなどで「注意書きが十分でなかったから事故が起きた」的な棍棒振り回しをキャスターや記者が語るような場面があるけど、そのたびに「もし本当に指摘されているように大きく分かりやすく書いても、その人は目を通して留意し、その内容に従って行動したのだろうか」と思う。

説明書を用意しても読まずに手を付け、分からなくなったりトラブってから説明書に目を通す、酷いのになるとトラブっても説明書は読まずにメーカーに文句を入れたり人に聞くってのがある。説明書ではなく本体自身に注意書きやらガイダンスが書かれていても、それに従わずにもりもり自己判断で、自分の世界を作って操作する人は絶対にいる。

「自分ルール」を即時に作り上げてそれで行動したり、「どうにかなったってどうにかできるわよ」的な発想のもの。「ここから先は並んでも商品はありません」と注意しても「並んでいればどうにかなるわよ」と強引に並び続ける人とか、よくあるパターン。


病院で書かされる問診票の類に限ってもこんなケースは多々ある。当方も通院時にこのようなやり取りを見聞きしているので、ああやっぱり自分が見た限りのものではないのだな、とむしろ納得。若年層ではほとんど見受けられず、中堅層以降に多かったりする。高齢層の中にはむしろ、適当に書くことを偉ぶってる感じの人すら見受けらた(夫婦で来院しているっぽい人たちの夫側がそんな態度だった)。

書いても読まない、指定しても従わない人がいるのを前提に社会を構築すべきだ、仕組みを作るべきだとの意見もある。安全対策では特にそれが強く求められる。それは一つの正しい意見ではあるけれど、それが絶対無比な唯一の真実として振り回すと、当然必要なコストは跳ね上がるし、効率は悪化するし、結果として出来るはずのものが出来なかったり、救われるはずの人までリソースが回らずに救われないという事態が生じてくる。リソースは無限に存在するわけじゃない。

だからどこまでハードルを下げるかは、ケースバイケースで検討し、最良の結果が出るような判断を下さねばならない。世の中には世界観の軸が常識から外れている人が少なくない。昔はそのような性質を持っていると、自然に社会そのものからはじかれていたのだろうけど。その気配を覚えれば(あるいは覚える能力があれば)、自ら自分が間違っていると学習できる機会となったのだろうけど。

一律ハードルを一番下まで下げるという方向性は、楽ではあるけれど、逆に多くの人が痛手を受けかねない。その事には留意しておく必要があるのだろうな。

            

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2017年2月10日 07:48に書いた記事です。

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