SNSは思いを書き込むハードルが低いけど、思う事と書き込むことは別の話

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これは以前から何度か思っていた話ではあり、さらに記事などでもしたためた記憶がある。ソーシャルメディア、特にツイッターは表現のハードルが低く、普段から思っていることをさらりと書き込んで発信することができるツールとして出来上がっている。方言、妄言の類も、本来は口から出たことが前提なのに、今ではツイートされた内容も含まれてしまっている感じ。

で、これは当方も何度か経験しているのだけど、ツイートされている内容にツッコミを入れたりすると、反論の中に「思っただけなのに」という類のものが少なからずある。自分は考えただけ、思っただけで、貴方に何か反論されたり意見されるいわれはない。どうして? むしろ自分は被害者だよ、という感じ。

いえいえ貴方は不特定多数にその言葉を発しているのですよ、リプライなり引用をしていればその人に対して直接意見を述べているのですよ、ということなんだけどね。

SNS、特にツイッターは「王様の耳はロバの耳」に登場する、穴に語られた言葉を発散してしまうアシの笛のようなものなのかもしれない。


似たような話としてこちらも。これも良く語っているし、間違った解釈で反論されることも多々あるのだけど。自由は自由奔放ではなく、責任を有した上での自由であるのだよね。食堂で何を頼もうと自由だけど、注文したからにはその代金は払わねばならない。それと同じ。自由に語って、その責任を取らないのは、単なる自由奔放無責任でしかなく、自由とは別物なのだな。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年1月26日 07:25に書いた記事です。

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