「なにかを買ったことを言い訳にして自宅に好きな人を呼ぶ」文化の変遷

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例えば「ドラえもん」を読み返してみると分かるのだけど、何か新しいものとか珍しいものを買った時に、友達を自宅に呼んで皆に披露したり遊んだりといったスタイルが、若年層の文化的な行動様式として確実に、幅広い形で存在していた。ボードゲームも良い例かな(元々多人数で遊ぶものだし)。

今ではどうなんだろうかという話だけど、これは統計を見たことが無いので数量的なものは確認できないのだけど、恐らくは昔と比べたら壊滅的に減っているような気がする。共働きで親が自宅にいる時間が少なく、防犯上の問題があったり、地域社会の横のつながりが減退していたり、他人に持ち物などを披露したりすると「差別が」云々と騒ぎ立てるモンスターペアレンツの挙動が頻発化しているってのもあるのだろう。

本当に新品や珍しいものを披露したいのか、あるいはそれを理由づけにして自分の家に他人を招待して楽しい時を過ごしたいのか、さらには自分の好きな人を自分の家に呼ぶ理由づけにしたいのか...はともかくとして。その類の「見せたいから呼ぶ」ってスタイルは昔と比べれば少なくなっているハズ。

なぜなら、今では自慢云々で親が出てくるってのを除いても、スマホなどで写真や写真を撮り、見せることが容易になったから。「うちにおいでよ、珍しい模型を親が買ってきてくれたんだ」「じゃあ写真に撮って見せて」で終わってしまう。

また、自宅に好きな人を読んで云々ってのが思惑として無くとも、自分の状況・環境を他人に披露したいという自慢的な欲求も、十分以上にネットで充足できる。ブログから、ソーシャルメディア上のアカウントでの披露、そして動画でのユーチューバーなど。

いわゆる承認欲求ってものだけど、昔の「家に呼んで色々と友達に見せる、楽しむ」ってのもまた、その当時のツールの上でできた承認欲求の充足行為だったのだろうなと考えと、色々と興味深いものがある。

まぁ、好きな人を自宅に呼ぶための言い訳としての「新しいもの、珍しいものの披露」ってのは......それらの写真などを見せて話のネタとしたり、アカウントに注目を向けさせるという観点では、さほど違いはないのだろうな。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年1月14日 07:32に書いた記事です。

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