うさぎじゃないけどさみしいと生きていけない人類は生ぬるい環境をソーシャルメディアで手に入れた感

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孤独が好きな人も中にはいるけど、大よそ人は集団生活を前提に生きている生命体であり、だからこそ文化を持ち進化発展を成し遂げてきた。まぁ集団生活の様式は人に限った話ではないけど、意思疎通ができ言語体系とかミームを有することで、集団生活の必要性はけた違いに高まった次第ではある。

で、自分が孤独であることの不安ってのは、生きていけないかもしれないという生死に関わる問題からくるものが多分にある。例えば一人暮らしで病気になって寝込んでいると、それをじわりと体感できる。

でも社会インフラが普及浸透し、よほどのことが無い限り猛獣に襲われたり、食いはぐってしまうことも無くなり、生死に関わるリスクは随分と減った。集団生活を意識して日々を暮らす必要性は、生死との直接の関わり合いとしてはあまり無くなった。

本能的な群れ行為の必要性が薄れてくると、それっぽい行為で代替できてしまう、ソーシャルメディアなどを用いた疑似的な、ゆるやかなつながりで満足してしまうって考えは、非常に面白い......というか、似たような話をミーム周りで「うああ哲学事典」で読んだ記憶がある。

言葉はちょっと雑だけど、普段から温かい気候となったのでぬるま湯で十分、熱い風呂に入る必要は無いよね、的な感じ。

まぁ、この辺の話は突き詰めると、「マトリックス」や「そらのおとしもの」のように、衣食住すべてが完全に(生体活動を維持できるという点で)サポートされ、精神的な究極の人同士のつながり、集団生活のみが必要となり、それはVRみたいなものですべて代替してしまうって形になるのだろうなあ、と。それが良いか否かはともかくとして。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年12月28日 07:51に書いた記事です。

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